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舞い踊る天空の星々  作者: Jint


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2.麗しの姫君

 軌道エレベーターは構造上の観点から、赤道直下のインド洋上に浮かぶメガフロートに建設された。同時にそこで働く労働者たちの生活圏として、周囲には多数のメガフロートの都市が造られることとなった。

 労働者の家族が通う学校はもちろんのこと、宇宙開発に必要な技術を研究する大学を始め、将来宇宙開拓に携わる人材を育てるための学校までもが集められた学園都市も形成されていた。


 現在、火星研修に向かっている学生たち375名は全員が学園都市の生徒だ。

 メガフロート出身者も中にはいるが、多くは奨学金を得て世界中から集まってきている。

 学生寮に住み、学校に通う生活だ。金銭的な余裕もないとなれば、学園都市から出る機会も乏しい。


 絢斗は暇な時間ができると、遊びに行く場所もないので、気分転換を兼ねて自然公園でランニングをしていた。

 無重力にしろ低重力にしろ、宇宙に上がれば負荷を失った筋力は衰える一方だ。

 体力が卒業検定の必須条件となっているわけではないが、過酷な環境で自分の命を守る程度の体力づくりはやっておいて損はない。絢斗は持て余したエネルギーを運動で昇華していた。


 ノルマをこなした絢斗は荒い息を整えると、持ってきた水筒からスポーツドリンクを飲んだ。

 人工的に作られた自然とはいえ、広さはメガフロートの四分の一に及び、植生は熱帯多雨林に近い。

 赤道直下の強い陽光に照らされた木々は鬱蒼と茂り、一年中青々とした葉は季節を感じさせなかった。


 ――なんだ、この音……。どこから聞こえてくるんだ?

 小気味よい打撃音を耳に捉えた絢斗は、好奇心の赴くままに道を外れ、森の奥へと分け入った。


 木々がまばらに生える小さな広場のような場所に一人の少女がいた。

 彼女はスタンディングタイプのサンドバッグに一心不乱に拳を、蹴りを打ち込んでいる。

 肩まで伸ばして後ろで縛った金髪が舞うと、木漏れ日を受けて収穫前の麦畑のように輝いていた。

 絢斗は突然現れた幻想的な光景に息を飲んだ。

 しかし、そんな夢のような時間は長くは続かない。地獄の底から漏れ出したような呪詛の言葉が絢斗の耳に届いたからだ。


「……あの男、何度も何度も告ってきやがって! 遠回しに断っただろうが! 空気読めよ! 仲のいい女使って情報操作してくるとか、やり方が姑息過ぎて引くわ! お前らがくっつけ!」

 脱力したような構えから繰り出す拳と蹴りのコンビネーションと同様に、彼女が吐き出す悪態のキレも良かった。


 ――これは、なんだ……。そうだな、見なかったことにしよう。

 絢斗は現実から目を背け、即座に逃げ出すことを選択した。野生動物めいた生存本能が警報を鳴らし続けている。

 その場を離れようと抜き足差し足で後ずさりすると、ふいに彼女の動きが止まった。

 同時に絢斗も動きを止める。心臓が送り出す血流の音だけが耳についた。


 ――気付くなよ。気付かないでくれよ……。

 絢斗の祈りも虚しく、彼女はこちらに振り向くと、強い意志を感じさせる視線で射抜いた。


「あ、絢斗くんじゃない。どうしたのこんなところで?」

 絢斗の背筋に悪寒が走った。彼女の態度がいつもと全く変わらなかったからだ。


「……よ、よう。こんなところで奇遇だな。レーシャ」

 絢斗は彼女のことを知っていた。クラスは異なるが同じ航行科の二年だ。その類まれな容姿にも関わらず、接し易い雰囲気から男女問わず人気が高い。むしろ突出した特徴のない凡庸な絢斗のことを、彼女が知っていたことの方が驚きだった。


「うん、ダイエットを兼ねて運動していたの。ちょっと食べすぎちゃったから」

 レーシャはそう言うと、手首を曲げた拳でサンドバッグを打った。柔らかな打撃音が鳴る。


 ――おいおい、嘘だろ。さっきまで響いていた鋭いパンチはなんだっていうんだよ。


「そ、そうか。いや、俺もランニング中だったんだ。邪魔したな。頑張ってくれ」

 絢斗は早くこの場を離れようと、強引に会話を終わらせた。

 焦る気持ちを押さえてゆっくりと踵を返す。


「……聞こえたよね?」

「えっ、なんだって?」

「ふうん、突然、耳が遠くなったの?」

「か、会話には支障ないさ」

「そうね。じゃあ……」

 レーシャは瞬時に間合いを詰めると、絢斗の胸倉を掴み、膝裏に蹴りを入れて、地面に押し倒した。流れるような動きで絢斗の腹にまたがり、マウントポジションをとる。


「お・は・な・し・しない?」


 自分より体重の軽い少女にまたがられただけで、身動きを封じられた絢斗は、突然の事態に頭が真っ白になる。何とか逃れようと両肩をねじるが、レーシャの身体は微動だにしなかった。

「絢斗くんとお話ししたいなあ、私」

「は、話なら聞く。いや、聞かせて欲しい」

「焦っちゃって、かわいいなあ」


 ――肉食獣に舌なめずりされながらかわいいとか言われても、己が未来を悲観して震えるしかないんですが……。


「お互いの学生生活の平和のためにも、絢斗くんと秘密を共有したいの」

「そ、そうか、魅力的な提案だ。なら俺たちは平等なパートナーだよな?」

「なんだ絢斗くん、私とパートナーになりたかったの? 光栄ね」


 レーシャが媚びるような声色を出して、人差し指で絢斗の胸をなぞった。

 ハーフパンツから伸びた白い太ももに視線が釘付けになりそうになるのを意識的に外して、絢斗はレーシャと目を合わせる。

「いや、……そう、トモダチだ! 同じ目標に向かって学んでいる同志だろ? 厚い友情で結ばれていたっていい」


「……なるほど。私、あまり男女の間に友情が成立すると信じていないのだけど、何事も最初の一歩は不安なものだわ。一度試してみるのもいいかもしれないわね。その方が私にとっても都合がいいし」

 レーシャは立ち上がると、寝転んでいる絢斗に右手を差し出す。

 絢斗は差し出された右手を握って引っ張ると、勢いを付けて立ち上がった。


「改めてよろしく。レーシャ・リトヴァクよ」

「白石絢斗だ。ってなんで俺の名前を知ってたんだ?」

 絢斗は淡い期待を抱いて疑問を投げかけた。

「んー、同期の顔と名前は全員頭に入れているわ。流石に人となりまでは把握してないけど」

「ソウデスカ、スゴイデスネ」

 淡い期待は粉々に打ち砕かれた。


「まあ、絢斗くんがヘタレってことはわかったわ」

「ヘタレで悪かったな」

「がっつかれるより、楽なんだけどなあ。私としては。いい気分はしない?」

 レーシャはイタズラ好きの子供のような無垢な笑顔を見せる。

「いや、取り繕ったところで仕方ない。それが俺だしな」

「ふうん、私には真似できないなあ」

「なんでレーシャはそんな猫かぶってるんだ? 素を出しても受け入れられるだろ?」

「余計な軋轢を生まないためかな……。ただでさえ目立つんだから、目を付けられても面倒なだけでしょ?」

「そりゃ、そうだが。それって楽しいのか?」

「私は早く資格を取って働きたいの。学生生活は無難に過ごせればいいわ。女同士の鞘当ても気分のいいものじゃないしね」


 ――彼女はなんでこんな枯れた思考なんだ?!


「なんだか大変だな、女の世界は。まあ、俺の前では気にしなくていいぞ、今更だしな」

「そうね、私も四六時中演技をするのは疲れていたのよ。だからこうしてストレス解消しているんだし」

「そういえば、レーシャは格闘技経験があるのか?」

「父が軍人なの。護身用に手ほどきを受けた程度だけど、素人相手には役立つわ」

 絢斗は苦笑しながら、卑屈にならないラインを見極めて提案をした。

「それじゃ、俺にもそれを教えてもらおうかな。これで貸し借りなしだろ?」



 こうして絢斗はレーシャと友人になった。






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