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4.地に足を着けて

 ブリッジではエインヘリャルのメンバーが、デブリに取りついたランチの動向をモニター越しに窺っていた。

 ランチから伸びたマニュピレーターが滑らかな動きでデブリを捕らえる。

 やがてランチのノズルから光が見えると、デブリはマニュピレーターから離れて火星へと落ちて行った。


「上手いな。彼らは二年生だろ?」

「宇宙に出てから実習40時間に満たないですね。自習でもしていたのかしら?」

 フィンが感心したように呟くと、シアがすかさずデータを確認して答えた。


「はっ、奴らがそんなタマかよ! 大方、VRゲームで鍛えてたんだろ。なあ、レーシャ?」

「それで操作技術が磨かれたのなら、勉強と大差ありませんよ。先輩」

 レーシャのフォローを受けて、アミールレザーはにやりと口の端を歪めた。

「確かに、ゲームでも何でも糧にすりゃいい。俺の見識が狭いだけだったな。同期をくさして悪かった」

 エインヘリャルの面々はアミールレザーの豹変ぶりに目を丸くするばかりだった。


 フィンは見所のある後輩を見つけると、エインヘリャルにスカウトしては能力以上の重責を負わせ、結果が伴わないと勝手に烙印を押してしまう悪癖があった。自己評価が低いからか、自分ができることは、当然他人もできると考えている節がある。

 本人は善意でチャンスを与えているつもりでも、敗者復活が用意されていなければ、単なるフォローのない使い捨てだ。

 アミールレザーとしては受け入れ態勢が整うまで、下手に注目を集めて欲しくなかった。


 ――まあ、本当にできる奴なら手を貸さなくても、その内に上がってくるだろう。


「さあ、そろそろメインイベントだ。今度はきみたちの腕前を見せてくれ!」

 教官の激励を受けて各自が席に着く。


 宇宙港からのビーコンは既に受信している。九割方の工程は終了だ。それでもブリッジではシミュレーションのデータと観測結果のチェックを続けていた。

 人為的なミスはどこからでも発生するが、未だに全てをコンピューターに委ねることもできなかった。

 宇宙船は減速と姿勢制御を繰り返しながら、ゆっくりと宇宙港へ近づき、やがて乗降通路に接舷した。

 宇宙船の扉が開き、宇宙港との僅かな気圧差でそよ風が起こる。


「ようこそ、火星へ! 長旅、お疲れ様でした」

 扉の向こう側では、宇宙港の職員たちが歓迎の横断幕を掲げて歓待してくれた。

「少し大げさ過ぎやしないか?」

「そりゃ、俺たちと交代で地球に帰れるんだ。無下にもできないだろ」

 フィンは予想外の歓待に戸惑い気味だったが、アミールレザーの答えを聞いて納得した。


 いくら生活環境が整えられても常に死と隣り合わせの場所であることには変わりがない。

 毎日、少しずつ精神が摩耗していくのだ。順応できなければ心が休まる日が来ることはないだろう。それは宇宙飛行士の自殺率の高さからも想像ができた。


「君たちは皆を引率してメインシャフトから火星に降りてくれ。我々は引継ぎ作業を行う」

 教官の指示を受けてエインヘリャルのメンバーがそれぞれの担当個所に散っていった。

 学生たちは身一つで下船する。私物として認められているのはスーツケース一つ分しかない。そしてそれは一年間の生活物資と共にコンテナの奥底に眠っていた。



「ふあ、ようやく火星に着いたね」

「ようやくって言っても、ほとんどの行程は寝ていたけど」

 背伸びをしながら感無量といった様子のシーユウに、ガネッシュは冷や水を浴びせた。

「だって起きていても、ずっと星の海で暇じゃない!」

「いや寝てていいよ。起きていられてもリソースの無駄だし」

 初対面ではおどおどとして借りてきた猫のような態度のガネッシュだったが、慣れてくれば見た目にそぐわない毒舌家の地金が出てきた。

「そんなに無駄を省きたいのならロボットを送り込めばいいのに。私の作ったAIならいい仕事するわよ」


 シーユウは技術者の両親の間に生まれた一人娘だ。

 両親は仕事に忙しく、子供時代のほとんどの時間を与えられたコンピューターと過ごす内に彼女の才能が開花した。

 シーユウのプログラムはコンピューターとの対話だった。適切な言葉をかければコンピューターは適切な答えを返してくれる。彼女は好奇心の赴くままに、様々なプログラムをかじって技術力を高めていった。

 しかし、その代りに失ったものもある。人との距離感だ。ネットワークを介してならなんてことはない会話も、面と向かって話すとなると最初はかなりハードルが高かった。

 ガネッシュとこうして仲が良くなったのも、初対面の態度から自分と性格が似ていそうとの思い込みからだった。


「シーユウは頭だけ持って来れば良かったかもね」

 ガネッシュの目線が下がったのを感じて、かっと顔が熱くなった。

「ガネッシュは口だけ持って来れば良かったんだよ!」

 それでも最初に比べれば、シーユウもこの環境に随分順応したのかもしれない。



「っつ、これは効くな」

「うん、それでも重力があるのは助かるね。地に足が着くというか」

 軌道エレベーターで地表に降りる間、トクタルとフリストスは手すりに掴まりながら、地球を出て以来、久しぶりに身体の重さを感じていた。

 火星の重力は地球の四割程度とはいえ、無重力に慣れた身体には負担が大きく、関節の節々が悲鳴をあげる。


「頭の上からプレス機で圧縮されているみたいだ」

「無重力では背骨にかかっていた負荷が軽くなって身長が伸びるらしいからね」

 トクタルが小柄なフリストスを見下ろして首を傾げた。

 隣に立つ友人の脛を蹴ってフリストスはふて腐れた。


 フリストスの父親は公務員だ。時間に厳格で仕事を休むことなど皆無、真面目を絵に描いたような人柄で教育にも熱心だった。

 煌びやかな世界とは無縁だが、地に足の着いた父親の背中を見てフリストスは育った。

 しかし、両親と三人兄弟、祖父母、無職で実家を出られない叔父の八人家族を一人で支えるのはかなり困難を伴った。


 ――この国に仕事はない。早く自立して父さんの肩の荷を軽くしてあげないと……。


 フリストスたち兄弟はアルバイトができるような年齢になると、実家の経済状況を察して互いに何も言わず働きだした。

 カフェのウェーター、建設現場の作業員、スーパーのレジ打ちなど長く就ける仕事はない。仕事を求める多くの人たちの間を縫うように様々な仕事をした。

 最低限の義務教育は受けられたが、個人端末などの贅沢はできない。暇な時間にフリストスは街の古い図書館に足を運んでいた。

 ネットが地球上を覆い、宇宙までもその版図に収めようと、アクセス権のない人々には何の変化もない。

 フリストスにとって図書館は過去の栄華の残滓であっても、知識の海に触れる入り口には変わりなかった。

 こうしてフリストスの蘊蓄好きは熟成されていった。



「全員、到着したか?」

 フィンが端末を片手で操作しながらシアに尋ねた。

「各班のリーダーから報告が着ているわ。当初の予定通り部屋で待機中ね」

「長い一年の始まりか……」

「まだ始まったばかりよ」

 若干疲れを見せるフィンにシアは笑いかけた。

 実際に研修課程の初期段階だ。問題らしい問題のないこの時期に精神的な負担を感じているようなら、この先はもっと辛くなるだろう。


 ――フィンはリーダーに不向きかもしれないわね。支えてあげないと折れちゃいそう。


 鈍い振動を感じた。

「なんだ!?」

 フィンの叫びを耳にして、シアは慌てて端末を確認した。

 火星の施設に異常はない。パネルをスクロールしていく内に画面がアラートで埋まりだした。

 シアは血の気の引いた顔を取り繕うともせずに呟いた。

「軌道エレベーターが、折れています……」






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