002 発達障害者が定型発達の人たちと、肩を並べて仕事するのは無理
呉葉は就職し、足掛け三年目の今日まで必死で働いて生きてきた。
“手続き記憶”が極端に悪い呉葉は、定型のルーチン業務を熟せるようになるまでに、人の三倍の時間を要する。
電話をしながらメモを取るといった“マルチタスク“は未だに無理だし──曖昧な指示だと、何をすればいいのか分からず、ほとほと困る。
些細なことでパニックになるので、突発的な業務もNGだ。
“大学出ていて、そんなことも出来ないのか!?”と呆れられるのは毎日のことだった。
三年近く“似非” 健常者をやっていて分かったことは、発達障害者が健常者と肩を並べて仕事をするのは、無理だということだ。
力強く走る競走馬の群れの中に、放り込まれたロバのように。冬のアスファルトの上をヨロヨロと歩く蟻のように────川に流れるゴミ屑が……淀みに捕まり、動けなくなるように──職場での呉葉は無力であり、肩身の狭い思いを味わい続けた。
定型発達の同期たちとの差は、月日を追うごとに開いてゆく。
一年目よりも二年目。二年目よりも三年目……。
そんな感じでキャリアに応じて求められるスキルと、現実のそれとの差は開いていく一方。
──努力でこの差は埋められない。
先日、退職させられた痩身の社員のように、自分も近い将来、クビになる──そんな不安が脳裏を過る。
彼の痩身男性の名は、古倉といった。
庶務係の職員で、歳は確か三十五歳。
“発達障害者35歳限界説※”という俗説が、自ずと呉葉の頭に浮かび上がる……
古倉さんを思うと、同情、憐憫、恐怖……様々な思いが胸中を激しく往来した。
──苦労して就職し、必死で働き……なのに罵詈雑言を浴びせられ、職場を追われ、残酷な恥辱を受けて転籍となった古倉さんは──家へ帰り一人になると、きっと嘆きの血涙に咽ぶのだろう。
古倉さんの運命は、やがてすべての発達障害者の運命である。思えば他人事ではない。明日は我が身だ。
そう思うと、胸に浮かぶは両親のことだった。
※発達障害者35歳限界説:
アスペルガー症候群やADHDなどの発達障害を抱えた人は、35歳を超えると人生が行き詰まるとする俗説のこと。
インターネット上の掲示板などで、コピペの形で広まった。
発達障害35歳限界説の根拠として、発達障害者は35歳を超える正社員に必要とされるスキルや人間性を欠いているため、解雇されたり退職に追い込まれたりする傾向があるということや、35歳を超えるとその後の再就職が困難であること(転職35歳限界説)などが挙げられている。(Weblioより)




