11.ヒーロー
「お前ら、修理ばかりで飽きただろう? 今日は宝探しだ!」
修理班を前にして慎也は高らかに宣言した。
場違いな言葉に修理班のメンバーは互いに顔を見合わせる。
慎也がこうして周囲の注目を集めようとするのは、これが初めてではない。同じ調子で情報を伝えたところで聞き流されるのがオチだ。興味を引いてから説明を始める。それが指示を浸透させる慎也なりのコツだった。
「南西にあった倉庫から物資を掘り出す。それが今日のミッションだ」
途端に修理班のメンバーに不安げな表情が見え隠れする。
「当然、建物が倒壊する危険もある。重機も使うから十分気を付けてくれ」
「ノルマとかあるのか?」
修理班の一人から声が上がった。
「安全第一だ。ノルマはない! しかし、それじゃあ物足りないよな?」
自分の言葉が十分に行き渡ったのを確認して、続けて語りかけた。
「班ごとに成果に応じたボーナスを出すぜ!」
修理班から大きな歓声が上がった。
慎也は目算通りに事が進むと、質問を投げかけた男に軽く頷いて見せた。
――気持ちよく働いてもらわねえとな。こっちとしても都合が悪いんだよ。
「おい、こっちの端材を運んでおけよ」
「あー、全くのろのろしやがって使えねえな」
「俺たちの班にボーナス出なかったらコイツのせいじゃね?」
慎也の取り巻きの連中が長身の男をなじっていた。機会を見つけては上下関係を刻み込み、反抗心を折っておく。彼らにとってはいつものルーチンワークだった。
長身の男は逆らおうともせずに黙々と働いている。嵐が通り過ぎるのを耳を塞いで待っているのか、熱を持ったマグマを腹の中に貯めているのか、その様子からは読み取れなかった。
「聞こえてるんなら、ちゃんと返事しろよ」
反応の薄さにイラついたのか取り巻きの一人が長身の男の背中を蹴った。
長身の男は運んでいた端材を落とし、たたらを踏む。
宇宙服を着なければ生きることのできない過酷な環境の下では冗談で済まない行為だった。
その行為を目撃したフリストスは止めに入ろうと腰を上げたが、すぐにトクタルに肩を抑えてられて座り込んだ。
「何で止めるんだよ、トクタル!」
「ああ、お前の覚悟のほどを確認してからの方がいいと思ってな」
「……覚悟?」
「アイツを助けるなら最後まで抱え込むことまで考えておけよ。この場だけ手を貸したところで惨めなだけだ」
フリストスの正義感は得難いものだ。だが、聖剣を振るう者には責任が伴う。助けを求められるがままに手を差し伸べるのは、相手からの感謝も得られて気分がいいだろう。
しかし、助けられた者はその後どうなるか。何も変わらない。フリストスの目の届かないところで同じことが繰り返されるだけだ。そして助けられなかったことがフリストスの心に重い枷を負わせるのだ。
――フリストスは捨て猫とか見捨てられなさそうだしな、無理か……。
「なら、最後まで面倒を見るよ!」
即座にフリストスは答えた。
「バッカ、やり方を考えろって言ってんだよ」
トクタルはフリストスのヘルメットを軽く叩くと慎也の下に向かった。
「慎也さん、あそこで揉めてるのちょっと目に余るんじゃないっすか? 事故でも起こしたら管理者の責任っすよ」
トクタルは軽い調子で慎也に注進した。
慎也はざっと見渡して事態を把握したようだ。すぐに取り巻きたちのところに走っていった。
「よお、何か揉めてんのか?」
「ああ、慎也。コイツにちょっと作業のコツを教えてただけだ」
「なるほどな、まっ、ほどほどにしとかないと、ボーナスは別の班に取られちまうぜ」
「……そうだな、わかってるって」
取り巻きは呆れ果てた風に両手を広げると、軽く頷いて作業に戻った。
「バラージュ・ファルカスだったか?」
慎也は長身の男に声をかけた。身長は高いが体つきは細い。幼さを残した顔には苦悩の色が見えた。
「……僕の名前を知ってたんですか?」
「まあ、一緒に働いてる仲間の名前ぐらい覚えるさ」
慎也は気安い調子でバラージュの肩に手を回した。
「今は全員が大変な時だ。明日の飯だって事欠くような状態だしな。だが、この作業で物資が得られたらどうなると思う?」
慎也はいつも通り自分の言葉が浸透するのを待った。
「えっ、食事が豪華になるとか……」
「俺もお前も英雄になるんだよ。何せ危険な任務を成功させて皆の命を守ったんだ」
「僕が、英雄……」
「そうだ、想像してみろよ。女どもが放っとかないぜ」
バラージュが顔を上げて慎也を見つめた。
「すみません! 僕の作業が遅いばかりに……」
「最初に言っただろ? 安全第一だって。自分のペースでやりゃあいいさ」
「わかりました。先輩、ありがとうございます!」
バラージュの目には光が戻っていた。
――全く馬鹿な野郎だ。自分の意思さえ人任せにするとか反吐が出る。
慎也は兄のことを思い出して腹の中で蠢く塊を感じた。
慎也の兄は勉強も運動もそこそこできる男だった。小学校の狭いコミュニティの中ではヒーローとして扱われた。慎也にとっても自慢の兄で憧れの目で見ていたことを覚えている。
風向きが変わったのは中学に進学してからだった。県下で有数の進学校に進んだ兄は自分のレベルがそれほど高くないことを知った。
そして理想と現実のギャップに悩むようになる。
幼い頃に培った自尊心は兄を鼻持ちならない性格にしていた。友達も作らずに一人で問題を抱え込んだ結果、自家中毒を起こしたようなものだ。兄の周囲からは櫛の歯が欠けるように人が去っていった。
しかし、慎也にとっては相変わらず自慢の兄だった。知らないことを教えてくれ、新しい世界に導いてくれる。ずっと兄がヒーローだと慎也は信じていた。
兄は高校受験に失敗し、平均的な公立高校に進学した。そこからの転落はあっという間だった。クラスから孤立し、いじめを受けるようになった。プライドが邪魔をして悩みを相談することもできなかった。
慎也は兄の悪い噂を聞くたびに必死に否定した。兄にも否定して欲しかったが、力なく笑うだけだった。慎也はいつか兄が自分で問題を解決すると信じていた。
そして兄が自殺した。
慎也は兄のクラスに乗り込むと、いじめの関係者を殴って回った。事態に気付いた教師が止めに入るまでに六人の生徒が怪我を負った。慎也は逃げ出した二人の生徒に制裁を加えられなかったことを心底悔やんだ。
保護者同士の話し合いが行われ、いじめの事実と慎也の傷害はお互いに口を噤むことで決着がついた。両親が兄に対してどういう気持ちだったのかわからないが、慎也の将来を優先したようだった。
地元では噂に尾ひれがついて流れ、慎也に近づく者はいなくなった。居辛くなった慎也は学生寮のあるこの学園に進学したのだった。
――兄貴は馬鹿だ。人間なんて適当に欲しいエサをチラつかせりゃ、思い通りに動くってのによ。弱さを見せた奴から食われちまうんだよ……。
慎也が眺める方向には火星の荒野がどこまでも広がっていた。




