第12話:解かれた謎と、狂愛のハッピーエンド
歌舞伎町のビル街の隙間、いつもの冷たいアスファルトの上。
殺し屋としての死線を潜り抜け、ボロボロの地雷系ファッションで傷を舐め合う過酷な路上生活。そんな極限状態にありながら、私はふと、ある素朴な疑問を抱いていた。
(……この子たち、どうして『恋愛』の話を一切しないのかしら?)
年頃の女の子といえば、恋バナの一つや二つで盛り上がるのが世の常だ。
ましてや街を行き交う同世代の少女たちは、男ウケや恋人の話で持ちきりのはず。それなのに、私を追って家を飛び出し、泥と血に塗れて殺し屋稼業に身を投じた彼女たちから、男の影や恋愛の噂を感じたことなど一度もなかった。
「ねえ、みんな。好きな男の子とか、気になる人とかいないの?」
包帯を巻き直しながら何気なく尋ねると、少女たちは顔を見合わせ、まるで「何を今更」とでも言いたげな妙な笑みを浮かべた。
「いるわけないじゃん。男なんてみーんな汚いし、つまんないもん」
「そうそう。私たちには……もっと特別で、最高に愛おしい人がいるからね」
そう言って、彼女たちは熱っぽい瞳で私を見つめてくる。
(あはっ……本当に私を『カリスマ』として慕ってくれているのね)
激痛に耐えながら、私は自分の圧倒的な人気に満足し、いつものように冷徹な美少女として微笑みを返していた。
けれど、私は気づいていなかったのだ。
彼女たちの鋭さと、その愛の「深さ」に。
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その夜、大掛かりな抗争を終えた私たちは、血と泥に汚れた身体を濡れタオルで拭い合っていた。
太ももの貫通傷、自ら撃ち抜いた腕、ズタボロの服。
痛みが脳を焼き切るような狂気の中で、私はどこまでも「丁寧」に自分の髪を梳かし、リップを塗り直していた。
体中穴だらけで、死の淵に片足を突っ込んでいるのに、誰よりも化粧にこだわり、誰よりも服のフリルを気にかけ、自分という女の子を誰よりも愛おしそうに手入れする。
――その異様な光景を、少女たちはじっと見つめていた。
「ねえ……ルナちゃん」
一番年下の少女が、私の膝に顔を埋めながら、ぽつりと呟いた。
「ルナちゃんってさ……本当は『男の子』だったんでしょ?」
「……え?」
コームを動かす私の手が、ピタリと止まった。
脳裏をよぎる前世の記憶。トラックの眩しいライト、痛がりだった冴えない男子高校生としての自分。
「ルナちゃんは、自分が『最高に可愛い女の子』であることが嬉しくてたまらないんだよね。だから誰よりも女子力が高くて、自分を大切にしてる。……でも、その大好きな体をズタボロにして苦しむのを見て、一番興奮してるのもルナちゃん自身でしょ?」
「な……何を言って――」
「隠さなくていいよ」
別の少女が、私の傷だらけの手に優しく自分の手を重ねてきた。
「ルナちゃんの動きや考え方、たまに見せる視線……ずっと近くで見てればわかるよ。普通の人間の感覚じゃないもん。異世界転生だか、生まれ変わりだか知らないけど……ルナちゃんの中身が、『女の子を狂愛する男の子の魂』だってことくらい」
私は絶句した。
神様から貰った完璧なルナとしての容姿、冷徹な殺し屋の演技。前世の性癖を隠して優雅に振る舞っていたつもりが、私を狂信的に観察し続けていた彼女たちには、最初からすべて見抜かれていたのだ。
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秘密が暴かれた恐怖で、前世の「ヘタレな男子」の心が顔を出しそうになる。
けれど、彼女たちの瞳に宿っていたのは、軽蔑や拒絶ではなかった。
「……怖がらなくていいんだよ、ルナちゃん」
彼女たちは吸い寄せられるように私に擦り寄り、傷だらけの私の体を、壊れものを扱うように、けれど力強く抱きしめてきた。
「私たちが男に興味ない理由、わかった?」
「ルナちゃんが、誰よりも『可愛い女の子』であることを追求して、誰よりも自分を愛してるからだよ」
「そんなルナちゃんを見ちゃったら……そこら辺の男なんて、誰も好きになれるわけないじゃん」
彼女たちの体温が、私の傷口に触れる。
ドクン、と太ももの貫通傷が激痛を訴え、私の脳内に最高の快楽が駆け巡る。
「私たちが自分の体を傷つけてまでルナちゃんのライバルになったのも……ルナちゃんが喜ぶ『ズタボロで最高に可愛い女の子』になりたかったからだよ」
「ルナちゃんが前世で求めてた理想のヒロインも、ルナちゃん自身のことも……私たちがぜんぶ、愛してあげる」
「あ……あぁ……っ!」
激痛と、暴かれた秘密と、それすらも飲み込む歪んだ愛の暴力。
前世では友達一人おらず、誰にも愛されなかった冴えない男子高校生。
それが今、理想の美少女「ルナ」に転生し、自分の歪んだ性癖も、隠していた正体もすべて受け入れられ、傷だらけの美少女たちから狂愛されている。
「あはっ……ふふっ、あははははっ……!」
私はたまらず、声を上げて笑い出した。
冷徹な仮面は剥がれ落ち、血塗れの金髪ボブを揺らしながら、狂気と恍惚に満ちた涙を流す。
「みんな……最高……! 本当に、最高の女の子たちよ……っ!」
「うん! ルナちゃん、大好き!」
「これからもずっと、一緒にズタボロになろうね!」
冷たいコンクリートの上、血と汗と涙が交ざり合う。
体中穴だらけで痛くて、ホームレスで、殺し屋で、全員の頭が狂っている。
けれど、ここにあるのは間違いなく――私たちが手に入れた、世界で一番美しく狂った、最高のハッピーエンドだった。




