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トリックアクターズ  作者: 光井テル
Act.2 五章 花、舞い上がる
102/102

2.5.5

 ◇   ◇   ◇

 A区画 森林公園入り口


 モヒカン男——ヨネ率いるリライズの一団が、老婆の道案内をしているミリアム達に絡んでいる。

 作戦通りにナンパを決行し、見事に何の成果も挙げられていない訳だが、それでもヨネは諦めなかった。最後の悪あがきで、一目惚れした銀髪の女性の名前だけでも聞こうと、彼女の手を掴んだ。


 その直後、ヨネの身体が集団の最後方まで吹っ飛ばされた。


「ふぐぁぁあぁ!」


「ヨ、ヨネさんッ⁉」


 一同の視線がヨネの方へ向く。これには、それまで無関心だった紗雪も流石に反応を示した。


 一体何が起きたのか。繁がミリアム達の方に向き直ると、そこには蹴りの構えを取っている長髪の女性の姿があった。ミリアムの連れの女性だ。どうやら、彼女に蹴り飛ばされたようだった。


「品のない男ですね。女性に対してその振舞い。恥ずかしくないのですか」


 繁は「仰る通りです」と言いたくなったが、気にする事がもっと他にあった。


 この女性は一体何者なのか。さっきの蹴りにヨネは全く反応が出来なかった。不意打ちだった事もあるが、かなりの速度だったのは確かだ。明らかに素人の技ではない。


 この事態は完全に予想外だった。ヨネは勿論、他の仲間たちも同じ事を思っている。

 そして、それはミリアム達も同じだった。華恋の行動に、静江もミリアムも目を丸くしている。


 今、この場には天宮華恋の全容を知る者は一人としていないのだった。


「……何なんだよ急に。あの子に蹴られたのか俺ぁ……。とんでもねぇ威力だったんだが……」


 ヨネがゆっくり起き上がる。まだ足元がフラついているが、華恋達の方へ近づいていった。


「まぁそれはいい。君達ィ、連絡先をぉ……」


「まだやる気なんすか⁉」


 どう見ても脈がないのはハッキリしている筈なのだが、ヨネの目はまだ死んでいない。底知れない執念を感じさせた。


「しつこいですね。嫌がっているのが分からないのですか。……グレイスさん、静江さんと一緒にお下がりください。少し離れてもらえると有難いです。後の事は私が引き受けますので」


「え、えぇ。わかったわ……」


 華恋に言われるまま、ミリアムは荷物を受け取って、静江と一緒に後方へ下がる。

 リライズと華恋達の周辺には、人だかりが出来始めていた。何事かと足を止めて、その様子を観察するものが増えてきている。ミリアムと静江も、その中へ混ざっていった。


 そして、ミリアム達の安全が確保された事を確認すると、華恋は懐からあるモノを取り出した。


 それは指抜きの革グローブだった。そのグローブを両手に嵌め込むと、華恋はその場で軽く運動するように跳ねながら、突然妙な事を話し始めた。


「貴方達、漫画を読みなさい。出来れば少女漫画が良いです」


「え?」


「強く、気高く、美しく。広く道徳というものを学べます。私もそこから大切な事を学びました。私は私の信じた道をいく。こうしたいと決めた私に……誇れる私でありたいのです」


「えぇっと……ん? はい?」


「貴方達は、今、自分に誇れる自分になれていますか?」


 突然の発言に、全員が戸惑いの表情を見せた。何を言いたいのかよくわかっていない様子だ。


「よく分からんけど……とりあえず少女漫画は読まないかなぁ……なんて。……ははは」


「そうですか。それは残念です」


「そんな事よりさぁ、君すっごい強いんだねぇ。俺驚いちゃった。もしかしたら俺達気が合う……」


 ヨネがそこまで言ったところで、華恋は跳ねるのを止めた。深い溜息を吐き、俯いていた顔をゆっくり上げる。そして、グローブを嵌めた右手をぐっと握った。


「ここまで話が通じないとは……。もういいです。嫌がっている女性に付きまとう不届きもの。私は許しませんよ。えぇ、ここは見過ごせません。なので—―」


 華恋は不動立ちから流れるような動作で半身をズラした。それが何かの武道の動きである事はヨネ達にも分かった。また蹴りでも飛んできそうな雰囲気を感じる。


 別に怒らせるつもりは微塵もなかったのだが、ヨネは何が原因なのか分かっていなかった。何か癇に障る事があったならとりあえず謝るべきかとも考える。だが—―もう遅い。


「私は私の信じた道をいきます」


 華恋の動きは早かった。半身ズラした構えを保ったまま、摺り足でヨネに距離を詰める。あっという間に手の届く距離に迫り—―華恋の右手が拳となって、ヨネのみぞおちに炸裂した。


 身体の捻りが効いている綺麗な右ストレートだった。今度は不意打ちではない。ヨネはしっかり警戒していたが、それでも避ける事が出来なかった。再び集団の最後方まで飛ばされる。


「ぐぅ……な、なんじゃこりゃぁ……」


 こんな筈じゃなかったのに。ヨネはそう言いたげだったが、それを言いたいのは繁の方だった。

 華恋の目は周囲に居る繁達の方にまで向いている。このままでは全員やられる。


「チェ、チェリケン! 緊急事態だ、応戦しろォ! いや、応戦して下さいィッ」


 ヨネから余裕は完全に消えていた。もうナンパを考えている場合ではないとようやく気付く。


 そして、名を呼ばれた男——隅でずっと仁王立ちしていたチェリケンが視線だけヨネに向けた。


「何で僕が貴様の言う事を聞かなきゃならんのだ」


「お前この班に戦闘要員で選ばれてんだろうがァ! 今やらなくていつやんだよ! それにさっき俺に協力するって言ってくれたじゃん。頼む、今だけ! な? 今だけだから!」


「確かに協力するとは言ったな……。発言を覆す事は出来ん。フン、仕方ない。今回だけだぞ」


 チェリケンが仁王立ちを解いて先頭に向かった。華恋と正面から対峙する。

 チェリケンはリライズ屈指の実力者だ。八史を除くと、チーム内でトップ3に入る程に喧嘩が強い。今の面子で彼女とまともにやり合えるのは、チェリケンしかいないだろうとヨネは思った。


「次は貴方が相手ですか。いいでしょう。懲らしめて差し上げます」


「フン、多少はやるようだが、この僕の敵じゃないと教えてやる。……震え上がるがいい。僕の拳はそんなに生易しくないぞ」


「ほう、言いますね。余程自信があるのでしょうか。しかし、私もそれなりに鍛錬を積んできた身です。貴方に相手が務まるとは思えませんが」


「強気な女だな。だが、今にその口をきけなくしてやる。覚悟しておけ」


「こちらの台詞です。私の前に立った事を後悔させてあげますよ」


「後悔するのは貴様だ。母上から受け継ぎし僕の拳が最強なのだ。それを骨の髄まで教えてやる」


「いやいや、私だって――」


 ――中々始まらないな……。


 二人の言い合いはそれから更に一分程続いた。結果的に一番話が盛り上がっているのはこの二人なのではないかと繁は思ったが、それも一時の事だった。遂に二人の戦いは始まった。


 華恋は、先程と同じ要領でチェリケンに距離を詰めて、鋭く右ストレートを放った。

 チェリケンは片足を半歩引いてそれを躱す。そこから続けて華恋の右腕を掴み、同じように右ストレートで返した。カウンターの形だ。


 華恋はこれを左腕でガードする。その後は蹴り技も組み合わさって、更に激しさを増していった。


 一進一退の攻防が繰り広げられている。二人の戦いは素人目にもハイレベルなものだった。喧嘩というよりも武道の試合のようで、周りの人々は息を殺して完全に見入っている。


 互いに一歩も引かず、二人の力量はほぼ互角——と周りには見えていたが、華恋の攻めを見切って、全てカウンターで返しているチェリケンの方がやや優勢という認識が強まっていく。


「驚きました。言うだけはありますね。どうやら貴方は違うようです」


 驚いたというのは嘘ではない。華恋にはキメにいった技が数回あったのだが、その全てが完璧に受け止められていたからだった。そして、ここまでの攻防で華恋には気付いた事があった。


 このチェリケンと呼ばれている男は、何かの武術をやっている。それが具体的に何かは分からないが、相手の攻撃をカウンターで返すのがこの男の基本戦術である事は確かなようだった。自分の技が見切られているのは、モヒカン男を倒した時の様子を見られているからだろう。


「そんなものか。フン、やはり僕の敵じゃないな」


 この男は、自分の戦闘スタイルを事前に知っているからここまで相対出来ていると考えられる。

 では、どうすればいいのか。華恋は少し距離をとると、小さく息を吐いて構えを解いた。


「……ん? 何のつもりだ?」


 遂に負けを認めたのか。チェリケンをはじめ、ヨネ達も同じ事を思った。


 しかし、華恋の闘志が萎えているようには感じられない。一同が不思議に思っていると、華恋はその場でゆっくり片足をあげて、妙な構えをとった。右膝を曲げて上げており、左足に重心を乗せて立っている。何かの準備運動のようだった。それからゆっくり右足を下げて、前傾の姿勢をとる。手は拳を作っておらず、掌をチェリケンに向けていた。


「おい、何だアレ」


 ヨネが繁に訊く。学校では新聞部に所属する繁は、調べものが好きな事もあり、雑学に強かった。


「あ、アレは……」


 繁は知っていた。と言っても直に見た事はない。テレビや映画、ネット動画で見ただけだ。だが、間違いなかった。それを繁が口にする前に華恋が動きだす。再びチェリケンとの距離を詰めた。華恋の姿勢は先ほどよりも低く、更に早かった。そして、互いに触れ合う距離まで近づいたところで、華恋は重心の移動に合わせて、低い位置から前足を勢いよく振り上げた。


 先程までと戦闘のリズムが全く違う。それまでの動きを想定していたチェリケンは、ここで初めて華恋の蹴りをまともにくらう。その光景を前に、繁は静かに口を開いた。


「アレは……少林拳。カンフーの動きです」


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