5.朝食
(うーん!)
使い慣れたベッドの上で伸びをする。枕も、シーツも新品である事を除けば馴染みのある物だった。淡いピンクに白い花がいくつも刺繍され、ふわふわのレースがぐるりと縁を飾る布団を撫でながら昨日の事を思い出す。
ダンスを終えた後、アルフレッド様は約束通りずっと側にいて、手を握り続けていた。
前回と違うことがあまりにも多すぎて整理できず、思わず頭を抱え、枕に顔を突っ伏せて足をばたつかせていると、ドアをノックする音が聞こえ、ニーナが入ってきた。
「シャルロット様、ご気分はいかがですか? 慣れないベッドですがゆっくり眠れましたでしょうか」
「ええ、よく眠れたわ」
「それは良かったです。アルフレッド様から朝食を一緒に、とお誘いがありましたので、急いで用意いたしましょう」
ニーナの弾む声に、思わずベッドから落ちそうになる。
「えっ? 朝食を一緒に? あのアルフレッド様が??」
思わず大きな声を出した私をニーナが訝しげに見る。
「あっ、いえ、あまりにもびっくりしてしまって。アルフレッド様は公務で忙しいと聞いていたので」
「ええ、夜はいつ仕事が終わるか分からないので、できる限り朝食は一緒に食べたいそうです!」
「……そう。分かったわ。では、すぐ用意しましょう」
前回の人生でアルフレッドと一緒に食事をとった事は一度もない。
ニーナにされるがままにナイトドレスを脱いで、ピンク色のワンピースに袖を通す。襟首まできちんと詰まったのはキーランの服の特徴で、肌の露出は控えめ。襟元の繊細なレースが気に入っている。
ドレッサーの前に座り、髪を結い上げながら考える。死にたくない。生き延びる。それは絶対なのだけれど、いつ、どこで、どのような理由で殺されたのかが思い出せない。
それが分かれば対策も取れるのだけれど。
とりあえず、今の手がかりはアルフレッド様だ。私が死んだ時側にいたのだから、何かしら関係があるはず。そう考えれば、毎日朝食を一緒に摂ることは、何かの足がかりになるかも知れない。
切り替えが早いのが良いところだと、母から言われたことを思い出す。
よし!
頑張るぞ!!
思わず拳を握った私をニーナは不思議そうに見ていた。
私に用意されたのは続き間の二部屋で、入ってすぐが居間、奥が寝室となっている。その居間にある椅子にアルフレッド様は足をくみゆったりと座っていた。
朝日を浴びていつも以上に艶やかな黒髪と、涼しげな目元が美しい。
「おはよう、シャルロット」
「おはようございます、アルフレッド様」
紺色の上着に白いシャツの一番上のボタンが外されている。 昨日の正装と異なる、少しリラックスされた装いだ。
テーブルの上には温かな朝食がすでに並べられていて、それらを挟み向かい合うように席についた。
朝食のメニューは、クレープ生地に野菜を巻いてトマトソースがかけられたものと、果物が巻かれたもの。多分、こっちはデザート。それから白いふかふかのパンにコンソメスープ。アルフレッド様のお皿にはクレープが二つ並んでいた。
ナイフとフォークを使い、クレープを切るとソースをたっぷりつけて口に運ぶ。シャキッとした野菜の食感と酸味の効いたトマトソースがとても美味しい。私が半分食べ終わる頃には、アルフレッド様は二つとも食べられていた。
「あの、アルフレッド様はお忙しいと聞いております。朝食を一緒にとれるのは嬉しいのですが、無理はなさらないでください」
「朝食を一緒にとる時間ぐらいなら作れる。シャルロットが気にすることは何もない」
作れるんですね。
作れたんですね。
いや、もうそれぐらいのことで驚きませんよ。
笑顔のアルフレッドに対し、思わず目が座りそうにはなったけれど。そこは慌てて笑顔で誤魔化した。私の笑顔を好意的に受け取ったようで、アルフレッド様の頬が少し緩んだ。
「それに、毎日会っていれば、困った事があればすぐに聞いてやれるだろ」
「…………」
あっ、だめだ。
思わず言葉を見失った。
ポカンと口をあけた私の手からパンが一切れこぼれ落ちて、床を転がっていく。ニーナがさりげなく拾うのが目の端に映った。
「……それでしたら、ザイルに言いますのでお気になさらず」
「………何故ザイルだ?」
「何故と言われましても」
前回そうだったからとしか言いようがない。
「アルフレッド様の側近ですし、頼りになりそうな方なので」
「ほう、頼りに、か」
今度はアルフレッド様の目が座る。またまた不機嫌なご様子。
「はい。ですから、お気遣いは不要です」
「……いや、朝食は必ず一緒にとる。だから、何かあれば、俺に一番に言えばよい」
アルフレッド様は眉間に皺を寄せながら、きっぱりと断言して珈琲をいっきに飲みほした。
朝食が終わった後、アルフレッド様は城での生活について話しはじめた。
「シャルロットにはこの国の妃となる為の教育を受けて貰いたい。ガンダリアは貿易で成り立っているので、少なくとも五カ国語の習得が必要だ。あとは、国の歴史や産業についての教育もある。しかし、そんなに根を詰めてしなくても良いからな、気分転換をしながらすれば良い。疲れたなら休めば良い」
以前は朝から晩まで机に向かわされたけれど、どうやら今回は随分甘い気がする。
「……それから、講師はザイルがするが、不満があればいつでも違うやつを寄越すから遠慮せずに言えばいい。絶対遠慮はいらないからな」
「いえ、ザイル様がいいです」
「…………そうか」
キッパリとそう伝えると、苦虫を噛みつぶしたような顔でそっぽを向いてしまった。いったい何が不満なのだろうか。
前回はアルフレッドに相応しい妻になる為にと、それこそ寝る間を惜しんで頑張って勉強をした。その為、殆どの時間をこの部屋で過ごす羽目になってしまった。
今となってみれば、私をこの部屋に閉じ込めて監視をするための教育だったのだろうと思う。
「アルフレッド様、私は既に五カ国語を話せます。ですから勉強の時間を減らし、その代わりに護身術を覚えたいのですが」
「護身術をか?」
「はい、いざという時は自分の身は自分で守りたいですから」
「……そうだな、それは良い考えだ。では時間を見て俺が教えよう」
怪訝な表情を浮かべていたけれど、理由を話すと、びっくりするぐらいあっさり許可してくれた。それは、うれしいのだけれど……
「アルフレッド様はお忙しいですし、他の方で結構です。ザイルをお借りできますか?」
「……シャルロットは随分、ザイルを気に入っているようだな」
なんだが、ザイルの名前を出す度に不機嫌になっていく気がするのはどうしてだろう。ザイルの役目は私の面倒を見ることだったはずなのに。
とりあえず、勉強は無理なく休憩を挟みながら。
護身術はザイルに教えて貰うことが決まった。
アルフレッド様が帰ったあと、ニーナの入れてくれたお茶を飲みながらとりあえず一息をつく。
ふと見上げた天井には六角形の銀のシャンデリアが飾られていて、それぞれの角に蝋燭が付いていた。確か、死ぬ前にみた光景では、アルフレッドの肩越しにシャンデリアが見えたはず。
色は何色だったかしら
金のような気もすれば、銀のようにも思う。ただ、目を瞑り、指を順に折っていく。
……蝋燭の数は五本だった
「……シャルロット様? どうされたのですか? 先程からご自身の手を見つめていらっしゃいますが」
「ひゃっ、び、びっくりした。どうしたのニーナ」
いつの間にか目の前に怪訝な顔をしたニーナが立っていた。
「なんでもないわ。気にしないで」
「それでしたらよろしいのですが、」
そう言って、くるりと振り向き扉の方を掌で指す。
「ザイル様がお越しです」
(先に言ってよ)
両手に数十枚程はありそうな紙を抱えたザイルが、少し困った顔でシャルロットに向かって歩いて来ると、どさりとその紙束をお茶の横に置いた。
「シャルロット様、少しお時間を頂けますか?」
「はい、何でしょうか」
紙を一枚手に取ると、異国の言葉が書かれていた。なんとなく、見覚えがあるような気もする。
「……テストですか?」
「申し訳ありません」
なるほど。いきなり五カ国語ができるって言っても信じられないので、テストをするということね。
どれどれと紙束を両手で受け取り、パラパラとめくってみる。
すると、どれもこれも見たことがあるものばかり。これなら全部分かる! 先程は思わず、できる、と言ってしまったけれど、記憶が全て戻ったわけではないからどこまで覚えているか実は不安だった。
ただ、もう一度あれだけの量を勉強する気にはなれなくて、気がつけば五カ国語話せると言ってしまっていたのだ。
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