表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
平穏無事な生活がしたい  作者: misuto
建国編
33/33

3-2再会

“バタン”寝室で眠っていたフォンテインは部屋の外から何か倒れる音が聞こえ目を覚ました。枕下に忍ばせていた短杖を抜き、警戒しながら身体を起こし扉へ目を向ける。

“キィィィ”扉がゆっくりと開かれ、廊下の光を浴びて立っているのが人であることを輪郭から判断することが出来た。


「誰だ」


短杖を向けながら問う。扉が閉め近づく存在を窓から入る微かな光が照らし、フォンテインに誰かという答えを教えた。


「シン君か。老人を驚かせないでくれ。こんな夜遅くにいったいどうした」


以前訪れた時と同じ黒い甲冑を着た少年。友人の孫であることが分かり、フォンテインは肩の力を抜いて短杖を下げた。兜を脱いだシンは頭を下げて夜中忍び込む形で訪問したことを詫びた。


「よいよい。よく来た。そこに椅子があるから使いなさい」


ベッド横に置いていた椅子を示し、座ったところで「何かあったのか」と訊ねた。

一度しか会っていないがシン君はよほどの理由がなければ寝込みに忍び込むようなことはしないと思っている。

シン君は少し緊張した面持ちで「フォンテインさんは中央大陸大会をご存知ですか?」と質問した。


「もちろん知っておるとも、そういえば先日終わったはず、結果はどうであった」


中央大陸大会には各国を代表する学園から生徒及び講師が出席し技や力を競う。今年は皇国から皇族が3人も出場すると皇国内では話題となっている。皇都陥落以降ホープン学園が代表として出場するようになってから1度も総合優勝できていない中、今年は優勝できるのではと期待されていた。


(出来れば優勝であった欲しい)


数か月前の魔物襲来から魔物の数が激減し都市の収入もそれに比例して激減した。

多くの市民が職を失い、領主として最低限度の生活を保障するため援助を行ったが全ての市民に十分な援助が出来ているとは言えず、市民の表情が暗く沈んでいる中、少しでも明るい話題が欲しいという願いがあった。

大会の事を聞くということは大会に関して何らかの情報を持っていると考えての質問に「総合優勝しましたよ」と苦笑しながら答えが返ってきた。

その答えに「そうか」と自分の顔に自然と笑みが浮かぶのが分かった。

明日にでも領内にこの情報を流そうと思いながら、それならばなぜ目の前の少年が緊張していたのかと考えまだ話には続きがあるのだろうと思い次の言葉を待つ。

シン君は大きく息をしてから背筋を伸ばした。

これからどんな事が起きても受け入れる様な覚悟を持った目で見つめられ、先ほどの吉報を喜びたい気持ちを抑えてこちらも姿勢を正した。

それからしばらくの間シン君は学園都市ホープンに到着してから中央大陸大会表彰式までの事を話し始めた。


「以上です。ご迷惑をおかけすることになってしまい。申し訳ありません」


頭を下げるシン君に「頭をあげなさい」と言いながらいま聞いた話を考えていた。


(まさか。偽名で講師をしているとは思わなんだ)


魔物襲来時の結果から実力は知っておったが、生徒として送り出して夜間講師をさせなくてはならない程学園の人材が不足しているとは思わなかった。


(さらに大会の講師の部出場を依頼するとは何を考えておるのだ)


現ホープン学園長の顔を思い出し心の中で毒づいた。生徒を死ぬかもしれない試合に参加させるとは思いもしなかった。シン君が出場しなければ総合優勝は出来なかったとしてもそれは結果論であって、紹介状を書いて学園への入学を勧めなければ危険な目にあうことも封印を解かれた神と出会い、多くの者達から狙われるようなことにはならなかっただろう。

頭をあげたシン君に「儂こそすまん」と頭を下げた。


「フォンテインさん、頭をあげてください!?」

「いや、シン君を学園に行くよう勧めたのは儂じゃ。今回の事の最初の原因は儂にある。君の人生をこんな形で壊してしまった。すまんことをした」


古くからの友人に託された少年の人生を狂わせることになるとはどう償えばよいのか。

少しの静寂の後、「お願いですから頭をあげてください」と言われ、頭をあげるとシン君はひどく困った顔をしてこちらを見ていた。気持ちを切り替えるためか深呼吸をしてから「フォンテインさん。実は協力してもらいたいことがあります」と真剣な表情で頼んできた。


「儂に出来ることならしよう」


どれだけできるかわからんが出来るだけの事はしようと決めた。

その後シン君に頼まれたことは3つ。

・シン・レイスが大会開催前にこの都市へ入り、シルバ大森林がある西門から出たと入出記録を改ざんすること。明日シン君が冒険者ギルドへ血の付いたシン・レイスの認識票を持っていく事で死亡を周知させる。

記録の改ざんであれば諜報部隊に命じれば明日の朝には終わる。神から狙われ、その場にいた多くの者達が見たジン講師という存在の正体がシン君だと知る者がいるためとは言っても名字を変える。アレクとの繋がりを示す名を捨てる決断をした事に胸が痛んだ。

・元帝国軍獣爪を雇い入れたので都市内で見つけても見逃してほしい。

これには驚いた。彼らは奴隷のはず、雇入れるなど不可能と言ってよい。なぜなら、彼らは素性が知られそうになった瞬間死ぬように命じられている。それに奴隷魔術を解くにはかけた者よりも高いレベルの者でなければならない。つまりシン君は帝国の奴隷魔術師よりも奴隷魔術レベルが高いことを証明している。中央大陸でも有数の領土と人口を誇る帝国の奴隷魔術師よりも高い。公になれば帝国は躍起になってシン君を狙うことは目に見えている。知られぬように「注意するように」と警告しておく。そして彼らが問題を起こさなければこちらから手を出さないことを約束した。

・最後はその獣爪の家族を都市に連れてきたいというものであった。しかし、この頼みだけは首を横に振った。


「やはり難しいですか」

「すまん。さすがに1000人の獣人を受け入れるか儂の独断では出来ん」


気落ちするシン君を見ながら申し訳ない気持ちはあるがさすがにどこの者かを言えない獣人を1000人受け入れるだけの余力は今の都市にはない。例え、衣食住の全てをシン君が負担するとしても受け入れたことによる市民の反応や治安の悪化。何より、息子の耳に必ず入る。そうなれば、シン君との関係を必ず聞いてくる。その場合は息子が納得する理由を説明しなければならんができればそれは避けたい。

しかし、それではあまりにも薄情というもの。都市に受け入れることはできないが誰からも関与されない場所を教えることにした。危険は伴うが帝国からの追手が来る可能性が少ない場所。


「シン君。危険ではあるがシルバ大森林内に住まわせてはどうかね。あの森はどこの国も管理できないことから所有を主張していない。都市近くの魔物も激減している。当座の身を隠す場所としては最適だろう」


シン君は瞠目し「そうだ。あそこなら」と乗り気に見えた。

これで少しは償いになっただろうか。


「だが、どうやって皇都から連れてくるのだ」


最後の頼みで一番の問題が連れてこようとしている獣爪の家族の所在。

1000人もの家族がいる場所は帝国軍が占拠している皇都。

現在の皇都は10日程前に起こった北部公都消滅により、北部公都攻略のために投入された帝国兵7万が消滅した。これは皇国中央部及び南部に展開していた兵の7割に当たる。残っている帝国軍は皇都の守りとして残された1万。皇国中央部の各地に派遣していた騎士団5千。皇都南部各地を巡回する1万5千のみ。今回の北部公都攻略がどれだけ本気だったかを窺える数であった。しかし、バクス将軍以下主だった将官を全て失うという最悪の形で失敗した。以前に比べれば皇都に駐留している将兵は少ない。だからと言って1000人もの獣人を無事連れだせる場所ではない。


「考えがあります。現在臨時で司令官を務める人物が情報通りなら恐らく成功します」

「今の司令官を知っておるのか?」

「はい、獣爪の長から聞きました」


シンは椿から家族1000人が皇都にいると聞き、助け出すためにどうすればよいか考え必要な情報を聞いていた。その中で、現在皇都に駐留する帝国軍は約1万である事、また皇都に残された最上級将官で現在司令官をしていると考えられる人物の話を聞き作戦を考えていた。

作戦を聞いたフォンテインは唖然した。

「可能なのか?」という問いに自信をもって頷かれ、それを見て前回の魔物襲来時の事を思い出し本当にやってしまうのではないかと思ってしまう。


「気を付けるのだぞ」

「ご心配ありがとうございます。それではこれで失礼します。夜分遅くお付き合いいただきありがとうございました」

「なに、いつでも来なさい」


立ち上がり、椅子を元の位置へ戻したシン君は目礼してから部屋を出て行く。扉を開ける直前姿が消えたが魔術によるものだろう。


「カーシーよ。聞いておったな」

「はい、領主様」


フォンテインの声に応えて、部屋の端に侍女服を着た女性が姿を現した。

領主直属の諜報部隊『森猫』の長カーシーはベッドの傍により一礼する。

カーシーは部屋の前にいた警備兵が倒れた音に気が付き、シンが部屋に入る前から『闇魔術:影移動』により部屋の端でいつでも動けるように待機していた。


「聞いておったな」


確認の言葉にカーシーは目を伏せて「はい」と答えた。


「シン君に最大限の便宜を図ってやりなさい」

「かしこまりました」


カーシーは「失礼します」と頭を下げると闇に溶けるように姿を消した。


「さて、成功することを祈るとするかのう」


領地内であればしてあげられることはある。しかし、長年帝国の占領下にあった皇都ではほとんどしてやれることはない。自分の無力さに肩を落としながら再びベッドへ横になった。



冒険者ギルド城郭都市プロセディオ支部

シンがフォンテインの寝室を訪れた翌日の昼過ぎ。ランチの時間が終わり、食堂で食事を終えた冒険者達は日が昇っている時間帯ではあるが今日は休みと酒を片手に談笑している。

通路を挟んで反対側に座る受付嬢達はそんな彼らを横目に依頼人からの発注依頼書と今朝冒険者が受注書類の整理をしていた。


「やっとおわった~。カルティア、ご飯行きましょ」


カルティアと呼ばれた女性は後ろでまとめた緑色の髪を揺らしながら隣の席で伸びをする同期の受付嬢に「そうね。どこいく?」と答えながらまとめた書類を机の引き出しに入れた時、“ギィィィ”と木製の扉が開かれる音が聞こえた。

ギルドの入口へ顔を向けると緑色のローブで身体を隠し、フードを目深に被った人物が入ってくるのが見えた。手には七色に輝く珠がついた見たことのない金属で出来た杖を持っている。長年様々な冒険者を見てきたカルティアから見て只者ではないと思わせる雰囲気を醸し出している人物を「何者だろう?」と思いながら見ていると、それがいけなかったのかまっすぐカルティアがいる受付に向けて歩きだした。


「後は任せた。先にいつものお店に行ってるから」

「ちょっと!?」


近づいてくる人物に私と同じ感想を抱いた同期は左手を私の肩に置いて右手でサムズアップしてから逃げるようにギルドの裏口へ向かった。

驚きながらも同期を逃がさないように手を伸ばすがするりと躱され、追いたいけれど「すまない。ちょっといいか」と声をかけられ、仕方なく向き合うことにした。


(少年かしら?)


醸し出す雰囲気とは違い。声に深みはない。


「いらっしゃいませ。どういったご用件でしょうか?」


長年鍛えられた多くの冒険者に好かれる綺麗な笑顔を浮かべて少年を迎えるカルティア。

「あなたの所為で昼食が遅れる」などの負の感情を一切表に出さない見事な笑み。普通の冒険者ならこれだけで顔を赤くするがカウンター越しに立つ少年は何の反応も示さず、“ジャラ”と音をたてながら認識票をカウンターの上に置いた。


「シルバ大森林へ行った時、魔物に殺された冒険者がいたのでこれを拾ってきた。後は頼む」


少年はそれだけ言うと背を向けて来た道を戻っていく。余りにもぶっきらぼうな態度に笑顔が固まったカルティアは「なに、あの態度は!?」と心の中で毒づいた。

そんな事は知りもしない少年はギルドの出入り口を押して出て行く。

その後ろ姿を怖いくらいの笑みを浮かべて見送ったカルティアは少年が見えなくなってから何度か深呼吸をして心を落ち着けてからカウンターに置かれた血の付いた認識票へ視線を移す。引き出しから真新しい手袋を取り出し手にはめる。

血を拭い認識票に書かれている名前とランクを読むとため息が出た


『ランク:G 名前:シン・レイス』


先ほどこれを届けた者はシルバ大森林でこの認識票を拾ったと言っていた。

しかし、Gランクで受注できる依頼はこの都市内で完結するものしかない。

冒険者になりたての者は情報の大切さや戦闘スキル等が未熟なため魔物に襲われ死んでしまう可能性が高いための配慮からだ。

つまり、この冒険者は自らの実力を省みることなく、魔物が少なくなったという情報にでも踊らされて無謀にもシルバ大森林の中へ入ったのだろう。


(今日は昼食抜き、残業も覚悟しないといけないわね)


認識票が届けられた場合の対応は2通りある。

1つは認識票に記載されている人物が死んだことが確実なケース。もう1つはそれ以外のケースだ。後者はギルドで7年間保管され、その間に本人が取りに来ない場合は死んだものと推定し前者の場合に移行する。前者の場合は死亡したことが明らかなため冒険者ギルドが把握しているデータから預かっているものはないか。未払いの報酬や預かっている物(冒険者のお金や物の預かっている場合)、貸付金(ギルドはランクに応じて貸付を行っている)の有無、冒険者ギルド共済に加入しているかの有無等の権利義務を把握し、遺族の登録があれば遺族に支払い又は請求を行うことになる。

今回のケースは前者。死亡したことが明らかなケースだ。その場合、担当者が選ばれ迅速に対応することになるのだが…現在冒険者ギルドは先日の魔物襲来以降魔物が激減したことによって経営難に陥り、大量の人員整理が行われた。そのため、今回のような認識票対応を専門に行う人間が減らされ、それによって仕事が回らなくなり、受付の私達もある程度対応しなければならなくなった。


(ほんと勘弁してほしいわ)


これからしなければならないことを思い、肩を落とす。「はぁ」とため息も出てしまった。幸せが逃げると言われているが自然に出るため止めようがない。

受付が新たにすることになった仕事は登録されている遺族への連絡と冒険者ギルドの持っている情報確認、遺族の下へ行って支払い又は請求。未払いの報酬を支払う場合や預かっていた物の引き渡し、共済の保険金支払いは良い。受け取る場合は比較的すんなり事が運ぶ。一方請求の場合は厄介だ。「払えない」「その人とは別居して婚姻関係は破綻していた」等の理由で支払いを断られる。なかには「お前達が危険を伝えなかったから死んだのではないか!」「依頼に関する情報が誤っていたのではないか」等こちらに過失があったのではと言って支払いを拒む者もいる。その場合は領主に訴えるのだがここからは専門に任せる。


(今日中に終わらせないと)


明日は休日。今回のような認識票対応は迅速にしなければ後が面倒なため原則休日出勤してでも終わらせるようになる。そんなのはごめんだ。

カルティアは席を立ち、認識票記載の人物情報を確認のために動き出した。



冒険者ギルドを出て西通りを東へ進んでいるとわき道からフードを被りマントで全身を隠した者が近づいてきた。


「源蔵か」

「はい。先ほど滞りなく船の手配が完了いたしました。明朝出航できます」

「わかった。住むところを買ってすぐにすまない」

「何を仰います。昨日の今日で我々のために行動してくださり、むしろ感謝しております」


並んで歩きながら源蔵から頼んでいたことの報告を受ける。

魔神によって属性魔術が全て使用不可にされたことで転移も使えなくなった。

魔術創造スキルも魔術スキルの無い魔術は創造できない。そのため皇都までの移動に魔術による移動は出来ない。

1人であればライかアイシャに乗って行くことも出来るが今回は皇都にいる家族と面識のある獣爪の者達を連れて行く必要がある。


「ところで、シン様が通われていた学園の制服を着た少女が3人。この都市でシン様を探しているようなのですがご存知ありませんか?報告にはその内の2人は皇女殿下ではないかと」


源蔵の報告に驚きのあまり足が止まった。源蔵が振り返りながら「どうかされました」と訊ねたがその言葉は頭には入らなかった。


「案内してくれ」


表情を硬くしたシンを見て、源蔵は真剣な表情で頷き「かしこまりました。こちらです」と先導する。シンはどうしてカオル、サラがこの都市にいるのか考えながら源蔵の後ろについて歩き出した。



「こちらです」


源蔵に案内された場所は北の大通りに並ぶ喫茶店の1つ。『至福の一時』という大層な名前のパンケーキが有名な喫茶店だった。


「家に帰りが遅くなるかもしれないと伝えてくれ」

「かしこまりました」


源蔵へ言伝を頼み、店内へ入る。


(わかっていたが場違いだよな)


丁度15時頃ということもあって白を基調とした店内には多数の女性客が座り、談笑をしている。その中の1つに彼女達は座っていた。

店員が案内のために近づいてきたが手を軽くあげて断ると彼女達が座る4人掛けのテーブルへ向かう。

どうやらカオルとサラはテーブルに広げた地図を見ながら次はどこへ行くか話し合いをしているようだ。一方リムは話し合いには参加せず目の前の果物とクリームがたっぷりと乗ったパンケーキと格闘していた。

あと数歩の距離まで近づいた時、顔をあげたカオルと目が合った。


「シン!」


驚きながら名を呼ぶカオルに「よう」と手をあげて応えながら空いている席へ腰を下ろす。

左からカオル、リム、サラの順に顔を見て、前と変わらない事に安堵した。

特にカオルとサラが無事でよかった。逃げた後何らかの処罰を受けるのではないかと不安があったが見る限りそういった事はないようだ。


「無事逃げられたようだな」

「ああ、カオル、そしてサラのおかげだ。ありがとう」

「たいしたことはしてないはそれより、怪我は大丈夫なの?」

「もう治ったよ。それより、学園はどうした。確か転移で帰る生徒は大会が終わった翌々日から講義へ参加することになっているはずだろ」

「学園には行かなくてよくなった」


パンケーキを食べていたリムが不意に呟いた内容にまさかと思いながら訊ねようと口を開いた時「シンが思っていることではないわ」とサラに否定され、言いかけた言葉を飲み込む。


「私達は学園を卒業した。これがその証拠だ」


カオルが床に置いていたバッグから上質な紙を取り出し見せてくれた。

以前俺が学園長から貰った卒業証書と同じものだ。


「大会に出場する生徒に学園長から『大会競技に優勝すれば学園に出来る願いであればなんでも1つ叶える』と言われていた。それで、卒業させてもらった」

(卒業させてもらったってそんな簡単なことではないだろう)


カオルとサラは皇女だ。学園に通っている間は皇国の規則により縁談や婚約などは出来ない事になっているが卒業したなら話は別。容姿も実力・才能も優れた2人ならこれから色々な所から縁談が持ち込まれ忙しくなるはずだ。

先日の北部公都消滅による理由だろうか?周辺国との関係、特にサクティ公王の野心が表に顔を出した。今後皇国は帝国だけではなくサクティ公国からも今後狙われるかもしれない。ホリア連合王国もどう動くか。皇国にいる帝国軍の力は弱まり、皇国内もいま混乱している。これまで帝国から自国を守る壁として支援してきた2国だが皇国にある魅力的な資源を目の前にして黙っているとは思えない。

2人は政略結婚をして皇国を守るために卒業したのだろうか?


「多分だけど、シンが思っていることとは違うわよ」

「どういうことだ?」

「私とカオルはもう皇位継承権者でも、皇族でもないわ。捨ててきたの」

「………」


絶句。驚きのあまり言葉が出なかった。


(いま、サラはなんていった?皇位継承権と皇族の地位を捨てた?)


皇位継承権は個人の権利として返上することは自由に出来る。だが皇族の地位はそうはいかない。特に皇女は政略結婚に利用できるため皇帝かそれに類する者が認めなければ皇族から外れることはできない。現在は継承権第1位のローエン皇子がその権限を持っている。

どうしてローエン皇子は2人を皇族から外したのか。

サラを外した理由は予想出来る。現在皇国北部の貴族たちが東部公爵の親類であるローエン皇子を皇帝にすることに否定的だ。これまで第1皇子のもと優遇されていただけにローエン皇子になれば自分達が軽視されることを恐れてサラを次期皇帝に望み、北部貴族連合という軍を組織しているらしい。彼らへの対抗策だろう。仰ぐべき対象がいなくなれば表立った反抗はやりにくい。

だが、カオルを外した理由がわからない。カオルはローエン皇子の実妹。大会期間中1度カオルと話すところを見たが良好とは言えないが悪くはないように見えた。

今後混乱する皇国において重要な交渉カードになるはず、どうして認めたのか理解できない。


「それで、これからシンの傍で一緒に暮らしたい。おい、シン。聞いているのか」


カオルに肩を揺さぶられたことで思考が現実へと引き戻された。


「すまん。聞いていなかった。もう一度頼めるか」

「はぁ、だから私達は住むところが無くなったからこれからはシンと一緒に暮らしたい」

「ちょっと待てくれ、それはずっとということか?」

「そのつもりだが何か不都合があるのか?」


カオルの話を聞いて頭を抱えたい心境になった。皇族で無くなったことでこれまで住んでいたところに住めなくなったのは大体想像できる。学園を卒業したなら寮にもいられないことも分かる。だが、どうして俺の家で暮すことになる。現状椿が住むようになって部屋の空きがなくて鍛冶部屋のベンチで寝ているのにこれ以上暮らすとなると場所が足りない。

それに明日から当分この都市には帰ってこない。


「俺が住んでいる家は広くない。今も2人暮らしの家に5人が生活しているのにさらに3人も生活できる空間は用意できない。それに明朝この都市を出発して皇都へ行く予定だ。その後も当分戻る予定は「ちょっと待って」どうかしたのか?」


カオルの顔を見ながら説明しているとサラが話に入ってきた。


「皇都へ行くってどういうこと」

「従業員の家族を皇都から助けだすことになっている。だから明朝船に乗って港町ガービンまで行き、そこから陸路で皇都へ向かう予定だ」

「何人助け出すの?皇都は帝国軍の占領下にあるのよ」

「1000人だ」

「せっ!本気なの」


助け出す人数を聞いたサラが叫びそうになるのをこらえて、小声で聞き返した。カオルとリムも驚いている。リムの場合は食べようと持ち上げたパンケーキがフォークから滑り落ちている。


(まあ、当然の反応だろうな)


都市で1000人の集団が移動すれば必ず人目に触れる。皇都では帝国軍が行く手を遮るだろう。


「考えていることはあるから心配いらない。うまく運べば一滴の血も流さずに助け出せる」

「…それは具体的に何をするつもりか聞いてもいいかしら」

「はなしても良いが場所を変えよう」


ここは人の目や耳が多い。どこから情報が洩れるかわからないため喫茶店を出て、わき道に入り、東へ進んだ所に隠れ家のような初見では飲食店だとわからない飲食店『妖精の隠れ家』へ向かう。

妖精の隠れ家には今回のように人に聞かれたくない内容を話すのに最適な防音の魔術がかけられた個室がある。また、店員が個室に行く事のないよう料金は先払い制で食べ飲み放題。食事は部屋を出て自ら取りに行くセルフ式を採用している。

喫茶店を出る際にリムが「お腹空いた」と言っていたので夕食の時間には少し早いがまあ誤差の範囲だろう。


「シン、待っていました。席は取っていますからすぐに入れますよ」

「それより店はどうした。まだ、営業時間中だろう」


妖精の隠れ家の前に到着するとそこにはルシアと椿、そしてアイシャが待っていた。

まだ日は沈んでいない。この時間はまだ店は営業しているはずだがどうしてルシアがここに…


「アンさんに任せてきました。だいぶ仕事にも慣れてきましたので1人でも大丈夫でしょう。アインとヘレナをサポートにつけていますからもし何かあれば連絡するように話はついています」

「…そうか。問題ないなら良い。ところでどうしてここに?帰りは遅くなると伝えていただろう」

「シン様。源蔵から聞きましたよ。後ろにおられるのがカオル様とサラ様、そしてリムさんですね。初めまして私は椿と申します。先日シン様を逃がすために手を貸して下さりありがとうございました」

「私はルシアです。私からもお礼を言わせてください。シンを助けてくださりありがとうございました」


椿とルシアが揃ってカオル達に頭を下げた。


「頭をあげて欲しい。私達がしたくてしたことだ。それと様はやめてくれ。私達はもうそういった身分ではない」

「そうです。ところで椿さんとルシアさんはシンとはどういったご関係ですか?」

「皆とりあえず、なかで話さないか?ここは人通りが少ないとは言っても全くいないわけではない」


サラが突っ込んだ質問をしたところで口を挟んだ。ここで立って話をする内容ではない。

一旦話を中断させてから店内に入る。

入口正面に受付があるがすでにルシア達が料金を支払っているためか横を通り抜けても何も言われない。


「ここです」


ルシアの案内で店の奥へ進み到着したのは真ん中に長机が置かれ、左右の壁には長椅子が設置された個室。詰めれば8人は座れる程度の広さがある個室に入ると左側の奥に座ったルシアに「こっちです」と手招きされたので詰めて座るとアイシャが左膝の上に乗った。すると影から出てきたライが右側の膝上に乗る。

2匹はいつもにも増して尻尾を嬉しそうに揺らしているのを苦笑しながら持っていたセブンヴィ―ルを壁に立てかけると椿が右隣りに座った。

カオル、サラ、リムは順番に対面の席に座る。


「飲み物と食事を取ってきます。何かご希望はありますか?」

「私も行く」


一番扉側に座った椿とリムが席を立ち、座っている俺達の分の飲み物と食事の希望を聞いてから部屋を出ようとしたとき、立てかけていたセブンヴィ―ルが突然光を放ち人型になった。対面に座るカオル達は目を丸くしてセブンヴィ―ルを見つめている。


「主よ。妾も料理を取りに行くぞ」

「好きにしろ」

「うむ!」


俺が頷くのを見て嬉しそうに返事をしたセブンヴィ―ルが扉へと向かう。

「では行きましょう」と椿はリムとセブンヴィ―ルを連れて部屋を出て行く。


「シン、あれはセブンヴィ―ルよね?人にもなれるの?」

「よく知っているな。見たとおりだ。特に食に関して関心が強い。食欲で言えばリム並みだ」

「それは凄いな」

「初めて知ったわ。私が見た古い文献には武器の見た目や能力しか載ってなかったから」

「文献があるのか」


セブンヴィ―ルに関する文献があることを初めて知った。

確かに制限はあるものの強力な能力を秘めたセブンヴィ―ルについて書かれた文献があっても不思議ではない。

どんな事が書かれていたのかサラに聞いていると。


「お待たせしました」


椿達が料理を乗せたワゴンを押して戻ってきた。

飲み物と料理を机に並べるとワゴンを部屋の外の通路に出した。

通路においておけばワゴンは店員が回収する。


「さて、自己紹介は必要ないかもしれないが俺以外お互いに初めて会うわけだから自己紹介をしよう」


全員が着席したところで提案すると「では私からしよう」とカオルから自己紹介を始めた。


「先日まではカオル・イレミアと名乗っていたが今は皇族ではないからただのカオルだ。だから先ほどのように様などつけず、普通にカオルと呼んでほしい」

「次は私ね。サラよ。カオルと同じで今は皇族ではないわ。だからそんな畏まらず普通に話してちょうだい」

「リム」


カオルとサラから皇族ではないと聞いて少しの間目を丸くして固まるルシアと椿だったがはっとして「申し訳ありません」と何も返さなかったことを謝ってから自身について自己紹介を始める。


「ルシアです。シンのお店の店長をしています」

「椿です。昨日からシン様の家で一緒に暮らすようになりました」

「ライです」

「アイシャです」

「セブンヴィ―ルじゃ」


ルシアと椿は当り障りのない自己紹介、ライ以降はリム同様名前だけを名乗った。


「ところで主よ。そろそろ食べても良いか。このままでは折角の料理が冷めてしまう」

「早く食べたい」


隣に座るセブンヴィ―ルとその対面に座るリムの要求に「そうだな。食べながら話そう」と言った直後、早速2人は手を拭いてから食べ始めた。やれやれと思いながら実においしそうに食べる姿を苦笑しながら見つめて、手を手拭いで拭いてから箸を持ち、食事をしながら先ほど喫茶店での話の続きをすることにした。


「それで、どうやって皇都から獣爪の家族を助け出すかについてだが、まずは皇都へ入るため明朝商会の買い出しの名目で都市の港を出発する。その後港町ガービンまで船で移動し、そこから奴隷商に扮して皇都へ入る予定だ。現在の皇都では兵の不足を奴隷兵で賄おうと大量の奴隷を購入しているから皇都へ入る際の奴隷商人に対しての検査が緩くなっている。それを利用するつもりだ」

「…奴隷商か。奴隷はどうする。この都市で買うのか?」

「私の元部下が奴隷の首輪に似せた首輪をつけて皇都に入るまで奴隷を演じる予定です」

「椿さんの部下?失礼だけど以前は何をしていたの?」

「私は元帝国軍特殊奴隷部隊『獣爪』の長をしていました」


カオル、サラが椿を見て驚いている。これまで長い間戦ってきた帝国軍に所属していたことを知ると同時に喫茶店の時に話した従業員が獣爪だとわかったようだ。


「あの獣爪?だけどどうやって奴隷紋を…もしかしてシンは奴隷魔術も使えるの?」

「かけたことはないがな」


使えるかと聞かれたら使えるがこれまで奴隷紋を消すこと以外に使ったことはない。


「シン、お願いがあるわ。私とカオルも一緒に行かせてもらえないかしら」

「…理由を聞かせてくれないか」


少し考える様な仕草をしたサラが突然同行する旨を言い出した。

元とは言っても皇族であった2人が帝国軍の占領下にある皇都で見つかればどうなるかわからない。

皇都が危険な事はわかっているはず、にもかかわらず同行したいというなら当然理由があるはずだ。


「この前の魔神を見て思ったわ。今のままだと次シンが魔神と戦うことになったら私達は足手まといになる。だから、皇城にある契約の間で英霊か神獣と契約したいの」

「シン頼む。私からも頼む。連れて行ってくれ」


そういうことか。確かに先日の俺のように魔神に属性魔術のスキルを消されたら対抗する手段は限られる。俺のためと言うのがどこまで本当かはわからないが元々皇都へ行ったついでに契約の間には行こうと考えていた。今回皇都でしようとすることがうまくいけば帝国軍に邪魔されることなく皇城に入ることが出来る。

だが、それまでは大人しくしてもらわないといけない。


「俺が言うことを全て守れるなら連れて行こう」

「わかった」

「わかったわ」


即答だった。まだ内容を言っていない状況で頷いたカオルとサラ。

それだけ気持ちが固まっているのだろう。


「そうか。そこまで気持ちが固まっているならこれ以上何も言わない。これから皇都から従業員の家族を助け出すための計画を話す。それに関連して守ってもらいたいことも伝えるからとりあえず全部聞いてからわからない事があれば聞いてくれ」


それから食事をしながら全体の流れを説明し、食事が終わり食器を返却してから椿に書いてもらった皇都の地図を机に広げ、詳しい作戦内容を話した。カオルやサラだけではなく、ルシアや椿にもまだ話していなかったこともあり4人から質問を受けた。しかし、リムとセブンヴィ―ルはケーキやクッキーなどのお菓子を食べ続け、アイシャとライは何も言わずに聞いていた。


「リム、少し話したいことがある。カオル、サラ話が終わったら送るから先に宿に戻っておいてくれ」


話しが終わり店を出るとすでに周囲は暗く人通りもほとんどなくなっていた。

カオル、サラ、リムの3人は今日のところは宿に泊まってもらう事で話がついている。すでに源蔵達に頼み3人分の部屋を用意してもらった。宿までの道中は獣爪から何人か護衛をつける。家に帰るルシア達も同様だ。

そんな中、リムだけに話があると言った事で皆眉をひそめたが最後には「頼む」と言うと頷いてくれた。

リム以外視界からいなくなると近くの公園へと移動した。

誰もいない公園のベンチに腰掛ける。隣に座ったリムはここに来るまで不安や戸惑いを見せることなく、一言も喋らなかった。


「リム、目を閉じてもらえるか」

「閉じるの?わかった」


こちらを見上げたリムは言った通り目を閉じてくれたところでリムの額に右手を当て奴隷魔術を使用する。リムの額に血が滲みでたような赤い隷属紋が現れた。

隷属:所有者及び所有者が指名した者等からの命令を強制させる。ただし、命令の強制力は所有者が第一、所有者が指名した者が第二、所有者が指名した者から指名された者が第三と続いていく。

奴隷との大きな違いは所有者が直接実行者に命令をする必要がないことだ。

組織で言えば社長→部長→課長→係長→主任→平社員のように社長がわざわざ平社員に命令しなくてもよい。しかし、デメリットとして主任が平社員に命令をする段階では拒否できるくらいに強制力は弱まっている。

ゆっくり痛みを感じないように剥がす途中“パシッ”とリムが右腕を弾いた。

そのため強引に隷属紋をはがされることになり「あああああああ!」とリムは痛む額を両手で抑え、地面にのたうち回る。剥がした隷属紋を握りつぶし、片膝を突いてリムの身体を左手で抑える。


「リム落ち着け!」


右手でアイテムボックスの中から上級ポーションを取り出す。

飲ませるのは今のリムでは難しい、効果は弱まるが振りかける。

リムの身体が淡い青色の光を放つ。叫びが次第に弱くなる。ほどなくして光が納まった。同時にリムは眠るように気を失った。

“ガサッ”ベンチ近くの茂みから音が聞こえた。振りむくと先ほど獣爪に護衛をさせて宿へ向かったカオルとサラ、帰路に着いたルシア達が茂みから出てくる所だった。

皆一様に目に戸惑いと説明を求めていた。


「どういうことか説明してもらえるのだろうな」


何も言わないでいるとカオルが俺を見下ろしながら説明を求める言葉を口にする。


(さて、どう説明したものか)


さすがにこの状況で話さない訳にはいかない。しかし、それはリムの正体をカオル、サラに教えることになる。


(リムの気持ちを聞いてからにしたかったが)


こうなっては仕方がない。出来ればリムの口から説明するのが良い。だが気を失っている現状では不可能だ。リムの身体を抱えるように持ち上げて「場所を変えよう」と提案した。

ここは周囲に住宅が多い。先ほどのリムの叫びで人が来る可能性が高い。

カオル達も頷いたのでわかっているのだろう。


(やれやれ、明朝出発予定なんだが…)


家に向けて歩きながらどこまで話すか考える。

恐らくリムの事を話せば色々質問されることは容易に想像できる。その中で「どうしてそんなことをしているのか」と聞かれるだろう。そうなれば詳細鑑定スキルや心理眼スキルの事も説明しなければならない。そこまで説明するならどう考えても短時間で説明が終わるとは思えない。徹夜になる可能性が高い。

それでも家に着くまでの間に説明内容について考える時間が出来た。

履歴に乗っていたリムの生い立ちや立場、心理眼によってわかった今のリムの様々な気持ちの事を考えると本人に意識がない状況で話してよい事と良くない事の線引きは非常に難しい。カオルとサラが納得してくれるために何をどこまで話すか悩ましい問題だ。

早くリムが意識を戻してくれることを願いながら出来るだけ到着が遅れるようにゆっくりと歩いた。



「つまりリムは私とカオルの情報を把握するために皇国情報局から派遣され、今まで命令した者に私達に関する情報を送っていたのね」

「確か皇国情報局の所有者は皇帝。皇帝不在の場合は皇位継承権1位の者。ということは今の所有者はローエン兄上。あの時にはすでに…」

「だからすんなりいかせたのね。自分の命令に従う監視役がついていたから」


帰宅後リビングでリムの立場を説明するとカオルとサラの怒りの矛先は命令をしている者達に向いた。

奴隷魔術でも隷属紋をつけられるのは最低でもレベルⅦは必要だ。

隷属紋は組織運用の観点からはとても優れた魔術。だが努力と才能がないと習得できない特殊魔術を使える者はほとんどおらず、使用可能になるレベルや隷属紋をつける際の相手との力量差から膨大な魔力が必要になることからあまり普及している話は聞かない。

皇国情報局では子供の時に隷属紋をつけることで術者の負担を減らしていたようだ。


「ここ…は?」

「リム!」

「リム、目が覚めたのね!」


リビングの端に布団を敷いて寝かせていたリムが目覚め、対面の席に座っていたカオル、サラの2人が駆け寄り声を掛ける。


「シン様、リムをどうされる御積もりですか?」


左隣に座る椿がカオル達に聞かれない程度の小声で訊ねた。


「リム次第だ」


椿は奴隷紋が無くなってから守ってあげたくなるような弱々しい印象を受けていたが、今は以前襲ってきた時の獣爪の長としての顔に代わっていた。

日常生活と仕事で切り替えているのかもしれない。


「もし皇国を選ぶなら皇都での作戦が漏れると困る。俺達が戻るまで拘束する」

「わかりました。そうなった時のために準備しておきます」


椿が外で暗闇に紛れて警護している獣爪の者達へ伝えにリビングを出て行くのを見送ってから身体を起こしたリムのもとへ向かう。

リムが近づく俺を視界におさめると耳と尻尾をピンッと伸ばしてから顔を俯かせた。

顔を俯かせる際に耳はペタンッと閉じて、尻尾を力なく垂らしたリムを見ているとまるで悪いことをして叱られることが分かった犬、いや狼のようだ。

傍に居たサラがリムを守るように抱きしめ、カオルが俺の行く手を遮るように立ちはだかった。


「シン、リムの事は」

「わかっている」


カオルの目を真直ぐ見つめて答えた。

怒るつもりも非難するつもりもない。そもそもその資格があるのはカオルとサラだけだろう。

しばらく黙って見つめたカオルが道を開けてくれた。

横を通る際にカオルの肩に手を置いて「ありがとう」と感謝の言葉をかけながら通り抜け、リムに手が届く距離まで近づき視線を合わせるために片膝を突いた。


「シン、リムを怒らないで上げて」

「大丈夫、そんなつもりはない」


サラがリムから身体を放したところでリムの左肩に左手を置いて「リム」と名前を呼んだ。

ゆっくりと顔をあげてこちらを見上げたリムと目が合う。

初めて見る怯えた瞳を向けるリムに微笑みながら「よく頑張ったな」と言葉をかけた。

幼いころから皇国情報局の管理する施設に入れられ学園の来るまで人の優しさを知らず、皇国情報局でしてきた様々な仕事によって心に無数の傷を負った少女に初めて優しさという薬を塗ったカオルとサラ。

北部公都消滅時までは第1皇子の命令で情報を届けていた。そして所有者がローエン皇子に代わってからも同様の命令とさらにシンを見つけた場合の動向についての情報を送るよう命令された。自分の意思に反して命令により身体が勝手に動き2人に関する情報を送らなければならない少女の心は壊れそうなほど傷ついていた。

心理眼スキルは相手の心理を知り、感じることが出来るスキル。

だからこそリムがいかに傷つき、2人に知られることを恐れていたかわかる。

身体の傷や病気を治すことが出来る薬や死者を蘇生する薬は持っている。

しかし、心の傷を治す薬はアイテムボックス内にある多くの薬を全て探しても見つからない。

だからこれまで心が壊れそうな状況に耐えてきたリムに労いの言葉をかけてあげることしか出来ない。

言葉の意味が伝わったのか目を見開いて驚いたリムは次第に目から涙を浮かべて抱き着き、隣近所に聞こえるのではないかというほどの声で泣き始めた。

リムを優しく抱きしめ頭を撫でながら泣き止むのを待った。

他にどうしてやることも出来ない事を謝りながら。

数十分程経って泣くのをやめたリムは身体を放した。

涙と鼻水で汚れた顔。


(可愛い顔が台無しだ)


俺は白いハンカチを取り出してリムの顔に残る涙と鼻水を拭い、ハンカチを鼻に当てると理由を察したリムがチンッと可愛く鼻をかんだ。

涙と鼻水で湿ったハンカチをアイテムボックスへしまい。改めてリムに目を向ける。


「落ち着いたか」


リムは頷いた。


「リム、隷属は解いた。その上で選んでくれ。皇国に戻るか俺達と一緒に来るか」


隷属の状態ではどんな命令がされたのかわからないため、万が一を考えて隷属紋を剥がしてからしようと思っていた質問を投げかける。


「一緒にいたい」


まっすぐ目を見て答えたリムの言葉に嘘はないようだ。


「そうか。それを聞いて安心した」


ちらりとリビングに戻っていた椿に視線を向ける。椿は頷いて再び家の外へ向かった。

取り越し苦労になってよかった。

皇国を選ぶ可能性は限りなく0に近いとは言っても履歴には人間関係や思いの部分は乗っていないため一抹の不安があった。

これで安心してカオル、サラの2人も受け入れることが出来る。


「さあ、今日はもう遅い。明日は早いから寝よう」


今日は心理眼スキルによって精神的に疲れた。早く休みたい。

最後にリムの頭を撫でてから鍛冶部屋のベンチへ向かった。その際ルシアに2階のベッドを勧められたが大丈夫だと断り、鍛冶部屋のベンチに横になる。

頭を快眠枕に乗せるとすぐに睡魔に襲われそのまま眠りについた。


お読み頂きありがとうございました

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ