20.誕生日パーティ
アルフレッド様に手を引かれ入った屋敷は、実に豪華絢爛な多種多様な調度品に溢れてた。よく言えば華やか、悪く言えば統一感がない。それは、誕生パーティが開かれている大広間も同じだった。
広間に入ると、すぐにクローディアが走り寄ってきた。真っ赤なドレスにはいつも以上のフリルと刺繍が施され、髪は高く結い上げられている。
突進してくるクローディアを見たとたんアルフレッド様が一歩下がり、私の両肩に背後から手を置いてきた。
私を盾にして背後に隠れているように見えるのはなぜでしょうか。私もあの赤い固まりに恐怖しかないのですが?
私を押し退けんばかりの勢いで迫ってきた赤い固まりは、目の前でピタリと止まり、全身を舐め回すように見てくる。目が何かの数値を弾き出しているようで怖いし、やけに胸元を見られている気がする。舌打ちが聞こえたのはきっと気のせいであって欲しい……
その視線が左手の薬指で止まり、顔が思いっきり歪む。
「クローディア誕生日おめでとう」
私の背中越しに声をかけるのは狡いと思う。
紳士的でないと思う。
でも、クローディアには効果があったようで、眉間の皺が消え華が咲いたような笑顔が広がった。
(美人ではあるのよね)
勢いが収まったのを確認してから、アルフレッド様が後ろから出てきてクローディアに小さな箱を手渡した。
「誕生日プレゼントですね! ありがとうございます!!」
また勢いを取り戻したクローディアに一歩ひきながら、アルフレッド様が私の左手をとり微笑む。
「シャルロットと一緒に選んだ品だ。きっと気に入るだろう」
(いやいや、私、選んでいませんけど)
箱の中の品は、ハンスが出してきた品々からアルフレッド様が一瞬にして選んだ物だった。幼馴染だからきっと好みを把握しているのでしょう、目にも止まらない早さだった。
クローディアが、じろりと私を睨むので巻き込まないで頂きたいと思う。私はこの国を逃げ出すのだからそっとして欲しい。構わないで欲しい。
クローディアは私に向けた視線をアルフレッド様に戻すと、潤んだ瞳でににじり寄っていく。再び私の背に隠れようとするアルフレッド様を強引にクローディアへと押しやった。
お披露目パーティーの時は抱き合っていたのに、この数ヶ月で二人の間に何が起きたのでしょう。
「ありがとうございます。開けてもよろしいですか?」
お約束かのようにこちらの返事を聞くこともなく、嬉々として箱を開け中身を取り出したのだけれど……
クローディアは私の瞳と同じ色をしたイヤリングを摘み上げると、眉間にシワを寄せ私を思いっきり睨んできた。その目には殺意さえ感じ、思わず身震いをしてしまう。
アルフレッド様?
いったいどうしてそれを選んだ?
「いい色だろう?」
「…………はい、ありがとうございます……。…………そうか、……そうでしたか!! 私が持っていない色を選んで下さったんですね! さすが、アルフレッド様です」
「あっ……? あぁ、そう、だな……」
なるほど。
そうでしたか。それなら納得です。
すっかり機嫌を良くしたクローディア。私としては立ち去りたいところだけれど、アルフレッド様はどうされたいのでしょう。思えばかつては愛を囁き合っていた二人。でも、最近ではそんな雰囲気は感じられない。
私はこっそり壁の花にでもなろうかしら、と後退りするも少し遅かったみたい。気がつけば、周りを数人の令嬢に取り囲まれていた。所謂、取り巻きというもののようだ。
「素敵なデザインです」
「さすが、クローディア様のことをよく分かっていらっしゃいます!」
「せっかくですから、今お着けになっては?」
図らずも、私はどんとぶつかられ、その輪から追い出された。
令嬢達は口々に称賛の言葉をかけていく。言葉が重ねられる度に二人を取り巻く円が大きくなり、気が付けば小柄な私の視線からクローディアとアルフレッド様が消えていた。
「アルフレッド様、せっかくですので踊られては?」
「今日はクローディア様のお誕生日です。ささ、是非会場の中心に」
なんとも連携のとれた方々が二人を広間の中心へと誘導する。ちらりと見えたアルフレッド様は、慌てて周りを見回しているようにもみえる。
もしかして、背が低い為に人混みに埋もれた私を探している?
まさかね。昨日のアルフレッド様の表情に淡い期待を浮かべかけて、頭を振る。
このまま居ても二人の踊る姿を見せつけられるだけだと思うと、なんだが、胸がチクリとして足は自然と扉に向かっていった。会場と違い静かな廊下を進み、大きな扉を開けて庭に出る。
そうだ、前回も私はこの庭にいた。
お城を出てからここに至るまでの過程はかなり違っていたけれど、結局辿り着くところは一緒か……
いやいや、そんな不吉な事を考えるのはやめよう。
なんだか、また刺されるブラフを立ててしまった。
暫く歩くとベンチがあるので腰をかける。見上げれば夏の夜空に星が輝いていて、微かに聞こえる音楽と肌に感じる夜風はとても心地よい。それなのに私の気持ちは沈んだままだった。
「シャルロット様?」
名前を呼ばれて振り返ると、大柄なシルエットが月明かりの下に浮かんでいる。
「カイン? あなたも来ていたのね」
庭の物置き小屋で出会った、確か近衛大将の息子だったはず。彼は座っている私の側まで歩みよると、目線を私より下にする為に膝を折って話しかけてきた。
「はい、先日は傷を治して頂きありがとうございます。あの……お一人でどうされたのですか?」
「うーん、ちょっと涼みに?」
何か言いたげな水色の瞳がこちらを見ているのが居た堪れなくて、腰をずらして空いた場所を指さす。
「座ったら?」
「とんでもございません」
「でも、草の上で跪かれては落ち着かないわ」
まだ、何か言いたげな彼の腕を引き上げ、隣に座らせる。
「……あの、私が申し上げるのも差し出がましいのですが、回復魔法を使える事を公にされてはいかがですか? シャルロット様のお立場も……周りが見る目も変わるかもしれません。私はシャルロット様が王妃に相応しい方だと思っております」
「ありがとう。初めて言われました」
私の笑った顔があまりにも頼りなく見えたのかも知れない。まるで励ますように言葉を続けてくる。
「貴女様の回復魔法は素晴らしいです。私は以前に一度施術を受けたことがあるのですが、治りの速さだけでなく、なんというか……心の中にも温かいものが流れてくるようでとても気持ちがよく……いや、うまく言えないんですが」
なんとか言葉を絞り出そうとする姿を見て、だんだん口元がほころんできた。感謝されたり、褒められたりするのは久しぶりだった。
「踊りませんか?」
口を衝いて出た私の言葉にカインはとんでもないと首を振る。風に乗って流れてくる音楽は軽やかなリズムを奏でている。アルフレッド様だってクローディアと踊っているのだから、そう思うと思わず大胆な言葉が口をついてでてきた。
「一曲ぐらい付き合って」
立ち上がって、少し強引にその逞しい腕を引き上げようとした時だった。
「シャルロット」
背後から名前を呼ばれ、私が振り返るのと同時にカインが立ち上がる。
「何をしているんだ」
私の腕を掴み自分に引き寄せながら、鋭い目線をカインに向けて問いかける。
「アルフレッド様、カインは……」
「シャルロット様がこちらに一人でいらっしゃったので、どうされたのかとお声をかけました」
私の言葉を遮って、一人の部分を強調しながら答えるカインに対して、アルフレッド様は形の良い眉を顰めた。
「……そうか、それは世話をかけたな。もう、下がっていいぞ」
カインが一礼し立ち去ると、腕を掴んでいた指が離れ代わりに手を繋がれた。明らかに漂う不機嫌な気配に恐る恐る見上げると、切れ長の鋭い目線にぶつかった。
「どうして勝手に俺のもとを離れた?」
「アルフレッド様がダンスをされるようでしたので、ちょっと散歩に出ただけです。そうしたら、偶然カインに……」
「カインと知り合いなのか?」
そう聞かれると返事に窮してしまう。
「一度、庭で迷ったとき助けて頂きました」
「そうか……」
アルフレッド様はそれだけ言うと撫然とした表情で私の手を引っ張り歩き出した。でも、なんだか方向がおかしい。
「あの、どちらに向かわれるのですか?」
「帰る」
「えっ!? 先程来たところですよ?」
「もともと、少し顔を出して帰るつもりだった。それに、クローディアとは踊っていないからな」
あの状況でよく逃げれましたね。
「あと、このようなパーティでは俺の隣に必ずいろ」
苛立っているアルフレッド様に半ば引き摺られるように馬車へと向かう。
「だいたい……そんなドレス、俺の前だけで…………他のヤツに……」
先を行くアルフレッド様の声は風に流されて所々しか私の耳には届かなかったけれど、繋がれた手がやけに熱く感じられた。
庭を抜け、一度建物に入ってから馬車を停めた場所に行くつもりだった。でも、庭から建物に入ったところで赤い壁が前に立ち塞がった。
「アルフレッド様、どちらに行かれるのですか?」
「約束どおり、誕生日パーティーに出席したし、プレゼントも渡した。用は済んだので帰るところだ」
今度はアルフレッド様は私を前に出すようなことはしなかった。すっ、とまるで庇うように私を背中に隠してくれる。
「失礼ですが、ご自分が何をなされているか分かっておられますか? 国王も、父も最近のアルフレッド様のご様子は目に余るものがあると申しておりました」
「勝手に言わせておけば良い」
「なっ……」
緑の瞳を大きく見開き、クローディアは言葉を失ったように見えた。
「そんなこと、」
「国王も宰相も納得しない、と言いたげだな。それについては考えがある。いずれ二人を説得するつもりだ。だから、俺がお前と結婚することはない」
どういうこと?
私が冷遇され殺されたあと、アルフレッド様とクローディアは結婚するんじゃなかったの?
でも、今、確かにアルフレッド様は結婚しないと仰った。
――運命が変わった?――
いえ、もっと以前、私がループしてきた時から、少しずつ運命は変わっていた。その小さな変化が積み重なって、今、この変化に繋がった。
なんだか胸騒ぎがする。
変化はこれだけではない。もっと大きな何かが起こる。そんな予感に胸がざわめく。
多分、私はその運命を守るため、もしくは、防ぐためにここにいる。
アルフレッド様の背中を見ながら、そんな考えが胸に浮かんできた。
呆然と立ち尽くすクローディアを残し、アルフレッドはそのまま少し強引に私を馬車に乗せた。
バタン、といつもより乱暴にドアを閉める音が響いたあと、馬車は走り始める。
その音に何かが引っかかった。
「……アルフレッド様……思い出したことがあります」
突然そう呟く私を、アルフレッド様が心配そうに覗き込んできた。
「私が見た密輸の件についてなのですが……」
「どうしたんだ急に? 何を思い出したんだ?」
どこから話せば良いのか、頭を整理しながら言葉を繋いでいく。アルフレッド様の目は真剣な物に変わっていた。思えば彼はいつでも私の言葉にきちんと向き合ってくれる。
「密輸の品は見つかったんですよね? という事は彼らは取引を中止した上に荷を見つかるのを覚悟で放置した事になります。あの時、私達は市民の服を着ていました。酒場で市民の若者二人に立ち聞きされたぐらいで、荷を放り出すでしょうか?」
「……では、あいつらは俺達が何者か知っていた、という事か?」
「それは、あの時の彼らの態度を考えると、可能性は低いと思います」
あの時、男達は後から来たアルフレッド様に驚くことなく、殴りかかっていた。
「ところで昨晩、どのようにして私の部屋から姿を消したかは覚えていらっしゃいますよね?」
「あぁ、勿論だ。シャルロットが扉を開けるタイミングで、扉の後ろ――壁と扉の隙間に身体を隠す。そして、クローディアが扉に背を向けたのを見計らって、部屋から抜け出す。単純な話だが、なかなか上手く行ったな」
そう、単純な話、死角と思い込みを利用した簡単な話なのだけれど……
「それが、あの食堂横の部屋でも起こっていたかもしれません」
あの時私は、部屋で話していた二人の男と、髭の男しか見ていない。でも、
「一人が私の髪をひっぱり、残りの二人が私の目の前でその様子を見ている時に、扉の閉まる音がしました」
あの時は気が動転していたので、何も考える余裕もなかったけれど、もし、昨晩のアルフレッド様のように扉の後にもう一人いたのだとしたら……
「もう一人、人物がいた。そして、そいつが俺達の正体を知っていたのなら、計画を途中で投げ出したとしてもおかしくはないか……」
アルフレッド様が渋い顔で呟いた。
読んで頂きありがとうございます。
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アルフレッドがどうやって寝室から出たか? まで、また辿り着きませんでした……。
次話になりそうです。
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