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3-5 十五歳の領分【ザラメ砂糖三代記】  作者: maki_senokouji


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第2話 陽だまりの介護

 午後の柔らかな光が差し込む高校1年生の教室で、まさ子は、どうしても重くなる瞼に抗えずにいました。

 教壇に立つ教師の言葉が、遠い波音のように聞こえます。限界でした。まさ子の頭が、こくり、と小さく揺れます。

 「山本さん。山本まさ子さん」

 教師の声に、まさ子は弾かれたように顔を上げました。

「……はい。ごめんなさい」

 何も言い訳はせず、ただ、椅子から立ち上がり、深く頭を下げました。

 早朝、邦明叔父さまのマンションで朝食を作り、起きた彼の枕元を整え、それから登校する。まさ子にとってそれは充実した日々の生活の喜びであっても、身体には確かな疲労が蓄積していました。

 「センセ-、ちょっとは理由とか聞いてあげてくださいよー」

 隣の席で、川野詩織が気怠げにペンを回しながら声を上げました。

 「まあちゃんはこのところ『介護疲れ』なんです。ご高齢のおじいさまのお世話を毎日一人で頑張っているんだから、学校で少しくらい気を抜いて休むのは、大目に見てあげてください」

 「介護……? そういえば、お祖父様のエス先生はもう九十を超えていらっしゃいましたよね。お母様もお忙しいのでしょうし、大変なのね」

 このお嬢様学校には、執事やメイドに(かしづ)かれて身の回りの世話をされている生徒は多数いても、自らの手で家族の介護をしているような生徒は、ほとんどいません。

 教師の視線が、叱責から労りへと変わります。まさ子は慌てて首を振りました。

 「いえ、そんな……。授業中に居眠りをするのは、私が悪いんです。気をつけます、ごめんなさい」

 「まさ子さん、無理をしてはだめよ。お世話をしているあなたの方が潰れてしまったら、おじいさまだって悲しむわ。周りの力を借りることも覚えなさいね。そのために、介護のプロの方がいらっしゃるのだし」

「……はい。ありがとうございます」



 休み時間、まさ子は溜息をついて、詩織に向き直りました。

 「しいちゃん、ありがとう。でも、駄目ね。私、これくらいのことで居眠りだなんて……」

 「まあちゃんの駄目なところはね、全部自分で完璧にやろうとするところよ。先生も言ってたでしょ? 周りに助けてもらうのが『できる人』の嗜みなの」

 詩織は、高級そうなネイルをこすり合わせて研ぐような仕草をして、不敵に微笑みました。

 「いいから、私にも手伝わせなさい。今日の帰りは、おじさんのところ、私も一緒に行くわ。こう見えて私、下のお世話だって慣れているんだから」

 「ひどいよ、介護だなんて……」

 まさ子が困ったように笑うと、しおりは真剣な表情で彼女の肩を叩きました。

 「いいから、今日は私を連れて行くの。こういう関係って、当事者だけで煮詰めちゃうと、いつか不幸になるわよ。望んで日陰者になったまあちゃんだからこそ、定期的にお日さまに当たらないとね」

「……あなたがお日さまってこと? ……分かった。いいわ。お願いする」


 この日の夕方、邦明のマンションに出現した二人の女子高生は、嵐のように家事を片付けていきました。

 戸惑いながらも、二人のペースに巻き込まれ、されるがままに世話を焼かれる邦明。

 詩織は、まさ子の「完璧すぎる献身」が邦明を息苦しくさせないよう、あえてガサツに、けれど明るい空気を部屋に振りまいていきました。

 「じゃ、私はここまで! おじさん、まあちゃんをあんまりこき使わないでくださいね!」

 嵐の去った後のような静寂の中で、まさ子は邦明の前に座りました。

 「ごめんなさい、叔父さま。詩織ちゃんが、どうしても一緒に行くってきかなくて……。落ち着いて休めなかったでしょう?」

「いや。……詩織ちゃん、いい子だね」

 その言葉が終わるか終わらないかのうちに、まさ子の指が、邦明の太腿をぎゅっ、とつねりました。

 「……いててっ。いや、まさ子、変な意味じゃないよ。お前のことを心配してくれているのが伝わって、安心したって意味だ」

 「……いつも私だけだと、重いですか? 煮詰まりますか?」

 まさ子の瞳に、少しだけ湿り気を帯びた不安が宿ります。邦明は、まさ子の頭に手を置き、優しく撫でました。

 「そんなんじゃないさ。ただ、俺も……ここではない場所でのまさ子が、どんな表情で友達と笑いあっているのか、それが見られると安心するんだよ」

 まさ子は、溢れそうになる感情を抑えるように、邦明の広い胸に顔を埋めました。

「……ありがとうございます。やっぱり、まだまだですね、私」

「大丈夫。まさ子は、そのままのまさ子でいいんだよ」

 背中に置かれた邦明の手のひらの温かさに、まさ子は、自分がいつのまにか背負っていた「完璧でありたい」という呪縛が、少しずつ溶けだしていくのを感じていました。


(十五歳の領分 完)

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