2.5.6
◇ ◇ ◇
「お、お嬢様が……武術の天才……」
「そうだ。空手はきっかけに過ぎない。あの方はな、見ただけであらゆる武術を模倣出来るんだ」
「あ、あらゆる武術を⁉ なんでそんな……とんでもなく凄いじゃないですか!」
「あぁ。だが、ただの模倣だ。真似事に過ぎない。粗削りな部分はあるんだが、それでもかなりのレベルに仕上がっている。空手の基礎がしっかり身についているからこそ可能な事なんだそうだが。まぁ、そういう事があって、お嬢様はうちの護衛の誰よりも強くなってしまってな」
「な、なるほど……。それで大抵の事なら身の心配はいらないと。しかし、どうしてそんな事に」
「さぁな。さっきも言ったけど、お嬢様がそうなったのが今から三年くらい前の事なんだ。その時からお嬢様は活発になられて、その結果……今の調子に……」
「家出までするようになってしまったと」
「そういう事だ。まったく……一体何がお嬢様をあんな風にしてしまったのやら」
◇ ◇ ◇
「一体何がどうなっんてんだオイ⁉」
華恋の反撃が始まってから三分が経過した。その間、チェリケンは防戦一方だった。
動きが空手から少林拳に切り替わり、明らかに場の流れが華恋に傾いている。だが、問題はそれだけではない。華恋が見せた動きはそれだけではなかったのだ。
華恋は、チェリケンが自分の動きに徐々に慣れ始めている事を感じると、またもや戦闘スタイルを変えた。次に繰り出したのは八極拳だった。チェリケンは再びペースを乱される。
それを見ていた繁は、彼女はもしや中国武術……カンフーが得意なのかと思った。だが、どうもそういう訳ではなさそうと直ぐに思い知らされる。次に彼女が見せたのがカポエラだったからだ。
空手から始まり、少林拳、八極拳、カポエラと様々な武術を繰り出す華恋。その様子に、観衆からは「おおぉぉ……」という声と共に拍手があがっていた。完全に見せ物と化している。
しかし、華恋としては特別変わった事をしている意識はなかった。自分の動きに相手がついてくるなら、戦い方を変えればいい。あとはそれを実行するだけ。ただそれだけの事だった。
攻撃は徐々に激しさを増し、遂に華恋の回し蹴りがチェリケンの胴体を捉えて蹴り飛ばす。
「チェ、チェリケェェェン‼」
ヨネがチェリケンに駆け寄る。チェリケンは目を瞑っており、苦しそうに呻き声を上げていた。
「ち、畜生……よくもチェリケンをこんな目にィ!」
「あまりヨネさんが言えた台詞じゃないっすよ」
「クソォ……本当ならあの子達と仲良くなって、連絡先も交換して、それからあんな事やこんな事をたくさんする筈だったんだぞ。……そうだぜ、あんな事やこんな事をな……ヘへ……へへへ」
ヨネから不気味な笑みが零れる。そこにはナンパ前に見せていた誠実さは微塵もなかった。本当はその時も誠実ではなかったが、今のヨネは完全に欲望に浸かっている。だが、そのお陰なのか。ヨネの下卑た笑い声で、意識を失っていたチェリケンの目がパッと見開かれた。
「うおっ、ケンさんが目を覚ました。無事で良かったっす……って、あれ? ケンさん?」
意識が戻ったチェリケンは勢いよく起き上がると、考えるよりも先にヨネに飛び掛かっていた。
「貴様ァ! やっぱりエロい事をする気だったんじゃないかァ! よくも僕を騙してくれたなッ!」
「うるせぇ! ナンパの行き着く先はどうやったってエロい事になるだろうが! 騙される方が悪いんだ。このアホがッ!」
「……貴様、今僕を愚弄したな? ケンタロウのケンは『賢い』と書くこの僕をッ!」
「だからなんだよ! そういうとこがアホっぽいんだ、このアホがぁッ!」
「ちょっとアンタ達、そんな事言い合ってる場合じゃないわよ!」
繁と紗雪が二人の仲裁に入ろうとする。しかし、下手に止めに入ると巻き沿いに遭いかねない勢いだった。周囲の目そっちのけで仲間割れしている様子には、島内最強の面影は微塵もない。
しかし、これでもう完全に勝負はついた。最初の趣旨からかなりズレているが、繁は冷静に状況を分析していた。今の自分達では華恋に敵わない。リライズ屈指の実力者——チェリケンが負けた事実がその考えをより大きくさせた。もしかすると、八史に匹敵するのではないかとも。
この状況はどうやらここで終わり。この場にいる全ての者がそう思っていたのだが—―——
残念ながら、そうはならなかった。
「誰かァァッ! そこの誰かッ! 俺を助けてくれェェグフォッ!」
公園の入口の更に先。噴水広場の方からこちらに向かって来る男がいた。その後ろには女の姿がある。必死に助けを求めている様子から察するに、どうやら追い回されているようだった。
そして、その男の助け声は、女が振り回している何かによって途切れた。男の身体が宙を舞う。
男はヨネ達と華恋の間に割って入る形で倒れ伏していた。その男を見て、ヨネとチェリケンは互いに手を止めた。青い半纏を着た男だった。そこでヨネはようやく本来の目的を思い出す。
「テメェは……桜井悠介じゃねぇか! ……こんのぉ、《《ついに出やがったな仕掛人めッ!》》」




