30.新しい秩序
「食糧の消費は計画を上回っているな。回収した物資で辻褄を合わせているが、このままでは一ヶ月と持つまい」
「はあ、何でそんなに鷹揚に構えているんだ?! もっと締め付けを厳しくしねえと」
クインの冷静な分析に慎也は唖然とした。救助は少なくとも二ヶ月後だと予想されていたはずだ。一ヶ月後に枕を並べて餓死となれば、悠長なことは言っていられない。生き残るために打てる手は何でも打つつもりだった。
「段階的なインフレーションを起こすつもりだ。物資が不足している状況では当然のことだな」
「食糧を制限せざるを得ない状況に持っていくわけか」
「理解が早くて助かる。脱落する者は多数出るだろう。そこで君たちの力が必要になる」
「不満を抑え込むのが俺たちの仕事ってわけか、忙しくなりそうだ」
慎也は掌に拳を打ちつけて不敵な笑みを浮かべた。
「最終的に半分残れば御の字だ」
クインの考えは最初から大きく変わっていなかった。安定して継続可能な生存環境を目指すなら、生き残る者を選別せざるを得ない。残す者に恣意的な意図がないことが、クインの質の悪さを表していた。適者生存といえば、聞こえは良いかもしれないが、要は弱者の切り捨てだ。だが、クインはより多くの学生を生き残らせるためには必要なことだと確信していた。
「半数まで減れば統制も取り易い、いいことずくめだな」
慎也としては最後に残るイス取りゲームの多数派に属していればいい。そのためにクインと組んだのだ。自分の組織も縦割りの小さなグループに分けていて、いつでも切れるようにしている。
クインと慎也の蜜月関係は、既に互いが切り離せなくなっていた。クインの理想を実現するには実行部隊として慎也が必要であり、慎也が権力を得るためには後ろ盾としてクインが必要であった。不幸中の幸いはクインの潔癖さによって、慎也たちの暴走は目溢しされる程度で抑えられており、ルールの平等性がある程度、保たれている点だった。
「はあ?! 150マーズだって? 昨日まで100マーズだったじゃないか」
トクタルは激高していた。食堂で供されていたのは、成長期の身体を支えるには慎ましやか過ぎる食事だった。大食漢とまではいかないが、肉体労働で腹が減っているトクタルとしてはそれだけでも大きな不満がある。その食事の価格がいきなり1.5倍になったのだ。トクタルでなくても文句の一つぐらい言いたくなるだろう。
「エインヘリャルからの通達なんです。救助が来るまで食糧をもたせるために、食料消費量の計画が見直されたそうで」
給仕の女の子は今日一日で何度も詰め寄られたせいか、若干疲れた顔をしていた。
トクタルとしても何の権限もない女の子に文句を言ったところで解決しないことはわかっていた。振り上げた拳を下す先がなくてイラついているだけだった。
「トクタル、僕の分を半分食べない? 今日は食欲がないんだ」
フリストスが笑顔でトクタルの肩を軽く叩いた。
――ああ、気を遣わせちまったな……。
「スマン、腹が減ってイラついていたようだ」
トクタルは給仕の女の子に謝った後、清算をしてフリストスに向き直った。
フリストスは笑顔のまま、トクタルを見ている。
「ったく、ちゃんと食っとかなきゃ、身長伸びないぞ」
トクタルはフリストスの頭に手を置いて軽く叩いた。
フリストスの笑顔が陰ったことで、トクタルの気持ちは少し晴れた。
「部屋を売るだって?!」
エミリオの声が部屋に響き渡った。
「ええ、目端の利く生徒が間に入って取引をまとめていますよ。マーズがありますからね」
ガネッシュの持ってきた情報に集まった者たちは目を丸くした。
「値段はどうなるんだ?」
「各種施設に近い位置が圧倒的な人気ですね。最も安いのは修理されたブロックかな。どうも循環系のシステムがしょっちゅうトラブルを起こすようで」
「……なるほどなあ、売れる物はなんでも金に替えられるわけだ」
「あとは気の合った者同士で同室になるとか、一人部屋がいいとかですかね」
「何でもありだな。エインヘリャルはそれを認めているのか?」
呆れたようなエミリオの問いに、ガネッシュは肩をすくめた。
「黙認されているようで、何も言ってきませんね」
持つ者と持たざる者が二分されつつあった。持つ者の筆頭は警備科だ。権力を笠にやりたい放題をしている。警備科を後ろ盾にして新たな商売で稼いでいる者もいた。新たな資産家たちの誕生だ。
持たざる者たちは身の回りの売れる物を売りつくし、やがて四、五人が集まってタコ部屋のような生活に陥っていく。第11、12を除いた第9から第14ブロックはスラムのような様相を呈していた。
ガネッシュは学生たちに起こった変化を感じていた。一握りの者たちが富を独占している。しかし、零れ落ちた大多数の者たちは沸々と怒りをたぎらせて反抗の機会を待っているわけではない。みんなの顔は何もかも諦めた表情しか映していない。
――きっと、みんながいなかったら僕も同じ目をしていたかもしれない。
「で、シーユウと一緒に暮らすのか?」
「な、違いますよ! 少なくとも僕はルームメイトと良好な関係です」
ガネッシュは顔を真っ赤にして否定した。
「僕はって、シーユウはどうしてるんだよ」
「シーユウって初対面の対応をミスるとダメなんですよ。基本人見知りだし」
「……お前、一緒に住んでやれよ」
エミリオの言葉がガネッシュの肩に重くのしかかった。




