9.虎の尾
中央管制室にエインヘリャルのメンバーが集まっていた。作業の進捗を確認する定例会議だ。各科の代表者たちも報告のために集まってきていた。
皆の顔は一様に真剣だ。悲観的になるほど状況が絶望的でなく、楽観できるほどの好材料もない。ここにいる全員に確実な成果が求められ、延いてはそれが全員の命運を左右するかもしれないからだ。
「施設の修理は順調だ。南西の第11、12ブロックを除いて使用可能となっている。既に使える施設には引っ越しを始めているぜ」
慎也が成果を誇るように自信ありげな顔を見せた。
実際に慣れない環境での作業には困難を伴っただろう。突貫ともいえる短期間で施設を復旧させた手腕には目を見張るものがある。
「食糧生産ユニットの稼働に問題はありません。現在、計画通りの量を生産中です」
「味の方はどうにかならねえの?」
いつも通り淡々とデータを読み上げたクインに、慎也が噛みつくように聞いた。
レーションの味を思い出したかのように顔をしかめている。
「善処しましょう」
クインはそう答えながら、頭の中で受け取ったタスクの優先度を『低』に設定した。
「作業の振り分けとシフト割りは一通り終わった。皆、不満たらたらだが、従ってくれている。これから本人の希望と適性を見て調整ってとこだな」
最も不満が出易く、各方面と調整が必要な担当者として、顔の広いアミールレザーを充てて正解だったとフィンは満足げに頷いた。
「通信状況は芳しくないわ。衛星を介して火星表面には通信を飛ばせても、惑星間は宇宙港に機能を集約していたようね」
シアの報告は嬉しいものではなかった。
「向こうが気付くのを待つしかないとなると、救助が何時来ると明確にできないな……」
終わりのない努力ほど気を滅入らせるものはない。フィンはそのことを良く知っていた。
フィンの家族は両親と兄、共に軍人だ。規律に厳格な両親は子供たちの教育にも熱心だった。
しかし、昔から兄たちは優秀で、何かと世話を焼きたがる両親の手も借りずに、進学、そして両親と同じ軍に就職を決めていた。特に努力している様子もないが、息をするように自然となんでもできる。そんな兄たちの背中を見てフィンは育った。
何故兄と同じことができないのか、幼少期のフィンにはわからなかった。できることが普通だと思っていたからだ。
同じことができるようになるために努力をすれば、その分だけ差が広がる。そんなことを繰り返していれば、普通ならやる気を失ってしまうだろう。
そうならなかったのはフィンの両親が手のかかる末っ子を溺愛したからだ。両親は手のかからなかった兄では得られなかった子育ての実感を得ていたのかもしれない。
フィンは承認欲求と諦観の微妙なバランスの上をなんとか歩んでいた。
「衣料品が不足しています」
レーシャの発言を受けて、フィンは記憶を廻る旅から我に返った。
「フィン、大丈夫?」
「……ああ、すまない。考え事をしていた」
フィンは気遣うようにのぞき込むシアを手で制した。
「倉庫に残っていたものは全部支給したじゃねえか?」
「洗濯が全然回っていないんです!」
些細な問題にしか思っていなさそうなアミールレザーに、レーシャは珍しく声を荒げた。
「服ぐらい何日か同じものを着てりゃいいだろ?」
「そんなものですよね、男の人は。とにかく何とかしましょう!」
有無を言わさないレーシャの勢いに飲まれて、アミールレザーは沈黙した。
「どうせ支給品だ。個人所有を止めよう」
「嫌がる人もいるんじゃないかしら」
シアが疑問を呈するのももっともだった。我慢を強いる理由を理解させなければ、不満だけが残るだろう。
「個々に管理するとなると手間が膨大過ぎる。洗濯した後はサイズごとに分けて保管するぐらいなら何とかなるだろう。」
「どうしても嫌な人は自分で手洗いしてもらうしかないわね」
フィンの提案にシアは女性らしい気遣いを見せた。
「循環しているとはいえ、水も有限です。無駄遣いは避けていただきたいのですが」
「そうね、節水については通達を出しましょう」
クインの苦言を受けてシアはため息をついた。
「食糧の備蓄はどの程度だ?」
フィンはクインに向かって問いかけた。
「食糧生産ユニットの稼働により、一ヶ月は持ちそうです」
「食事の量を限界まで減らした場合は?」
「生存に必要な量までなら半分まで減らしても問題ないでしょうが、空腹による作業効率の低下は否めませんよ?」
「そいつは困るぜ! こっちは肉体労働なんだ。食べなきゃやってられん」
慎也は修理班を束ねる立場から強く主張した。修理班には力の有り余っている者を配置している。目の前に人参がぶら下がっていないとまとめきれないのだろう。
「労働内容によって食糧の配給量を変えるべきか?」
「それが理に適っていることはわかるけど、納得できない人もいるでしょうね」
シアが心配そうに顔を伏せた。
「とにかく食糧はいくらあっても困らないだろう。軌道エレベーターの下敷きになった南西の施設にも倉庫があったはずだ。多少、危険だがサルベージしてみる価値はある」
「了解だ。施設の修理が終わったら、そっちをやっとくぜ」
食糧事情の改善提案に慎也は躊躇なく乗った。
「前にも言ったが、崩落した宇宙港を調査させてくれねえか? 物資を回収できれば余裕も生まれるだろうしな」
アミールレザーは棚上げになっていた提案をもう一度持ち出した。
危険性は高いが、このまま状況の悪化を待つよりは希望が持てる。調査隊を出す程度なら問題はないだろう。
「何人連れて行くつもりだ?」
「そうだな、俺を入れて五人ってところか。それぐらいならローバー二台に分乗して行けるだろう」
「わかった。許可しよう」
フィンから許可を得たアミールレザーは喜びをあらわにした。
「よっしゃ、ありがとよ! レーシャ、あの二人、連れて行くぞ」
「えっ、大丈夫ですか? あの二人で」
レーシャは思わぬところから話題を振られて狼狽した。
避難誘導では自分が巻き込んだ負い目もあり、絢斗の生存を祈って胸が張り裂けそうな思いで朗報を待っていたのだ。
しかし、絢斗の生還は彼にしなだれかかる少女と一緒だった。しかも狭いレスキューボールの中で20時間近く何をしていたのかわからない。絢斗の無事を心から喜んでいたレーシャの心は一気に有罪に傾いた。
――個人端末での連絡ぐらい気付くでしょう、普通!
「お前……、友達なのに信用ねえなあ」
「そんなことはないですよ。二人ともたまに抜けてるんで、先輩が手綱を握っていないと心配なだけです」
レーシャはそんな千々に乱れた気持ちはおくびにも出さずに笑みを返した。
――おっかねえ。レーシャの奴、段々化けの皮が剥がれてきてるな……。
これ以上踏み込むことの危険性を察知したアミールレザーは曖昧に頷いた。




