19.ニーナの対抗心
次の日はやっぱり朝から忙しかった。
朝一番に来たのはクローディアの侍女で、手には今夜開かれる誕生パーティーの招待状があった。
「今夜ですよ、今夜。こんな失礼な話がありますか? 普通は二か月前には連絡するもので……」
額に青筋を立てて怒るニーナの愚痴を受け止めているのは、私……ではなく朝食を食べに来たアルフレッド様だ。フォークに刺さったサラダを口に入れるタイミングをなくしたまますでに十五分経過している。
私としては昨日クローディアを見て、今夜のことを思い出していたからすでに覚悟はできていてる。できてはいるけれど気は重たい。本音を言えば行きたくない。
今日の朝食のサンドイッチを頬張りながら、困った顔のアルフレッド様を見る。
ちなみにサンドイッチはサーモンと玉ねぎのマリネにサワークリームを挟んだものと、ベーコンと卵をつぶしたジャガイモを胡椒を多めにして挟んだものだ。
私がデザートのプディングにたどり着いた頃、やっとアルフレッド様はサラダを口にされた。ちょっとしょぼんとした渋い顔で、機械的にフォークを口に運び咀嚼していく。
その姿を見ながら、私はニーナが入れてくれたハーブティを飲み深い溜息をついた。
重い気持ちのまま午前中を過ごし、午後に入ると少し温めの湯で湯浴みをしてパーティーにいくための準備にとりかかる。
ニーナの気合の入れようはすごかった。初夜と間違っていない? と思うほど私の身体を磨き上げ仕上げにオイルでマッサージをしてくれた。指先まで丁寧にオイルを馴染ませ爪もピカピカに磨き上げる。
それから髪も念入りに梳かし、こちらは薔薇から抽出したオイルを念入りに擦りこむ。艶々、さらさら、良い香りになった。軽く頭を振るとふわっと薔薇の香が辺りにたちこめる。
その髪を巻いてハーフアップに仕上げる。髪にはアメジストを花のように配置した髪飾りがつけられた。
そして極めつけはドレスだ。
ニーナが持って来たのは私の瞳と同じ、深い海の底を思わせる紺色のドレス。所々に小さな宝石が散りばめられていて、それが夜空に輝く星のようでとでも綺麗だ。
でもこのドレス、やけに露出が多い。キーランのデザインではなくガンダリアのデザインだ。デコルテが大きく空いていて袖がないので肩が丸見えだ。おまけに細身のマーメイドラインなので身体の線が露になる。
「ねぇ、ニーナ。本っ当にこのドレス着なくちゃだめ?」
「はい、郷に入っては郷に従えです。今夜はアルフレッド様の婚約者として出席されるのですから、この国のドレスで出席されるべきです」
そう言われればそうかもしれないけれど、これはやっぱり恥ずかしい。
「もう少し露出の少ないドレスはない?」
「ありません」
「胸元が大きく開いているし、肩も出ているわ」
「これがこの国のデザインです」
「こんな体にぴったりとしたデザインではなくてふんわりした感じの」
「シャルロット様のスタイルを最大限に活かせるように作らせました」
いつのまに…
「え、ねぇこれスリットが入っているわよ」
もうニーナは返事さえしてくれない。
私の着ているドレスを強引に脱がせると、手品のように突然コルセットを取り出し、身体に巻き付けてきた。ぎゅっ ぎゅう シャルロットの手が動くたびに体が締め上げられていく。
「ちょっ、ちょっと待って。くっ、くるしい」
「いえいえ、まだまだゆるい方です」
ぎゅっぎゅっ
「えっ、待って、そんなに上げて寄せたら下品だって!」
「いえいえ、背中の肉を持ってくる方もいますから」
「……どうやって?」
ぎゅっぎゅっ むにゅ
どこで覚えたか分からない技を駆使して、私の身体をコルセットで固めていく。
「これが基本ですが、応用編ではもっとメリハリを……」
「も、もういい。これでいいからドレスを着せて!」
ニーナはクローディア様はこの比ではありませんよ、と唇をとがらせて不満を口にしながら、今度はドレスを着せていく。私が想像していたより、この国の女性は大変みたい……
やっと着たドレス姿を鏡に映すと、思わず顔が赤らんでしまう。身体のラインも胸元もはっきりと分かるうえに、歩くたびにスリットから足が見える。
満足そうに眺めるニーナをひと睨みして、息苦しいのを顔に出さないよう気をつけながら隣の部屋に行くと、正装で身を固めたアルフレッド様が待っていた。私の紺色のドレスに合わせたかのような紺の上着に白いパンツが長い脚をさらに引き立たせている。
「お待たせしました」
声をかけるも返事がない。
こちらを向いた瞬間いつもより整えられた髪がさらりと揺れ、切れ長の目が大きく見開かれた。
「アルフレッド様? どうかされましたか」
固まってしまったように動かないアルフレッド様に近づいて下から覗き込むと、あっと言う間に頬に赤みが差し、目が泳ぎ始めた。
ちらっとこちらを見てはまた視線を逸らす。
どうしましたか?
ちょこちょこ横歩きしてあえてその視線の先に立つと、またプイっとあらぬ方を見る。ちょこちょこ、プイッ、ちょこちょこ、プイッ
どうしよう、キリがない。訝しげに首を傾げる私を見て、アルフレッドがやっと口を開いた。
「どう、してっ、今日はそ、そのようなドレスなのだ?」
「ニーナが、今日はアルフレッド様の婚約者として出席するのだからと、この国の流行りのドレスを用意したのです。……変ですか?」
「いや、変ではないが、その、ちょっと露出が多いのではないか?」
「……クローディア様程ではないかと」
なんだ? 破廉恥とでも言いたいのだろうか。私だって好きで着ている訳ではないし、誤解しないでもらいたい。
「何かご不満でもありますか」
「いや、あるような、ないような……俺の前だけなら……よいのだが」
「もごもごしゃべらないでください」
何が言いたいのかよく分からないけれど、今更着替える時間もないので諦めてもらおう。
待たせた馬車に乗り込むと、クローディアの家に行く前に一軒寄って欲しいところがあると言う。
「プレゼントを買われるんですね?」
「そっちはついでだ。シャルロットに渡したいものがある」
プレゼントがついで? その言葉に首を傾げるけれど、アルフレッド様はおもちゃ箱を開けるようなわくわくした顔をしている。形の良い唇の口角がさっきからずっと上がっている。そんなにパーティーが楽しみなのだろうか。
馬車が止まったのは以前にドレスと宝石を注文した店だった。なるほど、ここはアルフレッド様御用達の宝石店なのね、と思いながら馬車を降りると、人懐っこい笑顔をしたハンスが出迎えてくれる。
「お待ちしておりました。どうぞこちらへ」
案内されのは以前と同じ大きな机が一つだけある部屋。でも今日は机の上に箱が一つ置かれていた。
「悪いな、急かせて」
「本当ですよ。おかげでこの半月ろくに眠れていません」
それは悪かった、と全く悪びれる様子もなく言うと、アルフレッド様は置かれていた箱を手に取り蓋を開けた。その中にある指輪は、アルフレッド様と同じ瞳の色に輝いている。周りには繊細な金の装飾が施され、華やかで存在感がありながらも気品を感じさせるデザインだった。
「もしかして、この前頼んだ指輪ですか?」
あれから半月しか経っていない。
「まだ、完成途中です。サイズと細かなデザインを調整したいので一度はめてもらえませんか?」
こんな立派なものをはたして私の指にはめても良いのだろうかと戸惑っていると、アルフレッド様が指輪を箱から取り出し、私の左手に触れてきた。
「俺がつける」
少し緊張しているような表情を浮かべ、私の左手の薬指にそれをはめていく。冷たい金属が触れる感覚がして、ずしっとした重みを感じた。指にはめられたをそれを明りに照らすと、光の筋がいくつも反射してきらきらと輝いている。
「きれい」
素直な感想が自然と口から零れ落ちる。そして自分の立場を思い出して悲しくなってきた。これが本当の婚約指輪だったら……そんなことあるはずないのに。
「シャルロット?どうした」
宝石と同じ紫の瞳が心配げに覗き込んできたので、慌てて笑顔を作り明るい声を出す。
「すごく立派な指輪で私にはもったいないぐらいです」
「気に入ってくれたならよかった」
「シャルロット様、サイズを調整しますのでお手を少し見せて頂けませんか?」
ハンスが私の手を取り、あれこれと確認している様子をアルフレッドが眉を顰め口をへの字にして見つめてくる。
「ちょっと触りすぎなんじゃないか?」
「必要最低限です」
そう言いながら私の手をなでなでしてくる。
「おい、それは絶対不要だろう」
そこまで時間をかけてする事かと、不貞腐れた顔でぶつぶつ言っている。
そんなに早くパーティーに行きたいんだろうかと思うと、なんだかちょっと腹が立ってきた。逃げる時はこの指輪も持ち帰り売ってやろうかしら。
「ハンス、指輪を今夜だけ持ち出したいのだがよいか?」
「構いませんが、まだ中途半端な仕上がりですのであまり見せびらかさないでくださいよ。私の腕がこれだと思われたくはないので」
「分かった分かった」
今夜ということは、これをつけて誕生パーティーに行くのでしょうか。
クラウディアの誕生日パーティーに、婚約指輪をつけた私を送り込むなんて何を考えているでしょう。
かなり怖いのですが。
私は無事に帰れるのでしょうか。
不安な思いで隣を見ると、アルフレッド様は満足げな微笑みを浮かべて私を見返してきた。その顔を見てさらに不安になったのは言うまでもない。
読んで頂きありがとうございます。
アルフレッドがどうやって部屋から消えたかは次次話書きます。
そこまで話がたどりつきませんでした。
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