24.愛すべき者たち
「フィン、考え直してくれねえか?」
アミールレザーは悲痛な思いでフィンの前に立っていた。
「何を言っている、成果は出ているじゃないか。施設内の秩序は警備科によって回復しつつある」
「現場を見たのか、フィン? それとも奴らの報告を鵜呑みにしてるのか?!」
「当然、現場に任せている部分もある。私が彼らを信頼しないでどうする!」
図星を突かれてフィンは意固地になって反論した。
「これほど言ってもわかってもらえねえのか」
「アミールレザー、それよりも宇宙港での物資回収のことを考えてはどうだ? キミの要望でもあったはずだ」
露骨に話題を変えられたことで、会話の終了を宣言されたようなものだとアミールレザーは悟る。フィンの目に苛立ちは見えても既に迷いはなかった。ただ、今まで感じなかった深い溝が見えた気がした。
――このミッションを成功させれば、フィンの奴も落ち着きを取り戻すかもしれん。
「わかった、物資回収に向かおう」
アミールレザーはこの断絶が決定的でないことを祈った。
「それなら、さっさと行ってくるんだな」
「準備の時間ぐらいはくれねえか。希望者も集めなきゃならん」
「それならうってつけの人材がいるだろう」
フィンの目が異常な光を帯びていた。
「で、罰則として俺たちが物資回収の任務に就くってわけですか?」
「スマン、この展開を予想するべきだった」
アミールレザーはエミリオたちに頭を下げた。組織を変えるために説得すると言ったその足で、こうして危険な任務に引っ張り出そうとしているのだ。普通ならエミリオたちに顔向けできないだろう。
しかし、泥を被ってでもアミールレザーはこの任務を成し遂げる決意だった。任務の内容自体は生徒全員が助かるためと胸を張れるものだ。例え経緯が腹立たしいものだったとしても。
「俺は行きますよ、先輩。誰かが物資回収に行かなければ、ここはジリ貧になってしまう」
絢斗はアミールレザーの提案に乗った。一緒に助かりたい人ができたのだ。ここは無理を通してでも成功させるために、自分で何か行動したかった。
「私も行く! 施設の中に閉じこもって悦に浸っている奴らに目にもの見せてやる」
「シーユウで役に立つのなら僕も行こうか」
「何言ってるの!? コンピューターがあれば、私が現実世界の魔術師であることを教えてあげるわ!」
ガネッシュの物言いにシーユウはすかさず噛みついた。
「あー、スマン。宇宙港の電源は失われている」
シーユウは絶望した顔でアミールレザーを見た。
「えっ、まさかまた肉体労働?」
「またかどうかは知らないが、肉体労働だ」
「……えーっと、拒否権ってあるのかな?」
「目にもの見せるんじゃなかったの、シーユウ?」
シーユウは人の悪そうな笑みを浮かべたガネッシュを睨んだ。
「ガネッシュって相変わらず意地悪だよね!」
「ったく、このお人好しどもめ! 仕方ない、俺も行ってやるよ、相棒」
エミリオが本心は行きたくないが、友達のために一肌脱ごうといった態を装った。絢斗から見ると激しくウザい。自分も行きたいと素直に言えばいいのに、どんなプライドが邪魔をしているのか心の中を覗いてみたいと絢斗は思った。
「無理する必要はないんだぞ?」
「別に無理してないって。友達のためなら当たり前だ」
エミリオはかたくなに態度を変えない。
「俺としてはお前を危険にさらしたくない!」
「絢斗、その言葉は嬉しいが、お前を一人で行かせたくないんだ」
絢斗とエミリオは両手を肩口に開いて握り合うと、力比べを始めた。
「ここにバカがいるよ、アミールレザー」
「ああ、バカ野郎ばかりだ……」
シーユウの言葉にアミールレザーは嬉しそうな顔で呟いた。
前回と同じく、二台のローバーが用意された。異なるのは大量の物資を積み込むためのトレーラーをけん引していることぐらいだ。宇宙港に残された物資をすべて回収するとなると、かなりの時間が必要になる。十分に余裕を持たせた酸素カートリッジと宇宙服の中で水分とカロリーを摂取する栄養バランス飲料が用意されていた。
「ねえ、これまさかと思うけど、垂れ流し?」
「ちゃんと吸収パットが付いてるだろ」
何か尊厳を失った気がしてシーユウは乾いた笑いを返した。
「こんな状態で一日過ごすの?」
「一日で済むといいな」
エミリオはシーユウの様子を見てニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべた。
「おうちに帰らせてぇぇ!」
「おらっ、覚悟決めろや!」
エミリオは荷物と一緒にシーユウをローバーに詰め込んだ。
「それじゃ、そっちの運転は任せるぞ。そこの女も含めて」
エミリオはガネッシュにローバーのキーを投げた。
「はい、目的地に着くまでには使えるようにしておきますよ」
ガネッシュの意外な黒さを感じてエミリオは目を見張った。
二台のローバーは軌道エレベーターに沿って火星の荒野を走る。前回も走った道だ。見逃しようもない目印もあって迷うことはない。絢斗は安全性のマージンを確保しつつ、最大速度で車を走らせた。
「おっ、先輩の好きな双丘が見えてきましたよ」
移動中は暇なエミリオがアミールレザーに話しかけた。
「エミリオ、俺は悟ったんだ。これからは道だと」
「なんだって!? 先輩は俺を裏切って絢斗に付くと!?」
「だから俺は道が好きなわけじゃないと……」
突然話に巻き込まれた絢斗は、徒労に終わることを予想しつつも反論してみた。
「黙ってろ、絢斗。これは信念の問題だ」
「そうだ、絢斗。お前の心の叫びを聞かせてくれ」
「いや、俺、レーシャと付き合うことになったんで」
「なん……、だと……」
エミリオとアミールレザーが絢斗を射殺さんばかりに睨み付けた。
「先輩、この裏切者に裁きを!」
「お前、俺がフラれたばかりだっていうのに幸せそうに!」
「えっ?」
「えっ?!」
とんでもない発言を聞いて絢斗とエミリオが凍り付く。
「……とにかくだ。一部始終、洗いざらいはいてもらうぞ」
「先輩もエミリオも応援するって言ってたじゃないか」
絢斗は二人に立ち向かおうと蟷螂の斧を振るう。
「応援したから付き合えたんだろうが!」
「そこ、エミリオのお陰なのか?!」
「応援はしたが、裏切者に情けは無用だ」
「いやいや、先輩。俺、協力してますよね、こうして?」
多勢に無勢では旗色が悪い。
絢斗は馴れ初めから告白に至るまでの全てを吐かされた。
前を走る車内の様子は通信で後ろのローバーにも筒抜けだった。シーユウは可笑しそうにけたけた笑い、ガネッシュは運転しながら頭を抱える離れ業を見せた。
「……面白い人たちだね」
「いや、バカ野郎どもでしょ?!」
「ガネッシュもその仲間なんだけど」
不意にガネッシュの目の前が暗くなった。運転中にこの状況はマズイ。ガネッシュは気を取り戻して心を落ち着けた。
――誰かウソだと言って欲しい。
ガネッシュの願いはどこにも届かなかった。




