31.運命を変える 4
暴力表現あります
扉を開けると目の前にアルフレッド様がいた。
突然現れた私に一瞬驚き、すぐにほっとしたように強張った表情を緩めた。
「大丈夫か?……」
私に差し出された手が宙で止まった。紫色の瞳が大きく開かれ左腕の傷に向けられる。先程、ザイルに切られた左腕からは血が滴り落ちていた。それを見ると慌てて胸ポケットに入っていたチーフで傷口を押さえてくれる。
「シャルロット、どうしたんだ? 一体何があったんだ? ニーナはどこに?」
青ざめ顔をしながら、腕に強くチーフを縛って止血してくれた。
「大丈夫です。ニーナはもうすぐしたら来ると思います」
「ニーナに刺されたのか?」
「? まさか。彼女は私の侍女ですよ。これはザイルに斬られました。ザイルは今ニーナが縛り上げています」
ザイルが? 呆然としながら呟くアルフレッド様の胸を軽く押すようにして部屋の中に入る。ぐるりと部屋を見渡すと、クロード様と二人でお酒を飲んでいたようで、護衛や側近の姿は見えなかった。
深呼吸を一つしてクロード様に近づいて行く。
「ザイルは貴方の指示で動いていたのね」
「何のことだ?」
「二人で飲んでいたのは、万が一にもアルフレッド様が執務室に行くのを防ぐためよね」
背後からアルフレッド様の足音が聞こえる。
「シャルロット、一体何の事を言っているんだ?」
訳が分からず戸惑いの表情を浮かべているアルフレッド様の前に、握りしめていた『宣言書』を広げて見せる。
始めは怪訝な顔をしていたが、目を通している内に憤怒の表情に変わっていった。
「ザイルがこれを作っていたのか」
怒気と戸惑いが混じった声で呟く。私が小さく頷くと眉が悲痛に歪んだ。
「ザイルはクロード様が遣わした密者だったの。目的はこの国をブグドアが支配するため。キーランとブグドアが協力してガンダリアを攻める。そのあとブグドアは私を人質にしてキーランを降伏させるつもりだったのよ」
「そういうことか……」
合点がいったように呟くアルフレッド様に背を向けて、私はクロード様と向き合った。手にしていた宣言書を彼に見えるように真正面に突き出す。
「ザイルはこれを貴方に渡すつもりだった。そして、貴方は偽の書類を父に見せ、ガンダリアを攻撃する計画を持ちかける」
もう一歩足を進める。
一度目の人生の記憶が蘇ってくる。あの時どれだけの人間が死に、苦しんだのか。またそれを繰り返すことは絶対に許せない。
きっと私はこのために戻ってきたのだ。
「あの宣言書とザイルの証言がある限りもう言い逃れできませんよ」
クロード様の顔が醜く歪んだ。
それは一瞬の出来事だった。
クロード様が胸から短剣を取り出し、私に向かって襲い掛かってきた。
「危ない!!」
アルフレッド様の声が聞こえ、伸ばされた腕が目の端に映ったけれど、その手がわたしに届くことはなかった。一瞬早く私はクロード様の腕に囚われていた。
首には彼が懐から出した紫に光る短剣が当てられていた。
クロード様の胸が紫色に光っていたのはこれだったんだ。まさか食事に短剣を胸に忍ばせているとは思わなかった。
私が護身術で見ていた短剣よりも短く、刃の部分だけならクロード様の手と同じぐらいの長さのだった。そして、その刃は鈍い紫の光を放ち私の首に触れるギリギリのところで止められていた。
「やめろ! シャルロットを離せ」
「うるさい!!」
「外には衛兵が控えている。ここで騒ぎを起こしても逃げ切る事はできないぞ」
クロード様は憤怒の表情を浮かべ、短剣を握る手は血管が浮かび上がり切っ先がブルブルと震えている。
「どうして邪魔をするんだ。やっとこの地位に立つ事ができ、あと少しで全て手に入れる事ができたんだ。それなのに」
クロード様は血走った目で私を睨みつけた。
「全てが水の泡だ」
忌々し気に口調を荒立てながら、耳元で話し続ける。そのおぞましさに鳥肌が立ち足がすくんで動けない。
「逃げられないなら、せめて俺の邪魔をしたこの女を……」
短剣が首元から腹に動いた。
「ひと思いでは死なせない。激痛と生きたまま身を焼かれるような苦痛のもと死を迎えるがいい」
「やめろ!」
アルフレッド様が一歩足を前に進める。
「動くな。だったらお前が代わりになるか?」
クロード様の意識がアルフレッド様に向かった。その隙を突いて私は首からぶら下げていた笛を吹いた。
この場にいる人間は何も反応しない。でも、外からは……だんだん音が近づいてきた。ここは一階だ、窓の向こうから近づいてきたその足音はそのまま硝子を破って中に飛び込んできた。
グゥー、
唸り声をあげ、茶色の大型犬が私達の前ににじりよる。私が吹いたのは犬笛だ。庭でカイルにあった時予備があるからと貸してもらった。そのついでにいくつか吹き方も教えてくれた。
長く吹くのは助けて、の合図。
そして、二度と短く吹くのはいつでも攻撃して良い、の合図。
私が二度吹くと茶色い体を引く構え、いつでも飛びがかれる体勢をとった。そのまま後ろ足で床を蹴るとクロード様の右腕に食らいつこうとする。クロード様が慌てて腕をはらうのでそこに隙ができた。
私は体を捻るようにしてその腕から逃れ、胸を大きくつき飛ばした。そして、もつれそうになる足でアルフレッド様の元に駆け寄る。
伸ばした私の手とアルフレッド様の指が触れ……
「シャルロット、危ない!!」
アルフレッド様が私の腕を掴むと、そのまま強く引っ張り後方に私を突き放した。床に倒れる瞬間、目の端にアルフレッドの様の腹に短剣が刺さるのを見た。
「アルフレッド様!!」
私の叫び声と同時にカイルが割れた窓から飛び込んできた。倒れこむ私、短剣が突き刺さったアルフレッド様、犬が今にも飛びかかろうとしているその目線の先にいるのはクロード様。
カイルは一瞬で状況を判断したようで、剣を抜くとクロード様に向かって行った。その剣がクロード様の右肩を切り裂き、犬は足に牙を立てた。
廊下からは足音と怒声が聞こえてきた。扉の前には血の付いた服を着て、短剣を手にしたニーナがいる。
私は這うようにしてアルフレッド様の傍らに行き、その身体を抱き起こした。腹から血が流れ、顔色は青を通り越して白くなっている。いつも優しく微笑んでいた顔は苦痛に歪み、腹はどんどん紫色に染まっていく。
アルフレッド様は薄っすらと目を開けると、その手を私の頬に伸ばしてきた。
「よかった。今度は守る事ができた」
私は広がり続ける紫の光に両手を当てる。
「目を開けて」
「私はまだ何も伝えられていない」
そう嗚咽混じりに叫んだ時、辺り一面が白い光に包まれた。まるで何かが爆破したかのように私の体から発せられたそれらは、凝縮するようにアルフレッド様の体の上に集まり私の手を通して彼の身体の中に吸い込まれていった。
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最終話は糖分多めにしています。




