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30.運命を変える 3

暴力表現があります


 宴を抜け出した後、自室には戻らずアルフレッド様の執務室へと向かった。


 執務室には鍵がかかっている。行っても無駄かも知れないけれど、ブグドアと交わした書類が今そこにあると思うと自然とそこに足が向いていた。


 扉の前まで来ると、周りに人がいない事を確認してから、ドアノブに手をかけた。細かく指先が震えているのを必死で抑えながらゆっくりと回していく。すると、カチャリと小さな音がして、部屋の明かりが細く廊下に漏れてきた。

 

 早鐘のように鳴り響く心臓をぎゅっと抑え、すっと息を吸うと、扉を大きく開く。


「ザイル、そこで何をしているの?」


 私の声に、机に座り書類を作っていた男の身体がビクッと揺れ、驚いた表情でこちらを見てきた。アルフレッド様がこの部屋の鍵を預けるとしたらザイルしかいない。側近の彼なら鍵をあけ書類を書いていても不自然ではない。


 だから私は、ザイルが状況を掴むまでの一瞬の隙を突いて机の上の書類を奪いとり、素早く目を通す。言い逃れされる前に証拠を掴まなくてはいけない。



 その書類には


 『宣言書』

 今後、鉱山はガンダリアが独占する。 

 また、隣国への輸出を全て取りやめる。


 そして文章の最後にはアルフレッド様のサインがされていた。



「どういうこと? 昨年と同じ内容で協定書は結ばれたはずよ」


 ザイルは何も言わずに、ガタッと小さな音をさせ立ち上がった。俯き気味のその顔にいつもの優しい表情はない。


 書類に押された王の印はまだインクが新しく盛り上がっている。その印に指先を押し当てると、赤く染まった。


「印が乾いていないわ。今押されたばかりね」

「……貴女は何か勘違いしている。その書類は大事なものです。私に返してください」


 右手を伸ばしながら私に近づいてくる。口元は笑っているが、目には狂気の光が宿っていた。私は半歩下がり書類を両手で持つ。破ろうかとも思ったけれど、これは大事な証拠になる。


「貴方はブグドアの手の者よね? 今夜作った偽の宣言書をクロード様に渡すつもりなのでしょう? この偽造書をもとに、ブグドアがキーランに戦の協力を持ちかけ、ガンダリアを襲撃した」

「した? 何のことだ?」


 私が話す異国の言葉の発音に、キーランやガンダリアの癖がないのは、教えた人間の出身がその二国ではないからだ。そして私に言葉を教えてくれたのはザイルだった。


 理由なく、キーランが戦をするはずがない。そして、理由がなければ作ればよい。石炭の枯渇は国にとっては死活問題だから、この宣言書を見せれば父は必ず協力すると考えたのだろう。


 ザイルは今まで見た事がない冷たい笑顔を私に向けてきた。視線は私に留めたまま入り口に向かうと、開いたままの扉を静かに閉じ、鍵をかける。


「勘が鋭いというのも考え物だな。さて、どうしたものか」


 そう言いながらもザイルは腰の剣を抜いてきた。


「貴女はガンダリアを滅ぼしたあと、キーランを降伏させる切り札、人質にするつもりだったが。とりあえず……うん、そうだな、アルフレッド様が金の密輸について熱心に調べていた。首謀者にも目星がついているようだし、そいつに殺されたことにするか。婚約者を人質にして密輸の件の見逃しを持ちかけようとしたが、抵抗され殺した」


 そう言ってザイルは剣を振り上げた。


 剣の動きを見て横に飛びギリギリのところで躱す。


「おっ、今のは上手に出来たね。では、これはどうだ?」


 先程より早いスピードで剣が振られる。避け切れず左腕に激痛が走った。さらに上から剣が振られる。後ろに飛び退いたけれどもその時にドレスを踏んで転んでしまった。


「悲鳴をあげても無駄だよ。衛兵達には庭の警護に行ってもらっているからね」

「どうしてこんなことをしたの?」


 ザイルは私の質問にふっと鼻で笑った。


「もちろん、クロード様のためだよ。俺が今生きているのは全て彼のおかげだから。産まれた時から暖かい布団も食べ切れない食事も用意されている人には分からないだろうけれど、世の中には明日生きていけるか分からない人間もいるんだよ」

「……あなたがそうだったの?」


「そうだよ。路地裏で凍えそうになっているところをクロード様とその密偵に助けられた。孤児にしては綺麗な顔立ちだったのがその理由らしい。拾われてからは食事に寝床、勉強に地位までくれた。密偵としての腕を買われこの城にきて領土を奪う機会を狙っていたのだ。さて、今度は本気で行くよ」


 ザイルはそう言うと剣を握る手に力を入れた。剣が鈍い光を放ちながら私の右肩目がけて振り下ろされる。思わず目を瞑った――その時、


 扉が大きな音と共に開け放たれた。


「シャルロット様、大丈夫ですか」


 ニーナが、素早く駆け寄ってくると、私を背に庇う様にザイルの前に立ちはだかった。手には短刀を持っている。見覚えのある短刀だった。


「お前、ただの侍女ではないな?」

「だったら、どうしますか?」


 ニーナがザイルに切りかかる。ザイルはそれを剣で受け止め、今度は突き刺すように剣を振っていく。それをギリギリで避けるとニーナはまたザイルの懐に飛び込む。



 その姿を見ながら私は全てを思い出していた。



――――


「シャルロット様、ブグドアはガンダリアを占拠したあと、貴女を人質にキーランを攻め落とすつもりです」


 ニーナが青い顔で私に告げた。


「申し訳ありません。私達がもっと早くこの事に気づけていればこんなことにはならなかったのに」


 震えるニーナの隣には、跪いている男がいた。いつも部屋に灯りをつけに来ていた男だった。


「あなた達は?」

「私は王から侍女と護衛の任務を任されていました。王から出された指令は二つ。一つは国を守る事、次にシャルロット様を守る事です。この男は情報収集のためこの国に送られていた密偵です。ブグドアの情報を今掴んだのですが、もう逃げる時間はありません」


 男は私に一礼すると扉から出ていった


「ブグドアの兵がこちらに向かっています。彼が足止めしている間に話さなければいけないことがあります」


 ニーナは青い顔に悲痛な表情を浮かべ私の肩に両腕を置いた。手が、腕が震えていて、目は今にも溢れそうなぐらい涙が溜まっている。


「王の言葉です。……『もし、シャルロットが生きている事が国に危機を及ぼすような状況に陥った時は、娘を殺せ』私が最も優先すべき命令です」


 あぁ、父らしいな、と思った。王族は国民のために存在しなくてはいけない。その言葉は私の中にいつも存在している。


 私はニーナに向かってにこりと笑った。彼女の瞳からはとうとう涙がこぼれだした。


 ニーナは懐から剣を取り出し、震える手で鞘から抜いた。でも、それを構える事なくじっと見つめている。涙が両頬を伝い、剣を握る手に落ちていく。


「ニーナ、ごめんなさい。辛い役目をさせてしまって」


 私は自分の手をニーナの手に重ね、切っ先を自分の胸に当てた。私の手も震えている。涙でニーナの顔が滲んで見えた。


「自分で刺せるだけの勇気がないの。だから、貴方の力も貸して欲しい」

「シャルロット様……」

「今までありがとう。王族として生きる事、死ぬ事の覚悟はできています。だから大丈夫、泣かないで」


 剣から右手を離し、彼女の涙を拭く。拭いても拭いても溢れてきて、ニーナの顔は幼児のように歪んできた。


「約束して、私が死んだあとあなたは逃げて。あなただけなら何とかなるかもしれない」


 ニーナは何も言わずに首を振る。そんな彼女を窘めるように


「私の最後の命令よ、絶対最後まで諦めないで」


 手を剣に戻して、足を一歩踏み出した。切っ先が数センチ私に刺さり、血が刃先をたどって握った手に赤く滑り落ちて行く。


 私は微笑みながら小さく頷いた。




――――


 我に返ったのと、ニーナの短刀がザイルの腹に刺さったのはほぼ同時だった。


 崩れ落ちるザイルをニーナはどこからか出したロープで手早く縛り上げていく。ザイルの腹から流れる血は、これまたどこからか出したタオルで抑え止血された。


「ザイルは?」

「急所は外しています。ここは私に任せてシャルロット様はその紙を持ってアルフレッド様のもとへ行ってください」

「分かったわ」


 私は大きく頷き、長い廊下を走って広間へと向かった。


読んで頂きありがとうございます。

誤字報告、☆、いいね、ブックマークありがとうございます。


ラスト2話になります。

ここまで読んで頂きありがとうございます。もう少しお付き合いください!

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過去の出来事と 現在の出来事 混濁してます 読んでてイライラする
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