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3.晩餐会1


 パーティーが開かれる広間は、細かな刺繍がされた赤い絨毯が敷かれ、見上げると首が痛くなるほど高い天井には、眩しく光輝く金色のシャンデリアがいくつもきらめいている。壁には大きな窓があり、その窓枠も繊細な彫り物が施されていて、一目見ただけでその国の国力が窺える部屋だった。


 前回の人生では、私はこの立派な部屋で一人取り残された挙句、見たくもない物まで見なくてはいけなかった。


 はぁ、

 それを思いだして、ついため息を吐いてしまった。

 隣のアルフレッド様が、どうしたんだ、と聞いてくれたけれど、貴方が原因です、とは言えない。


 気を取り直して会場をぐるりと見渡す。

 会場の隅でこちらを見ながら、コソコソ話しているのは一人や二人ではない。


「回復魔法が使えないんですって」

「今までの皇妃は全員使えたのに」

「いや、それは、ここだけの話だが……」


 会話、聴こえていますよ――


 ガンダリアにもキーランにも回復魔法を使える人は少数ながら存在する。特にガンダリアではその力を持つ者を聖女として崇め、皇妃は聖女から選ばれているらしい。

 

 だから、私がこの国に嫁ぐと決まった時は驚いた。父から国同士の結束を強める為と言われ納得して来たのだけれど、この国の人はどうも私に対して良い感情を持っていないみたい。


 ここまで考えて、一つの疑問にぶつかる。


 どうしてガンダリア国王は、回復魔法を使えない私とアルフレッド様を婚約させたのだろう。周りから反感を買うのを分かっていながら。

 国同士の結束を固めるといいながら私は冷遇され続けた。その結果、結束は強まっていない。


 まったく意味が分からないんですけど。


「シャルロット?」


 疑問を頭に並べていたら突然名前を呼ばれ、慌てて声の主を見る。


「申し訳ありません。緊張していまして」


 ぼぅっとしていた事を緊張のせいすると、大丈夫だと微笑まれた。その笑顔にいつか慣れる日がくるのかしら。

 気を取り直し、刺さる視線をぶちぶち感じながら、私達は広間の中央へと進んで行った。


 広間の前方には二つの席が用意されているけれど、前回アルフレッド様はあの席に私を一人を座らせ、会場内の重鎮達と会話や酒を一人楽しんでいた。婚約早々、蔑ろにされた女を見る好奇と憐れみの視線に耐えながら座り続けるのは、かなりの苦痛だった。


 今回も、あの席に座ってればいいのでしょう?

 投げやりな視線で豪華なテーブルと椅子を睨んでいると、アルフレッド様はスッと歩む方向を変えられた。


 意外な事に一人の騎士の前に私を連れて行かれた。


「シャルロット、こちらはこの国の近衞大将のルーベルだ。ルーベル、俺の婚約者だ」

「シャルロット様、長旅でお疲れでしょう。この城は私達が守っておりますので安心してお過ごしください」


 ルーベルは膝を突き、私の手を取ってそう言った。手に口をつけこそしなかったが、それは十分に敬意を示す態度だった。


「ルーベルは俺の剣術の先生でもある」

「そうだったんですね。初めて聞きました」

「うん? 初めて?」

「あっ、いえ。ではアルフレッド様も剣がお得意なんですね」


 アルフレッド様は楽しそうにご自分の師匠と話をされると、そのあとも他の重鎮達に私を婚約者だと紹介して周った。その内何人かからは冷たい目を向けられたけれど、アルフレッド様は最後まで私の手を離さなかった。


 私としてみれば、前回の人生で、自分を刺したかも知れない手にずっと握られているわけで。

 それはなんとも落ち着かない。優しい笑顔と言葉と、冷たい剣の感触を思い出すと、ちょっと混乱してしまう。


 何度もその手を離したくなったけれど、淑女の仮面で乗り切った私はすごいと思う。我ながらすごい適応力だと思う。誰か褒めて。


 そして、アルフレッドが手を離したのは用意された席の前だった。広間の前方に金で装飾された椅子とテーブルが用意されており、すでに料理やお酒もその上に置かれている。アルフレッドが、自ら私の椅子を引きエスコートしてくれるので、戸惑いながらおずおずと席に座った。


「そう緊張しなくても大丈夫だ。俺がずっと側にいるから」

「ずっと…ですか?」


 椅子の背もたれに両手を置きながら、耳元で囁くアルフレッド様の温かい息が首筋にかかり、間近にその顔があることに、思わず頬が赤らんでしまった。

 戸惑いながら、目だけ動かし見返すと、優しく微笑み返されてしまう。


 混乱する頭で侍女がテーブルの上のグラスにワインを注いでいくのを、私はぼうっと見ていた。グラスの中に映る私の顔はかなり間抜けに見える。



「シャルロット、これは俺の側近のザイルだ。俺がいない時はこの男に何でも相談するといい」


 いつの間にか隣に立っていたザイルをアルフレッド様が紹介してくれた。なじみのある微笑みにほっと安堵の笑みが溢れた。


 一度目の人生では、私に無関心のアルフレッド様に代わり、何かと世話を焼いてくれたのがザイルだった。ザイルと侍女のニーナだけが、孤独な城の生活で唯一心を許せる相手だったことを思い出す。


「初めましてザイル。頼りにしています」


 その微笑みに心が温かくなる。ザイルが私の手を取り忠誠の意を示すように跪こうとした時、


「……ザイル、もういい。さがれ」


 硬い顔でアルフレッド様がザイルに告げた。

 眉間に皺をよせ、明らかに不機嫌な顔をしている。


 どうしたのでしょう。

 でも、その顔少し懐かしい。

 以前はずっと小難しい顔してた気がする。


 まぁ、気にすることもないでしょう。ワインでも飲もう。飲まなきゃやってられない。


 アルフレッド様はその後も、城の事、町の事、重鎮達の事といろいろな話をしてくれた。どれも初めて聞く話ばかりだ。以前の私がアルフレッド様と話をしたことが殆どないのだから、当たり前なのかもしれないけれど……


 暫く会話を続けていると、アルフレッド様が急に落ち着きなく視線を泳がせ始めた。


「……アルフレッド様、どうしました?」


 その顔を覗きむと先程までの微笑みはなく、頬が引き攣っている上になんだか顔色も悪い。


「……シャルロット、すまない。先程一人にしないと言ったばかりなのだが……」


 あぁ、やっぱりね。


 アルフレッドの視線を追うと、その先にはやはり(・・・)赤いドレスの長身の美人がいた。


「何か御用がおありでしたら、私の事は気になさらず行ってください」

「本当にすまない。すぐに戻るから必ず(・・)ここに居てくれ」


 私の作り笑いに気づく事もなく、アルフレッドはそれだけ言い残し、会場を後にした。そして、その後を真っ赤なドレスを着た女が追いかけて行った。


 さてさて、どうしよう


 前の人生では気になって後を追ったが、別に今回そんな事をする必要はない気もする。でも、目覚めてから余りにも以前と違うアルフレッドの態度を思うと、わずかに――砂浜に埋もれる小さな貝殻ほどの――希望が浮かんでしまった。


 私は静かに席を立ち、会場を後にした。


 はたして、二人は前回と同じ場所にいた。窓から漏れる灯りが二人を暗闇に浮かび上がらせ、後にある噴水が淡い光のもとキラキラと輝いて、なんとも絵になる光景だった。

 私は前回より一本後の木に隠れて、様子を見ることにする。ここからだと、会話は聞こえないけれど、話の内容を全て覚えているのでここでいいと思ったし、何より二回も聞きたくなかったからだった。


 あの時アルフレッド様は言ったんだ。

 本当に愛しているのはお前だと。

 私の事は飾りだけの婚約者だと。


 それを聞いても健気に、アルフレッドの気持ちを自分に向けようと頑張っていた以前の自分を惨めに思う。

 お飾りの婚約者と知った今、そんな努力をするつもりは、これっっぽっちもない。ない、けれど、胸の奥がずしっと痛んだ。


 

 何の前触れもなく、突然彼女がアルフレッドの胸に飛び込んでいった。この後の事はよく覚えている。アルフレッドは優しく彼女を抱きしめて髪を撫で……


 ………ていない!?


 何故だろ。彼女を引き剥がそうとしている様に見えるは気のせいかしら?首を傾げながら暫く様子をみることにする。


 なかなか彼女は離れそうにない。両腕でアルフレッドに抱きついて……しがみついてる?? えーと、これはどう解釈したらよいのでしょう。


 いまいち、状況が飲み込めないところはあるけれど、「ずっと側にいる」という言葉はやっばり嘘だった。ちょっとでも、希望を持ってしまった自分の阿呆さ加減にうんざりしながら、私は二人に背を向けその場を立ち去った。

読んで頂きありがとうございます。

記憶があやふやな2人の今後が少しでも気になりましたら、ブックマークお願いします!

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