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3.ゴミ拾い

 宇宙船は火星の軌道エレベーターの宇宙港に向けて最終アプローチに入っていた。

 制御のほとんどはコンピューターが補助する自動操縦とはいえ、最も事故が多いタイミングでもある。

 操縦を担当している学生たちは、余裕のない硬い表情でモニターの数値を追っていた。


「慌てるな。問題があればアプローチをやり直せばいい。前任者は火星で一年待っているんだ。一週間ぐらい待たせても、そう変わらんぞ」

 教官の言葉にブリッジ内でぎこちない笑いが起こる。

 難度の高い操縦を任されているのは成績優秀者で構成される『エインヘリャル』と呼ばれるクラスの生徒たちだ。経験が浅いとはいえ、個々の能力は高かった。


「コース上にデブリを発見。アプローチを中断しますか?」

 レーシャの報告を受けてブリッジ内に緊張が走る。

「質量と距離は?」

 フィン・ライヒヴァインの低い声が響いた。口数が少なく、それ以上に表情も乏しい巨漢の青年は陰でフランケンと呼ばれていたが、内心の動揺を表に出さない性格が周囲に安心感を与えていた。


「約600kg、脱落した太陽光パネルのようです。相対距離は2000km、接触まで30分」

「ったく、出したゴミは持って帰れよな。マナー違反だぜ」

 アミールレザー・ナザリの軽口で幾分空気が緩んだ。

 真面目な生徒が多いエインヘリャルの中では珍しく、シニカルな態度で周囲と距離を置いているが、とっつきにくい人柄ではない。

 文句を言いながらも面倒見が良く、頼まれると嫌と言えない性格で、後輩たちからも慕われていた。


「コースの変更は可能か?」

 フィンは航行コンピューターに新たなプランのシミュレートを入力していたシア・リヴニに声をかけた。

「問題ありません。到着時間は30分遅れますが」

 シアはいつも浮かべている微笑をフィンに返した。


 シアは六人兄弟の末っ子だ。両親は初めての娘を溺愛し、年の離れた兄たちからも可愛がられた。このまま成長すれば、自制の利かないわがままな娘が育っただろう。

 しかし、王女様のように振る舞えたのは極僅かな期間だった。

 年の離れた兄たちが結婚して家族で同居するようになり、シアの生活は暴君として振る舞う日々から、甥や姪たちの子守りで走り回る日々に変わった。シアは初めて自分の意にそぐわない不合理な存在を前にして、憤りと諦め、そして愛情を抱いたのだった。


「よろしいですか? 私はランチによるデブリの処理を進言します」

 クインが席から立ち上がって提案する。いつも通り強い意志を感じさせる口調だ。

「コースの変更はなし。デブリもなし。悪くねえんじゃね?」

 アミールレザーはクインの提案に前向きな反応をみせた。

 事前にチャットでクインから相談されていた内容だ。議論を誘導するサクラ役は不本意だが、提案自体は自分の考えとも合致している。下手に議論を長引かせるつもりはなかった。


「デブリの処理はどうします? 火星に落とすんですか?」

「施設から離れた位置に落ちるよう押してやればいい。衛星軌道上にあるより遥かにましだ」

 レーシャの問いも想定の範囲内だったのか、クインは即座に切って捨てる。


 顎に手を当てて考えをまとめていたフィンは顔を上げて皆を見渡す。

「決を取ろう。デブリの処理に賛成の者」

 ブリッジ内の全員の手が上がった。

「シア、デブリの落下ルートをシミュレートしてくれ。アミールレザーは待機中の8番チームに指示を」

 フィンの指示を受けて、ブリッジ内がにわかに喧噪を増した。



「エミリオ、ご指名だぞ」

 ブリーフィングルームで時間をつぶしていたエミリオに絢斗から声がかかった。

 エミリオは携帯端末をオフする。地球にいる妹とのチャットはラグが激しくて、火星までの距離を感じさせた。


「何してたんだ?」

「ん、グラフィティ。お前も載せてやるぜ」

 急に家族とチャットしていたことが気恥ずかしくなって、エミリオは絢斗の肩を抱いて誤魔化した。そのまま絢斗を引き寄せてツーショットの自撮りをする。

 白い歯をむき出しにした満面の笑顔の横で、困ったような目で助けを求めながらもレンズに視線を合わせている二人の写真が撮られた。


「むふふ、俺って写真の才能ありそう」

「バカ言ってないで準備しろよ。タグボートでデブリの処理だ」

 絢斗はロッカーから取り出した宇宙服をエミリオに投げつけ、自分も宇宙服に着替え始めた。

「もうすぐ入港じゃなかったか?」

「それでコース上のデブリの排除が必要になったんだよ」

「俺たちの初任務がゴミ拾いとは泣けるね」

「大抵の仕事は涙なしには語れないさ」



 ランチに乗り込むとブリッジから航行プランが送られてきていた。

 最低限のチェックを済ませると、ハッチからするりと抜け出すようにランチを発進させた。

「このまま近づいてデブリと速度を合わせる。押す方向を間違えるなよ」

 絢斗は普段やる気のなさそうな気の抜けた顔をしているが、こういったことに対してはいたって真面目だ。相棒の肩の力を抜いてやろうと、エミリオは隙あらば茶化していた。


「俺たちの心変わり一つで、あっという間に大惨事だな。フッフッフ……」

 絢斗は無言で操作パネルを指さした。

 ブリッジとの通信がオンになっている。


「エミリオくん、テロリストを気取るのはいいけど。あなたたちもそのまま宇宙の藻屑よ?」

 オペレーター役を買って出たレーシャの冷たい声がコクピットに響く。

「い、いや、冗談ですよ。冗談。レーシャってば今日も綺麗だね!」

「サウンドオンリーなんですけど?」

 隣で絢斗は片手を顔に当てている。

「声から溢れ出す美しさに、俺たちメロメロなんだよ」

 絢斗がパントマイムで何かを伝えようとしている。チームを組んで日は浅いが言いたいことはわかっている。


 ――巻き込むな、だろ? 残念、俺は自分が助かるために友人を売る男だ。


「はあ……、全くあなたたち二人は。いいわ、黙っておいてあげる」

「姫君の寛大な心に感謝を! つきましては我々から食堂の新作スイーツを献上いたします」

「あなたと絢斗くん、二人分よね?」

「ははっ、もちろんですとも」

「楽しみにしているわ。そろそろ時間よ」

 エミリオは無言でブリッジとの通信を切った。


 絢斗が恨みがましい目でエミリオを見ている。


 ――男の恨みはそれほど怖くない。昔付き合っていた彼女が、暗い部屋の中で包丁を片手にエミリオの帰りを待っていたときに比べれば、大抵のことはなんてことはない。


「お前なあ……、俺はそんな金に余裕ないぞ!」

「奇遇だな、俺もだ!」

「はあ、食費を削るっていっても、三食ともレーションは勘弁して欲しい」

 操作パネルに突っ伏しながら絢斗が呟いた。

「いいバイトがあるんだ。お前にも紹介するぜ」

「心底頼みたいが、違法じゃないんだろうな?」

「まさか!? 俺のことをどんな目で見てるんだ?」

 絢斗がまた恨みがましい目を向けてきた。


 ――効果はイマイチだ。


「……よろしく頼むよ、相棒」

 絢斗が世の全てを諦めたような顔をして拳を突き出してきた。

 すかさずエミリオは拳を合わせる。

「よっしゃ! それじゃ、さっさとゴミを片付けますか」






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