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5.罪の告白

 ――きっかけが何だったのかは覚えていない。

 空いた時間をつぶすのにギャンブルをするなんてことは、皆がやっていることだった。

 そして火星では仕事以外、時間を持て余すことが多い。

 適度な距離感を保っていたところに最初の大勝でタガが外れた。後は小さな勝ちと負け続けることを繰り返し、負債は雪だるま式に大きくなっていった。

 違法なギャンブルの負債だとしらばっくれて逃げる前に、法的にも問題のない負債に替えられていた。熱くなっていた頭では、それを気付けなかった。

 既に地球の自宅は抵当に入っている。元々、妻と娘に楽をさせるための火星行だったが、このまま地球に帰れば家族三人で路頭に迷うことになるだろう。

 なんとしてもそれだけは避けたかった。

 事故を装って保険金を得ることに考えが行き着いたのは必然だったかもしれない。



 警告音で会話も困難なブリッジでは、生徒たちがなんとかして宇宙船を立て直そうと懸命に動いている。

 最初の噴射で姿勢制御を失った機体は、ゆっくりと回転しながら軌道エレベーターに迫っていた。このままでは軌道エレベーターとの衝突は避けられないだろう。



 ――生徒たちを巻き込むことに良心の呵責を覚えるかと思ったが、実際にそのときになってみれば全く心が動かされなかった。自分はそういう人間だったのかと唖然としただけだ。

 いくら生徒たちが頑張ろうともセンサーが送ってくるデータが間違っているのでは、どうしようもない。そうなるように細工したのだ。簡単に立て直してもらっては困る。

 存外、良くやっているじゃないか。こんな突発的な事態になってもパニックにならずに自分たちの仕事を全うしようとしている。

 生徒たちの成長を感じて胸が熱くなった。自分の携わっていた仕事はきちんと結果を出したのだ。

 残していく妻と娘のことを考えると一抹の寂しさがあるが、同時に大きな達成感を感じていた。



 そして宇宙船が軌道エレベーターに衝突した――。



「オイ、今の振動はなんだ!?」

「軌道エレベーターが折れています。宇宙港が火星に向けて落下中」

 駆け込んできたアミールレザーに忙しく端末を操作しながらシアが答えた。

「なんだって!? 落下地点はどこだ? 施設への影響は?」

「少し待ってください。情報が錯綜していて……」


 レーシャが息を切らせて部屋に飛び込んできた。

「すみません、遅れました。何があったんです?」

「……軌道エレベーターが壊れてやがる。宇宙港が落下中だ」

 透き通るような白い肌のレーシャの顔から更に血の気が引く。

「中央管制室に向かおう! ここでは情報が足りない」

 フィンの提案に皆は頷くと足早に部屋を後にした。



「遅かったですね」

 クインが何食わぬ顔で中央管制室に座っていた。

「すまん。何かわかったか?」

「我々が乗ってきた宇宙船が宇宙港に衝突したようです。宇宙港の落下地点はここから南西約50kmと予想されます」

 宇宙港の落下が施設に影響ないと知ってフィンは安堵した。

「安心するのはまだ早いですよ。宇宙港は軌道エレベーターと一体。引っ張られて落ちてくるでしょう。もう一方の端はここなのですから」

「まずいな。落ちるのは南西方向か?」

「そのようです」

「アミールレザーとレーシャは南西の施設にいる生徒を避難させろ。クインは落下までの正確な時間を試算。シアは全員に状況を連絡してくれ。パニックは起こさせるなよ。しばらく部屋で待機させるんだ」

「……手が足りないな。警備科の連中にも手伝ってもらうぜ」

 アミールレザーが避難手順を頭の中でシミュレートしながら、考え込むように呟いた。

「緊急時だ。これからは自己判断でいい。さあ時間がないぞ」

 アミールレザーとレーシャは南西の施設に向けて中央管制室を飛び出していった。



「レーシャ、どうした?」

 絢斗とエミリオが緊張感のない様子で自販機から飲料を買っていた。

「あなたたち、緊急連絡を聞いていないの!?」

「えっ、何か着てたか?」

「いや、何も見てないが……」

 エミリオが端末を確認すると同時にアラートが鳴り響いた。パネルに緊急連絡の文面が映し出される。

「レーシャ、避難誘導の手が足りない。そいつらにも協力させろ」

「わかりました。ちょっと、あなたたちも手伝って!」

 事態を把握していない絢斗とエミリオの二人は、レーシャに引っ張られるままに走り出した。


 南西の施設への通路前に警備科のメンバーが集まっていた。

「アミールレザー、俺たちに何をやらせようっていうんだ?」

 慎也が警備科を代表して話しかけてきた。

「避難誘導だ。ここに軌道エレベーターが落ちてくる」

「マジかよ……、リミットは!?」

「今、クインが調べている。お前たちは手分けして学生たちを避難させてくれ」

「くそっ、仕方ねえ。二人ずつ組になって部屋を回るんだ。お前はここで避難した人数をカウントしろ」

 集まった全員がそれぞれの場所に散っていった。


 絢斗とエミリオは担当の部屋に声をかけて避難誘導を続けていた。

「後、何部屋だ?」

 いつもはどこか真剣さが足りないエミリオの表情にも余裕がない。

「次が最後だな」

「時間はどうなっている?」

「まだ連絡がない」

「おいおい、大丈夫かよ……」

 エミリオの不安はもっともだが、絢斗にもそれに答える術はなかった。

「とにかく急ぐしかない」

 絢斗は最後の部屋のブザーを鳴らした。


 扉を開けて応対したのは、まだあどけない顔をした少女だった。

「すみません。すぐに避難が必要です。俺たちに付いて来てください」

 少女は何事か考えるように顔を伏せた。

「同室の子が施設を探検するって、この奥に……」

「エミリオ、この子を連れて行け。俺はその子を探しに行ってくる」

「くそっ、危なくなったらお前だけでも逃げて来いよ!」

「そんな自己犠牲の精神に溢れてないよ、俺は」

 絢斗はそう言い残して、少女が指し示した方向に走り出した。



 通路の先の倉庫にたどり着いた絢斗は、のんびりした歩調で見回る小柄な少女を見つけた。

 学生しかいないことを知らなければ、迷子の疑いを持っただろう。

「おい、すぐに避難するんだ! 一緒に来てくれ!」

「えっ、あなたは?」

 少女は突然のことで、まだ事態が飲み込めていない様子だった。

「航行科二年の白石絢斗だ。頼むから今は何も聞かずに従ってくれ」

「は、はい」

 少女は戸惑いを見せながらも意外なほど素直に頷いた。


 その時、絢斗の端末からアラートが鳴り響いた。

 端末に入った緊急連絡を見て絢斗の顔が曇る。


 ――落下まで後五分とか、もっと早く教えてくれよ……。


 ここまでの道筋を思い描いてみたが、とても安全圏へたどり着くことはできそうにない。

 しかし、傍らで不安げな表情の少女を見て、絢斗は躊躇いを捨てた。


「必ず助かる。俺を信じて付いて来てくれ!」

 なけなしの自信を集めて絢斗はそう断言した。





 


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