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舞い踊る天空の星々  作者: Jint


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20.英雄の帰還

 一人の学生が事故で死亡した。多くの者は顔も知らない男だった。男を知っている者も日頃の横柄な態度が鼻についていたのだろう。深い付き合いのある者は一人もいなかった。

 しかし、その男の死は全ての学生たちの間に激震を走らせた。

 未曽有の人災に巻き込まれ、救助を待つ身の上であっても、直接死を感じる機会はほとんどない。誰もが死をどこか遠くの出来事のように感じていた。顔も知らぬ男であっても同じ学生から死亡者が出たことに、学生たちの多くが衝撃を受けていた。


「本当に事故なのか!?」

 フィンの眉間には深いしわが刻まれている。元から年齢を詐称していると揶揄されていたが、度重なる窮地に一気に歳を食ったように見えた。

「確かなことはわからん。事故の瞬間を目撃した者もいないからな。ただ、タイミングが良過ぎることは否定できねえ」

 アミールレザーは彼らしくない歯切れの悪さで疑問を呈した。


 即座にクインは現実的な状況分析で冷や水を浴びせる。

「疑ったところで証拠がないとなると、否認されれば手の打ちようがありませんよ。それとも拷問によって聞き出すとでも?」

「よせ、クイン。お前の否定の方法はいつも極端過ぎる」

 クインの手の内を知り尽くしているフィンは苦々しい表情で議論を断ち切った。


 ――クインは犯人の特定を止めさせて何を求めているんだ?


「とにかく今後の対策を決める必要がある」

「この件で屋外作業に従事したいと思う奴はほとんどいなくなっただろう」

「南西の施設にあった物資をほぼ回収できたのは不幸中の幸いでした」

 次の物資の回収先はより難度の高い宇宙港の残骸だ。希望する者は皆無と言っていい。だが、物資が枯渇する前に誰かが回収に行かねばならない。

「宇宙港での物資回収は俺が指揮する。人手は何とかかき集めてみるさ」

 アミールレザーの言葉に少し背負っていた重荷が軽くなった。


「問題は内部の統制です。第二、第三の不本意な事故を起こさないためにも、実行力を持った組織が必要だと思われます」

 クインは兼ねてから思い描いていた持論を展開した。表情は変わらないが、自信の表れか心持ち鼻の穴も開き気味だ。


 ――これがクインの目的か。秩序を取り戻すためには手を汚すことも厭わない。実に彼らしいな。


「実行力を持った組織か。当然、率いる者の草案もあるのだろう?」

「そうですね。私なら慎也を長にして配下に警備科を充てます」

「容疑者たちに警察権を与えるだと? 正気なのか!?」

「毒を以て毒を制すですよ。彼らは最も効率の良い従わせ方を知っています」

 アミールレザーはクインの答えを聞いて鼻を鳴らした。


「フィン、クインの提案には乗るな。コントロールを間違えると、相当な劇薬になるぞ」

「失敬な。遅かれ早かれこのままでは生徒たちの暴走を許すことになりますよ。ならば、その前に彼らを取り込んでしまえばいい」

 フィンは議論を争わせる二人を眺めていた。どちらの言うことにも一理あった。結局、最後の決め手はフィンの考え方ひとつに依るのだ。長い思考の後、フィンはため息をついて吐き出した。


「クイン、慎也の謹慎を解いて新たな任に就かせろ」

 アミールレザーの落胆した顔を見たくなくて、フィンは目を伏せながらそう伝えた。



「慎也さん、お疲れ様です」

「お勤めご苦労様です」

「おめでとうございます。今日はパーッといきましょうや」

 取り巻きたちは慎也の姿を見て口々に喜びをあらわにした。


「ありがとよ。お前らのお陰でこうして出てこれたぜ」

 慎也の表情に謹慎生活の影響はほとんど見受けられない。自信に満ち溢れたいつもの顔がそこにはあった。


「忘れてもらっては困るぞ、慎也! お前に与えた権限には大きな義務が発生することを」

 クインは尊大な態度で語りかけた。慎也に対してどちらが上か最初に刻み込みたいのだ。

「わかってるよ、クイン。お前の指示には従うさ。だが、やり方は好きにさせてもらうぜ」

 慎也は両の掌を上に向けて広げると、口の端を上げてそううそぶいて見せた。



 アミールレザーはフィンの決定を覆そうと、直談判のために中央管制室へと向かっていた。様々な調整に時間を取られ、既に時間は深夜となっている。それでもアミールレザーは今日中にフィンと直接話しておきたかった。


 ――クインに好き勝手させていれば、いつかとんでもない状況に陥るぞ。


 通路を歩く内に話し声が聞こえてきてアミールレザーは歩を緩めた。

「……丈夫よ、フィン。みんなあなたのことを支えているわ」

「怖いんだ、シア。起きたことの結果を全て背負わなければならない、この状況が!」

 長身のフィンは跪いてシアに抱き着き、胸の間に顔を埋めていた。そこにいつもの毅然として任をこなす男の姿はどこにもなかった。


「あなた一人の責任じゃないわ。みんなが話し合って決めたことだもの」

 シアは幼子をあやす様に語りかけながら、短い髪を手ですいていた。

「いや、今までのように全員の投票で決を採ることは少なくなった。即断即決が求められるんだ。そしてそれは私を孤独にしていく……」

「そうだったとしても誰もあなたから離れないわ。当然、私もよ」

 フィンがシアの背中に回す手に力を入れた。


「自信がないんだ……。本当にこれで良かったのか。確固とした足場がなくて何かにすがりたくなる」

「もっと周りを頼っていいのよ。皆のことを信じてあげて」

「自分の能力さえ信じられないのに、誰を信じろって言うんだ……」

「可哀想に、ずっと暗闇の中を一人歩いてきたのね。もっと自分に自信を持っていいのよ」

 シアがフィンの顔を両手で包むと、静かに自分に引き寄せて唇を押しあてた。


 ――ああ、俺は親友と想い人を一度に失ったのか……


 アミールレザーは踵を返すと、足早にその場を立ち去った。





 


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