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平穏無事な生活がしたい  作者: misuto
第1章ダンジョン編
14/33

1-13(26階層-)

26階層

T字形の階層を真っ直ぐ進むと右に階層主、左に27階層への階段がある。

この階層の魔物は意思を持った武器と罠。魔物を倒すには身体のどこかにある赤い石を砕くしかない。

降りた直後から空中に浮かんだ剣や槍などの魔物が飛来する。

俺は肩に掛けた鳥もちの発射装置、バズーカと呼ぶべきか?の引き金を引くと鳥もちが魔物に直撃し壁や床へ貼り付ける。

そこへすかさず咲良が必中の毒弓で放った矢が正確に石を射抜いてアイテムへと変えていく。この階層の魔物が残すアイテムはオリハルコンやミスリル、アダマンタイト等のインゴット。

このアイテムは見たままの素材と考えるべきか、それとも鈍器又は投擲武器と考えるべきか迷う。

普通に考えれば前者だが、ここがダンジョンだということを考えたら後者の使い方が正しいような気がする。

それは置いておくとして、鳥もちでは捌ききれない魔物は薫が「はあああ!」と天光剣で振るって両断している。

いくら倒しても現れる魔物達にうんざりしながら徐々に溜まっていく鳥もちが付着したインゴットを手に触れずに黒い穴に取り込む。アイテムボックス内で自動分別してくれるため手を汚さなくて済むのはありがたい。

それからしばらくするとようやく武器が飛来することは無くなったがこれで油断してはいけない。26階層はこの激戦を潜り抜けた先魔物の攻撃が無くなったと油断させたところで視認できない魔物が牙を向く。少し歩いてから地図に記載されている罠の魔物の前で立ち止まり、アイテムボックスから取り出したオリハルコンのインゴットを投げる。

“カラン”“ドスンッ”インゴットが落ちた瞬間天井が落下した。

すかさず咲良が天井から伸びた鎖にある石に矢を放つ、“パリン”石が砕けると鎖が砂金に代わり、落ちてきた天井がオリハルコンの延べ板へと姿を変えた。

その後壁から大量の矢が放たれたり、床が抜けた先に槍が並んでいたりと様々な魔物を倒しながら先を進むとようやく分岐点に到着した。

当然のように右へ曲がり辿り着いた先にある厳かな扉を開けると草1つない剥き出しの地面が広がっていた。太陽がないのに明るい快晴の空。空の下には異様に腕が太い騎士が立っていた。兜で顔は見えないが隙間から覗く瞳は赤い光を放っている。空間の最奥に立っている騎士は扉をくぐった俺達が見えているはずなのに全く動かない。

だが、何よりも目に付くのは地面に無数に突き立った武器の数々。

様々な形・大きさ・装飾が施された武器はその一つ一つから力を感じる。

あと少し進めば、騎士が近くの武器を引き抜いて攻撃してくる。26階層の階層主はここにある武器を全て破壊しない限り無限に再生する。騎士はどの武器を扱わしても一流の腕前。正面から戦えば勝つのは容易ではない。

しかし、それなら騎士が動く前に突き立っている武器を破壊すればいい。


「はあああ!」


薫が天光剣を横に振るう。騎士は動かない。突き立っている武器も動かない。光の剣に触れると武器は塵のように消えていく。騎士は光の剣が通過してもすぐに再生した。他の突き立っていた武器は全て塵となって消えた。


「ウホッウホッ」


突き立った武器が全て無くなった直後、騎士は兜を脱ぎ捨てて、威嚇のつもりだろうか突然両手で胸を叩きドラミングを始めた。


「ゴリラが騎士の格好をしているのは違和感があるな」

「信、あれは騎士ではない。魔物だ」

「だったら鎧を着た動物型の魔物ということよね?その方が違和感ないかしら?」


こちらが全く怯えていないことが気にくわなかったのか。階層主は突然ジャンプした。

鎧を着たゴリラとは思えない跳躍力。両手を合掌させ、両腕を突き出し回転しながらミサイルのように斜めにまっすぐ飛んだ階層主は俺達の頭上まで飛んでくるとなめらかな動きで垂直に方向を変えて落下してくる。


「避けろ!」


俺は階層主が落下してくるのを視界にとらえた瞬間叫び、2人を抱えるようにして落下地点から飛ぶように回避した。視界の隅でライも無事回避するのが見えた。

先ほどまで俺達が立っていた地面から“ドカンッ”と大きな音共に土が飛び散る。その後も“ガガガガガガ”と地面を掘削する音が響いた。

起き上がって階層主が消えた穴を俺達は固唾をのんで見ていると音が止んだ。


「死んだのかしら」

「それはないと思うぞ」


警戒しながら穴へ近づいているとゆっくり階層主の足が地面から顔を出すのが見えた。

俺は反射的に重力を操って階層主を穴の中へ戻す。階層主の足が一瞬ビクンッと徐々に穴の中へと戻っていく。


「咲良は穴を水で満たせ、薫は水に塩を、ライは最後に水へ雷撃を加えろ」

「わかったわ」

「わかった」

「わかりました」


指示すると即座に咲良は空気中の水を集め始め、大きな水玉を作り出し、そこへ薫が大量の塩を加える。咲良は水玉を穴へ落とし階層主を水没させると、ライが穴に近づき、ちょこんと右の前足をつけて雷撃を食らわせた。

水の表面が光を放つ。時間にして1分程すると手ごたえを感じたのかライが雷撃を止めた。

アイテムボックスには新たに<浮遊石>を追加されている。

<浮遊石>:自らの望む高度まで浮かぶことが出来る拳大の石。


「主、倒しました!」


階層主に止めをさしたライは意気揚々と俺の下へ戻ってくると。褒めて褒めてと尻尾を振りながらすり寄る。


「よくやった」


頭を撫でてやるとさらに尻尾の勢いが増した。

薫と咲良もライの愛くるしい姿に撫でたそうにしているが、2人が近づくとライは俺の後ろに隠れた。2人があまりにかまいすぎるためどうやらライは2人に苦手意識を持っている。

というよりも恥ずかしがっているだけかもしれない。ただ、嫌っているわけではない。隠れながらも顔だけは出して2人を見ている。

2人の顔を見る限りこうなった原因は自分たちにあることは理解しているようだ。

時間が解決してくれると思い。俺自身はあまり心配していない。

この空間で一泊してから分岐点に戻り、27階層への階段がある道を進んだ。



27階層は多数の火山で構成され時折火口から炎が上がり、噴石が飛んでくる危険な階層だ。

そんな危険な階層にいる魔物もさらに面倒で噴石が直撃しても死なず、こちらが噴石を警戒して慎重に進んでいる所へ気にせずやってくる。


「さむくありませんか!」


手を広げた人型の炎。

“シュゴーー”問答無用で近づいてくる炎へ容赦なく消火器のホースを向け、消火剤を浴びせる。


「ぎゃあああああ!?」


断末魔を残して消火された27階層の魔物。名前は『ホットマン』。

抱きしめられると温かいと感じ軽い火傷を負うが死ぬことはない攻撃をしてくる。

しかし一度抱きしめると徐々に赤い炎の『ホットマン』は炎の色を青に変えはじめ『ファイアーマン』に変身を遂げると途端に危険度が跳ね上がる。触れただけで青い炎が全身を覆いつくし消し炭になるまで消えない攻撃をするようになる。

そのため、『ホットマン』の時に倒すこと。抱きしめられないことに注意を払わないといけない。

倒す方法は火を消す方法と同じだ。しかし、可燃物によって燃えているわけではないので除去消火は使えない。窒息消火も人が入るだけの大きさの物が必要で多数の魔物を相手にしている時には使えない。

残された方法は冷却消火・抑制消火の2つだが冷却消火は貴重な水を大量に必要とするためこの階層を乗り切っても後の階層で水不足に陥る可能性を高める。

そのためこの階層の魔物は抑制消火、つまり消火剤を使って倒すのが最も現実的な方法だ。

25階層で手に入れた大量の消火器をここで惜しげもなく使う予定だ。

だが、27階層の敵は魔物や飛んでくる噴石だけではない。

熱せられた空気に覆われた階層ではただ歩き、呼吸をするだけで、全身から汗が噴き出し吸い込んだ空気が喉や肺を焼く。長時間いるだけで魔物に殺される前に息絶えることだろう。

それを防ぐため薫と咲良、ライには呼吸器内蔵型の特殊耐熱服を着てもらっている。

今倒した魔物が残したアイテムは土鍋。蓋をあげると蒸気をあげながら中には様々な種類のおでんが入っている。

そう、この暑い階層で手に入るのは熱々の食べ物。嫌がらせとしか思えない。

他にも「温めにきたわ!」「抱きしめさせて」等々様々なセリフごとに鍋に入っている内容が違ったが共通して言えることは全て熱々ということだ。

21階層から1度もまともな食べ物がない中でようやく手に入ったまともな食事。

お腹が空いている者なら飛びついて食べたかもしれない。そして、食べている間に噴石に潰されるか、魔物に燃やされて死ぬことが想像できた。

この階層で手に入るアイテムというか食事は他の階層であれば十分食べられる物なのでアイテムボックスに入れながら進んでいると後ろを歩いている咲良が「消火器が切れたわ」というのでアイテムボックスから新たに数十本の消火器を取り出し、咲良には腰にあるアイテムポーチへ補充してもらう。普通の家庭用消火器で2体~3体倒すことが出来るがいくら倒しても次から次へと現れるホットマン。俺が引いている車載式消火器でも多くて30体倒せば消火剤が切れる。


(このままだと足りなくなるな)


今はまだ消火器は大量にあるがこの状況が続けば不足する可能性が十分考えられた。


「2人とも少しやりたいことがある。俺が戦っている魔物以外を倒してくれ」


俺は後ろにいる2人へ正面にいるホットマン以外の相手を頼み、常闇戦斧に持ち替えホットマンに振るった。すると魔物だからだろうか。赤い炎が黒に変っていきついには全身が黒く変わった。色以外に変化ないため名づけるなら『ブラックホットマン』だろうか?


「ブラックホットマンに命じる。他のホットマンを倒せ」


ブラックホットマンは頷くと他の『ホットマン』を抱きしめ始めた。


(攻撃方法は変わらないのか)


ブラックホットマンがホットマンを抱きしめると抱きしめられたホットマンは黒くなるだけではなく元のブラックホットマンに吸収され、一回り大きなブラックホットマンとなった。

それからの事はあまり思い出したくないが様々なセリフのホットマンを吸収した為かセリフが一定ではなくなり、普通に話が出来るほどに成長した。また成長したのは言葉だけではなく身長が50m以上まで大きくなった。

そして、ついにブラックホットマンは階層主以外の全てのホットマンを取り込んだ。


「いよいよだな」


視線の先にはこの階層で最も大きな火山。その入り口はブラックホットマンも屈まずに入れる程大きい。足を踏み入れしばらく歩くと広い空洞に出た。

空洞にはマグマの川が流れており、奥に黄金色の炎を身にまとった身長60mの巨人が待ち構えていた。



「よく来た。試練に挑む者達よ。儂に戦いを挑むと「私の身体を受け止めてぇぇぇぇ」なんじゃ貴様は!」


階層主の言葉を遮るように飛び出したブラックホットマンに対して危機感を感じた階層主は反射的に動いた右手でブラックホットマンの頬を叩いた。

“バッチ―ン”

炎を叩いたにしては生々しい音を響かせながら ブラックホットマンは地面に身体を横たえた。倒れたブラックホットマンを俺達と階層主は黙って見つめていると。俯きながらゆっくりと上体を起こしたブラックホットマンはキッと階層主を睨みつけた。


「あなた、乙女の頬を叩くなんてどういう神経しているのかしら!?責任取りなさいよ!」

「知るか!それより貴様は何者じゃ!」


階層主も状況を正確に把握できていないため声から動揺が感じられる。

というよりもブラックホットマンは女だったのか?


「シン、あのホットマンは女なのか?」

「いや、わからない。そもそもホットマンに性別があるのか?」

「そんなことはどうでもいいわ。それより、ここから出た方が良くない?」


俺達が話している間にも階層主とブラックホットマンの会話は過熱していき、ついには殴り合いが始まっていた。


「私のどこが気に入らないのよ!」

「全てじゃ!そもそも貴様は敵であろうが!」


昔、町でみた中年夫婦の喧嘩を思い出す。殴るたびに周囲に火花が飛び散り被害をまき散らしている。これ以上ここに居たら巻き込まれそうだ。

ついにはブラックホットマンが「貴方を殺して、私も死ぬ」と一層攻撃を激しくしたのを見て、俺達は急いで火山の入口まで退避した。


「ここで様子を見よう」


火山から出なければ噴石が降ってくることはない。

冷たい飲み物を飲みながら腰を下ろしてしばらく休んでいると戦いが終わり、アイテムボックスに新たに2つアイテムが追加された。

ブラックホットマンが最後に言った言葉通り、共倒れとなった。

階層主のアイテムは<炎の楽園>。見た目は赤色のビー玉。火炎耐性と所有者が想像したどんな種類の炎も生み出し使うことが出来るアイテム。

ブラックホットマンのアイテムは<魔法の寸胴鍋>。魔力を注いで、画面に表示されている鍋料理を選べばあっという間に鍋料理が作られる。素材・水必要なし。これ一つでとん汁であれば450人分は作ることが出来ると空の魔法の寸胴鍋の中に入っていた取扱説明書に書いてあった。


(また魔力…ダンジョンで使えないアイテムが多くないか?)


色々なホットマンを取り込んだため新アイテムを手に入れることが出来たのはよかったが、現状使えないアイテムだったことに肩を落とした。

それでもとりあえずこの暑い階層ですることは無くなったので早々に28階層へ向けて出発した。



28階層を降りた先には港とさらに先には海広がっている。

ダンジョンに海と言うのもおかしいかもしれないが、それ以外に適切な表現が思い浮かばない。

港には1隻の豪華客船が停泊している。

船内には誰一人いない無人の豪華客船。

乗りこめばひとりでに出航し目的地まで移動する。

船内にはカジノやプールなどのアトラクション、レストランやバーなどの食事スペースが用意され食べ放題・飲み放題と至れり尽くせりの船らしい。これまでの階層とは異なり、快適で楽な階層…を用意しているはずがない。

出航してから7日目の夜。絶望がやってくる。この階層唯一の魔物であり階層主が静かに海中から船へ近づき、船を海の中へ引きずり込んでしまう。

階層主は硬い鱗に覆われているため外からの攻撃は効かず、巨大な身体をしているため船が引きずり込まれる間に倒すことは不可能に近い。

そのため乗船した者達が取れる手段はたった1つ。逃げる事だけだ。

豪華客船についている避難用のボートに乗り込んでにげれば、それ以降階層主が襲ってくることはない。あとは29階層への階段がある島へたどり着くだけ。海流の流れによって何もしなければ約30日後には到着するようになっているらしい。

しかし、避難用のボートの上で30日間生きられるだろうか?

7日間魔物が全く現れず、快適な環境と容易に沈むはずがない船の中で生活した者達が短時間に船が沈むことを考えて万全の準備をしているだろうか?

着の身着のままボートに乗り込んだ者達は十分な食べ物や飲み物を持っていなければ、島へたどり着く前に食べ物や飲み物は尽きる。

ボートの周囲は一面の青い海。海は塩水のため飲めば死を早める。また海には階層主しかいないため食べ物も調達できない。

7日間豪勢で幸せな生活を与えた後に訪れる地獄の30日間。

1人ならただ餓死するだけで済むだろう。しかし複数人であったなら…人は追い込まれたら生きようもがく。それ時どんな行動を起こすか。考えただけでゾッとするような階層だ。

だが、事前にそのことを知っている俺達は船には乗らない。乗るにしても階層主を倒してからだ。豪華客船をアイテムボックスに入れてから11階層と同じく<空飛ぶ絨毯>に乗り、地図と方位磁石を使いながら目的地へと向かう。


8日後。

豪華客船が7日程進んだ場合に到着する辺りに到着した。

<空飛ぶ絨毯>を止めて釣りを始める。今回の獲物は大物だ。なんといってもこの階層唯一の魔物、豪華客船を海の中へ引きずりこんでしまうほどの大きさだ。

餌は11階層で手に入れた小型ボート。ボートには核弾頭を乗せている。

ボートの船首から鋼線を伸ばしボートが豆粒ほどの大きさに見えるぐらいまで高度を上げて獲物が餌を飲み込む瞬間をジッと待ち続ける。

今回使用するのが核であることから念のため放射線防護服を全員着用している。はたから見たら絨毯の上で白い放射線防護服を着て座る異様な集団に思えるかもしれないが俺達の中でそれを言う者は誰もいない。

明かりが無くなり暗闇が支配する夜が訪れた頃。

グレネードランチャーから照明弾を定期的に放つ、遥か上空からの淡い光が海面に浮かぶボートとその周辺を照らす。

数時間後。小型ボートへ近づく長く大きな黒い影が姿を現す。

そして、ドバッと顔を出した青い鱗の龍が小型ボートを一飲みして海の中へ消えた。


(かかった)


俺は獲物がかかった瞬間、持っていた鋼線を手放して、起爆ボタンを押した。

ほどなくして海面が盛り上がり、巨大な水柱が天に向かって伸びた。

手に入ったアイテムは<水龍甲冑>。

<水龍甲冑>:水龍の亡骸を粉砕し、特殊な加工をして作った甲冑。水中呼吸・水中移動速度大幅上昇・物理・魔法ダメージ大幅減・水魔術無効・温度調整・自動サイズ補正・自動修復。

神龍甲冑よりも水中に特化した性能になっている。

これから先水中戦をする階層はないためダンジョンでは使う機会がないと思うがいずれ役に立つかもしれない。

これでこの階層の魔物はいなくなったことが確認できたが放射性物質を警戒し爆発場所から大分離れたところで豪華客船を浮かべた。

あとは船が勝手に目的地へと航行してくれる…そう思った矢先にある重大な問題に気が付いた。

船は自動航行のため船員は必要ない。しかし、乗務員もいない。

つまり、船にある各施設を使おうと思ったら全て自分たちで準備しなければならない。

道具はある。食材や飲み物もある。だが、動かす者や調理する者もいない。


「楽が出来ると思ったのに」

「まあ、魔物がいないだけましだと思えばいいではないか」

「そうだぞ。それに操作マニュアルがあるから動かせないことはない」

「主、一緒に船内を見て回りましょう」


操舵室に各施設の操作マニュアルが置かれていたことは幸いだったが、まさか社会実習のような経験をダンジョンですることになるとは思いもしなかった。

それから俺達は船内を回りながら各施設の操作を一通り覚えた。


「主、気持ちいいですよ。一緒に泳ぎましょう!」


全て回り終えた俺達は天気の良いことも考慮して気分転換に船の屋上に設置されたプールに水を張り、黒のサーフパンツに着替えた俺はプール際に設置されたビーチチェアの上で横になりながらプールで犬かきをしながら泳いでいるライを眺めている。

「また後でな」とライに返事をしてから目を閉じる。

久しぶりに横になると急に眠たくなってきた。

照り付ける光をサングラスで適度に遮り、心地よい気温の中で意識を手放しそうになった時、こちらへ近づく足音と話し声が聞こえたのでうっすら瞼を開ける。


「信、初めて着るのだがどうだろうか」

「似合うかしら」


立ち止まった薫と咲良は水着に着替えていた。

薫は顔をほんのり赤く染めながら髪と同じ黒のビキニの感想を聞き、咲良は見せつけるように扇情的な赤いビキニの感想を聞いてきた。


「2人とも似合っているよ」


2人ともきめの細かい肌と武術をしているため無駄のないすらりと伸びた手足、引き締まった尻ときゅっと括れた腰をしている。それでいて形の良い胸をしている。大きさは若干咲良の方が大きいがバランスでは薫の方が整っているように思える。

抜群のプロポーションを持つ2人の身体を脳内に納めたところで限界を迎えて俺は眠りに落ちた。

目覚めた頃には日はだいぶ傾き夕方になっていた。薫と咲良が作ってくれた夕食を食べてからカジノや映画を楽しんでから鍛錬や読書をしてシャワーを浴びてから今度はベッドの上で眠りについた。


「ようやく到着したな」


数日後。俺達は島に到着した。楽しい船旅はこれで終了。残すところ後2階層。

終わりは見えてきたがこれからが正念場だ。

2つの階層にいる階層主はダンジョン内では優劣をつけることが出来ない最強の2体。

倒すのは容易ではない。装備を再確認し気持ちを引き締めて29階層へ降りた。



「29階層へようこそお越し下さいました」


階段を降りきった先にある透明な床に降り立つと前方から声を掛けられた。

声の正体は3対の白い羽を持つ天使。

穢れを知らない真っ白い髪に金色に輝く瞳。身に付けているのは重要な部分を守る蒼い甲冑と下には白い羽衣。手には白銀の槍。

29階層の階層主。28階層と同じくこの階層には階層主だけしかいない。

俺達は即座に臨戦態勢に入ると、目の前の天使はこちらとは全逆の行動に出た。

白い羽が光の粒子となって消える。その後甲冑や槍も消えた。

武装解除しているようにしか見えない。甲冑が無くなるとその下に着ている白い羽衣だけが残り、均等のとれた身体と羽衣から覗く素肌はまるで人形のようなきめの細かい肌が目に入る。


「少しお話をしませんか?」


彼女は笑顔を浮かべながら示した先には白い机と椅子が置かれていた。ご丁寧にお茶まで用意されている。

このダンジョン内最強の者と戦うのを少し楽しみにしていただけに残念ではあるが相手に戦う意思はないのでは仕方がない。

こちらが返事をしていないにも関わらず、椅子に座る彼女に対して、警戒を完全に解くことはしないが戦う前から武装解除して戦う意思がないことを示した相手に問答無用で斬りかかるのも気が引けるため武器を下ろし椅子に座った。

薫と咲良は俺の決定に少し不満そうだったが何も言わずに俺の両側に座ってくれた。

最後にライが俺の膝の上に飛び乗るのを確認すると正面に座る彼女は口を開いた。


「初めまして、私はルシアと申します」

「暁信です。右に座っているのが立花薫、左に座っているのは村上咲良、そして、こいつがライ」

「ルシア様、お久しぶりです」


俺が紹介するとライだけがルシアさんに話しかけ、両隣に座る2人は目礼をするだけだった。

警戒を止めるのは危険だが2人の警戒レベルは高すぎるように思える。

それにしてもライはルシアさんの事を知っているようだ。


「ライはルシアを知っているのか?」

「はい、僕が生まれる前から居られました」

「ライボルト、お久しぶりです。こうしてまた以前と変わらないあなたに会えるとは思いませんでした」


その後ルシアさんから管理者が代わった時の話を聞かせてくれた。

管理者が代わり、現管理者の手によって元からいた多くの者達の思考操作が行われたそうだ。ルシアさんの話の中には俺達がガンツさん達から聞いた内容と一致するところもあった。


「私は前管理者の分身として姿や性格も似せて作られました。そして、前管理者以外にシステム変更が出来ないようになっていましたからこうして現管理者にシステムを書き換えられることなく、昔のままでいられています。ライボルトの場合は恐らく階層の変化に気が付かず、何の反応もしなかったことで現管理者から放置されたと思われます」

「僕は階段を通さないために動かなかっただけです!」


ルシアさんの憶測にライが顔を赤くしながら反論する。しかし、ライの反応を見る限りどうもルシアさんの憶測が正しいように思えた。必死に否定するライだったがこれでは話が進まないため耳や額を撫でて黙らせる。


「信さんにお願いがあります。この試練のダンジョンに来られた時からこの階層にこられるまでに見た事、経験されたことを聞かせて頂けませんか?」


ライが気持ちよさそうに撫でる手に意識が向いたところで、ルシアさんが居住まいを正し真剣な表情で頭を下げた。


「わかった。だが、聞いて楽しい話ではないぞ」

「構いません。知りたいのです」


頭を下げるルシアさんを見ていると25階層で同じ質問をしたガンツさん達の事を思い出した。

ガンツさん達に話したことに加えて26階層以降の話も加えて話すとルシアさんは時折涙を流した。特に俺達と同じ立場の者達が死んだ後に魔物として生き返り、魔物として戦わされている階層の話が特に辛かったようだ。

話し終えるとルシアさんは目に溜まった涙を白いハンカチで拭い「ありがとうございました」と再び頭を下げた


「私がここから出ることが出来なくなった800年の間にそんなことになっていたのですね」


ルシアさんは自分の無力を恥じるように俯きながらつぶやいた。

どう声を掛けてよいかわからず無言で見つめていると。

ルシアさんはしばらくしてから顔をあげた。

表情には何かを決意したように見受けられる。


「驚かないでくださいね」


ルシアさんはそう言うと机に黒い穴が現れ、穴から白い虎の子供が飛び出してきた。

子虎は机上に着地するとこちらを見て、今度はルシアさんの方へ顔を向けた。

ルシアさんが頷くと子虎は頷き返して、こちらに向けて歩きだした。


「その子はアイシャと言います。信さんに提案があります。その子を従魔にして頂けるなら本来私を倒すことで手に入るアイテムを差し上げます」


アイシャいう名前の子虎は俺の前まで来るとお座りをしてつぶらな瞳を向けてくる。

ライが対抗心からか膝の上で立ち上がり威嚇するがアイシャはどこ吹く風と全く相手をする様子はなく、まっすぐ俺を見ている。

目の前の子虎を従魔にすれば戦わずして目的のアイテムが手に入る。

こちらにデメリットはなさそうだが相手の狙いが分からない。相手にメリットはないように思える。だが、ここで断り戦うことになればこちらも相応の代償を払うことになる。どうするべきか…


「信、従魔にするだけならいいと思うわよ」

「そうだな。どういう狙いがあるにせよ。気を付けておれば良いだろう」


ルシアさんの提案を考えていると両隣から提案を受け入れることに賛成の意見が出てきた。

薫と咲良の両方へ視線を向けるとどちらの視線もアイシャをロックオンしていた。

視線をアイシャに戻すと「従魔にして」と訴えるように鳴きだした。

その瞬間両側からプレッシャーを感じ、悟った。これは断る選択は選べそうにないと。


「わかった。アイシャを従魔にしよう。ただし、もしも妙な行動が見えたら容赦しないからな」


水色の従魔の首飾りを取り出しアイシャの首に着ける。

アイシャは甘えるように右手に頬を擦りつけるが籠手をしているため手触りを感じることが出来ず残念に思っていると膝の上から悲しそうな鳴き声が聞こえた。

視線を下に向けるとライが悲しそうな顔をしながら見上げている。

左手で「気にするな」と頭を撫でてやってからルシアさんがいる方へ顔を向ける。


「提案を受け入れてくださりありがとうございます。それでは、これでお別れです。また、どこかでお会いできましたら、仲良くしてくださいね」


ルシアさんはまたどこかで会うと確信しているような言葉を残して身体を徐々に光の粒子へ変えて最後は消えた。

ルシアさんが消えた後、椅子の上には金の装飾がされた白い箱が1つ置かれていた。

箱を開けると涙型の白い石がついたネックレスが入っている。

<癒しのネックレス>:装備者に状態異常無効と自動回復が付与される。また、1日1回半径100m以内にいる対象者全員の状態異常及び怪我、病気を治すことが出来る。


有用なアイテムが手に入ったが正直な感想を言うともっと早い段階で欲しかった。

あと一階層の時点で手に入っても恩恵を得る機会はあまりない。


(まあ、ダンジョンを無事クリアした後なら使う機会もあるか)


ネックレスをアイテムボックスへしまってから休憩をするための準備を始める。

残すところ1階層。万全の態勢で臨むためこの階層で1泊する。

シャワールームや飢えない食卓などを取り出し準備をしていると部屋の端でしょんぼりしているライが視界に入った。一度作業を止めライの左横に腰を下ろしてもライは顔をあげない。


「そんなに落ち込んでどうした」

「薫様や咲良様は僕のことが嫌いになったのでしょうか」


どうやら2人がアイシャを可愛がっているのを見て自分が嫌われたと思ったようだ。

そんなことはないと思うが、可愛がってもそれをすべて受け入れているように見えるアイシャと恥ずかしさと最初の時に負った苦手意識から素直に受け入れられないライ。可愛がるならどちらへ行くかは容易に想像できる。

ここで2人は嫌ってはいないと言ったところでライは信じないだろう。

今は目新しさもあってアイシャの方へ意識が完全に向いている薫と咲良だが、時間が経てばライの方へ少しは意識が向くだろう。

まあ、ライが2人の愛情を嬉しいと思う気持ちがあるなら時間が解決する。とりあえず今はライの頭をガシガシと力強く撫でる。ライが「あ、主!?」と驚きの声をあげてこちらを見上げたところで撫でる手を止める。


「俺はお前を従魔に出来てよかったと思っている」


ライの目を真直ぐ見つめて言い切ってから作業を再開するため立ち上がった。

目を見開いてこちらを見上げるライに「いくぞ」と声を掛けて返事を待たずに中断した作業を再開するため歩き始めると少しして後ろから「ワン!」と元気よく鳴き声の後ライが駆け寄ってきた。

表情に暗い感情が見えないのでどうやら自分なりの答えを見つけたようだ。



「グルアアアア」


30階層の魔物は黒竜。部屋の壁に並んだ篝火の光が部屋の奥に鎮座する黒竜に当たり壁に巨大な影を作り出す。


「再確認になるがこの階層では魔術の類は使えない。俺が正面、薫は右、咲良は左に散開して2人は隙を見て攻撃してくれ」


30階層では俺達は何かを操って攻撃することはできない。一方、黒竜は火を吐いたりできる。こちらの攻撃手段は刀剣類や銃火器による物理的な攻撃のみ。また、天光剣等の特殊な力が付与された武器は付与された力が強い程耐久性や切れ味が落ちてしまうらしい。

『真の実力を発揮して戦う階層』と説明の備考欄に書いてあったが相手がドラゴンでは元々の実力さを考えて普通勝てないだろうと言いたい。それに、黒竜の全長は降りてきた数×10mによって決まる。つまり、数を揃えれば勝てる可能性が高まるどころか負ける可能性が高まるというおかしな仕様になっている。そのため、黒竜相手では戦力にならないこともあるが降りるときにライとアイシャには影に入ってもらい。戦いが終わるまで出ないように言いつけている。この階層ではライとアイシャは唯の子狼と子虎でしかない。一瞬の油断が死につながる可能性がある相手のため2匹も大人しく影へ入った。

この階層は最後であると同時に最大難易度の階層だ。

最大難易度と言ったのは黒竜の強さだけでなく、ある条件を満たさなければダンジョンクリアと認められずに再戦させられるからだ。

条件は黒竜に最低一撃を当て、かつ、倒した時に生きていること。

前者であればどうとでもなる。要は当てれば良いのならサブマシンガンを全弾打ち込めば一発当てることは容易だ。だが、後者の倒した時に生きていることが問題だ。生き返らせることはできる。しかし、倒してから生き返らせてもクリア条件を満たせない。そのため、死ぬ前に回復できるように薫と咲良にはエリクサーを1本ずつ渡している。即死する攻撃を受けなければどうにかなるだろう。

俺は深呼吸をしてから右手に持っているサブマシンガンを握りしめた。

薫と咲良もそれぞれ鋼鉄製の刀と薙刀を装備している。備えはした後は前に進むのみ。


「行くぞ!」


振り返らずに後ろにいる2人へ声を掛けてから黒竜に向って駆ける。

全員が降りた時に降りてきた階段は消えている。後戻りはできない。

全長30mの黒竜は俺達が動き出すと同時に息を吸い始めた。


(まずい!)


黒竜の口が開き、勢いよく炎が吐き出された。吐き出される直前身体の負担を考慮せずに全力で右へ飛んだ。直後に先ほどいた場所を炎が通過する。

焼ける様な熱さが一瞬身体を襲ったが甲冑の性能によってすぐに元の温度に戻った。

空中で姿勢を整え着地してから炎が通過した後へ視線を向けると石で出来た壁や床が溶けていた。あのブレスを受けていたら例え神龍甲冑によって99.9%ダメージを抑えることが出来たとしても死ぬ可能性がある。

周囲に目を向けると薫と咲良が左右に散開していたことで炎の攻撃を回避できたみたいだ。2人に注意が向かないように持っているサブマシンガンを黒竜の顔に向けて引き金を引く。


(やはり効かないか)


見た目通り黒竜の鱗は硬い。弾は弾かれ小さな火花を散らすだけでダメージを与えているようには思えない。それでも意識をこちらに向けることはできた。

怒りを宿した瞳がこちらへ向けられる。

リロードの時間が惜しいため弾切れになったサブマシンガンは投げ捨て、新しいサブマシンガンを取り出し、間断なく打ち続ける。


(それでいい。こっちに意識を向けろ)


黒竜がこちらに意識を集中させ近づいて来ようとしたとき、両側から回り込んだ薫と咲良が尻尾の付け根可動部のため鱗がない部分へ刀と薙刀を突き刺した。

突然の痛みに首を逸らして真上に向って叫ぶ黒竜。

薫と咲良は突き刺した武器から手を放し、後方へ飛び去り着地と同時に新しい武器をアイテムポーチから取り出し構えた。

黒竜は自身へダメージを与えた存在を確認するため身体を向けようとする。

だが、そうはさせない。サブマシンガン程度の攻撃では意識をこちらに向けることはできないと考え、ロケットランチャーを取り出して放つ。先ほどのサブマシンガンよりも強い衝撃が黒竜を襲い。再びこちらへ顔を向ける。


(ロケットランチャーを食らってもダメージを受けてないのか)


ロケット弾を受けても黒竜の鱗を傷つけることはできていない。

銃火器ではダメージを与えることはできないようだ。しかし、囮としてなら十分だ。

現に注意を引き付けることに成功している。

新しいロケットランチャーを取り出したところで黒竜がこちらに向って走ってくる。

“ドスンドスン”と地響きを起こしながら近づいてくる黒竜の顔にロケット弾を放ち、残った筒を投げ捨て左へ飛ぶ。ロケット弾は黒竜の鼻先に直撃し、痛みに目を瞑りながら壁に衝突した。

顔が壁に埋もれた黒竜。すぐに動かないがこれで死んだはずがない。


「信、無事か!」

「怪我はない!」

「来るな!」


駆け寄ってくる2人へ近づかないように指示したところでそれは起きた。黒竜の顔が埋まった壁から炎が吹き上がり、その勢いに乗って黒竜の巨体が後方へ飛ぶ。


「避けろ!」


黒竜の飛んでいく先には薫がいた。薫は俺の叫びに反応してよけようとするが間に合わず、黒竜の身体に弾き飛ばされた。勢いよく飛ばされた薫は数十メートル飛ばされ着地してからピクリとも動かない。


「薫!」

「咲良待て!」


床を盛大に削りながら着地した黒竜が薫に薬を使うため駆け寄ろうとする咲良に向けて炎を吐き出す。迫る炎に足が竦み動きを止めた咲良を炎が飲み込む。


「咲良!」


叫ぶと同時に俺は咲良があの炎を浴びて生きていられるとは思わなかった。

薫と咲良を失う。そう思った時、俺は自然と身体が動いた。

黒竜へ向けて飛ぶ。高く天井に届く程高く。

眼下に炎を吐く黒竜を捕えた時、俺は両手を上に掲げ黒い穴から出てきた柄を握った。

そのまま重力によって身体が下がるにしたがって黒い穴から徐々に柄の先が姿を現す。

それは刀だった。刃渡り50m・幅10mの肉厚の刀。名を斬龍刀という。

龍又は竜を守る鱗ごと斬るために作られた刀。

あまりにも大きく、重いため普通の人間には振り回すこと叶わず、振り下ろしを推奨される武器だ。

俺は刀の重さによって加速した力も利用して刀を振り下ろす。

“バキッ”黒竜の硬い鱗を粉砕する音の後内側の分厚い肉と骨も叩き斬る。

黒竜の首を斜めに切り落としたにした斬龍刀は速さをそのままに石の床を砕きながら刃をめり込ませた。遅れるように黒竜の首が床に落ち、次に身体が力なく倒れた。

黒竜の死体は消えアイテムが現れたことで倒したことが分かった。


「咲良!」


炎に飲み込まれた咲良の方へ向くと半透明の結界に守られた咲良が立っていた。

炎が止むと“パリン”と音を立てて結界と共に咲良の耳につけられたイヤリングが砕ける。

あのイヤリングは香蘭が咲良に渡してほしいと残したアイテム。

本当に最後の最後まで役に立とうとした香蘭の思いに心から感謝した。

咲良の無事が確認でき、すぐさま薫の傍に駆け寄る。

薫の身体は全身血まみれだ。しかし、黒竜の巨体に勢いよく弾き飛ばされたにしては目立った外傷は見られない。首に手を当てるとしっかりと脈を感じる。息もしている。


「よかった」


気絶しているだけで生きている。それが分かっただけで全身から力が抜けて安堵の息と共に腰を下ろした。

よく見ると薫の胸元に砕けたネックレスの残骸がある。

それを見て黒虎が薫の命を守ったのだと分かった。

15階層で出会った2匹の魔物がこのような形で2人の命を救うとはあの時は想像もしていなかった。

念のため、気絶している薫の頭を<快眠枕>に乗せて休ませる。

ライとアイシャも影から出て薫の顔を心配そうに見つめている。

2人の無事を確認できたがそれでもこれから何が起こるかわからないため俺が警戒に当たり咲良にはポーションを飲んでから休んでもらう。


(これで全員がダンジョンをクリアしたはずだ)


この後の展開については羊皮紙に記載はなかった。どうなるのか注意深く部屋を観察しているとしばらくしてから部屋全体が地震にあったように揺れ始める。

俺達は気絶して目を覚ましていない薫を中心に地震が納まるのを待っていると部屋中央の床が動きだし階段が現れた。

床の動きが止まると同時に揺れが治まる。


「まだ、先があるの?」


咲良のつぶやきがこの場にいる全員の共通の想いだろう。

これで終わったと思ったらまだ先があるというのだから。この先の情報は何もない。

これまでは事前情報を元にある程度の対策が出来たが次の階層については行ってもないとわからない。


(どういうことだ?)


考えられることは4つ。

1.本当はもっと深くまで階層があったが手に入れた羊皮紙には記載されていなかった。

2.俺達が羊皮紙を手に入れた後に階層が増えた。

3.俺達では想像できない何かが起こった。

4.これを降りれば転生される。

4が一番望ましい。1~3についてはこれまでの事を考えると羊皮紙の内容に誤りがない以上、手に入れてから何かあったとしか考えられない。


(薫が起きてから話し合いが必要だな)


薫が目覚めてから今後の事を話し合うことを全員に伝えて、まずは今回の戦いの疲労を取り除くことにした。



「よく来たね。僕がこのダンジョンの管理者『賭博神』だ」


階段を降りた先は全てが白い部屋だった。

部屋の中央に立っている白と黒のチェック柄のシルクハットとタキシードを着て、笑った顔と泣いた顔が半分ずつ描かれた仮面で顔を隠した男は俺達が全員降りたことを確認すると声を掛けてきた。

声から若い男性であることはわかるが正確な年齢は見た目からではわからない。そもそも神と名乗っている者の見た目と実際の年齢が合っているかも不明のため考えても仕方のないことかもしれない。

とりあえず、男を見て何か言いようのない嫌な予感がした為、腰に差していた刀を抜き、構える。俺に合わせて後ろにいる薫と咲良がそれぞれ刀と薙刀を構え、ライとアイシャも牙を見せながらいつでも飛びかかれる態勢をとる。


「まあ、そう力まなくてもすぐには殺さないさ。どうしたって君達が僕を傷つけることはできないのだから」


そういった直後賭博神が突然目の前に現れた。反射的に刀を振り賭博神を斬りつけたが血が出ることはなく、振る抜いた直後時間を再生しているかのように傷は癒え服も斬る前の状態に戻った。


「ほら、君達の武器では僕を傷つけることすらできない」


両手をあげて肩をすくめた賭博神は踵を返し、呆然と見つめている俺達をそのままに元の位置へと戻る。再びこちらに目を向けた賭博神は両手を広げた。


「さて、実力差がはっきりしたところで君達には絶望しながら死んでもらう。もちろんだが君達に拒否権はないよ。僕のダンジョンを滅茶苦茶にしてくれた代償を払ってもらわないといけない。まずはそう、君だ。君から絶望を味わってもらう」


賭博神は俺を指さしてからパチンと指を鳴らした直後“ドサッ”と後ろから音が聞こえた。

振り返ると薫と咲良が倒れていた。

慌てて駆け寄り2人の首に手を当て、脈をとると弱いが確かに脈打っているのを感じた。


「ハハハハハ、安心してくれていい。彼女たちは仮死状態になっただけで死んではいない。彼女達は君を殺した後に生きていることを後悔するくらい散々辱めて殺すつもりだ」

「ライ、アイシャ。2人を頼む」


傍で心配そうに2人を見つめるライとアイシャに2人を頼み。駆け寄る際に手放した刀を拾い、賭博神と対峙した。そんな俺に賭博神は楽しそうに話しかける。


「さて、これから君にしてもらうのは決闘という名の僕の憂さ晴らしだよ。だけどこれじゃあ君もやる気が出ないだろうから君が勝ったら何が欲しい」

「2人の仮死状態を解け」

「ほお、自分の命がかかっているのに他人の事を願うのか?君はどうやら僕が嫌いな人間のようだ。まあいい、これで決闘成立した」


賭博神が言い終わると俺と賭博神との間に黒い石板が白い床をすり抜けるように現れた。1m程の高さの石板には『決闘が正式に受理されました。これより、準備に入ります』と表示されている。

読み終わると周囲の景色が変わり、白い部屋が円形闘技場へと姿を変えた。

景色の変化が終わると俺は闘技場の中央で賭博神と対峙する場所に立っていた。

薫たちは闘技場の観客席の一角へ移されている。


『決闘のルール

制限時間:なし

武器・能力・アイテム:使用制限なし

勝利条件:どちらかの死

これより10秒後に試合を開始します』


石板の表示が『10』に代わり、減り始める。

試合が開始される前に武装をサブマシンガンに切り替え銃口を賭博神に向けて開始されるのを待つ。賭博神は銃口を向けても何もしないどころか武器すら持っていない。

そして表示が『0』になった直後。サブマシンガンの引き金を引いた。

32発の銃弾が賭博神に向けて飛んでいき、身体に複数の小さな穴を開ける。

しかし、撃ち終わると賭博神の身体にめり込んだ銃弾は傷口から体外に排出され、傷と服に出来た穴は塞がる。サブマシンガンを投げ捨て次にロケットランチャーを取り出し放つ。

ロケット弾が賭博神に当たると爆発し賭博神の身体を吹き飛ばす。だが、何事もなかったかのように立ち上がった。


「もう終わりかい?そんな攻撃全然効かないよ。さあ、君の出来る全ての攻撃をするといい。そして後悔しなさい。神の機嫌を損ねた自分の行いを。ああ逃げようとしても無駄だよ。決闘が始まった以上ここから出ることはできない。まあ、仮に逃げ出せたとしても転生できないようにしているから一生このダンジョン内で生きることになるのだけどね」

「転生できないとはどういうことだ」

「そのままの意味だよ。800年前にダンジョンクリアをした者達がいてね。転生する際には他の世界に干渉するから創造神様の目に留まってしまう。そのせいで僕が神達の娯楽施設として改造したダンジョンを知った創造神様から閉鎖を命じられてね。これまでばれないようにダンジョン運営をしてきたのだけどもう2度と創造神様に知られないために道を封鎖したのさ」

「なら最初からクリアできなかったということか」

「そうさ。だけどそれが分かればだれも先に進もうとする者はいなくなるだろう?だから言わないのさ。それでずっと問題なかった。君が現れる前までは…ね」

「俺が現れるまでは?」

「そうさ。君の所為で各階層の魔物は激減した。補充するのにどれだけの時間が必要になると思っている。それに機械の国を消滅されたせいで神達としていた賭けが無くなるどころか賠償しなければならなくなった。君が死んだら魔物となってしっかり損失分穴埋めしてもらう」


賭博神はどこまでも自分勝手な言い分を話しているがその間も俺は短剣を投擲したり、剣で斬りつけたりとしているが全くダメージを与えることが出来ないでいた。


(さて、そろそろあれを試してみるか)


賭博神は全く効かない攻撃を受けることに飽きてきたのか自らの愚痴を話すこと夢中になっている。こちらの攻撃など全く意識していない。

そこでアイテムボックスから一本の刀を抜いた。抜いた直後から身体から体力を刀に吸われ始める。


(あまり時間はないな)


刀を振り上げ、賭博神の右肩から左腰にかけて斬りつけた。


「ギャアアアアアア」


話すことに夢中になっていた賭博神は突然の痛みに悲鳴を上げる。

今度の傷はこれまでと異なり塞がらない。赤い血が噴き出る。


(神様というのも血は赤いのか)


噴き出る血の色を見てそんな感想を抱きながら再び斬りつけようとすると賭博神は後方へ飛び、刀は空を斬った。


「その刀はなんだ。なぜ傷が消えない!」


傷口に触れて自らの血を見て愕然とする賭博神。その間も止めどなく血は流れている。


「この刀の名は神斬丸。お前のような神に家族を殺された刀匠が貴様のような神を殺すために鍛え上げた刀だ」


神を殺すための刀。その代償に俺はいまも命を刀に吸われ続けている。


「無駄話をするつもりはない。死ね」


俺が『賭博神』に向って駆けようとしたとき『賭博神』は開いた右手をこちらに向けた。


「欲望は正義、快楽は正常、絶望は甘美、時に全てが手に入り、時に全てを失う。世界は賭博で出来ている!」


何か訳の分からないこと叫ぶ賭博神に俺は迷わず刀を振り下ろしたがその時。


「『賭博世界』!」


賭博神の言葉の直後右手から光が放たれ、視界が光に覆われた。


「…ここは」


視界が回復した時。周囲の景色は闘技場からカジノ会場へ姿を変えていた。

ルーレット、トランプ、スロットマシン等。昔アメリカに行った際に父から社会勉強のために連れていかれたカジノで見たゲームが並んでいる。


「ようこそ、賭博世界へ」


目の前に現れたのは賭博神。先ほど斬った傷が無くなっている。


「この世界の全ては賭博で決まる。ここでは一切の武器が使えない。だから、さっきの刀はここでは使えない」


賭博神の言葉が本当か確かめるため神斬丸で斬りつけたが先ほどと異なり傷がつかない。

攻撃が効かないため後方へ飛び間合いを取る。


「無駄だよ。それにしても驚いた。まさか神である僕を攻撃できる手段を持っているとは僕にこの魔法を使わせたことは称賛に値するよ。だけどここまでだ。君は賭博で僕に勝つことはできない。この世界で使える武器は頭脳と心だけだ。さあ選ぶと良い。君がする最後のゲームを」


目の前に画面が表示され、ずらりとゲーム名が表示される。


(この中から選べということか)


神斬丸をアイテムボックスへ入れてからゲームを選ぶ前に何が出来るのか確認する。

アイテムボックスから武器を取り出そうとすると取り出せない。

神斬丸を入れたのは失敗だったかもしれないと思いながら取り出せるものがあるのか調べる。


(どうやら取り出せないのは武器だけのようだ)


ポーションや装飾品などは取り出すことはできた。

ポーションの入った瓶をスロットマシンに全力で投げてみたが、接触する寸前に薄い透明な膜によって受け止められ床に落ちた際に瓶の中身がこぼれて敷かれていた赤いカーペットを透明なポーションが濡らす。

どうやらこの賭博世界はゲームをする以外に選択肢はないらしい。


「ブラックジャック」


画面に表示されている中で単純で如何様がしにくいゲームを選択した。

画面の名前を指でタッチすると再び周囲が変化し薄暗い部屋にブラックジャック用の台が1つ。台のディーラー側には賭博神が立ち、プレイヤー側には誰も座っていない椅子が1脚設置されている。


「ブラックジャックか。面白い、では始めよう。席に座りたまえ」


賭博神の言葉を受けて席へ座ると賭博神は真新しいトランプを取り出し台の上に置いた。

トランプをシャッフルしようとする賭博神を俺は「待て、シャッフルは俺がする」と止めた。


「僕が何かすると思っているのかい?大丈夫トランプに仕掛けなんてしないよ。だけどそれが気になるならいいだろう。好きなだけ君がシャッフルすればいい」


トランプには?賭博神の話の一部に引っ掛かりを覚えた。だが、何をされるのかわからない。聞いたところで答えは返ってこないだろう。トランプを受け取り、俺はトランプの枚数や絵柄などを確認したが問題はないようだ。あることを意識して1回だけシャッフルをしてから台の中央にトランプを置いた。


「気は済んだかい?では始めよう。ああその前にチップの話をしようか。君のチップは自分の命か身体だけだ」

「俺がかけた部位をお前も賭けるのか?」

「そうとも言えるし、そうで無いとも言える。君が賭けるものによっていくつか選択肢を表示する。君はその中から選ぶ。どうだい、君の方が有利だろう?」

「有利?笑わせるな。表示されるものが賭けたものと以上であるとわからないだろう」

「そうだね。でもこれがルールだ。それとも始める前から負けを認めるかい?」

「………」


最初から拒否権等なかったようだ。どこまでも賭博神に有利な条件になっている。


「まあ、安心してくれていい。賭けるもの以上のものを出すよ。でもそうだな君が命を賭けるなら僕も命を賭けることにしよう。さて、長話もここまでだ。ゲームを始めよう。まずは何をヘッドする?」

「左足だ」


そういった瞬間目の前に画面が表示された。

そこには

1.『賭博の神』の左足

2.『賭博の神』の権能1つ(ランダム)

3.戦神の権能1つ(『賭博の神』が勝ち取った5つのうちランダム)

4.商神の権能1つ(『賭博の神』が勝ち取った3つのうちランダム)

とある。


「その中から好きなものを選ぶと良い」


俺は迷わず1を選択した。


「待て、自分で引く」

「すり替えを警戒しているのかい?そんなことはしないよ。ゲームは楽しむものだからね」


カードを配ろうとする賭博神を止めて自分でカードを取る。

これで使用したカードを記憶しておけば神の力によってすり替えをしたか判断することが出来る。

引いたカードは♣Jと♢5。賭博神のカードの内表になっているのは♠10。

引くか止めるか。7以上のカードを引けばバスト。引かずに賭博神のもう一枚のカードが6以上なら負け。


(引こう)


山からカードを1枚引いた。引いたカードは♡6。

合計21。俺は3枚のカードを提示した。

賭博神はそれを見ても動揺しているようには見えない。

無言で裏返しているカードへ手を伸ばしカードを表にした。カードに描かれているのは♢A。

“バンッ”

カードを見た瞬間左足が弾け甲冑の隙間からおびただしい量の血が噴き出る。

痛みが神経を通って脳へ駆けあがり、激痛に顔が歪む。


「残念。僕の勝ちのようだね。左足を失った気分はどうだい?マスクを取ってくれないか。君が苦しんでいる表情が見たいからさ」


声を弾ませながら話す賭博神を睨みつけながらマスクの裏側で10階層の薬品工場で手に入れた部位欠損回復ポーションを飲む。左足の付け根から足が生える感覚を体感していると徐々に痛みが引いていき、左足の感覚が戻ってきた。


(なるほど、これは気を引き締めないといけないな)


初めて体感したが身体を失うのは想像以上に辛い。ポーションによって失った部位を元に戻せたとしても受けた苦痛までは戻せない。これが続けば身体より先に精神が壊れてしまう可能性がある。

賭博神は回復したことにまだ気が付いていない。左足が台の下に隠れて賭博神から死角となっていることも関係しているのだろうが対策を取られる可能性を考えて気づかれないように痛みが続いているように演じることにした。


「まあいいか。さあ、続きを始めよう。何を賭ける?」


答えがないことに鼻を鳴らして不機嫌さを表しながらゲームの続きを促され、「右足」と賭けるものを答えた。

それから2度負け、右足と左腕を一度失った。

4回戦目俺は右腕をチップにした時、表示された内容を見て賭博神に訊ねる。


「なぜおまえの身体がない」

「そうなのかい?ほんとだね。でも僕の身体が必ず選択肢になると言ったかな?」


確かに言ってはいない。聞いてもあいまいな答えを返しただけだ。

なぜ今回だけ賭博神の身体の一部が表示されないのかそれはすぐに分かった。

4回戦目俺は初めて勝利をおさめた。しかし、奴の身体に何の損害も与えていない。


(そういうことか。恐らく賭博神は山にあるカードの内容が見えている。勝敗がゲームの始まる前からわかっているから負けそうなときには選択肢に自分の身体を入れないようにしているのだろう)


確かにトランプには仕掛けをしていない。

賭博神が余裕な理由がようやくはっきりした。

しかし、それならこっちも堂々と言うことが出来る。


「君が死ぬまでゲームは続くよ。次は何を賭ける?」

「左足だ」

「?何を言っている。左足は初戦で失ったは…ず!な、なぜ左足がある!?」

「さあ、なぜだろうな。さあ、お前が賭けるものはなんだ」


画面に表示された中に賭博神の身体の一部が表示されている。次は負けるのだろう。


(だが、最後に勝つのは俺だ)


ゲームは進み山のカードが残り5枚になった。

カードが無くなれば再びシャッフルしてやり直しになるそうだがそうはならない。


「さて、残りカードは5枚か。シャッフルし直すかい?」

「必要ない。このまま続けてくれ。賭けるのは…俺の命だ」


賭博神は何も言わない。いや、何も言えないのかもしれない。


「さあ、出せ。お前の命を」


画面が表示された。そこには『賭博神の命』という選択肢がある。

俺は迷わずそれを選択した。

俺はカードを見せる♠Aと♡Kのブラックジャック。


「認めない。僕が負けるなんて…」


賭博神は台に両手をついて俯きカードを開こうとしない。

分かっているのだ。開いたら負けることが。

開けば数字が足りずにもう一枚引かなければならない。しかし、その後バストとなる。

その瞬間自らの命が失われる。


「早く開いたらどうだ?」

「うるさい!」


賭博神はやけになってカードを裏返した♢7。先に開いていたカードは♠6。合わせて13。次に山にある最後のカードを引いて表にした♡Q。


「僕が賭博で負けるなんて…」


賭博神はその言葉を最後に光の粒子となった。粒子が部屋中に飛び散った直後部屋全体が衝撃によりガラスが割れるよう崩れた。慌てて立ち上がると砕けた部屋の破片は光の粒子となって霧散し周囲の景色は闘技場に戻っていた。

闘技場の中央に鎮座している石板には『勝者 暁信』と表示されている。


「勝ったのか」


表示されている内容に対して無意識に呟いた。

そして、仮死状態になっている薫と咲良の方へ振り向くと目を開き、身体を起こしているのが見え安堵の息をついた。

しかし、その直後地面が崩れ、身体が下へと落下する。

闘技場の下には何もない真っ暗な空間が広がっていた。それだけではない。視線の先には崩れたことにより出来た穴が見える。それは徐々に拡がっている。


(まさか。あの闘技場全体が崩れているのか!?)


あそこにはまだ薫や咲良達が残っている。「助けなければ」という思いにかられて右手を伸ばすが距離は離れだけで状況は何も変わらない。

そんな中、落ちる先から光が溢れ、真っ暗な空間から闇を取り払う。

同時に視界は白く染まり、意識を失った。



「ここは…」


背中に何か柔らかいものを感じながら目を開けると視界一面が白く染まっていた。

それで違和感に気が付く。右手を口元に持っていくとない。マスクがない。

右手を掲げると先ほどまでつけていた籠手も無くなっている。


「どうして…」

「起きられましたか?」


現状に対して必死に思考していると突然話しかけられた。勢いよく立ち上がり声がした方向へ顔を向けると。黒曜石のような瞳と漆黒の髪をした20代後半の女性が白いドレスを着て白い椅子に座っていた。

どうやら俺はベッドで横になっていたようだ。服装はダンジョンへ来た当初着ていた道着姿。アイテムボックスの画面を開くと神龍甲冑が入っていた。どういう理由からか服装が代わったようだ。いったいどうして…


「怪我がないか見るために来ていた甲冑は脱いでもらいました。アイテムボックスの中に適当な服がそれしかなかったので着せたのですが何か問題がありましたか?」

「いや、それよりもあなたは誰だ」


ベッドから立ち上がり、女性の方へ歩いて行くと空いている椅子を勧められ座った。


「まずは自己紹介からですね。私は運命神。管理者の賭博神が死んだことでようやくダンジョンにアクセスできた時、あなたが落ちてきたので助けました。気分はどうですか?」

「大丈夫だ。それより他にいなかったか?」

「安心してください。あなたと一緒にいた少女2人は別の場所に保護しています。2人の身体に異常はありません。それと2匹の従魔の無事です。今はあなたの影の中で眠っています」


運命神という女性の言葉に「よかった」と自然と安堵の声が漏れる。


「2人に会うことはできるか?」


聞くだけでなく、目で確認したいと思い女性にお願いすると「残念ですがそれは出来ません」と断られた。


「…理由を教えてくれ」


もしや先ほどの言葉は嘘ではないのか?運命神もあの悲惨なダンジョンに作り替えた賭博神と同じ神であるならその可能性がないとは言えない。

声を低く、目に殺気を込めて運命神に訊ねる。


「誤解をしないでください。会わせられないのはあなたが罪人として裁かれる前だからです」

「罪人だと?何の罪だ」

「神を殺した罪です」


運命神が言葉を発した瞬間。瞬時に立ち上がりアイテムボックスから神斬丸を抜き、運命神の首元へ添えた。あと1ミリ動かせば首が斬れる。

その状態になっても運命神は全く動じていない。


「落ち着いてください。あなたが怒るのも仕方がないことを賭博神はしました。しかし、神を殺したこと自体は違いありません。それにこれから話すことは2人の少女にも関わることです」

「薫と咲良はあの賭博神とは戦っていない」

「ダンジョンの記録を見ました。確かにあの2人は直接関わっていません。ですがあなたと同じチームでしょう?今のままでは連帯責任を負うことになります」


運命神と目を合わせて嘘を言っているようではないため神斬丸をアイテムボックスに入れて再び席に座り「それで」と話の続きを促す。


「あなたに関してはこれまでダンジョン内の多くの者達をダンジョンから解放した功績を考慮し大幅な減刑がされると思います。しかし、あの2人の功績はあなたに比べれば大分少ない。あまり減刑はされないでしょう」

「そもそも神を殺した罪に対してどのような罰が与えられるのか教えてくれ」

「神殺しは魂の消滅です。存在自体が無くなります。現状2人の場合は減刑をされても一生人として生まれ変わることはできないでしょう。それどころか虐げられ最後は殺される生がずっと続くことになるかもしれません」

「…そうか。わかった、続けてくれ」


今の話の流れだと2人がそうならないための方法があるのだろう。それも俺が関わる方法で。


「方法は1つです。あなたと2人の少女の間に全く関わりがないことにすればいいのです。つまり、あなたの記憶から2人の少女に関する記憶を完全に消します」


薫と咲良についての記憶が消える。死ぬ前とダンジョンで一緒に生活した記憶が全て消すことによって先ほど聞いた罪より軽くなる。


「俺の記憶を消せば、2人の罪はどう変わる」

「あなたとチームでないとしたら2人の罪は神を助けなかった罪に変わりますが当時当事者の神によって仮死状態にされていたことを考慮されてほとんど罪は問われないでしょう」

「わかった。俺の記憶から2人に関する記憶を消してくれ」


即決だった。俺が2人の事を忘れれば普通の人生を送らせることが出来るのならそれでいい。


「ありがとうございます」


運命神はこれまでの硬い表情から笑顔を浮かべた。


「どうしてあなたが感謝する」

「あの子達は私の遠い子孫です。ですから2人が一生辛い思いをするのは見たくなかったのです」


運命神の言葉に首を傾げた。薫と咲良が目の前の運命神と血縁関係がある?

思考が追いつかず、困惑していると運命神が説明してくれた。

その中で2人と直接関係するのは慈愛神。慈愛神は運命神の娘に当たるらしい。

昔賭博神によって陥れられた慈愛神は神格を代償にしてとある世界を作ったため、神が住む神界から数ある下界の中で俺が生きていた世界へと追放された。

その後慈愛神は結婚し子供を産んだ。子供の名前は立花道玄。

薫の祖父だ。そしてここからが複雑で道玄さんは咲良の祖母の村上千代さんと不倫関係にあり、子を孕んだ。そして生まれたのが咲良の母親。

つまり、薫と咲良は血で言えば親戚同士ということになる。


(そんなこと聞きたくなかったな)


聞き終わって道玄さんと千代さんに対するイメージが変わった。刀と薙刀を一時期教えてもらった師匠なだけに複雑だ。

つまり、薫と咲良は運命神にとって玄孫ということになるらしい。

運命神から衝撃的な暴露話を聞かされた後に記憶をなくしてからの事に話が変わった。

気持ちを切り替え、話に集中する。


「これから裁判を受けてもらいます。その際出来るだけあなたに有利になるために私の友人でこういった事に優秀な神にすでにお願いしています。薫と咲良については私に任せてください」

「お願いします」

「それでは心の準備はよろしいですか?」


運命神の問いに無言で頷く。運命神は席を立つと傍に来て右手の人差し指を俺の額に当てた。

“バタン”指が触れた瞬間俺は意識を失った。



「以上のことから被告人は殺意を持って賭博神の命を奪いました。故意に殺したことは明確です」


神界にある裁判所の大法廷でいま俺は裁判を受けていた。俺は法廷の中央に立っている。

前の世界の裁判で例えるならいま話しているのは検察側。グレーのスーツに冷たい目をした見た目40代前半の男性(罪罰神)が資料を持って正面の法壇中央に座る長い白髭を撫でている白髪の老人(創造神)に立証内容を伝えて席に座った。罪罰神の隣には鬼のような顔と筋肉により盛り上がった体に黒い道着を着た壮年男性(地獄神)が座っている。彼らと反対側に座っているのは運命神と白銀ショートヘアーの20代後半のメガネをかけた女性(救済神)が座っている。救済神は優しい微笑みを浮かべているが印象に残る赤いレディースーツを着こなしている。裁判が始まる前に運命神に紹介された。ななんでも「助けることに関しては右に出る者がいない」と言われる神様らしい。創造神が定めた神様に関する法律『神法』を熟知しており、彼女によって救われた者は数え切れないらしい。

紹介された時、救済神は「必ずあなたを救います」と言ってくれた姿はかっこいいと思った。

そして、なるほど小説とかで頼れる弁護士と言うのはこういう人なのかという印象を受けた。

視線を正面に戻す。法壇の中央には創造神、向かって右側には常に眉間にしわが寄って睨んでいるような顔をしている中年男性(裁判神)、左側には身体すべてに細い紐を巻いているため性別不明の神(捕縛神)が座っている。

後ろの傍聴席には数十人の老若男女がいるが恐らく彼らも何らかの神だと思われる。当然だが全員見たことはない。


「弁護側」


裁判神が弁護側に質問を投げかける。


「はい」


救済神が立ち上がり『創造神』の前まで歩いていく。



「賭博神は本来ダンジョンクリアに必要のない決闘を強要しました。そして賭けの対象に自らの命を賭けることを言い出したのは賭博神です。今回賭博神が死んだ直接の原因は賭博神にあり、これは賭博神自身が招いた事故死です」


昔俺と同じように人の身で神を殺した者がいたそうだ。その際は管理していた世界を正すためと神側にも正当性があったため、その者は転生制限付き死刑と判決が下された。

転生制限付きとは死刑を執行された後新たに産まれることが出来ない。

俺はどのような判決が下されるだろうか。それから救済神の立証が終了した。

その後行われた論告では罪罰神から魂滅死刑を求刑され、救済神が無罪を求めた。


「これで審理を終える。被告人最後に何か言っておきたいことはあるか」


裁判神からの問いに俺は顔をあげ、まっすぐ創造神を見つめ口を開いた。


「人と神何が違いましょうか。同じように喜び、悲しみ、笑い、泣く。ただ神という存在であれば何をしても良いと思う傲慢があれば今回のようなことは再び起こるでしょう。殺するなら殺される覚悟を持たねばならぬは自明の理。そのことを神々は心に刻んでおくべきです」

「貴様!創造神様に向ってなんと無礼な事を言うのだ!」


地獄神が勢いよく立ち上がり、俺の頭を鷲掴みにして床に叩きつけた。

“ゴツッ”と鈍い音が法廷に響く。

超人の実を食べていてよかった。そうで無ければ頭がザクロのようにはじけていただろう。

「やめい」と老人の声が頭上から声が聞こえた。言葉そのものに力が宿っているような声によって鷲掴みにされていた頭が解放される。

両手をついて四つん這いになると鼻からぽたぽたと赤い血が床に落ちる。

顔をあげると創造神がこちらを観察するような目で見下ろしていた。

しばらく静寂が続いた法廷だったが創造神が視線を隣にいる裁判神に向けるとその視線を受けて何かが伝わったのか裁判神は頷く。


「判決を言い渡す」


その後裁判神が言い渡した判決を聞いて傍聴席からどよめきが起こる。

裁判神が「静粛に」とガベルを叩き閉廷させた。



「無罪に出来なくてごめんなさい」

「気にしていません。それに若返ると考えればそんな悪いことでもないですよ」

「これまで鍛えていた身体を失い。最初は無力な赤子からの再スタート。気を付けてくださいね」


神界にある転生用の門前で俺は救済神と運命神の見送りを受けていた。


「信、あなたにこれを」

「これは?」


運命神が差し出したのは2つのアイテムポーチ。ポーチを受け取りながら訊ねると運命神は一瞬悲しい顔を見せたがすぐに笑顔を浮かべて「ある少女達からあなたに渡してほしいと預かったのです」と言われた。


(預かった。いったい誰だ?)


運命神はそれ以上何も話してくれない。ポーチを見つめても何も思い浮かばない。


「信さん。受け取ってあげてください。いつか思い出すときがきっときます」


救済神の言葉に首を傾げながらもとりあえずポーチをアイテムボックスへ入れた。


「本当にお世話になりました。私に出来ることがあればお声かけください。今回受けた御恩をお返しするため微力ながら出来るだけの事をさせて頂きます」

「信、ありがとう。あなたの新しい人生が幸多からん事を願います」

「信さん。今回の賭博神のような神は神達の中のほんの一部の存在でしかありません。どうか私達を嫌いにならないでくださいね」

「わかっています。それではさようなら」


運命神と救済神に見送られ扉をくぐる。

新たな人生がどうなるかわからない。だが、今度こそ平穏無事な生活を送りたい。


お読みいただきありがとうございました。

これでダンジョン編は終了となります。

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