23.歪んだ夢
一組の男女が薄暗い部屋の中で睦み合っていた。
「んっ、ああ」
少女の口から嬌声が溢れ出す。薄っすらと浮かんだ汗で少女の肢体がきらきらと輝いた。何かを我慢するように目は閉じられ、手はシーツをきつく握っている。
「どう、気持ちいい?」
「あっ、ダメ。耐えられない……」
男の声は嗜虐的な色合いを帯びていた。下から伸びてきた男の手が少女の豊かな胸に押し当てられる。ゆっくりと身体が上下し、少女の声が大きくなった。反応に気を良くした男はさらに激しく動き出す。低重力で跳ね上がりそうになる少女の身体を、腰に手を当てて引き留めた。
――早く、終わってくれないかな。この人、全然上手くないし……。
男の気持ちなんて少女にはお見通しだった。言葉でも物でも歓心を買って身体を貪る。それだけだ。過程はすっ飛ばしたいくせに、蓮っ葉な態度はお気に召さない。ただ面倒な生き物だ。
しかし、男の気持ちを知っていれば、これほど楽なことはない。少し甘えてみせれば、いいところを見せようと張り切り出す。拗ねてみせれば、自尊心をくすぐられて機嫌良くなる。
特に思春期の男たちなんて、みんな単純なものだった。
――さっさと終わらせて、もらう物もらって帰ろう。
少女は男に自分の胸を押し当てると、身体を左右に振り始めた。攻守が逆転して男の態度に余裕がなくなる。男はイニシアチブを取り返そうとするが、決壊寸前のダムを抱えていては大した抵抗もできない。そしてその努力は徒労に終わった。
「……凄く気持ち良かったよ。本当に初めて?」
少女はベッドに腰かけて衣服の乱れを直しながら、上目遣いで聞いてきた。
「本当だけどさ。そんなに良かったのかよ」
少し前まで自信なげな態度で、少女に頼み込んできたことなど記憶の彼方に置いてきたようだ。男の都合の良い記憶力に少女は心の中で舌を出した。
「私、このまま朝までここにいちゃおうかな……」
断られることをわかっていて少女は甘えてみせた。
「えっ、困るよ。ルームメイトの奴に2時間だけって頼んで出て行ってもらってるんだ」
男は慌てた様子で事情を説明した。
――知ってる。部屋に入ったときに言ってたじゃない。
「そっか、残念だね……」
少女は男の肩に頭を預けると、甘い声で呟いた。
「ま、また、次も頼むから!」
「んっ、じゃあ、それまで我慢するね」
アフターサービスの一環だと割り切って少女は男の唇に軽くキスをした。
これで払いの良いリピーターになるだろう。精々、次のときまでに対価を貯めこんで欲しいものだと少女は期待に満ちた目で男を見つめた。
「この箱でいいんだよね?」
「ああ、頼まれたものは全部そこに入れておいたよ」
「ごめんね。大変だったでしょう?」
少女は男に寄り添うと、厚い胸に手を置いて見上げた。
「なんでもないさ、こんなこと。俺たちは施設の治安維持を担う警備科なんだぜ」
男は自信に満ち溢れたような顔をして胸を拳で叩いて見せた。
――安っぽいプライド。組織に属していないと何もできないくせに。
目の前の男が所属できる組織に、自分の能力では所属できないことに忸怩たる思いもあった。結局なんだかんだと目の前の男をディスカウントしても、相対的に少女の価値が上がるわけではない。少女も自分の思考が安っぽいプライドを守るための行為だと自覚して暗鬱な気持ちになった。
「それじゃ、またね」
通路に人影がないことを確認してもらって、少女は部屋を出た。
こうして自分を対価にして男たちから様々な物を融通してもらうことに少女は忌避感がなかった。幼い頃からやっていたことだ。ネグレクトの母親の下では最低限の食事さえ満足に得られなかった。
記憶を遡るといつもあの部屋を思い出す。ゴミ袋に囲まれたアパートの一室だ。ゴミの間にできた獣道を通ってたどり着く部屋の中央の小さなスペースが少女の居場所だった。
母親が時折帰ってきたときに持ってくる食糧を貪るように食べる以外、家で食事らしい食事をした記憶がなかった。
それでも少女が生きられたのは近所に住む者たちのお陰だった。
外で出会ったお兄さんは薄汚れた少女身体を綺麗にするため風呂に入れてくれた。体中を弄られたが、新しい清潔な服や下着も着させてくれた。お菓子やジュースの美味しさを知ったのもその部屋だった。
隣のおじさんは写真が趣味だった。様々なポーズを少女にとらせては写真に収めた。それは段々と過激になり、様々な衣装を着させるまでになった。その代りにおじさんはレストランに連れて行ってくれた。初めて食べる料理に少女は腹が膨らんではち切れそうになるまで食べ続けた。あまりに少女のマナーが悪いのを気にして教えてくれたのもおじさんだった。
近所の同い年の女の子に会ったのも、その頃だった。彼女には一つ上の兄がいた。とても優しい少年で少女のことを気遣って、一緒に遊んでくれたり、食べる物を持ってきてくれた。何の対価も要求せずに。
少女は少年に見捨てられることが怖くて、少年の妹の友達になろうとした。少年の妹は子供らしい残酷さで様々な命令を少女に与えて楽しんだ。少女は少年に会いたい一心で応え続けた。少年の妹がその遊びに飽きるまで。
やがて母親が裕福な資産家と再婚したことで、少女の生活は一変した。アパートから邸宅に引っ越したが、部屋から持ち出す物など何もなかった。母親は勤めを辞めて家で暇を持て余すようになり、少女を着飾り、様々な習い事に行かせて自尊心を満足させていた。
少女はペットのように扱われる自分の境遇に不満を持っていたが、母親が帰ってこない部屋の中で待ち続けた夜のことを思い出すと何も言えなかった。
何かを犠牲にしなければ、少女はここまで生きられなかっただろう。大人たちの欲望の犠牲者となった少女の価値観は完全に壊れきっていた。
少女の唯一の望みは少年と一緒になることだった。そのために引っ越した後も少年の妹と連絡を取り続けた。
――ああ、早くあの人とひとつになりたい。そのための試練は乗り越えてみせないと、今度こそ……。
少女は夢のための努力を惜しまなかった。例えその夢が歪んでいたとしても。




