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平穏無事な生活がしたい  作者: misuto
第1章ダンジョン編
5/33

1-4(10階層)

階段を降りるとセーフティーエリアの中央でざっと400人ほどが円を作って話し合いを行っていた。なかでも円の中心にいる5人が中心になって話を進めている。

話に集中しているためか信達が降りてきたことに気が付くものは誰もいない。

信達は話し合いに混じることなく、セーフティーエリアの端で休憩を始めた。

軽めの食事を終えて2人には先に休んでもらう間。

信は装備のメンテナンスをしながらいまだに続いている話し合いに耳を傾けた。


「あいつらを倒すには頭を潰すか、首を刎ねるしかない」

「しかし、少しでも噛まれたらあいつらの仲間入りだぞ。近づくには勇気がいる」

「では、どうするというのだ」

「硬いものを頭に向けて投げるか」

「1体倒しても意味がない。投げ終えた後、次を投げる前に別のゾンビに近づかれる」


それからも話し合いは続いたが結局結論が出ずに休憩することになりそれぞれの集団が分かれて食事や休憩を始めた。


(10階層はゾンビ。倒すには頭を潰すか。首を刎ねるしかないのか)


話し合いの中で出てきた有益な情報を整理しながら必要な準備は何かを考えていると2人が起きたので2人が寝ている間に聞いた情報を共有し、どうするか話し合いを行った。


「10階層での使用推奨されているアイテムを持っているわ」


咲良がポーチから取り出したのは塩袋と似た袋。


「これは音玉袋と言って、音に反応するゾンビをこの音玉で誘導することができるそうよ。遠くに投げて、音に気を取られているうちに逃げながら進むのがいいらしいわ」


サラは音玉袋を差し出しながら説明をしてくれた。なかを覗くとたくさんのピンポン玉の形をした音玉が入っている。先ほどの中央で話し合っていた内容には出なかった物だ。

これの存在は知られない方が良い。周囲を確認するがこちらへ意識を向けている者はいない。これはここを出るまでしまっておいた方が良いと思いながら音玉袋を咲良に返そうとしたら


「私は薙刀を使うから戦う時、両手が塞がっていざという時に使えないから信に持っていて」


と言われた。


「良いのか?」


咲良の説明からこの階層において音玉袋の価値がわからない程馬鹿ではない。生死を分けるかもしれないアイテムを預かっても良いのかという意味だったが、咲良から「信じているから」と笑顔を向けられては預かるしかなかった。

今は人目があるので音玉袋はとりあえずアイテムボックスへしまって話し合いを続ける。


「音に反応するなら大規模な集団で挑むことはやめた方が良いな」


薫の意見には賛成だ。大勢で動けばそれだけ音が出る。ゾンビにとっては格好の的だ。

ここにいる人間は大勢で固まって強行突破する予定のようだがうまくいくとは思えない。

話し合いの末、俺達は彼らと一緒に行動せずに俺達だけで出発することを決めた。

後は準備を整えるだけとなり、装備の最終確認をしていると頬に傷のある男を先頭に50人位の集団が降りてきた。構成は成人と未成年が半々と言ったところ。

集団の中に委員長や正義君もいたが少年や一部の少女は奴隷のような扱いを受けていた。あのセーフティーエリアで助けを求めた小柄な男がぎょろ目をせわしなく動かしながら委員長や正義君達に指示をして場所の確保等をさせている。

中央で話し合いを再開していた者達が現れた集団に気が付き、円の中心にいた5人がそれぞれ数人の供を連れて頬に傷のある男に近づいた。


「お前たちも挑戦者だな。俺は浅井武夫(あさいたけお)だ。新たな仲間を歓迎する。ダンジョンクリアのために一緒に協力しないか」


話し合いをしていた集団の中でも一番規模が大きい集団のリーダーと思われるボディービルダーのような筋骨隆々の男が頬に傷のある男に握手を求めた。


武田金剛(たけだこんごう)だ。話を聞いてから判断がしてえ」


握手に応えた金剛を交えて再開される話し合い。お互いの自己紹介から始まり、装備や構成の情報交換。最後にこれまでに話し合われた10階層の情報を聞いた金剛は一緒に仲間に加わることに同意した。

その間。金剛が率いる集団は休憩場所の確保と整備を行っているが動いているのは全て少年と一部の少女だけだ。

成人の者達とその近くにいる少女達はその光景を見ながら飲み食いをして休んでいる。


「なにちんたらしてんだ。さっさと動け!」


小柄な男が休憩場所の整備をしている正義君を剣の腹で殴った。


「なんだその反抗的な目は自分の立場をわかってんのか!」


その後も執拗に殴られて、体中に青あざと血が滲んだ正義君は冷たい石の地面に突っ伏した状態で意識を失った。


「おい、お前らそこにいる馬鹿をどっかに放り投げてこい!」


委員長と1人の少年に命令した小柄な男は正義君を放置して別の場所へと向かった。

それを休んでいる同じ集団の者は笑ってみていた。

見ていて気分のいい光景ではない。

そんな時話し合いが行われている中央付近で動きがあった。

金剛(こんごう)が「確かこの階層で使用推奨されている音玉袋を持っている」と発言したのだ。

これまでの話し合いで出てこなかった音玉袋。

450人を越える集団の中で音玉袋を持っているのは金剛ただ1人。

その後の話し合いで金剛が集団のトップになったのは必然だった。


(これだけの人がいて音玉袋が1つしかないのか)


俺も6回100徳ガチャを回して出なかったことを考えるとかなり出る確率が低いのかもしれない。そう考えると咲良には感謝しないといけない。

咲良の頭を撫でて「ありがとう」と感謝の言葉を述べると最初はよくわからなかったようだが理由を伝えるとははにかんだ笑顔を浮かべた。


「少し時間をずらしてから行こう」


金剛をトップに出発の準備を始める彼らを見て、出発を延期することにした。

彼らに引き寄せられるであろうゾンビに巻き込まれるのはごめんだ。

俺達にも「一緒に来ないか」と声が掛ったが断った。

少数のためあまり強く勧誘されることはなく集団が出て行くのを見送った。

セーフティーエリアに俺達しかいなくなったので、久しぶりに調理をした食事を食べることにした。


「久々に温かい食事をしたな」

「そうね。おいしいわ」


調理器具セットのガスコンロ(交換不要)と鍋を取り出して、沸騰したお湯にレトルト食品を入れてから防災バッグEに入っていた割りばしと紙皿を使って食べる。

レトルト食品を温め終わったら、今度はフライパンで豚肉を焼く。

久々に調理をした料理を食べることが出来た。

使い終わった鍋やフライパンは洗濯袋に入れておけば乾燥までしてくれる。

その後は人が降りてきたので調理器具セットを使うことはやめて以前のおむすびなどの簡素な食事に戻る。

薫や咲良と手合わせをしながら丸一日。あれから徐々にこのエリアにも後続の集団が集まってきたので、そろそろエリアから出ることにした。



「アァァァァァ」


道路にぽつりぽつりと並んだ街灯。立ち並ぶ高層ビル群。

そして、片側2車線のアスファルトの道路にはびこるゾンビ達。

後ろを振り返るとセーフティーエリアと書かれた立札の左右数mの間を空けたところから首を垂直にしてもまだ先が見えない天に向かって真っすぐ聳える黒い壁。壁は左右に先が見えない程伸びている。


(これが第10階層…)


徘徊する無数のゾンビ。顔に生気はなく、白目を向き、口は常に開いて叫びとも悲鳴ともとれる声を発しながら歩いている。腕は力なく下げられ、目が見えないのか頭から壁にぶつかっても方向を変えずに進もうとしている。

ゾンビの中には腕がない者や下半身がなく這っている者までいる。

出発前に決めた手による合図を使い、ゾンビをかわしながら前進を始める。

相手がゾンビということで、ゾンビを効率よく消すために俺は斧、薫は剣、咲良は偃月刀に持ち替えている。

歩き始めて、数十分。

何かが弾ける様な“パーン”という大きな音が断続的に聞こえた。

音に反応してゾンビ達は一斉に音がなった方へと向かって行く。


(これなら多少音がしても大丈夫か)


俺達は音に誘われて歩いているゾンビを無言で後ろから斬りつけて倒した。

ゾンビを殺しても消えるだけで3階層のスライム同様に何も残さない。

だが、元は同じくダンジョンに挑んだ者達。出来るだけ殺してやろう。

ゾンビの進む流れに乗ってセーフティーエリアからまっすぐ歩いると正面に7階建ての大型ショッピングモールが見えてきた。音の発生源はどうやらあそこらしい。

T字路の中央にある大型ショッピングモールには万を越えるゾンビが押し寄せていた。

大型ショッピングモールの窓には結構な人数がいる。

ゾンビと籠城戦をしているのか?

ゾンビを分散するために5階から音玉を投げ続けている。

また、各階から電化製品や鍋などの金属製の調理器具などを地上のゾンビに向かって投げ落として攻撃しているがあまり効果があるようには思えない。

万を越えるゾンビが包囲している状況では焼け石に水だろう。

あれではいずれ物量で押しつぶされる。

逃げることは絶望的な状況でどうするつもりだろうか。

ゾンビを倒しながらそんな感想を抱いていると薫が肩を叩いてから集まってくるゾンビを指さし、ここを離れることを提案された。

確かにちょっと近づきすぎたかもしれない。薫の提案に頷いて、咲良にも移動する合図を送りT字路の左の道へ進路を変えた。

しばらく歩いていると音玉の音も聞こえなくなり、さらに進み続けるとビルが無くなって2階建ての庭付きの家が立ち並ぶ住宅街に入った。


(そろそろ休憩したほうがいいな)


後ろを歩く2人の顔に疲れが見られる。ゾンビに噛みつかれた時点でゾンビになる。

少しのミスが命取りになる状況で無理はさせられない。

適当な2階建ての頑丈な家に入って、家の隅々まで探したら数体のゾンビと遭遇、殲滅した。門と1階の扉や窓等出入り可能な箇所の施錠が終わり、最後に<結界石>を使って結界を張った。これまではセーフティーエリアを利用していたので使う必要がなかった。

今回初めての使用だったが問題なく結界が発動し、透明な膜が家を包み込むように張られたことが<結界石>を持っていると感じられた。ようやく安全が確保できた時にはすでに日が落ちていた。


(ここへ来た時は明るかったダンジョン内は休憩に入った時には夕暮れ時のようになっていた。家の中にある時計の針は5時を指している。もしかしたらこの階層には時間によって、朝昼晩と明るさが変わるのだろうか?)


<結界石>の事、結界を張ったことについて薫と咲良への説明が終わってから咲良が照明のリモコンを操作した。


「ライフラインが使えてよかったわ」


照明が灯ったことで電気が通っていることが分かった。蛇口をひねれば水が出ることから水道も繋がっている。この家はライフラインが生きているようだ。

恐らく周辺の家も同じだろう。

それに冷蔵庫には新鮮な野菜や肉などの食材が豊富に入っている。

これは食べて大丈夫なのだろうか?

念のため、キュウリを一本手に取って洗ってからかじった。


(問題ない。食べられる)


味は普通のキュウリだ。別に腐ってないし、毒が入っているわけでもなさそうだ。


「信、どうだ?似合うだろうか?」

「衣装棚に入っていたのを着てみたけど。どうかな?」


俺が食材の確認をしている間にどうやら2人は家にある衣装棚から衣服を選んで、学生服から動きやすい服に着替えていた。

薫は白のVネックの白いTシャツに黒のパンツ、黒のレザージャケットを羽織っている。

咲良は白のYシャツにベージュパンツを履いている。

女性に服の評価を聞かれるのが初めての信は「似合っているよ」と答えるだけで精いっぱいだった。

マスクで顔は見えないが声のトーンから気持ちが伝わった2人は満足そうに頷き、食事の準備を始めた。



「「「ごちそうさまでした」」」


しゃぶしゃぶを食べ終えて、食後のお茶を飲みながら信は今後の事について薫と咲良に提案した。


「この階層には新鮮な食材が手に入る。今後の事を考えてこの階層で必要な物を揃えたい。2人はどう思う」

「いいと思うわ。今まで手に入らなかった物がこの階層にはたくさんあるようだし、少なくとも後15階層はあるのだから備えられるときに備えておかないと」


咲良の言う通り。今持っている情報ではロボットがいる第25階層まではあることは確実だ。いまのところはあまり苦労することはなかったが今後はもっと強い相手が出てくる可能性や過酷な階層が待っている可能性がある。


「それだと明日はまたあの高層ビル群へ行くのか?」

「そのつもりだ。素通りしたが色々な店があった。そこで調達したいと思っている」


それから1時間程明日の予定を話し合ってから今日は早めに休むことになった。


「ふー、やはり風呂は良いな」


湯船に浸かったのはいつ以来だろうか。ダンジョン生活の内容が濃くて、ダンジョンへ来る前の事が懐かしく感じる。

最後に風呂に入ったのは殺される前日。ダンジョン生活をするようになってから約1ヶ月入っていない。

やはり、風呂は良い。湯船に浸かりながら久しぶりの風呂を堪能した。

風呂から上がると先に風呂入った2人は学生服を洗濯袋に入れて、俺が貸した<お手入れセット>により武器の手入れをしていた。

俺もそれに参加して切れ味の落ちた斧の手入れをする。

手入れが終わり、時刻は22時。結界が切れるのは約7時間後。そろそろ寝た方が良い。

薫と咲良は2階の寝室。俺は隣の客間で眠ることになった。



翌日早朝。窓の外はまだ暗い。時計を見ると家にいた時にいつも起きていた時間だった。

ダンジョンに来る前は毎日早朝に起きて朝の鍛錬をしていたのでその習慣の為だろう。

家の前にある道を確認するため寝室にお邪魔する。

咲良はまだベッドで寝ていたが薫の姿はなかった。すでに起きているようだ。

無防備に姿で寝ている咲良を起こさないように窓によってカーテンを開けて外の状況を確認する。

ゾンビが徘徊している光景は昨日と変わらない。


「信、おはよう」


外に注意を向けていると目をこすりながらベッドから身体を起こした咲良から朝の挨拶をされた。


「おはよう咲良。体調はどうだ?」


信はカーテンを閉めてから咲良のいるベッドへ顔を向けながら挨拶を返したが、ベッドの上にいる座る咲良の姿を見てドキリと心臓が撥ねたように感じた。

豊かな双丘に括れたウエスト、スラっとした足。白い下着しか着ていないためほとんど隠すことがされていない姿に信は脈が一気に速くなっていくのが分かった。

せめてもの救いは照明がついていないため、完全には見えなかったことだろう。


「体調は問題ないわ。ところでどうかしたの?」


自然な口調で答える咲良。「なんでもない。早く服を着ろ」と言って足早に立ち去った信。

信の後ろ姿を見送った咲良はクスリと笑った。

寝室を後にした信は階段を降りて台所へ行くと黒い下着に白いエプロンを羽織っただけの薫が朝食を作っていた。


(薫、お前もか)


薫の姿を見て両手で顔を覆いながら天を仰いだ。

エプロンの下に下着しか着ていないため、健康的な均等の取れた肢体や豊かな円錐型の胸の形がはっきりとわかる。


「信、おはよう。どうした。頭でも痛いのか?」

「いや、何でもない。気にするな。おはよう、薫。ところで、服を着てはどうかな」

「もうすぐ朝食が出来るから着るのはその後でいいだろう」


右手で何でもない事を示すと同時に提案したが、あっさりと断られた。


「よし」と満足の良く味噌汁が出来たのか笑顔を浮かべる薫は火を止めると服を着るために寝室へ行った。

朝食はご飯と味噌汁、鮭の塩焼き、小鉢2つと朝食にしてはちょっと豪華な献立。

向かいの席に座る薫と咲良。今は服を着ているが早朝の下着姿を思い出されて煩悩を無くすのに苦労する信であった。

朝食後、信達は各々準備を終えてリビングへ集合した。

結界が消えるまであと30分。


「ちょっと待ってくれ。しておきたいことがある」

「しておきたいこと?」


信はアイテムボックスの画面を操作し、この家にある物を指定。開始ボタンを押した。

するとテーブルや棚、小物に至るまで、形や大小が様々な黒い穴が出現し、家にある物を全て取り込んでいく。

取り込みが完了した時には家の中には何も残っていなかった。


「信、説明を頼む」


薫が今起こった事に対する説明を求めた。隣にいる咲良も薫と同じ目をしている。


「俺のアイテムボックスは殺した相手は自動回収できることは2人も知っているだろう。それとは別に指定した範囲の物を同時に取り込むことが出来る。しかし、取り込む範囲と量が増えるごとに取り込む速さが落ちる。そして取り込んでいる間は動くことが出来ないから、安全が確保されたところでしないと危険だ」


細かい注意事項は他にもあるが大体の説明はこんなもので良いだろう。

取り込みが終わった段階で結界が消えた。ここに長居するのはよくない。質問はあとで受けると2人に伝えて、玄関へ行くと外が騒がしい。

後ろの2人に合図を送り、家を出るのを中止し、2階の寝室から家の前の道路を確認する。

家の前を通り過ぎる学生服を着た3人の少年少女。

少年の1人は手に怪我をしている。

バットをもった少年が立ち塞がるゾンビを倒しながら右手を怪我をしている少年に肩を貸している少女がその後ろを必死に走っていた。



明人(あきと)、もう少し頑張って。(たけ)(ろう)、どこか安全なところはないの?このままだと明人(あきと)が…」

「そんなこと言ったってどこもかしこもゾンビだらけで安全なところなんてどこにもねえよ!」


(たけ)(ろう)は後ろを走る2人に視線を向ける。

千秋(ちあき)が怪我をしている明人(あきと)に肩を貸しながら走っているのを見て、(たけ)(ろう)は嫉妬から来るイライラを前方にいるゾンビへ向ける。


(たけ)(ろう)。俺はもうダメだ。殺してくれ…」


後ろを走る明人(あきと)が弱々しい声で懇願する。


明人(あきと)!何を言っているのよ。もう少しよ。もう少し頑張って」

千秋(ちあき)。そろそろ限界だ。あいつらと同じになゴフッ」


千秋(ちあき)が懸命に励まそうとするが明人(あきと)は口から大量の血を吐いて倒れた。


明人(あきと)明人(あきと)!」

千秋(ちあき)明人(あきと)はもうダメだ。そいつを置いて逃げよう」


誰が見てもわかる。明人(あきと)はもう助からない。

(たけ)(ろう)はこのまま一緒に居たら自分達もゾンビの仲間入りすることがわかったので、千秋(ちあき)明人(あきと)から引き離そうとした。

しかし、千秋(ちあき)は…


「いやよ!彼をおいて逃げるなんてできないわ!」

「そんなこと言っている場合じゃ…」


千秋(ちあき)は激しく抵抗する。仕舞いには(たけ)(ろう)の手を振り払い。

明人(あきと)にしがみ付いた。

ここで千秋(ちあき)を見捨てていれば(たけ)(ろう)は助かったかもしれない。

しかし、出来なかった(たけ)(ろう)千秋(ちあき)に抱いていた思いが、どうしても見捨てることを拒んだのだ。


明人(あきと)!やっぱり大丈夫だった……明人(あきと)どうしたの?白目むいちゃって、まるでゾンビみたいじゃない。いや、来ないで!いやぁぁぁ痛い!明人(あきと)やめて噛まないでぇぇぇぇ」


明人(あきと)は起き上がった。しかし、その姿は…

ゾンビとなった明人(あきと)千秋(ちあき)の白い首筋に歯をたてて、皮を突き破り、肉を抉った。

千秋(ちあき)の首から盛大に血が噴き出し、近くにいた(たけ)(ろう)の顔を赤く染める。生暖かい血が辺りを赤く染めながら、千秋(ちあき)は目を見開いて倒れた。

(たけ)(ろう)は倒れたままピクリともしない千秋(ちあき)を茫然と見下ろした。

千秋(ちあき)に噛みついたゾンビとなった明人(あきと)は次の標的を(たけ)(ろう)に変えて襲い掛かろうとしたが、“ゴツッ”と金属バットが明人(あきと)の頭蓋を砕いた。

好きだった少女と親友だった少年。

こんなはずじゃなかった。孟朗は現実から逃げるように1歩、2歩と後ろに下がる。


―ドン


何かが背中にぶつかった。恐る恐る後ろを振り返ると……

口を開けた男が孟朗の首へ歯をたてようとするのを見て孟朗の中の何かが壊れた。


「いやだぁぁぁぁ」


反射的に振るった金属バットは男の側頭部に当たり、吹き飛ばした。

だが、大声に反応した周辺のゾンビが集まってくる。

我武者羅に金属バットを振ってゾンビを1体、もう1体と倒していく孟朗だったが1体のゾンビと対峙した時、金属バットを振るのをやめた。

孟朗にはそのゾンビを自らの手で殺すことが出来なかった。


「千秋…」


ゾンビになっていること等、見ればわかる。

魔物。

そう割り切ることが出来ればどんなに幸せであっただろう。

孟朗の右手から金属バットが滑り落ちる。


(千秋に殺されるなら、それもいいか)


好いた少女に殺されることを孟朗は受け入れた。

近寄ってきた千秋を抱きしめる。そして、肩に歯が突き立てられた。

皮が破れ、肉がちぎられる痛みが全身を駆け巡る。それでも…


「ぐああああ、千秋(ちあき)すきだああああ」


孟朗は人としての最後の言葉を叫んだ。

修学旅行中、思いを伝えられないまま崖の下にバスが落ちて死んでしまった。

そして、もう一度機会が与えられても言えなかった。

千秋が親友の事を好きなのを知っていたから。

孟朗は徐々に視界が白くなって、体の自由が無くなっていくのを感じた。

そして、これまで倒してきたゾンビと同じように叫ぶ声が聞こえた。


(そうか。俺がこれまで殺してきたゾンビはこんな気持ちで歩いていたのか)


殺されるまで死ぬことが出来ない。ただ歩き、襲うだけの檻に孟朗は閉じ込められた。



金属バットで戦っていた少年がゾンビになるのを見届けてからカーテンを閉じた。

ゾンビに噛まれたらゾンビになる。聞いてはいたが少年の右手の怪我は噛まれた程度で肉を抉られていたわけではない。それでもゾンビになってしまうということが分かった

薫と咲良は手を守る物を何も着けていないので手に入れる物の項目に手袋を加えることにした。

門を出てから、今回の情報に対する感謝として、先ほどゾンビになった少年と少女を倒してからスーパーやデパート等が並ぶビル群に向けて歩き出した。

道路に出てから立ち塞がるゾンビの頭を無言で割っていく。

住宅街内にはスーパーなどの商業施設がないためビル群の中にあるスーパーに到着した。

スーパー内にいる眼に見える範囲のゾンビを消してから、長時間動けないことによるゾンビの包囲を警戒して棚を1台ずつアイテムボックスに取り込んでいく。

棚単位で取り込んでも画面には棚に並べられていた商品を個別に選択して取り出すことが出来るので助かった。


「それにしてもなぜ食材が腐っていないのか不思議だ」

「そうよね。でもこのカット野菜消費期限が書いてあるけど今がいつなのかわからないのにどう判断するのかしら」


もしかしたら、ここの商品は定期的に入れ替わっているのかもしれない。

アイテムボックスやバックはなぜか中の物が腐ることがない。これは豚肉を食べて全く傷んでないことから間違いない。

しかし、防犯バッグやアメニティバックに入れている物は腐るとセーフティーエリアにいた者達が話していた。

消費期限や賞味期限が記載されているということはこのダンジョンにも時間の概念があるということか。


(考えても仕方がないな。まずはこの階層で必要な物を揃えて階段を見つけることを優先しよう)


スーバーに並ぶ棚ごと取り込んでから、次の目的地へ向かう。

“パーン”。必要な物をアイテムボックスへ取り込んでいると断続的に音玉の音が聞こえてきた。どうやら大型ショッピングモールの近くまで来ていたようだ。


「まだ戦闘は続いているのか」

「いいじゃない。そのおかげでこの辺りのゾンビが音の方に向かうから楽になるわ」


咲良の言う通りこの辺りのゾンビは音に向って移動している。

ゾンビが俺達に気が叶いので容易にアイテムを取り込むことが出来るのはありがたい。


「これはいいな」

「これなんてどうかな」


ある大通りから少し外れた革専門の店で薫と咲良が気に入った手袋を見つかった。

薫は黒。咲良はベージュの手袋。

これで2人が怪我をするリスクが減らせる。


(どこまでこのダンジョンが続くのかわからないため必要な物が十分揃うまではこの階層に留まろう)


信達は店を出ると再び住宅街に向けて歩き出した。



第10階層6日目の朝。


「これは…」


今回宿泊したのは住宅街中央に建つ豪邸だった。

そして、いつものように出発前に中にある物全てをアイテムボックスに取り込んだのだが、画面には新たに拳銃や狙撃銃等の銃と各種実弾数千発が表示されていた。

しかし、発砲音がゾンビを呼び寄せるためこの階層では使えない。

持っていけるものに制限があれば、真先に捨てただろう。

だが、アイテムボックスに制限はないようなので、とりあえず入れて置くことにした。

今日で必要な物は全て揃う予定だ。


「これで必要な物は全て揃ったのか?」


予定していた最後の物資をアイテムボックスに取り込んだのを見計らって薫に声を掛けられた。


「ああ、必要な物はこれで最後だから別の場所へ行こう」


これでここにいる必要はなくなった。これから本格的に11階層への階段を探そうと店を出た時だった。“バババババーン”と連続で音玉の音が響いた。

大型ショッピングモールがある方角はからだ。

音がした方角をジッと見た信は薫と咲良の方へ向いて「全力で走れ」と言ってから、住宅街に向けて走り出した。


「信、どうしたのよ。そんなに慌てて」


並走する咲良は状況が理解できずに訊ねた。


「ショッピングモールで籠城戦をしていた人達がこっちに向ってゾンビの壁を強行突破して向かってくる」


いまの答えがどれだけ危険な事か想像できた咲良は顔を青くする。


「だったら、このまま直進するのは危険ではないか?」

「わかってる。だから途中で右に曲がる」


薫の心配は当然だ。このまま住宅街に逃げ込んでも彼らがゾンビを引き連れてくれば危険が増してしまう。左は壁があるので行くとしたら右だ。


(それにしても強行突破をした者達の先頭にいたのは正義君だった。彼はまだ生きていたのか)


前方を歩いているゾンビを走りながら吹き飛ばしながら、先ほど先頭を走っていた少年の事を思い出す。あれだけの暴行をされてからすぐに10階層に行くことになったのに生き残っていた。運かそれとも実力か彼は最後まで生き残ることはできるだろうか。


「よし、右へ曲がろう」


住宅街がビル群よりもゾンビの数は少ないので住宅街に入ってから右へ方向を変える。

右以外は最終的に黒い壁に行きついてしまう。

この住宅街は正方形に区切られている。この街に来て3日目に11階層への階段を探している時に知ったことだが、正義君達が住宅街に来るなら住宅街から出た方が出会う可能性は少ない。右に行けば森が広がっている。住宅街と区切るために植えられている木々だったが、ちょうど真ん中に道が伸びていた。

その先に何があるかはわからない。しかし、住宅街にこれ以上いても先には進めないので、まだ行ったことのない場所へ行くことにした。


「ここは…」

「なんでダンジョンにこんな…」


薫と咲良は驚きながら見つめる先には。

長い滑走路、戦闘機・戦闘ヘリ・戦車が入った格納庫等が立ち並ぶ軍事基地だった。

大きな音を出す武器はこの階層では使えないが、オークを倒すときに役立った無反動砲の事もある。


(一応取り込んでおくか…)


アイテムボックスに入れることは決めたがもうすぐ日が暮れる。

今日はここにある施設に泊まって、アイテムボックスに入れるのは明日にする。

宿泊先に決めた3階建ての宿舎に入るとやはりゾンビがいる。見つけ次第殺していると、「助けて!」と咲良が助けを求めた。

咲良の長物は建物の中では使いにくい。そのため剣に変えてもらったのだが、使い慣れていない武器ではどうしても失敗する可能性がある。

甲冑の腕の部分を変形させた剣で咲良に圧し掛かり、噛みつこうとしているゾンビの首を刎ねた。甲冑の一部を剣に変えた方が狭い場所で戦う際小回りが利く。


「ようやく、ひと段落着いたわね」

「…さすがに疲れたな」

「お疲れ様。少し休んでから食事にしよう」


日が暮れる前に3階フロアにいるゾンビは全て倒して、新たにゾンビが来るのを防ぐため、エレベーターのケーブルの切断及び階段にある防火扉を閉めてテープで扉を固定した。さらに防火扉が簡単に開かないようにして教壇等を設置することで補強した。非常階段の扉も防火扉と同様の対策を取り、最後に結界を張って、日没までにようやく一息つくことが出来た。

フロアで一番広い『会議室』で2人には休んでもらっている間に<飢えない食卓(椅子付き)>と<簡易トイレ >、<シャワールーム>を取り出した。

<飢えない食卓(椅子付き)>は木製の長机。椅子は4脚。

<簡易トイレ >はよくイベント時に増設されるトイレだ。

<シャワールーム>の外見は金属製の横長な箱。扉を開けると脱衣場、折れドアで仕切られた先にシャワー室が設置されている。脱衣場の棚の上にはシャンプー等のアメニティグッズやドライヤー、ヘアアイロンが並んでおり、棚を開けるとハンドタオルとバスタオルが積まれている。壁に据え付けられているリモコンを操作すると冷暖房が作動した。


「これはなに?」

「飢えない食卓と言って、1日3回。望んだ料理が出てくる。試しに咲良が食べてみたいものを思い浮かべてみればいい」

「なんでもいいの?だったらあれね」


3人で食卓に座ってから咲良が食べたい料理を想像した結果。


「これは豪勢だな」


薫が驚きの声を出したが、俺も同じ気持ちだ。

食卓に現れたのは会席料理。

鯵や鮑、車エビの刺身や綺麗な霜降りの肉を使ったしゃぶしゃぶなどの計10種の料理が並んでいる。

料理が乗っている器やお盆は全て漆塗りの高そうな物。木製の長机との違和感がどうしても覚えてしまう豪勢な料理だった。


「さあ、いただきましょう」


咲良が音頭をとって3人で「いただきます」と言ってから食べ始めた。

食事が終わると残った器やお盆は食卓に吸収されるように消えていった。

なんとも不思議なアイテムだ。

食後にお茶を飲みながら明日の事を話し合ってから薫と咲良にシャワールームの説明をする。と言ってもほとんどないのですぐに終わった。

咲良、薫の順番に入り終えてからシャワールームを覗くと最初に見た時と同じ状態。


(おかしい。減っていない)


脱衣場にあるゴミ箱には何も入っていない。使用済みのタオルを入れる籠にも何もない。

髪が長い女性が2人の使ったのにシャワー室あるシャンプー等が減っているようには見えない。試しにタオルを籠に入れて一度出てから再び入ると籠に入れていたタオルが無くなっていた。


(一度出入りすると元の状態に戻るのか)


<簡易トイレ >も一度使ったら元の状態に戻っていた。

だがこんな物をどうやって運ぶのだろう?

1人で持ち運びできるものではない。

このアイテムが高性能であることは認めるがダンジョン内で持ち運べなくては意味がない。

信はシャワールームの外へ出て、シャワールームを一週見て回ってから何気なく触れた時だった。


「信、何をしたんだ!?」


信の行動を見ていた薫が突然小さく、手の平に納まるサイズになったシャワールームを見て驚きを露わにした。

砥石で薙刀を研いでいた咲良も薫の声をきいてから薫の視線の先。床に置かれた物を見て「あれは何?」と首を傾げた。


『シャワールームが小さくなった』


言葉にすれば大したことがないように聞こえるが実際に縮んでいく光景を見ると薫のような反応になってしまう。

信は床からシャワールームを拾って、色々な角度から観察した。


(これはどうやって戻せば…)


なるほど触れれば持ち運びやすい大きさになった。しかし、戻し方がわからない。


「それがあのシャワールームなのか?」


薫が隣に立ち、信の手の平にあるシャワールームを覗き込むようにしながら何かを問う。


「そうだが、戻し方がわからない」

「…それは困ったな」


薫も一度利用しているためか今後使えない可能性を伝えると悩みだした。


「そんなのこうすればいいんじゃない?」


薫と2人で悩んでいると咲良が俺の手の平にあるシャワールームを摘まんで、ポイっと捨てるように投げた。すると「ほらね」と得意げな顔で頷く咲良。

俺と薫は元の大きさに戻ったシャワールームを唖然としながら見ていた。

それからは特に何事もなく壁を叩くドン、ドンと何かがぶつかる音とゾンビの「アァァァ」という声を耳栓で遮りながら家具店で手に入れたベッドで横になりながら夜を明かした。



第10階層7日目の早朝

竹刀や木刀を使って薫・咲良と稽古を行ってからシャワールームで汗を流した2人と朝食を食べてから出発の準備を整える。

朝稽古をした為かフロアの外から聞こえる音は昨夜よりも大きくなっている。

結界を解除すると補強のために設置した教壇等が悲鳴をあげ始めた。


(あまり時間の余裕はないな)


窓からロープを下ろし、まずは俺から降りる。

後続の2人が安全に降りられるように降下場所の周辺のゾンビを倒しながら2人が下りてくるのを待つ。

2階の窓にもゾンビはいるがまだ俺達には気が付いていない。

しかし、咲良が降りる際に立てた壁を蹴る音に反応して2階の窓際にゾンビが増え始めた。

そして、薫が2階の壁に着地した時、ゾンビの頭突きによって窓ガラスが割られた。

ゾンビの手が薫を掴もうと伸ばされる。ゾンビの指が薫のレジャージャケットをかすめたが掴まれることはなく降りることが出来た。


「怪我はないか?」


降りてきた薫はさすがに肝が冷えたのか少し震えていたので抱きしめて背中を擦ると小さく頷いた。

宿舎を出たので咲良は武装を使い慣れない剣から偃月刀に変えていた。俺も斧を取り出す。大きい物から取り込んでいこうと思い、最初に向かったのは格納庫。

戦車や戦闘機や各種武器弾薬、ミサイル、燃料、工具器具備品を取り込んだ。

その後各建物に1階部分だけ11階層への階段があるか捜索した。


「なかったわね」

「さすがに2階にあるとは思えない。ここにはないのだろう」

「そうだな。これ以上、長居しても仕方がない。ここを離れよう」


ここでは11階層への階段は見つからなかった。

住宅街とは反対方向へ続く道を俺→咲良→薫の順番に隊列を組んで進む。

道幅は5m程。両側の茂みから現れるゾンビを倒しながら数時間歩くと、森が無くなり、

馬車が4台ほど並んで走れる広い道と石造りの家が並ぶ中世ヨーロッパの街並みが広がっていた。

唯1つ、残念なのは道を歩いているのがゾンビであることだろう。


「なんだか一気にファンタジー世界に入り込んだ気分ね」

「どちらかと言うとゾンビがヨーロッパに旅行に来たではないか?」


咲良と薫が街を見た感想を言いながら街に入る。

時計屋で手に入れた懐中時計の時刻は午後3時。

これまでの事を考えるとあと3時間ほどで夜になる。それに上を見ると厚い雲がある。

これまで雨が降ることはなかった。ダンジョンでも雨が降るかはわからないが警戒しておいた方が良い。早めに安全な場所を確保しよう。

少し駆け足になりながら道をまっすぐ進むと噴水のある広場に到着した。

噴水を中心に四方に伸びている道。正面と左の道の先には黒い壁が聳えている。右の先には黒い壁よりも遥かに低い(それでも10mはあると思うが)城壁と開かれた状態の門が見える。

道の長さから噴水を中心に正方形に街が出来ていることが分かった信は住宅街も豪邸を中心に正方形に区切られていた。軍事基地がどうかわからないが同じだとするとこの階層の左側は正方形のエリアが3つ並んでいることになる。

セーフティーエリアから出て最初のエリアを商業区と呼ぶことにして、左側に住宅街、軍事基地、中世ヨーロッパ街。右側も同じだとするとこの階層は9つのエリアに分かれている可能性がある。


(これ以上は現時点では判断できないな。情報が少なすぎる。明日あの城門をくぐった先に何があるのか確かめるとして、今日泊る場所を確保しよう)


現時点での考えを2人に伝えて、明日以降の予定を話し合った。

こうして話をしているがゾンビに襲われることはない。というより噴水周辺にゾンビがいない。警戒はしているが噴水に近づいてくるゾンビは急に方向転換して離れていくのだ。


「どうしてかしらね」

「ゾンビがいないのは良いがここで野宿するのか?」

「いや、雨が降るかもしれない。どこか適当な場所を見つけて…ふせろ!」


目の端にピカッと光が見えた信は薫と咲良に向けて伏せるように叫びながら光が見えた方へ円盾を向けた直後。電撃が信を襲う。円盾に当たった電撃は神龍甲冑に流れたが着ている信へのダメージは神龍甲冑の能力によって防がれた。

信の視線の先には黄色いローブを着た骸骨が立っている。


(あの骸骨が電撃を撃ってきたのか?)


骸骨が持っている杖から再び電撃を放とうとするのを見て駆けだした。

途中、もう一撃受けることになったがダメージはほとんどなく、「このための物か」と内心思いながら取り出した<粉砕ハンマー>で骸骨の頭を叩き割った。

“バキッ”と乾いた骨が砕ける音をたてた骸骨は崩れ落ちた後アイテムボックスへ取り込まれた。新たに手に入れたアイテムは<雷の飴玉>という電気を自在に操ることが出来るようになる飴らしい。


「ゾンビと違い骸骨はアイテムを残すのか」


画面を見ながらひとりごとを言った時だった。

横から飛んできた火球が直撃し、全身炎に包まれた。

薫と咲良の悲鳴が聞こえるが炎に包まれている信は気にすることなく火球が飛んできた方へ振り向いた。

そこには赤いローブを着た骸骨がガッツポーズをしている。人間味のある仕草をしているが間違いなく魔物だ。

ダメージを受けたようでもなく向ってくる信を見た骸骨は顎が外れそうなほど口を開いて見つめていた状態で、頭を叩き割られた。

手に入れたのは<火の飴玉>という赤色の飴。

画面に記載された内容を見ていると電気が火に代わっただけ。

それでも使えそうなアイテ“バシャッ”ムだ。

全身びしょ濡れになりながら後ろを振り返ると今度は水色のローブを着た骸骨が手をあげながら踊っていた。


「殺す」


信の何かで何かが切れた。

それから合計11回襲われた。

11回の中で灰色ローブを着た骸骨の重力の攻撃により膝を着いた以外はあっさり倒した結果。雷・火・水・風・土・闇・光・毒・時空・重力の飴玉を手に入れた。

しかし、すでに襲撃が終わった頃には夜になっていたため危険ではあったがぽつりぽつりと雨が降り出したので強くなる前に近くに建っている2階建ての建物を襲撃、中にいた2体のゾンビを倒して家の出入口及び窓を全て閉じて結界を張ってようやく腰を落ち着けることが出来た。


「硬いな」


家の台所に入ると硬い黒パンが10個程積まれていた。他には食べ物は置いていない。

家の中を見て回ったが特に使えそうな物はなさそうだ。

そして、家の中にはライフラインが通っていなかった。


「しょうがないわ。蝋燭を使いましょう」


咲良が蝋燭に火をつけて部屋を明るくする。

壁は石造り、扉は木製の建物。当然だが外からの光などない。蝋燭の灯りだけが照らす世界。<飢えない食卓(椅子付き)>を出して今日は薫の望んだすき焼きを食べ終わってから温かいお茶を入れた湯呑と先ほど手に入れた11個の飴玉を乗せた皿を食卓の上に置いた。


「これは…飴?」

「そう、飴だ。食べれば魔法が使える」


赤色の飴を摘まんで眺める咲良。摘まんでいる飴の効果を伝えると「え、ほんと!」と驚きの表情を浮かべた。


「しかし、これらを手に入れたのは信だ。信が食べるべきではないか?」


薫が摘まんでいる飴を今にも舐めそうな咲良を注意する。その後「それと」と続けて今度は俺の方を睨んだ。なぜ?


「信は私達に言ってないことが多いのではないか?さっきの戦いもその甲冑の能力を知らなかったから信が攻撃を受けた時、心臓が止まるかと思たぞ」

「あ、そうよ!ほんとに心配したんだから!」


雨が降り出したおかげですぐに泊まるところを探さなくてはならなかったからその間に忘れてくれると思っていたのだが、そううまくいかなかったようだ。

その後2時間程コンコンと正座をさせられながら説教を受けて、次に聞かれたことに誠実に答えてようやく許してもらえた。


「さて、話を戻してこの飴は信が舐めるべきだと思うのだが」


椅子に座ることを許されたので、座ると2時間前の続きから話が始まった。


「いや、俺はこれだけでいい。他は2人で分けてくれ」


唯一ダメージを与えられた重力を操る能力を得られる灰色をした<重力の飴玉>を摘まんで口に含む。


(これは水羊羹だろうか?)


<重力の飴玉>の味はどうやら水羊羹味のようだ。飴を口の中で転がしながら残りの飴は2人が食べるようにと伝える。

今後の事を考えると俺だけが戦力アップしてもよい結果は得られない。それに…


「これから魔物の力が強くなっていく可能性が高い。俺はこの甲冑を着ているから怪我を負うことはほとんどないが、2人はそうじゃない。少しでも2人の安全性を高めるためにも飴は2人が食べて欲しい」


2人には出来るだけ自分の身を自分で守れるようにしておきたい。

守れるなら守ってやりたいが必ず近くにいられるかわからないので出来るだけの備えをしておきたかった。


「…わかった。私も足手まといにはなりたくないからな」

「そうね。これまで信に助けてもらってばかりですもの。もっと力になれるようにならないと」


その後、2人は話し合い。薫が接近戦を意識して雷・闇・光・時空。咲良は中・長距離戦を意識して火・水・風・土・毒を食べることになった。

飴玉を食べ終えた薫と咲良はシャワールームを出すスペースが無いことを伝えると肩を落としながらも納得して、濡れた布で身体を拭うことで我慢してもらった。


第10階層8日目 朝

必要な物はなかったがどこかで役に立つことがあるかもしれないのでとりあえず家にある物をアイテムボックスに取り込み。城門へ向かった。

城門をくぐると城と言うより宮殿と言った方がしっくりくる城が建っている。

白を基調とした城。所々に精巧な彫刻が施されて1つの芸術作品のような印象を受ける。

城の中も所々に彫刻が施されている。通路には高そうな壺や絵画が設置され、各部屋にも本や調度品が置いてあった。

しかし、全く使われた様子はない。


(まあ、ゾンビがベッドで寝ている所は想像できないからな)


昼夜問わず歩き続けているゾンビが横になっている所を想像できない。

だが、使われていないにしては埃をかぶっている様子はなかった。


(使われていないようだし、使う者もいないならもらっていくか)


折角なので、城にある物を11階層への階段を探すついでに貰うことにした。

そうやって各部屋を見て回っていたが、最後に一番怪しい城の最奥にある頑丈な鉄製の扉に守られた部屋の前に辿り着いた。


「開けるぞ」


扉に手を当てて、後ろで見守っている2人に合図を送って、力の限り押した。

“ギィィィィ”と音をたてながら開いた扉の隙間からその先にある物が放つまばゆい輝きが3人の目に飛び込んでくる。

鉄製の扉の先はどうやら宝物庫のようだった。

金銀財宝や実用性皆無の観賞用に作られた武器・武具が山のように置かれていた。


「ふむ。この剣は質が悪いな」

「何か使える物はあるかしら」


観賞用に作られた剣を振りながら感想を述べる薫と役立ちそうな物を探す咲良。

あまり時間を掛けると日が暮れるため、2人に「少し退いてくれ」と頼んでからまとめてアイテムボックスへ取り込んだ。

結局城とその周辺には階段を見つけることが出来なかった。


「どうやらここには内容だから戻ろう」


この日は入った城門の近くにある家に宿泊することになった。



第10階層9日目 朝

再び城門をくぐる。左へ行くと黒い壁が聳えている。


(右とまっすぐどちらに行くべきか)


どちらも11階層への階段がある可能性があるだけに出来ればある方を選びたい。

この階層が9つの区画なら右に行けば真ん中の区画に行くことになる。

まっすぐならセーフティーエリアから最も遠い区画の1つに行くことになる。

迷っても仕方がない。立ち止まっていても何も変わらない。


「右へ行こう」


城門をくぐると軍事基地と同じ道と木々が生い茂っていた。

しばらく歩くと木が途切れて、土が剥き出しの広場とその中央に聳える巨大なピラミッドが見えてきた。


「これは当たりだな」


これまで見てきた中で最も目的の階段がありそうな建造物に期待を寄せながら近づいたのだが、“パーン”と巨大ピラミッドを挟んで反対側から音玉が出す音が断続的に聞こえた。

周辺にいたゾンビは音がした方へ歩き始める。


(これはチャンスだな。今のうちにピラミッドの中へ入ろう)


後ろにいる咲良と薫に合図を送り、ピラミッドの中へ入った。

ゾンビもそちらに向かっているようでこちら側にはゾンビは見当たらない。

正面に1つしかなかった出入り口に入ると昼光色の蛍光灯が設置された長い廊下が続いていた。


「ゾンビはいないようだな」

「このピラミッド全体がセーフティーエリアなのかしら?」


視界を遮るものが何もない石造りの廊下にはゾンビは見当たらない。

咲良の言うようにここがセーフティーエリアだとしたら11階層への階段があるはずだ。

「行こう」と2人に声を掛けて廊下を進んでいると前方から声が聞こえた。

普通の人間では聞き取れない声だったが超人の実を食べた信にははっきりと聞こえた。


「このガラス割れないわ。どうすればいいのよ!?」

「この窪みはなんなんだ!」

「おいまだかこのままだとゾンビに囲まれて出られなくなるぞ!」

「こっちはもうダメだ。あっち側から逃げよう」


廊下の先から複数人の話し声。遠くを見るように目を凝らすとこれまで豆粒程度しか見えなかった存在がはっきり見える。

ピラミッドの恐らく中央。広場のような空間にいる少年の1人がこちらを指さしながら逃げようと叫んでいる。


「薫、咲良。引き返すぞ」

「どうしたのよ」

「何かあったのか?」

「とにかく走れ、説明は走りながらする。」


信が来た道を駆け戻り始めたので、薫と咲良はあとを追う。

走っている間にこちらへ向かって何十人もの人間が走ってきていることを伝える。


「左へ行こう」


出入り口を出てすぐに左に進路を変える。まっすぐ進めば彼らと一緒の方角に逃げることになる。あんな大勢がついてきたらゾンビを引き寄せる可能性がある。

走っていると斜め右方向に道が伸びていたので、その道に入ると道の先にも先ほどの巨大ピラミッドよりも小さいピラミッドがあった。

そのまま中へ入ると構造は先ほどの巨大ピラミッドと同じ中央に台座が鎮座していた。

台座には『我に黒パンを入れよ』と書いてあった。

台座の中央にある丸い穴。


(この穴に黒パンを入れろということか?)


とりあえず黒パンを取り出して穴へ入れると、直後に穴が閉まって再び開いたと思ったら台座の側面が開き、長方形の金の延べ棒が射出された。“キンッ”と神龍甲冑の股間の部分とぶつかり甲高い音がピラミッド内部に響く。


(なんてえげつない攻撃をしてくるんだこの台座は!)


もしも、神龍甲冑を着ていなければ金の延べ棒が股間に直撃していた。

男にとって大事な物を失わなかったことに安堵すると同時にこの台座はもしかしたら魔物ではないか?と思った。だが、金の延べ棒を射出してからは何も動きは見られない。

思い過ごしだろうか?

何度か深呼吸をしてから床に落ちた金の延べ棒を拾うと表面には虎の絵が刻印されていた。


(亀と蛇の刻印。この絵にどんな意味があるのか)


とりあえず、あるだけの黒パンを入れて計10個の金の延べ棒を手に入れる。

2回目以降は飛んでくることが分かっているので全て円盾で防いだが、投入時の立ち位置を変えても正確に射出される台座に戦慄した。


「2人はどう思う」


2人に手に入れた金の延べ棒を渡して意見を求めたところ。


「う~ん。この絵に何か意味があると思うけど、これだけだとわからないわね」

「絵ではなく。この金の延べ棒に意味があるのではないか?どこかに入れるか嵌めるか、それとも何かと交換するのかもしれない」


色々な意見の中で、薫の言った「嵌める」という言葉に先ほど巨大ピラミッド内で少年が言っていた言葉を思い出し、パズルのピースがはまるような気がした。


「窪み…そうか。これは巨大ピラミッドにある窪みにはめ込むのかもしれない」


だとしたら、窪みの数が気になるな。1つ?2つだろうか?

それにこの亀と蛇の絵の意味。もしかしたら、他にも金の延べ棒があるかもしれない。

今いるピラミッドは巨大ピラミッドの角の先に造られている。

ということは他に3つある可能性があるか。


「2人とも、少し確認したいことが出来た。ついて来てくれるか」

「今更何を言っているのだ。当然、ついていくぞ」

「もちろんよ。だけど何を確認したいことを教えてもらえる?」


その後2人に自分の考えを説明して、同意を得たので、巨大ピラミッドがある広場に戻ると今度は右斜めに向きを変える。


(どうやら当たりみたいだ)


途中右に伸びる道があったが方角からして軍事基地へ向かう道だと思ったので通り過ぎ、巨大ピラミッドの角の先に道があった。

その先には先ほど亀と蛇の絵が刻印された金の延べ棒を手に入れたピラミッドと同じ大きさのピラミッドが建っていた。

内部も同じだったが台座の文字が『我に肉を入れよ』に変わっている。

とりあえず、切り分けるのが面倒なオークを倒して手に入れた1㎏の豚バラ肉ブロックを穴に投入する。

すると穴が閉じて再び開いたと思ったら穴から顔面に向けて金の延べ棒が射出された。

反射的に顔を横へ逸らして回避する。先ほどまで顔があった場所を金の延べ棒が通過しピラミッドの天井へ突き刺さった。


(…危なかった)


以前の身体能力であれば直撃していた。兜を被っているからあたっても大したダメージを受けなかっただろうが、それでも危険な攻撃だった。


(次から投入したらすぐに離れた方が良いな)


前は股間へ飛んできたのでそちらに注意を向けていたが今回は顔に向けて飛んでくるようだ。今回のことを教訓にすることを誓った。


「鳥?というより鳳凰かしら?さっき刻印されていたのは亀と蛇の生き物……!」


天井から落ちてきた金の延べ棒を拾った咲良が刻印されている絵を見て何か気が付いたようだ。


「これって四神よ。これが朱雀で、さっきのが玄武!」


言われてみると確かに咲良が持っている金の延べ棒に刻印されている鳥が朱雀に見える。


(玄武と朱雀か。すると後は青龍と白虎か。となるとあと2つか。)


終わりが見えてきたので、とりあえず1人1本と考えて2kg豚もも肉ブロックを投入して、朱雀が刻印された金の延べ棒を2本手に入れることに成功した。

その後残り2つのピラミッドに行ったのだが台座に書かれていた物を信達は持っていなかった。


「ドレスと着物か…」

「まだ行っていないエリアにあるかもしれないわね」

「ここで立ち止まっていても仕方がない。とりあえず行ってみよう」


入れろということはどこかにそれがあるということだ。


(これまで訪れたエリアにはなかったので、まだ訪れていないエリアにあるはずだ)


こうして俺達はまだ行っていないエリアに向けて歩き出した。



辿り着いた先は薬品工場。到着した時には日が落ちそうだったので、工場内を見て回るのは明日にして寝る場所を確保するため。敷地内にある2階建ての施設に入り、2階フロアを占拠してから以前の軍事基地同様ゾンビの侵入を防ぐ対策を施し、食事を終えてお茶を飲みながら明日の予定を話し合う。


「明日はこの工場を見て回って使えそうな物をもらっていこう」


施設の2階にあった薬品保管庫には『上級ポーション』と書かれたラベルが張ってある栄養ドリンクの瓶や『レシニフェラトキシン(RTX)』と書かれたラベルが張られた両手で持つような瓶などが並べられていた。また、非致死性武器保管庫と書かれた部屋には『スタングレネード』や『スモークグレネード』等が棚にぎっしりと置かれていた。

今後役に立ちそうなものが多かったこともあり、選別する時間を考えてまとめてアイテムボックスに入れることにしたので、どちらの部屋も今は何も残っていない。


「それは良いが、明日はどっちへ行くつもりだ?」


この場所に来たことで、この階層が9つのエリアに分かれていることが分かった。


「まずは北側に行こうと思う。だが、南側も行かないといけないだろう」


巨大ピラミッドがあるエリアを中心にセーフティーエリアがある方角を南、城がある方角を北と考えると今いるのは東側のエリア。まだ行っていないのは北東と南東エリア。

そして、4か所に設けられたピラミッドの台座に書かれていた物は巨大ピラミッドの角からまっすぐ伸びたエリアにある物だった。

玄武の時は北東の家にあった黒パン、朱雀の時は肉だったので豚肉を使ったが冷蔵庫の中にあった肉を使うこともできた。だとすればドレスと着物は北東と南東にある。


「それはいいけど、そろそろゾンビのいない階層に行きたいわ」


明日でこの階層に挑んで10日目になる。

昼はゾンビと戦い、夜はゾンビの声に悩まされる日々が続いている。

何か俺に出来ることはないだろうか………あ。あれの存在を忘れていた。


「これを使って寝てみないか」


取り出したのは<快眠枕>。結局一度も使ったことがなかったが説明にはHP・MP全回復と言われてもピンとこないが疲れをとる効果はあるだろう。


「それはなに?」

「これは<快眠枕>といって、この枕で寝ると体力が回復するらしい」


咲良に渡すと薫と一緒に枕の質感などを確かめてから今日は咲良が使うことで話がついた。

この施設のフロア広さならシャワールームを取り出せるので、2人は利用した後、眠りについた。


(さて、明日の起きた時の咲良は疲れがとれているだろうか)


実際の効果がわからないため、明日にならなければわからないが少なくとも悪いことにはならないだろうと思いながら信は眠りについた。


第10階層10日目 早朝


「この枕凄いわ!」


早朝目が覚めた咲良が起き上がると「身体が軽いわ。昨日の疲れ全然残ってない!」と枕を抱きしめながら報告に来た。どうやら、<快眠枕>は役に立ったようだ。


「それはよかった。これからは薫と2人で使ってくれ」

「信は使わないのか?」

「超人の実を食べてからあまり疲れを感じない。気にせず使ってくれ」


咲良から<快眠枕>を受け取り、アイテムボックスに入れる。今日は薫が使うらしいので、寝る前に渡すことになった。その後準備を整えてから、軍事基地の時と同じように窓から逃げようと思ったのだが窓の下を覗くとゾンビが蠢いている。

これでは安全を確保するのに時間がかかる。

仕方ないので結界を解除してから窓から音玉を施設から離れたところへ向かって投げる。“パーン”と大きな音がしたことで、そちらに向きを変えて歩き出すゾンビ達。

最初と同じ場所に音玉を投げ続け、下にいるゾンビがほとんどいなくなったことを確認してロープを垂らし、最初に俺が降りる。


「アァァァァ」


降りた直後に後ろからゾンビの声が聞こえたので、振り向きざまに首を刎ねた。

“ドサッ”。

倒れたゾンビをそのままに周辺にいるゾンビを倒していく。

その間に咲良と薫が降りたので、施設1階にある原材料庫、研究室、製造工場、物品及び器具機材を手に入れてから北東エリアに向かった。

北東エリアは中世ヨーロッパの貴族の家が建ち並んでいる。大きな庭に大きな家。北西エリアが庶民の家とは大違いだ。

道を直進していると北西エリアと同じ噴水のある広場に出た。

そして、ゾンビも同じようにいない。

北西エリアの時はここで魔法攻撃が飛んできたが果たして…


「信、誰か来たわよ」

「ああ、わかってる。だがあれは…」


城門のある方から白い全身甲冑とローブを着た騎士が近づいている。

最初は同じダンジョンに挑んでいる人間かと思ったが何かが違う。人ではない。そんな気がするのだ。


「2人は少し下がっていてくれ」


危険な予感がしたので、念のため2人には下がってもらい。斧から剣と円盾に持ち替えて、騎士を待ち構えた。

そして、50m程の距離に近づいた瞬間。


―キーン


白い光を放つ剣を抜いた騎士が襲ってきた。円盾で受け止め、喉に向けて剣を突き出す。騎士は後方へ飛んで避けるが逃がすつもりはなかった。

全力で地面を蹴ることで、空中にいる騎士に追いついた。

腕の力だけで振られた騎士の剣を円盾で受け流し、がら空きになった喉に剣を突き立て、横に引き抜くことで首を刎ね飛ばした。すると騎士は白い光を放つ剣を残して霞のように消えた。


(あの騎士はいったい)


騎士の残した剣はアイテムボックスが自動回収している。後で確認しよう。

まだいる可能性がある。前回ここで油断して攻撃を受けた。


「信、上よ!」


咲良の声が聞こえたと同時に後方へ飛んだ。

“ドンッ”と先ほど立っていた場所に振ってきたのは大柄の黒い騎士。黒い全身甲冑とローブを着ている。振り下ろされた刃から柄まで黒い戦斧。

ゆっくりと顔だけこちらを向いた騎士の瞳は金色に輝いていた。

“ドンッ”今度は地面を砕く程の勢いで接近してきた騎士。

“キンッ”信が騎士の顔に向けて投げた剣を戦斧で弾いた騎士。

剣に対応した一瞬の隙に懐へ飛び込んだ信は円盾を放した左手で戦斧の柄を掴むと右手の籠手の一部を剣にして騎士の首を刎ねた。

騎士の首が転がり落ちる。

黒い戦斧を残して霞のように消えていく騎士。信はそれを見届けることなく、腰に差している短剣を抜きながら振り返り、今まさに咲良に襲い掛かかろうとする穂先まで紅い槍を持った紅い全身甲冑を着た騎士に投擲した。

短剣を投擲した直後、騎士に向けて駆ける。

俺の方へ意識を向けていた薫と咲良も短剣を投擲したことで、死角から接近していた騎士に気が付き、武器を構えた。

騎士は槍で短剣を弾くと目標を俺に変更したようだ。槍をこちらに向けて構えをとる。

間合いに入った俺の心臓に向けて槍が突き出される。身体を縦にするようにして避けると同時に槍の柄を左手で握り、槍を引き戻す力を利用して、騎士の懐に入った。

右籠手の一部を変形して作り出した剣で無防備な騎士の首を狩る。

霞のように消える紅い騎士。


「信、後ろから敵よ!」


咲良が注意を促しながら、信へ後ろから襲い掛かろうとする白と黒の短剣を持った騎士へ火球を放つ、薫も咲良と息を合わせるように雷撃を放った。しかし、鋼の全身甲冑を着ているにも関わらず俊敏な動きで躱してしまう。

俺は振り向きながらリボルバーを取り出し、直進する騎士に向けて発砲した。

銃口から火を出しながら飛んでいく50口径の弾丸は騎士が反応するよりも早く。

兜を貫通し眉間へ吸い込まれた。

危なかった。

咲良と薫の攻撃がなければ、間に合わなかっただろう。

先ほどの騎士が持っていた短剣を見た時、何か嫌な予感がしたので、攻撃を受ける前に倒せたことは僥倖だった。

少しの間さらなる襲撃を警戒して留まっていたがどうやら襲撃が無いようなので警戒を少し緩めた。


「あれは一体何だったのかしら」

「わからない。だが、魔物であることは間違いない」


アイテムを残したことからあれは魔物であることは間違いないが甲冑を着ていたのでどういった魔物かは定かではない。


「ゾンビ以外にもあれほどの魔物がいるのか…」


薫は先ほどの魔物の身のこなしを思い出し、1対1であれば遅れは取らないが複数人で襲われた場合は勝てなかっただろうと思った。


「とりあえず、まずは寝床を確保しよう。予想以上に時間が経っている」


すでに夕暮れ時になっている。早くしないと立ち並んでいる家の大きさを考慮して日が暮れるまでに制圧できるか微妙なところだ。

噴水の傍にあった家に泊まることにした。左右均等に整えられた庭と中央の道の先に建つ宮殿のような建物。

敷地に入ってまずは正面の門を閉める。両開きの大きな門は普通の成人男性2人がかりでようやく動く程重かったが信は1人で動かすことが出来た。

門を閉じたことで、新たにゾンビが増えることは無くなり、後は敷地内にいるゾンビを倒せば安全が確保できる。

と言っても結構な広さがある。

ここにいるゾンビだけでも何十体、いや、何百体いることやら…


「2人はここで少し待っていてくれ。少し、本気を出す」


咲良に音玉袋を返してから両手に剣を持ち、敷地内を徘徊するゾンビの首を狩っていく。

ほどなくして、敷地内のゾンビを狩りつくした信が2人の待ってもらっていた門の内側近くへ戻ってきた。


「信、疲れただろう」


薫が水の入った500mlのペットボトルを投げてきた。

ペットボトルを受け取り、蓋を開けて呷るように飲んだ。

冷たい水が渇いた喉を潤しながら身体全身にいきわたるような感覚がした。


「それで終わったのよね。早く中へ入りましょうよ」


「ふー」と一仕事終えたやり遂げた感からか一息ついたところで、咲良が音玉袋を差し出しながら建物に入ることを提案する。

周囲は暗くなっている。門の周りには数体のゾンビが中へ入ろうと門をたたいていた。


「そうだな。ここに居てもゾンビを引き寄せるだけだ」


建物の玄関は大きなエントランスホールになっていた。部屋数は10。食堂や風呂等もあった。敷地の隅には蔵があり、剣等の武器や防具が所蔵されていた。ドレスも衣装棚に入っていたので、明日アイテムボックスに入れよう。

結界を張っていつも通り過ごしてから寝る前に薫に<快眠枕>を渡してから眠りについた。



第10階層11日目 朝


「それじゃあ、行くか」


建物内及び蔵にあった物をアイテムボックスに入れ終わったので斧を肩に乗せながら2人に声を掛ける。


今日は南下して南東へリアに向かう予定だ。

建物を出ようとしたら門の周りにゾンビが数十体集まっている。

恐らくゾンビが門を叩く音によって集まってきたのだろう。

門から出ることを諦め、塀を登って外へ出た。

途中噴水を横切ったが襲われることはなく、一路南へ歩き始める。

薬品工場のあるエリアを通り、脇に木々が生い茂った道を通って辿り着いた先は時代劇で見る様な街並みだった。

道の両側には商店が連なり(店員はいない)、少年ゾンビや少女ゾンビが歩いている街を南下する。


(これだけ商店が並んでいるのに着物を扱っている店が見当たらない)


誰が食べるのかわからないだんご屋や食事処、借りる人がいるのかと思った金貸し屋などはあるがなぜか着物を扱っている商店がない。

その後もまっすぐ道を歩いていると途中から道の両側が商店から武家屋敷へと変わった。


「ゾンビが減っているように思うのは私だけかしら」

「いや、私も同じことを考えていた。なにかおかしい」


武家屋敷が立ち並ぶようになってから道にいるゾンビが徐々に減ってとうとういなくなった。

すると前方から黒い鎧兜を身に付けた武士が近づいてきた。


「何か嫌な予感がする。薫、刀を貸してくれ」


薫に渡していた刀を受け取り、2人には下がるように伝える。

武士は面を着けているため表情を読み取ることはできないが、身のこなしから相当の手練れであることが分かる。刀を正眼に構えて、相手の一挙手一投足に注意を払う。

50m程の距離に来て武士が刀を抜いた。青白い光を放つ打刀。

妖刀のような怪しい光を放つ刀に頭の中で警鐘が鳴りっぱなしだ。

そのまま歩みを止めない武士は10m程の先で立ち止まり、上段に構えた。

重苦しい空気が漂い、信の後ろから見つめる薫と咲良は刀を向け合う信と武士が動く時を見逃さないため瞬きを忘れて食い入るように見つめていた。

そんな2人の頬をそよ風が優しく撫でる。同じように武家屋敷に植えられていた。1本の木から1枚の葉が枝を離れてゆらりゆらりと信と武士の間へ落ちていく。

葉が地面に落ちた瞬間。両者は動いた。

一瞬の出来事。刀を振りぬいた姿勢で立ち位置を入れ替えた両者。

しかし、武士の上半身はゆっくりとずれて下半身をそのままに地面へと落ちた。

だが、武士はまだ動けた。両手で地面を突いて起き上がろうとする武士に影が差す。

そして、武士の首が落ちると同時に青白い光を放つ打刀を残して霞のように消えた。


(強かった。強さは父さん並み。技術では武士の方が上、しかし、身体能力の差が勝敗を分けた。もしも、超人の実を食べていなければ負けたのは俺だった)


後ろの方から殺気を感じる。振り向くと200m先に薙刀を持った僧兵が建っているのが見えたが武士程強いとは思わない。

僧兵は近づいてくる様子がないので、もしかしたら、近づいてくるのを待っているのだろうか?

だとしたら、相手の土俵でわざわざ戦う必要はない。

対物ライフルを取り出した。相手が動かないので、その場に伏せて僧兵の頭に狙いを定める。

スコープから見た僧兵の目元は闇。目すらも確認できなかった。

引き金を引く。銃声が周囲に響くなか僧兵の頭に銃弾が当たった直後武士と同じように消えた。


「信、終わったか?」

「いや、まだのようだ。少し下がっていてくれ」


薫と咲良が近寄ってきたので再び下がるように伝える。

先ほど仕留めた僧兵よりさらに200m後方に偃月刀を持った僧兵が立っていたからだ。薫と咲良が下がった事を確認して、再び引き金を引く。僧兵が消えたことを確認してようやく、対物ライフルから顔をあげた。


「これで終わり?」

「いや、まだ油断しない方が良いと思うぞ」


薫の言う通りだ。まだ敵がいるかもしれない。

対物ライフルをしまい。2人と合流した時だった。

視線の先、薫と咲良の後方からきらりと光る物が飛んできた。


「2人とも頭を下げろ!」


間に合わない。そう思った信は薫と咲良を左右へ突き飛ばした。

“キンッ”神龍甲冑の自動防衛機能によって鎧の一部を鞭のようにして飛来してきた矢を払い落とした。同時に無反動砲を取り出し、矢を放った紫色の弓と紫色の鎧兜を着た弓兵へ向けてHEAT弾を発射し、直後に駆けだした。

弓兵は俊敏な動きでHEAT弾を躱しながらこちらへ矢を放つ、だが、自動防衛機能によって払い落とされる。

信は走りながらショットガンに持ち替えて、散弾を放つ。


(これで倒せるとは思っていない。だが少しでも足が止まればそれでいい)


散弾が鎧の隙間から内部に当たったことで、弓兵の姿勢が崩れた。

倒れた弓兵の頭に追いついた信は斧を振り下ろした。

弓兵が消えたのを確認してから急ぎ2人の下へと戻る。


「無事でよかった」

「心配したのよ。さっきの弓兵はどうなったの?」

「倒してきた。それより2人に怪我はないか?ないなら移動しよう。どういうわけか。ゾンビ達がこちらに近づいている」


弓兵を倒してここへ来るまで武家屋敷の屋根や塀を飛びながら移動している時にゾンビ達が薫と咲良がいる方角に移動しているのが見えた。

ゾンビが近づいてくるのとは反対方向、エリアの中心に向けて走ると大きな屋敷に行き当たった。堀があり、橋の先には大きな鉄城門が設置されている。これまで見た武家屋敷とは比べ物にならない。

門をくぐるとまずは門を閉めて閂をはめる。これでゾンビ達が来ることになっても大丈夫だろう。

走ってここまで来たがそれまでにゾンビはいなかった。だが、屋敷の中にいるかもしれないので3人で拾い屋敷内を見て回ったがどうやらゾンビはいないようだ。

屋敷の中には着物や調度品だけではなく、蔵の中に刀や槍などの武器と鎧兜等が多数所蔵されていた。


(手に入れるのは明日にしよう)


ゾンビの探索が終わった頃には夜になっていた。

安全が確認できたことにホッと安堵の息をついてから今日は色々な意味で精神的に疲労したので早めに休んだ。



第10階層12日目 朝


「これはあまり見たくない光景だな」


屋敷内の物をアイテムボックスに入れた信、薫、咲良の3人は門の上に登り、橋上にいるゾンビや堀に落ちたゾンビを見下ろしていた。昨日までいなかったのに今朝になって見てみれば橋が見えない程大量に集まっている。


「信、音玉を投げてそちらにゾンビ達を誘導しよう」

「それしかないな」


橋の向こうへ音玉を投げる。“パーン”という音が聞こえたことで橋の端にいたゾンビは反応したが門の周辺にいるゾンビは聞こえなかったのか反応しない。


「そこの壁にぶつけて音を出してみれば?」


咲良の指さした先には門の横にある白壁。投げると“パーン”がなり、これまで門をたたいていたゾンビが堀へと次々に落ちていく。

それを続けているうちにほとんどのゾンビが堀のそこへと沈んでいった。

彼らは死ぬのだろうか?

ゾンビでも溺死するのかはさておき、無事必要な物を全て揃えた俺達は中央のエリアへたどり着いた。


「これでどうだ」


巨大ピラミッドにある台座の窪みに朱雀、青龍、白虎、玄武の刻印がされた金の延べ棒をはめ込んだ。

“ガコン”金の延べ棒は台座に取り込まれ、台座の中央に麒麟の絵が刻印された白金の延べ棒現れた。


「階段に張られているものが無くなると思ったのだが違うようだな」


白金の延べ棒を手に取ってみるが素材が違うだけで、用途がわからない。


「だが、それには何かしら意味があるはずだ」

「それを持ってこの階段を降りてみればどうかしら」


2人と共に白金の延べ棒を見ながら話し合いを行い、咲良が言うように階段に足を踏み出すと何の抵抗もなくすり抜けた。


「咲良、御手柄だ。どうやらこの延べ棒を持っていれば階段を降りられるようだ」


白金の延べ棒の用途が分かったので、薫と咲良の分も手に入れて、11階層への階段を降りた。



お読み頂きありがとうございました。

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