15.おもちゃ箱
宇宙港の残骸を前にアミールレザーは全員にこの場で待つように指示し、一人で残骸の中に入っていった。この距離であれば、通信には問題ない。不測の事態があったとしても、初動が遅れることはないだろう。
「一緒に行かなくていいのか?」
「連れて行ける状態か確認しているんだろう……」
絢斗は残骸の中の様子を想像して身震いした。教員たちだけでも500名近くはいたはずだ。彼らがどこに行ったのかは想像に難くない。
絢斗は人の死を身近に感じたことはなかった。死体などはドラマや映画の創作物でしか見たことはない。それはある意味幸せなことだった。
しかし、残骸の内部を調査するとなると、いつかは必ず死に出会うことになるだろう。そのときが来たら自分がどんな反応をするか心配でもあった。
――心構えはしたつもりだが、果たしてどこまで付いていけるか……。
しばらくしてアミールレザーが残骸内部の調査から戻ってきた。
「待たせたな。早速、中の様子を説明しよう」
携帯端末に宇宙港の内部構造を映し出す。アミールレザーは一つの区画を拡大した。E3ブロック、外観に大きくペイントされた名称と同じだった。
「俺たちが見つけた残骸の内部には食堂があった。恐らくその中に食糧が保管されているはずだ」
「食堂までは行ったのか?」
「いや、まだだ。中の様子を軽く見てきただけだな。床が傾いているから、かなり歩き難い。天井のパネルはいくらか落ちているが、すぐに崩落するような状態ではない」
調査隊は真剣な面持ちでアミールレザーの報告を聞いている。自分の命を左右する情報を聞き逃すような間抜けはいないだろう。アミールレザーの話では内部は光源となるものがなく、暗闇に包まれており、そして死体に溢れているとのことだった。
ヘルメットのライトに映し出されたのは奇怪なオブジェだった。
宇宙港が落下した際に床に叩きつけられた遺体は四肢の関節が折れて、あらぬ方向に曲がったままプレス機で固められたようだった。流れ出した血は凍りついて赤いまだら模様を作っている。恐怖で見開いた目が侵入者に向けられているようで落ち着かなかった。
一緒に来た調査隊の一人は宇宙服の中でえずいていた。刺激が強すぎて脳のブレーカーが落ちているのか、後で掃除が大変だななどと他愛のないことを考えていた。絢斗は自分の少し後ろに視点を置くようにして、そこにあるものを客観的に見るように心掛ける。
「お前は外で物資を受け取ってローバーに積み込んでくれ。残りは付いてこい」
アミールレザーはえずいて辛そうな男を残して奥へと踏み入った。
いつもは軽口をたたくエミリオも無口だ。絢斗たちは誰もが静寂を破るのを恐れるかのごとく、慎重に歩を進めた。
目の前に広がるのはかつて食堂だった場所だ。机や椅子は傾いた床に固定されてそのままだが、一方の壁はパイ投げで争ったかのように食器が散乱していた。
「ここのようだな」
調査隊はアミールレザーの言葉に頷いた。気持ちは一つだったかもしれない。目的を果たしてこんなところは早々におさらばしよう。
どこか暗闇から宇宙生物が襲い掛かってくるような、そんな想像が捗ってしまう雰囲気だ。
「天井を這って何かが襲い掛かってきたりしてな……」
絢斗はそう呟きながら、さっと振り向いて天井を見上げた。
パネルが不安定にぶら下がるだけで天井には生命の痕跡はなかった。
「絢斗、何してるんだ?」
「いや、エイリアンがいないかと」
「ったく想像力たくましいな。この雰囲気でよくそんな冗談が言えるぜ」
「どこか麻痺してしまっているのかもな」
「お前が羨ましいよ。俺は血を見ると嫌な記憶が蘇る……」
いつもの調子が出ないエミリオを見ているのは辛い。
「それじゃ、さっさと終わらせよう。俺たちの安眠の為にも」
カウンター奥の厨房と思われる部屋を抜けると、食料倉庫に突き当たった。中は振り回したおもちゃ箱だ。あらゆるものがどこかに散らばっている。
「これを整理するのはぞっとしないが、俺たちには必要な物だ」
アミールレザーはため息をつくと共に指示を出し始めた。
箱に食糧を詰めて足場の悪い通路を運び、ローバーに積み込む。それだけの作業に一時間以上かかった。まだ食糧は倉庫に山積みだ。
「これは人数をかけないと、どうにもならねえな」
「それなりに収穫もありましたし、出直しますか?」
「まだ全てを調査したわけでもねえし、いくつか覗いていくか」
絢斗はアミールレザーのタフさに舌を巻いた。
――もう俺の許容量は一杯一杯なんだがなあ。
いくつかの残骸を廻ったが、どこも状況は似たようなものだった。宇宙港に保管されていた物資は見つかったが、肝心の地球から運んできた一年分の物資の行方はつかめなかった。
――宇宙船から運び出されていないとなると、行方を追うのは困難か……。
アミールレザーも調査結果に満足したのか、やっと施設への帰還を指示した。
疲労困憊の調査班は地面に座り込んで息を整えている。
「先輩、タフ過ぎない?」
「ああ、俺、もう動きたくない」
「ここで動けなくなったら死ぬだけだぞ」
アミールレザーは無慈悲に答えた。
この後、ローバーを運転して帰ることを考えると、今から気力を吸い取られるようだ。
帰りの車内は静かになりそうなことを思い描いて絢斗は更に暗鬱な気分になった。遊びに行った帰りに運転を任されたときのような寂しさを感じる。
調査隊は疲れ果てた身体を叱咤して、ローバーに乗り込んだ。
確かな成果があっただけでも朗報だろう。
施設で待つ学生たちの喜ぶ顔だけを糧に家路を急いだ。
しかし、調査隊を迎えたのは、どこか白けたような雰囲気の学生たちだった。




