16.絡む糸
食糧事情の改善によって大幅に制限されていた食事が緩和され、食堂はその日の栄養を取得して速やかに帰る場所から、食事と共に会話を楽しむ少し賑やかな雰囲気に変わった。
絢斗とエミリオは調査隊の強行軍の疲れも抜けてのんびりと食事をしていた。
「しかし、あの強行軍。二度と行きたくねえ」
「って言っても物資のあては南西の施設か宇宙港ぐらいだからな」
「肉体的にも精神的にもキツイんだよ」
――エミリオは血を見るのが、苦手だって言っていたな。
絢斗は怖いものなど何も無さそうなエミリオの意外な弱点を聞いて思考を巡らせていた。
「先輩じゃないですか!」
トレイを持って近づいてきたのはラクウェルだった。
溌剌とした笑顔で手を振ると、栗色の髪が揺れた。絢斗の肩までしかない小柄な身体には似つかわしくないサイズの胸も揺れている。絢斗の視線は釘付けになった。
「ラクウェル、元気にしてたか?」
「はい、お陰様で!」
ラクウェルは真っ直ぐな目で絢斗を見つめると、隣に座って腕に抱き着いてきた。絢斗は過剰なスキンシップに慣れない様子で少し腰を引き気味だ。
一緒にいた連れの女の子はエミリオに許可を取ると、向かいの席に座った。
「ルームメイトのレニです」
「レニ・ストエヴァです。よろしくお願いします。先輩方」
ラクウェルから紹介された女の子はエミリオが避難誘導した女の子だった。
「エミリオ先輩、あの時はありがとうございました」
「ん、気にしないでくれ。俺だけがやってたわけじゃない」
「それでも私は先輩に助けられましたから」
「わかった。感謝は素直に受け取っておくよ」
エミリオは気恥ずかしそうに明後日の方向を向いた。
「私も先輩に助けられました!」
ラクウェルは対抗心をあらわにして、絢斗の肩に頭を載せた。レニの発言のどこに対抗心を燃やす要素があったというのか。
「俺だけがやってたわけじゃない」
絢斗は精一杯恰好を付けて言ってみたが、すぐさまエミリオに鼻で笑われた。
「連絡方法は私が気付いたんですけどね!」
はしごを外された絢斗は情けない顔でラクウェルに内緒にするよう目配せした。
「ラクウェルったら、いつも先輩方のこと話しているんですよ」
ひとしきり笑った後でレニはラクウェルの秘密を暴露した。
「もう、レニ! 黙っててよ」
「どうやってラクウェルを手なずけたんですか?」
「いや、特にこれといったことは……」
「怪しいなあ。レスキューボールの中で何があったのかなあ?」
訝しげな視線を送るレニに、清廉潔白であることを言い訳しながら絢斗はあの時のことを思い出していた。
――確かに好意を向けられているのはわかるが、何がきっかけだったんだろうな……。
四人で楽し気な会話をしていると、二人組の女子が食堂に入ってきた。
「お、レーシャじゃん! こっちこっち」
エミリオがレーシャの姿を見つけて声をかけた。
絢斗は背中を貫かれるような視線を受けて、嫌な汗が流れるのを感じた。
「エミリオと色ボケさんじゃないですか」
レーシャは余所行きの声で答えた。何故誰も逃げ出したくなるような威圧に気付かないのか絢斗は不思議に思う。
「あ、あのレーシャ、俺、絢斗ですよ?」
「ごめんなさい。影が薄いからすぐ名前を忘れちゃって」
トレイを乱暴に置くと、レーシャは絢斗の隣に座った。
――お前、同期の顔と名前は全員覚えてるって言ってたじゃないか……。
しかし、賢明な絢斗はそんな考えはおくびにも出さずに苦笑いを返した。
レーシャの連れの女子はエミリオの隣に座る。いつもの食事風景とは違い、今日は華やかだ。惜しむらくは楽しい雰囲気にならないであろう未来が予想できるからだった。
「初めまして。航空科二年、アイシャ・スリニハです」
レーシャの連れの女子が軽く頭を下げた。同じクラスではなかったが、顔に見覚えがあった。
互いに自己紹介が始まる。レニは同性の先輩に色々と聞きたいことがあるようで連絡先を交換していた。
「それで絢斗くんは、ここでなにしているのかな?」
レーシャは満面の笑みで絢斗に話しかけた。
「何って、エミリオと飯を食っていただけだが……」
「へえ、女の子を侍らせて食事とは。随分モテるのね」
「たまたま会っただけだよ」
レーシャとの会話は浮気現場を見つかったときのような居心地の悪さを感じた。
――これがモテ期というものなら俺は修行僧を目指すぞ……。
「レーシャ先輩って絢斗先輩の彼女さんなんですか?」
ラクウェルが無垢な様子で爆弾を投げ入れた。
「単なる友人です」
「ハイ、タダノユウジンデス」
息の合った返答を聞いて向かいでアイシャが噴出していた。
「レーシャが気を許すほど仲は良さそうだけどね」
「ふうん、そうなんですか」
ラクウェルが挑発的な目でレーシャを睨んだ。
小動物のような可愛らしい外見から想像できないラクウェルの態度に、レーシャは戸惑いを覚えているようだった。
「ほら、飯が冷めるぞ。折角、俺たちが運んできたんだ。美味しく食ってくれよ」
エミリオが救いの手を差し伸べてくれた。
持つべきものは友人だと強く感じるが、この状況を作り出したのも友人だったことを思い出してやるせない気持ちになった。
エミリオは宇宙港での調査を冒険譚のように面白おかしく語り出した。もちろん飯時に聞かせたくない話は省略している。女性陣の興味の矛先はそらせたようだった。
――だが、話のオチに俺が脚フェチだとか濡れ衣を着せるのは止めて欲しい……。




