21.鞘当て
施設内を警備科の男たちが肩を怒らせて連れだって歩いていた。目的は秩序の維持だが、その実は暴力による組織運営だ。反抗的な態度の者や気弱な態度の者には集団で制裁を行うことで見せしめとしていた。
牙を抜かれた者たちは目を合わさないように通路の端を歩き、露骨に媚びる者たちは歓心を買おうと彼らに尻尾を振った。
「これっぽっちじゃ足りねえなあ。もっと持ってこいよ」
「俺たちは重要な任についてるんだ。腹が減っちゃあ戦えないぜ」
警備科の二人組が食堂で管を巻いていた。
「エインヘリャルからの通達で食事の量は決められているんです。ごめんなさい」
配膳係のレニは困り顔で説明を繰り返すが、男たちは納得しなかった。
「せめて気分良く食事させろよ」
「そうだな、ここに座れよ。俺たちと楽しく話そうぜ」
男の一人がレニの手首を引っ張り、無理矢理隣に座らせようとした。
周囲の者たちは関わり合いになることを恐れて見て見ぬふりだ。下手に助けようものなら、その後には制裁が待っている。皆、耳を塞いで嵐が通り過ぎるのを待っていた。
「こっちです。先輩」
ラクウェルが絢斗とエミリオを連れて食堂に飛び込んできた。
ルームメイトのレニの窮地を目撃したラクウェルは、すぐさま助けを求めて絢斗たちの部屋に駆け込んだ。血相を変えて転がり込んだラクウェルの様子に驚きながらも、二人は導かれるままに食堂までやって来たのだった。
「先輩方、そういう口説き方はモテませんよ」
エミリオがいつもの軽口で男たちを挑発した。態度も余裕しゃくしゃくで手慣れている。
「はあ? 女も知らないようなお子様は帰れよ!」
「ちょっと顔がいいからって勘違いしやがって、そこの引き立て役のお陰だろうが」
男たちの煽りに絢斗は内心で地味に傷ついていた。
――お前ら好き勝手言いやがって、顔は生まれつきだし、誰もが最初は新米なんだよ!
絢斗の苛立ちは心の中でしか発揮されず、外面は人の良さそうな笑みを浮かべていた。
「コイツ、気味が悪いな……」
「いいからやっちまおうぜ!」
激高した男たちはエミリオと絢斗に一人ずつ殴りかかってきた。
エミリオは頭を振って攻撃を避けると、肩口から一直線に素早い動作でジャブを撃った。男は力の入ってなさそうな軽いジャブを受けて、たちまち顔が腫れあがった。勝利を確信して大振りだった拳も体力を失って両手をだらりと下げたままだ。
「くっ、くほ」
二倍の厚さになった唇からはエミリオを呪う言葉が漏れていた。
エミリオはストリートで培った技術もあり、荒事には慣れていた。素人に毛の生えたようなテレフォンパンチに後れを取る道理はない。戦意を喪失した男の顔を執拗に殴り続け、一方的な展開となっていた。
一方、絢斗の方は素人の付け焼刃だった。レーシャに教えられた護身術は相手の攻撃を捌くことに抜群の効果を発揮した。だが、攻撃方法は2種類しか教えられておらず、お互いに決定打を欠いたまま泥仕合の態をなしていた。
「はぁ、はぁ、いい加減に諦めろ!」
「いや、殴られたら痛いじゃないですか」
「俺はスッキリするんだよ!」
「男を気持ちよくさせる趣味はないんで」
交わされる会話もどこか気の抜けた内容だった。
「あっ!」
絢斗が男の背後に視線を移して声を上げた。
「バカが、そんな手が通用するかよ!」
男はここぞとばかりに絢斗の頭を狙った蹴りを繰り出そうとした。
「はい、先輩そこまでです!」
自分の相手を倒したエミリオが背後から男の軸足を刈った。不安定な姿勢のまま地面に落ちた男は痛烈に背中を打って身悶えしている。
「何か縛る物を持ってきてくれ」
エミリオの指示を聞いて呆然としていたレニが弾かれたように厨房に走り、梱包用の紐を持って帰って来た。
エミリオは男の背中側で腕と足を拘束してエビ反りにさせる。男は四肢を揺らして呻いていたが、拘束が解けないことを悟って項垂れた。
「絢斗、お疲れ様!」
憮然とした絢斗ににこやかな笑みで片手を高く掲げる。
「俺は荒事に向いていないんだよ」
絢斗は不承不承といった態でエミリオの掌に掌を撃ちつけた。
「先輩、ありがとうございました!」
ラクウェルが全身で喜びを表すように絢斗に抱き着いてきた。絢斗は腹の辺りに柔らかな膨らみを感じて落ち着かない様子になり、両手でラクウェルを引き剥がそうとする。
「いや、ほとんどエミリオのお陰だから!」
「そんなことないです。いつも私を助けてくれるのは先輩ですから」
「まあ、レニが無事でよかったよ」
絢斗は矛先を逸らそうとして、ラクウェルのルームメイトの安否を気遣った。
「……あの女と何かあったんですか?」
ラクウェルの勘の良さに絢斗はぞっとした。今までの短いやり取りの中でどうしてその結論に至ったのか絢斗には理解できない。咄嗟に絢斗は取り繕うように言い訳をした。
「えっ、いつも通りだけれど?」
ラクウェルはすうっと無表情になって目を細めた。
「私、負けるつもりはありませんから……」
絢斗の背中に嫌な汗が流れ落ちた。
新たに駆けつけた警備科の者たちによって、騒ぎを遠巻きに見ていた生徒たちは解散させられようとする。だが、多くの者が溜まっていた鬱憤を晴らしたのか、絢斗とエミリオに対して口々にもてはやした。警備科の者たちは居心地の悪さを感じて、さっさと事態を収拾しようと二人を連れて食堂を後にした。
事情聴取のために連れて行かれる最中、エミリオは真剣な面持ちで絢斗に声をかけた。
「なあ、絢斗。ラクウェルのことをどう思っている?」
「いい娘だと思うが、正直戸惑っている感が強い、な」
「アイツのこと好きなのか?」
「そういう気持ちはないから安心してくれ」
エミリオの歯切れの悪い言葉を聞いて、彼がラクウェルに気があるのかと誤解した絢斗は先んじて主張した。
「そうか、ならいいが。アイツは止めておけ」
「ん?」
想像していた返事でなく、忠告めいた物言いに絢斗は疑問を深める。
「アイツは誰の手にもあまる。安易に手出ししない方がいい……」
――レーシャとのことを言い出し難くなったな……。
エミリオのいつになく真剣な表情に、何か恐ろしいものを感じて絢斗は身震いした。




