19.執行人
「……はあ、なんだってこんなことをしないといけないんだ」
食糧を横流ししていた小太りの男はエインヘリャルから労役を課され、物資回収の任に就いていた。半ば脅されて無理矢理連れてこられた男はやる気のない様子で与えられた作業をこなしている。近づくと酔っぱらいの繰り言のようなつぶやきが聞こえてきた。
「大体、この作業ではボクの能力を活かせない。大して頭も使わないし、ハッキリ言って3Kもいいところだ。もっと他人と接するポジションでボクの人当たりの良さを活用しないと、宝の持ち腐れだよ」
周囲で同じ作業に従事する者たちは、またかといった顔つきで聞き流している。作業をさぼっているようなら指導するが、機嫌を取るようなことまでは仕事の範疇に含まれていなかった。
物資回収は過酷な作業内容に加えて、監督役だった慎也が謹慎となって求心力を失い、作業者が集まらない事態となっていた。元々、作業を強制する力など無いに等しい体制だ。アミールレザーが元修理班を一人一人口説き落として何とか再開の態を保っていた。
しかし、作業に当たっている学生たちには以前のような活気が失われ、どの顔にも不満が拭えないでいた。
「なんだか雰囲気が悪くなったね」
いつもなら淡々と作業をこなすフリストスも戸惑いを見せている。
「慎也さんは独断専行の感が強かったけど、空気を作るのは上手かったからなあ」
「確かに、人の使い方は上手かったように感じる」
「今の監督は真面目でいい人なんだけど、リーダーシップはあまり感じないな」
トクタルは慎也の代わりに監督者になった男をそう評した。結局、人の上に立って人を使う者は如何にして下の者たちの力を引き出すかに尽きる。100人を集めたとて100の力にはならないのだ。
「トクタルならそういうこと上手くやりそう」
「年下が差配することを嫌がる人たちもいるからな。簡単にはいかないさ」
上に立つものは常に周囲から嫉妬の対象にもなる。トクタルはチームマネジメントの難しさを感じていた。
「オイ、あいつが例のヤツだ」
取り巻きの一人がバラージュにヘルメットを接触させて伝えてきた。
バラージュは作業前に話し合ったときの決意を思い出していた。
「慎也さんをハメた男が物資回収に回されてくるらしい」
取り巻きたちの間にそんな噂が伝わってきたのは、アミールレザーが作業に戻るように説得している最中だった。
「ハァ? 慎也さんが謹慎中だっていうのに、何でヤツが大手を振って出てきてるんだよ!」
「何でも労役を兼ねているらしいぜ」
「マジか!? 俺たちのやってることは労役かよ」
中途半端な情報は悪意を持って拡散され、憶測が憶測を呼ぶ悪循環を生んでいた。
「お前も許せないよな? バラージュ」
「そりゃそうだろ。バラージュは慎也さんに目をかけてもらっていたんだ」
「恩人の慎也さんを売った男だぜ。許せるわけがないだろ?」
「バラージュ、今こそ恩に報いるときじゃね?」
取り巻きたちは口々にバラージュを煽っていった。
バラージュはいつの間にか取り巻きの末席に加わっていることも気にせずに決意した。
――そうだ、無実の慎也さんを陥れるなんて……。誰かが正さなければいけない!
バラージュは長い鉄骨を肩に担いで小太りの男との距離を測った。
これは罪人に対する正当な罰だ。自分の行動の結果を深く噛みしめて、その報いを受けなくてはならない。
震えそうになる膝を止めるため、バラージュは何度も決意を新たにしなければならなかった。
バラージュは男に近づくと、鉄骨を担いだまま後ろを振り返った。振り回された鉄骨が男の側頭部に衝撃を与える。男はバランスを崩して錐もみしながら地面を転がった。
重機を誘導していた取り巻きの一人は合図を目にして重機を後退させる。それは事情を知らない者から見れば、一連の作業手順の一つにしか見えなかった。
「ぎゃあああああああああああ!!」
小太りの男の口から耳をつんざくような悲鳴があがった。
重機のキャタピラが男の足を踏みつぶしている。悲鳴を聞きつけた周囲の者たちが慌てて男に駆け寄った。
「おい、前進だ! 重機をどけろ!」
重機は慌てて前進して男の上からキャタピラをどかした。男の足は半ば地面に埋まっている。骨折は避けられないだろう。何より宇宙服に空いた穴から酸素が漏れ出す音が聞こえた。呆然と事態を見守る生徒たちは誰も動けないままだった。
「早く人を呼んできてくれ!」
人垣の中から男に駆け寄ったトクタルは周囲に叫んだ。宇宙服に備え付けられているテープをポーチから取り出して、空気が漏れている穴に何重にも巻いて張り付けた。
「止まったか?!」
「気圧が戻ってる。大丈夫みたい」
フリストスの答えにトクタルは一息ついた。
小太りの男の口からは最早、呼吸音しか聞こえず、意識を失っているようだった。
遅れてやってきた監督者が、男をすぐにエアロックへ運ぶよう指示した。
小太りの男は数名の生徒に担がれて現場を後にした。
「因果応報だ。気にすんな」
「アイツに価値があるなら、生き残るだろうさ」
「お前は何も悪くない。ただ刑を執行しただけだよ」
「勇気のあるヤツだな。見直したぜ!」
取り巻きたちは口々にバラージュの周囲に集まり、ヘルメット越しに称賛した。
バラージュは放心状態のまま運ばれていく小太りの男をいつまでも見送っていた。
そして数時間後、小太りの男ことダニロ・パボンは出血によるショックで死亡した。




