12.双丘の果て
二台のローバーは崩落した軌道エレベーターを目印にして宇宙港へ向けて荒野を走っていた。
赤茶けた大地に生命の痕跡はない。
大きな丘陵はあれど砂と岩が続く代わり映えしない風景に、つい欠伸が出てしまう。
本来ならマップとつきっきりで目的地を探さなければならなかっただろうが、なにせこれ以上ないほど目立つ道標が横たわっているのだ。
ハンドルを握る絢斗は緩みそうになる意識を叱咤しながらローバーの運転を続ける。
小さくない岩を踏んだタイヤの衝撃で気を引き締め直した。
「5000万kmもの旅をして見たい光景でもないな……」
「観光地巡りは別の機会にしましょうや。こんなムサイ面子じゃ盛り上がりもしない」
うんざりした顔のアミールレザーにエミリオは相変わらずの軽口を飛ばした。
「おいおい、男同士の友情を確かめる旅じゃなかったか?」
「そういうことなら話題を変えますか……」
「お、なんだ? 何かあるのか?」
「あの丘なんていい形してるじゃないですか。上にいくほどツンと立ってて」
エミリオが指し示す先には中くらいの丘陵が横たわっていた。
「なるほど、エミリオは同志だったか……。だが、甘いな。選ぶならあの丘だろう」
アミールレザーが指し示した先には大きめの丘陵が二つ並んでいた。
「……確かに大きさといい形といいあの丘は最高だ」
「あのボリュームだ。麓で野営するだけで何かを悟るかもしれんぞ」
「しかしですね、形では負けていません。あの丘の頂上なら別の景色が見えるでしょう」
「それも真理かもしれんな……」
アミールレザーとエミリオは固い握手を交わした。
運転中の絢斗はバカ過ぎる会話を聞いてため息をついた。
「なんだ絢斗、お前も選んでいいんだぞ」
「これはイニシエーションって奴だ。逃げることは許さん」
アミールレザーとエミリオが絶妙なコンビネーションで退路を断った。
「……俺は星人じゃないんで」
「もっと標高の低い丘が好みか?」
「丘から離れろよ!」
「道か……。マニアックなところを攻めるな」
「いい加減パーツで語るのは止しましょうよ」
絢斗は呆れたように言い放ったが、二人は何の痛痒も感じていないようだった。
「俺たちは何も丘が全てだと言っているわけじゃない」
「そうだ、丘を取り巻く全てを認めよう」
――駄目だ。コイツら早く何とかしないと……。
「俺たちは丘以外を認めないような狭量な輩ではない」
「この会話まだ続けるのかよ?!」
「六つに割れた台地や広い荒れ野に魅力を感じるなら、それは等しく丘と同価値だ」
「価値観の違いが、俺たちを分断するわけではない」
アミールレザーとエミリオは固く抱き合った。
――何か得体の知れない友情が生まれているが、気にしないでおこう。
「しかし、大きな丘陵となると……。先輩、シアさんのことが好きなんじゃないですか?」
「くそっ、バレバレかよ。ああ、確かにあれは母性を感じさせるな」
「肉付きがいいのに、くびれるとこくびれてますしね」
「支給品の服だと少し苦しいとか言っていてな。なかなか眼福だった」
アミールレザーは思い出すように目線と共に口の端を上げた。
「先輩、今度、中央管制室に遊びに行きますよ!」
「レーシャに会いに来いよ。お前ら友達だろうが」
「レーシャはプロポーションだけならストライクなんですが……。絢斗に譲りますよ」
「そういや痴話喧嘩に巻き込まれたな。絢斗、しっかり手綱を握っていてくれ」
「いやいや、レーシャとは単なる友人なんで」
アミールレザーとエミリオが底意地の悪そうな笑みを浮かべて顔を見合わせた。
「絢斗、何、中途半端なこと言ってるんだ?!」
「踏み出せないなら俺が背中を押してやろうか?」
「本当に何もなさ過ぎて。痛くもない腹を探られるのは、こそばゆいだけですよ」
絢斗の返答にアミールレザーとエミリオが落胆のため息をついた。
二人の間で絢斗の株が暴落したらしい。
「ふむ、俺は脈ありとみたがな」
「どうせカレーズのように地下で脈々と流れていますよ。その内、湧き出てオアシスになりますから。まあ見ていてください」
エミリオが不穏な予言を残した。
二人のバカ話を聞いている間にローバーは目的地に着いた。
調査隊の目の前には宇宙港の残骸が横たわっている。
想像していたよりも形状を保っており、円形の宇宙港はピザを切り分けるように、中央からいくつかの塊に分かれていた。
「こうして見るとでかいな……」
「宇宙とは距離感が違って見えるからな」
車から降り立った調査隊のメンバーは宇宙港を見上げて口々に感想を言い合った。
「さて、安全そうなところを探して中を調べるぞ!」
アミールレザーの指示を受けて調査隊のメンバーは緊張感した面持ちで頷いた。




