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6.崩壊の足音

「待ってくれよ。まだ、絢斗たちが帰ってきていないんだ!」

 エミリオの悲痛な叫びが通路に響いた。

「時間切れだ! 隔壁を閉じないと全員が巻き込まれる」

 アミールレザーは冷徹であろうと、毅然とした態度でエミリオを見返した。

 やるせない思いをぶつける先を求めてエミリオは壁を拳で叩いた。

「くそっ、自己犠牲はないって言ってたじゃねえか……」

「隔壁を閉じろ! お前たちも皆、避難するんだ!」



 大きな振動が施設を襲った。

 少し遅れて砂を巻き上げながら衝撃波が到達する。

 火星の大気圧は地球の約百分の一以下で、通常では施設に影響を与えるような嵐は起こらない。過酷な環境で人命を守るため頑強に作られていたことが功を奏し、施設への影響は軽微に見えた。

 しかし、続くようにして落下した軌道エレベーターのシャフト部分は、南西の施設を完全に破壊した。視界を砂煙が覆う中で、構造物がひしゃげる音が響き渡る。砂煙の中から破片が大きく飛び散った。



「被害状況は?」

 フィルはすぐに衝撃から立ち直ると状況把握に努めた。

 中央管制室のモニターが異常を知らせるアラートで埋め尽くされている。

「危険度4以上でフィルタリングします。第9、第14ブロックで気圧が低下」

「第13ブロックの電源がダウン」

 シアとクインが深刻な被害状況を伝える。

「第9ブロックにはアミールレザーを、第14にはレーシャを向かわせろ。避難完了後に隔壁を閉鎖だ。第13ブロックは緊急連絡で自己避難させろ。手が足りない」

 長い一日になりそうなことを予感して、フィルはため息をついた。



 中央管制室にエインヘリャルのメンバーが集まっていた。

 被害の確認、新たな部屋割り、食料の供給など緊急性の高いものから一先ず手を打ったが、課題は山積している。

 全員の顔に疲労の色が見えた。


「安全が確認された施設に部屋を用意しました。既に該当者には連絡済みですが、部屋数が足りないので一部は三人部屋として使用しています」

「隔離したブロックは四つ。第9、第11、第12、第14。空気と水の循環システムに異常はないようですが、地球から運んできた物資の行方は不明です」

「通信施設は壊滅だ。衛星とのコンタクトも取れない。周囲の状況も不明。地球に向けて救助要請も送れていない」

 次々にもたらされる悲報を聞いてフィンはこめかみをもんだ。


「人的被害は?」

「教官たちはおそらく絶望的だろう……。何せあの高さから落下したんだ。重力が低いといっても限度がある。学生は南西の施設にいた五名が行方不明だ」

 レーシャの顔が強張る。

「レーシャ、気にするなとは言わないが、全て俺の責任だ。お前は指示に従った。それだけだ」

「……わかりました」

 アミールレザーのかけた言葉にか細い声で答えを返すが、納得がいっているわけではないのだろう。レーシャの思いつめたような表情が変わることはなかった。

「連絡の徹底が必要だな。個人端末を手放さないように通達しよう」

 また一つタスクが積み重なる。


「単刀直入にどのくらい持ちそうだ?」

「空気と水は循環システムが生きています。多少のトラブルがあったとしても整備科のメンバーで対応できるでしょう。しかし、食糧は全く足りていません。倉庫に残っている食糧をかき集めても一ヶ月持つかどうか」

 クインの冷静さがこの時ばかりは腹立たしく思えた。


「救助までどれくらいかかる?」

「救助要請は送られていないが、定時連絡がなければ向こうでも気づくだろう。地球からだと約三ヶ月。しかも宇宙港がないときてる。昔ながらの大気圏離脱となると……な」

 自分の言葉が浸透するのを待ってアミールレザーは結論を濁した。


 ――絶望的か……。いや、救助に来た宇宙船から食料を供給されれば、生存に一縷の望みは残っている。


「問題は食糧だな……」

「どこかに移動用のローバーがあるはずだ。宇宙港の残骸に何か使えるものがあるかもしれん。落ち着いたら調査隊を送ってみねえか?」

 地球から持ち込んだ物資を回収できれば、生存確率は大きく跳ね上がるだろう。アミールレザーの提案は希望的観測を含んでいるが、何もしないよりは遥かにましだ。


「食糧生産ユニットがあります」

 クインの発言に全員の目が集まった。

「オイ、待てよ、クイン! そんなものがあるなら早く言えって!?」

「いえ、いくつか問題があります」

 フィンは頷いて、クインに説明の続きを促した。

「ユニットは培養したプランクトンを原料にレーションを生成します」

「レーションって、あの最悪な味の食い物か……」

「味はともかく人間が生存するのに必要な栄養価は備えています」

「問題は味ではないと?」

 フィンの当たり前の問いに対して、クインが冷たい視線を浴びせた。


「ユニットでは生産性の面から数種類のプランクトンを培養しています。植物プランクトンは水と二酸化炭素、太陽光があれば光合成が可能なので問題ないでしょう。しかし、動物プランクトンに与えるペレットがありません。植物プランクトンを餌にするにしても生産性はかなり落ちるでしょう」

「どの程度の量なら生産可能だ?」

「50人まで選別すれば、継続的な供給は可能です」


「クイン! てめえ!」

 アミールレザーに殴られたクインが壁に激突する。収まりがつかないアミールレザーが尚も追撃しようとしていたので、フィンは羽交い絞めにして止めた。

「止めろ! アミールレザー! ここで争ってどうする」

 クインが壁に背を預けて立ち上がり、口元から滴り落ちた血を袖口でふき取った。

「誤解しないでもらいたい。ユニットの問題を共有するために説明したまでです」

「……お前の意図は理解したよ。表現は過激すぎるがな!」

 アミールレザーが羽交い絞めをしていたフィンを振り払って言い放った。

「とにかく少しでも多く食糧を確保したい。食糧生産ユニットは稼働させてくれ」

「わかりました」

 フィンの要請にクインが頷いた。


「事故から20時間、みんな休み無しで働いています。もう限界ではありませんか? 交代して無理矢理にでも休まないと、この先持ちませんよ」

 意を決したように顔を上げてシアが提案する。

 一時の熱にうかされたような使命感は消え、今はただ目の前に積まれたタスクを機械的にこなすだけになっていた。

「そうですね。圧倒的に人手が足りません。各科の三年を中心に代表者を選出してもらいませんか? 情報の共有も楽になります」

 レーシャも精神的、肉体的にも限界が近いことを感じていた。今ならベットに倒れ込んで泥のように眠れるだろう。

「わかった。皆、睡眠を取ってくれ。その間、私が宿直をしよう」

「フィン、あなただって休まないといけないわ」

 シアの気遣いを感じつつも、フィンは意地を通した。

「今日だけだ。皆が起きたら代わりに寝させてもらう」


 突然、エミリオが中央管制室に飛び込んできて叫んだ。

「おい、聞いてくれ! 絢斗の奴が生きていやがった!」





 


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