4.晩餐会2
私の足は会場の扉の前で立ち止まった。
(もう、…帰りたいな)
くるりと向きを変え、扉に背中を預け、自分の足元を見る。一度目の人生の時は、晩餐会の間中こうしていたのを思い出す。
一瞬、何かが変わったのではないかという考えが頭をよぎったけれど、やっぱり何も変わっていなかった。自分の甘い考えを捨て去るように、ゆっくりと息を吐き出した。その時だった。
バン!
いきなり耳元の壁がなり、びっくりして顔をあげると、息を切らしたアルフレッドの紫の瞳が間近にあった。
「この部屋に居るよう言っただろう。……いや、そうじゃない……」
アルフレッドが頭を振る。艶やかな黒髪がその度跳ねるように動いた。
「誤解だ。クローディアとはなんでもない。ふりをしてくれと頼んでいたのを忘れ……いや、それは以前の事で……あぁ何と言えばいいか……」
「ふり?以前?」
よく分からない言葉に首をかしげる。アルフレッドは右手で頭を掻きながら、まだもごもごと何か言いつづけている。
そんな時だった。背を預けていた背後の扉がいきなり開き、バランスが崩れてしまった。
(倒れる……)
そう思った瞬間、逞しい腕が私を抱き止めた。目を開ければ青いスーツが目の前にあり、一瞬息がとまる。次にほのかに良い匂いがした。それが、あの赤いドレスの女が付けていた香水だと思い至った瞬間、反射的に両手でアルフレッドの胸を押し退けていた。
「お二人ともこちらにいらっしゃったのですか。ダンスの時間ですが、主役がいませんと始められません」
扉を開けたのはアルフレッドの側近のザイルだった。彼は怪訝な顔をしながら私達を交互に見ている。
「すまないザイル。すぐに行く」
アルフレッドはそう言うと三度私の前にその手を伸ばした。
(触りたくない)
先程見た光景が浮かび、眉間に深い皺が入る。何故か潤んできた瞳を見られたくなくて、唇を噛んだまま下を向く。しかし、会場内の視線が開けられた扉の隙間からこちらに向けられているのが、背中越しにでも伝わってきて、私は仕方なく、おずおずとアルフレッドの手に自身の手を重ねた。
(以前は踊ろうともしなかったくせに)
「何か言ったか?」
「いえ、何も」
精一杯の作り笑いを顔に貼り付けて答えた。
アルフレッドが優しくエスコートし、会場の中央まで進む。皆の前でダンスをする――一度目人生で私が夢見ていた事だった。
音楽が流れる中、二人が同時に足を踏み出した。アルフレッドの右手が、まるで壊れ物を扱うように腰にまわされ、ゆっくりとリードしてくれる。見上げるとそこには、眉を寄せ辛そうにも、困っているようにも見える表情を浮かべる顔があった。
「シャルロット、聞いてくれ。先程………」
「何の事でしょうか?」
遮るように言った言葉に、虚をつかれたような表情を浮かべる。
私は作り笑いを崩さず提案する。
「ダンスを楽しみませんか?」
「あっ、ああ。そうだな」
ホッとした表情の後、柔らかく微笑むその顔を、私は気づかれないよう冷めた目で見上げた。くだらない言い訳なんてする必要も聞く必要もないと思った。
そして、さっきの胸の痛みは気のせいだともう一度自身に言い聞かせた。
(絶対、生き延びる)
その為にどうすべきか、考えなければいけないことが今の私には沢山あった。
音楽が流れる中、二人だけで会場中の視線を浴びながら踊り続け、曲の第一章が終わったのを合図に、十数組がダンスに加わってきた。曲調も先程の穏やかなものから、少しテンポを上げ華やかなものに変わった。令嬢の嗜みとして、ダンスは教え込まれたので、どんな曲でも踊れるけれど……アルフレッドを再びじろりと見上げる。
(一度目の人生では、踊れないと断りましたよね)
婚約披露もかねた晩餐会で、主役なのに踊る事が出来ないと知りどれだけ悲しかったか。目に溜まった涙が溢れないように下を向き、目を瞑り必死に耐えていた私、本当に可哀想。
「…ダンスはお嫌いなのではないですか?」
つい感情のまま冷たい声が出てしまって、ニーナの言葉を思い出し、あわてて無理に唇の端を引き上げておく。
「得意ではないが出来なくはないかと……うまくリード出来ていないなら謝るが」
(ちっ…出来るんじゃない)
「ん?何か言ったか?」
「いえ、お上手でびっくりしました」
感情が顔に出るだけでなく、先程から心の声まで漏れてしまっているのかもしれない。気をつけよう。
「それなら良かった。一度シャルロットと踊りたいと思っていたのだ」
はぁぁっ!!
つま先を思いっきり踏んでやろうかとあげた足を、何とか思いとどまって、正しいステップの位置におろした。
貼り付けた笑顔が剥がれそうになって、唇の端がピクピク震えてくる。アルフレッドはいったいどんな顔をして言っているのかと盗み見ると、先程と同じように赤い耳が目に入ってきた。
曲が終わり、踊り終えた私達を皆が称賛の声で迎える中、席に戻ろうとすると赤いドレスの女が恰幅の良い男と一緒に近づいてきた。男の方は、先程紹介してもらったこの国の宰相であり、国王の右腕でもあるセオドアだ。
「アルフレッド様、娘をシャルロット様に紹介してもよろしいでしょうか?」
セオドアの言葉に一瞬渋い顔を見せたけれども、すぐにもとの表情に戻り隣にいる私に視線を移してきた。
「あ、あぁ。シャルロット、幼馴染であり、セオドアの娘のクローディアだ」
「初めまして、シャルロット様。どうぞお見知りおきを」
赤い髪に、エメラルドの瞳を持ち、大輪の花が咲いた様に笑う華やかな女性で、これでもか、と豊満な胸を強調するかの様に襟元が大きく開いたドレスを着ている。真っ赤な唇が意地悪く弧を描き、瞳には嘲りの色が浮かんでいる。
(あぁ、この顔何度も見たなぁ)
「クローディア様、こちらこそ宜しくお願いします」
ちゃんと私の顔に笑顔が張り付いているだろうか。
「娘は回復魔法が使えますので、必要な時はいつでもおっしゃってください」
親切そうな顔で言うがその顔にははっきり、お前は使えないんだろと書いてある。それはもう、くっきりと。
「ねぇ、アルフレッド様、次は私と踊ってください。約束でしょ?」
クローディアが甘えた声を出し、アルフレッドの腕に自分の腕を絡める。仮にも婚約者の前でのこれは、宣戦布告といったところかしら、どうでもいいけど。
(どうでもいいけど、なんかムカつく…)
そういえば、前回は二人して会場から消えたまま帰ってこなかった。あの抱擁の後、いったい何をしていたのか……
でも今回は、クローディアの腕を強引に振り解くと、これまた強引に私の肩を抱いてきた。思わずよろめき、私のおでこがアルフレッドの肩にあたった。
「いや、今夜はシャルロット以外と踊るつもりはないから」
その横顔を下からじろりと見上げる。さっきまで噴水の前で抱き合っていたのに、今更何を言っているのだろうと思うと、どんどん腹が立ってきた。
さらに、先程飲んだアルコールがダンスをしたせいか、今になって回ってきている。
(もう、どうでもいいわ)
すっかり投げやりな気分になってきてしまった。
「踊られてはいかがですか?」
「えっ、いや。俺は貴女以外とは……」
「約束、されたのですよね」
私の鋭い視線に、アルフレッドが言葉を失う。何か言い訳をしようとしているみたいだけれど、言葉が出てこないという感じで、口をぱくぱくさせている。
「ザイル、私の相手をしてくれるかしら?」
私は満面の笑みで振り返ると、ザイルの手を取って再びダンスの輪の中に入っていった。
読んで頂きありがとうございます。
興味を持って頂けましたらブックマークお願いします。
次話からはお城での生活が始まります




