2.5.7
――仕掛人……?
ヨネの発言に華恋が疑問を抱く。どうやら知り合いのようだが、仕掛人とは一体何なのか。
その『仕掛人』と呼ばれた青い半纏の男——桜井悠介が、倒れた状態のまま呼ばれた方を向いた。
「あ? 何だお前ら……ってその赤い布……。うげ、また面倒な奴らが。……っていうか」
悠介は辺りを見回した。目の前には殴り合った痕があるリライズの面々。その対面には長髪の女がいて、それを大勢の人間が取り囲んでいる。
「なにこれ? どういう状況?」
「話すと長くなるんだけど、色々あったのよ……」
紗雪が「久しぶりね桜井」と続けて、前に出てくる。リライズの古株である紗雪は、過去に何度か悠介と対面した事があった。交渉役は基本的に紗雪の担当であり、彼女は話術に長けている。
「まぁそんな事はどうでもいいわ。アタシ達ね、アンタを探してたのよ。アンタが直接関わってるとは思わないけど一応確認させて頂戴」
悠介は尚も地面で横になっているままだが、紗雪は構わずに続けた。
「……今日ウチのシマで火事があった。おおごとにはなってないけど、気になる事があってね。その火事、直前に部屋が七色に光ったって話なのよ」
「あ? 七色だぁ?」
「そう。これってアンタら仕掛人の仕業よね? 黒子の爆弾としか思えないし、八史はそう思ってるわ。だから、悪いけどアンタにはついてきてもらう」
「いや、ちょっと待て。頭に入ってこねぇっつーか、こっちも今それどころじゃねぇんだよ!」
悠介が飛ばされてきた道から続いてもう一人やって来る。エプロン姿で竹箒を握っているポニーテールの女だ。この森林公園の—―いや、A区画の番人として知られる女、藤野喜代である。
「悠介ェ……今日こそお前を塵にしてやる……」
喜代が何やら恐ろしい事を口にしている。悠介は彼女の竹箒に殴り飛ばされたようだった。
藤野喜代の事はリライズもよく知っていた。それは彼女がA区画の有名人だからだけではない。
「ありゃ藤野喜代じゃねーか。……へっ、また仕掛人がきやがったぜ。こりゃ好都合だな」
「でも、ヨネさん。なんか様子がおかしいっすよ」
喜代は分かりやすく怒りに満ちていた。凄まじい闘気を感じる。リライズも見た事がない程だ。
「あのぉ……」
混沌としてきた状況に横から声が入る。途中から蚊帳の外になっていた華恋によるものだった。
「終わったなら私もう離れたいんですけど、いいでしょうか」
律儀に事の成り行きを待ってくれていたようだ。繁が申し訳なさそうに「大丈夫です。色々すみませんでした」と口にした。しかし、その直後————悠介が華恋を呼び止めた。
「あ、ちょっと待った。なんか頭についてますよ。変な白い塊の……ゴミみたいなのが」
その瞬間、場の空気が凍りついた。本当に時間が止まってるのかと思う程に静まり返った。
だが、悠介だけは飄々としていて全く気にしていない。悠介はリライズの方を向いた。
「何で誰も注意しねぇの? 全員気付いてるでしょ。あんなデカくて分かりやすいのに」
「いや、お前ちょっと……」
「こういうのは親切で教えてやらねぇと。……ん? 待て。なんか変なゴミかと思ったけど、よく見たら花か。……でも頭に花付けてると髪の毛臭くなるよな……。やっぱ注意した方が良いって」
「だからお前その辺に……」
「あ、でも花は花だけど、なんか作り物っぽいような……って、なんだよ。ただのヘアピンじゃんか。へぇ、すげぇな本物かと思った。でも探せば百均にありそうな……」
悠介の発言はそこで途切れる。その次には、悠介はリライズの足元で倒れ伏していた。
言い終わる前に、華恋の蹴りが悠介を勢いよく吹き飛ばしたからだった。
「誰ですか。この失礼極まりない男は」
華恋が再び戦闘態勢に入っている。喜代に劣らない闘気で徐々に歩み寄って来きていて、リライズ諸共叩き潰そうとする勢いだった。
一方、喜代の方は、「お前達、私の公園で好き勝手してたんじゃないだろうな?」などと言っていて、その矛先を何故かリライズに向けていた。彼女も距離を詰めてきている。
そして、この状況を作り出した元凶は腹を抑えながら地面に転がっていた。
「あの女に蹴られたんだけど……。……意味分かんねぇ。今日は何なんだよコノヤロー」
「お前目ん玉腐ってんのか! マジで何しに来たんだよ⁉」
「いや、人いっぱい居たから誰かに助けてもらいたくて……」
「ふざけんなよテメェ! 責任取れよオイ、何とかしろォ!」
「無茶言うな! あんなん一人でどうにか出来るかッ!」
「無茶じゃねぇだろ。せめて藤野だけでも止めろ! 大体何で追われてんだ。仲間じゃねぇのか⁉」
「俺だってそう思いてぇよ!」
ヨネと悠介が言い合っている間も喜代と華恋は無言で近づいてきている。彼女たちは待ってくれない。命乞いも通用しないように見える。
そんな時、ここまで全く動きがなかった長老が初めて動きをみせた。例の如く全然意味のなさそうなジェスチャーが始まり、それが終わると横に立っているタスケが通訳をした。
「長老様は撤退を進言しておられます」
一同がタスケの言葉に耳を傾ける。ヨネは悠介から手を放して、すっと冷静になった。
「長老……ここまで陰が濃いんだか薄いんだか分からなかったが、その目は大局を見ていたんだな」
長老が大局を見ていたかはさておき、全員が彼と同意見だった。仕掛人の問題をどうにかしたいのは山々だが、今はそれどころじゃない。もうそういう段階ではなかった。
「なぁシゲ。俺の時代はどこだ? どうしてこうなった……」
「ヨネさんがナンパしようとか言い出したからでしょうが! 大人しく仕掛人の事だけ気にしてれば良かったんすよ。大体この面子でナンパが上手くいく訳ないじゃないっすか!」
「え……そうなの? 上手くいく訳……ないの……?」
「えぇそうっすよッ! 悲しくなってくるんでこれ以上は言わせないで下さいッ!」
怒ればいいのか悲しめばいいのか分からないシゲと、ショックを受けているヨネ。リライズはもう無茶苦茶だった。だが、そんな事はお構いなしに、喜代と華恋は同時に襲い掛かってくる。
そこから先は凄まじかった。竹箒をハルバードのように振るう喜代と、格闘術を駆使する華恋。殆ど一方的な殺戮劇だった。リライズと悠介は為す術がなくやられていく。
リライズは撤退を余儀なくされ、急いでこの場から離れた。悠介もその流れに乗じて逃げようとする。しかし、足がもつれて倒れてしまい、悠介だけがこの場に取り残された。
「イヤだッ死にたくないッ! 待ってくれお前らッ! 俺を置いてかないでくれェェェェ!」
まるでゾンビ映画の逃げ遅れた市民のようだった。背中に悠介の悲痛な叫びを浴びながら、リライズは振り返らずに、自分たちのアジトへと戻っていった。
それから暫くして、場には華恋と喜代と悠介だけが残った。喜代と華恋が仁王立ちしている足元には、ボロボロになった悠介が転がっている。そして、ここで初めて喜代と華恋は顔を見合わせた。
二人は無言のまま握手を交している。お互いの健闘を称え合っているような熱い握手だった。
その光景を悠介は地面に倒れたまま見上げて、絶望の表情で呟いた。
「喜代が妙な女と出会っちまった……」




