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平穏無事な生活がしたい  作者: misuto
第1章ダンジョン編
12/33

1-11(25階層上)

階段を降りた俺達は25階層のセーフティーエリアを見て息を呑む。

暗い洞窟の中、黒いローブを羽織って、焚火を囲んでいる者達がざっと見て100人。

彼ら全員、宗教でもしているのか蛇を模った首輪をつけている。

どう見てもこれから25階層に挑む感じではない。恐らくこの階層で生活をすることを選んだ人達だろう。

これまでにも進むことを諦めてセーフティーエリアで生活している人達を見てきた。

そのため、彼らがここで生活していることは不思議ではない。

しかし、彼らが口にしている物はどう見ても24階層で手に入る食材を使用している。


一言も喋らず黒や紫色の食材を口に運び、黙々と食べる彼らは驚くべきことに毒が含まれている食材を口にしても嘔吐する者や倒れる者がいない。


「信、彼らが食べているのは…」

「間違いない。24階層で手に入る食材だ」

「確か毒が入っているはずよね。どうして彼らは平気なのかし…ら」


俺達は小声で話していると食事をしていた彼らが“バッ”と勢いよく顔をあげて一斉に振り向いた。

焚火の火にあたって光る瞳が全てこちらを見つめる迫力に俺達は気圧される。

彼らは無言で持っていた食器を置き、立ち上がったと思ったらこちらへ近づいてきた。

集まってきた人たちは一定の数m手前で立ち止まりこちらをジッと見つめている。


「お主達、よく生きてたどり着いたね」


人垣が割れ、“コツン、コツン”と杖を突きながら近づいてくる腰の曲がった老婆。

人垣の先頭で立ち止まり、老婆は顔をあげた。

顔の半分を隠していたローブが落ちて、小さな顔には不釣り合いな大きな目と視線が合う。


「私はこの村の村長をしているガミーラだ。」

「信です。後ろにいるのは薫と咲良」


名乗られたのでこちらも名乗り返すと、老婆は突然涙を流す。


「蛇神様に仲間を何人も生贄に捧げたのだろう。辛い思いをしたねえ」

「?」


老婆が悲しみだすと周囲にいる者達も顔を俯かせて「辛かったな」「死んだ者達の分まで生きろよ」等々声を掛けてくれる。なかには涙を流す者もいる。

しかし、俺達にとってはなぜ悲しまれないといけないかわからなかった。


(蛇神様?そんな魔物はいただろうか?)


蛇神と言う名前の魔物はしらない。名前から察するに階層主の事を言っているのだろうか?

ここにいる人達は階層主と戦って誰も失わずに通れないと思っているのかもしれない。

普通に剣や槍で戦えば無傷では勝てなかった。

誤解をしても仕方がない。悲しむ必要がないことを伝えよう。


「俺達は誰も生贄に捧げていませんから悲しんでもらう必要はありませんよ」

「な、なんと。ではどうやってここへたどり着けた」

「倒しました」


ガミーラさんは大きな目をさらに大きくして震えながら後ろに数歩歩くと踵が床の出っ張りに引っ掛かり、尻餅をついた。それでも視線はずっとこちらを向いている。


「お、お主らはなんと…なんと罰当たりなことをしたのだああああ!」


突然叫び出したガミーラさんは白目を向いて“パタンッ”と意識を失ってその場に倒れた。

周囲が「婆様!」「婆様。お気を確かに」と駆け寄るのを見ながら何か選択間違いをしたのではないかと不安になる


「咲良、あの老婆は何を言っていたのだろうか」

「恐らくだけどあの大蛇を神様とでも思っていたのではないかしら」

「あれは魔物だろう。魔物を神として崇めていたのか?」

「わからないわ。でも正気とは思えない。もしかしてあの魔物に人を食べさせているなんてことはさすがに…ないわよね?」

「いや、先ほどの言い方だとありえるな」


俺の後ろで薫と咲良は世間話でもするような感覚でガミーラさんが言っていた内容について話している。


(丸聞こえだから、同意見だが矢面になっているこっちの身になってくれ)


彼らがこちらを見る目が敵意に変わっている。敵意を一身に浴びている信としては火に油を注ぐ言動は控えて欲しかった。


「貴様、よくも婆様を!」

「生きてここから出られると思うなよ」

「この剣が血を欲しているぜ」


彼らは懐から毒が塗られた武器を抜き始める。

こちらもいつでも戦えるように武器を構える。

彼らの持っている武器は24階層で手に入る毒が塗られた武器だ。

武器によって塗られている毒は異なるがなかにはかすり傷でも即死する神経毒が塗られている。

そんな状況で運の悪いことに薫と咲良の服装は半袖半ズボン。

砂漠に魔物がいない事と暑かった事を理由に厚手の服を脱いでいた。

信1人であれば無傷で勝つことが可能だが、薫と咲良にもしもの事がある

彼らの死も恐れない狂気の瞳を見ているとそんな可能性を否定できない。


(仕方ない。ここは平和的解決に努めよう)


話し合いでの解決を図るため信は口を開いた。


「待ってくれ。蛇神様が死んでしまったことは非常に残念な出来事だった。先ほど倒したと言ったが正確には違う。こちらが必死に戦っていると、突然蛇神様がお倒れになって息を引き取られたのだ。しかし、どんな理由であっても今回俺達との戦いの最中死んだことも事実。だから俺達は君たちに食べ物を渡そうと思うが受け取ってはもらえないか」


大蛇が死んだこと以外は全て嘘で塗り固めて倒したのではないと訴えた。また、怒りの矛先を変えるために24階層で手に入れた食材をすべて取り出した。

食材につられてこちらに武器を向けている者の中に迷いが生まれている。

ダンジョンでは食べ物を手に入れるだけでも命がけだ。

取り出した食材に彼らがどれだけの価値を置くか。

宗教関係者は時に生きることよりも信仰に重きを置く場合がある。

そうなれば、戦闘は免れない。その時は2人には階段を駆けあがってもらい。

階段の出口を背中に戦うしかない。刀を持つ手に力が入る。

そんな一触即発の空気が支配する中、1人の少年が前に出てきた。


「私は村長の孫。セインと申します。村長があの状態なので私が交渉役を務めます」


村長の孫という12歳前後の少年セインが人垣の先頭に現れて、剣を鞘にしまい手を差し出した。村長の孫ということはある程度地位が高いと考えていいのか?


「信だ。それで先ほど話した通りだ。お詫びとして食べ物を渡す。武器をおさめてもらえないか」

「そうですね。先ほどのお話を聞く限り、蛇神様の肉体は寿命を迎えられたのかもしれません。みんな、武器をおさめてくれ。蛇神様は肉体を捨てただけで今もどこかで我々を見守っておられるはずだ」


セインの言葉を聞いて武器がしまわれるのを見て、こちらもようやく武器をおさめることが出来た。セインと握手を交わし、交渉が成功したことに安堵する。


「これはすごい。毒リンゴ、毒団子、毒ワイン、毒キノコ。上の階層で手に入る食べ物や飲み物が全て揃っている」


セインが手に入れた食べ物を1つ1つ確認している。

セインの言葉だけを聞くと「なんて物を渡しているのか」と言われるかもしれない。

だが24階層で手に入る物は全て毒入りか毒が塗られているので仕方がない。

試しに普通のリンゴを渡すと、刺激が足りないと不評だった。

彼らには毒に対して免疫があるのかもしれない。


(これ以上彼らの食文化に踏み込むのはやめよう)


セインから「一緒に食べないか」と誘われたが毒とわかっている物を食べて体調を崩しては困るため断らせてもらった。

彼らはこちらが渡した食べ物を早速調理して食べ始めている。

これだけの食べ物が手に入るのは初めてらしく喜び涙ぐむ者もいた。

これまでは蛇神様に生贄を捧げて遺跡に食べ物を取りに行っていたらしい。

人一人が持って帰れる量には限界があり、魔物との戦いで命を落とす者もいたため満足な食事が出来るのは久しぶりのようだ。


「これで当分食べ物を取りに行かなくて良くなりました」

「それはよかった。すまないが、休みたいので場所を少し貸してもらえないか」

「ええ、構いませんよ。空いている所を使ってください」


セインに許可をもらってからセーフティーエリアの隅に腰を下ろし、ようやく人心地つくことが出来た。


「2人から先に休んでくれ」


食事を終えて、24階層に降りてからからここまで休みなく動いていた。

そのため、疲労が蓄積し、眠そうな2人へ先に休むように勧める。


「すまない。少し休ませてもらう」

「ごめんなさい。そろそろ限界みたい」


緊張の糸が切れて、2人が眠りについたことを確認してから、砂で汚れた武器と防具のメンテナンスを始めた信だったが、セーフティーエリアの中央付近で言い争いが起こり始めたのでそちらに視線を向けた。


「なんじゃと!貴様ら食べ物で蛇神様の仇を見逃すというのか!」

「ばあちゃん。気持ちはわかるけど僕達にとって信仰よりも食べ物のほうが大切だよ」

「な、なんて恥知らずな。これまで蛇神様に砂漠を通らせてもらっていたからここまで生きながらえて来られたのだぞ。それを…」

「上の階層に行けるのは蛇神様のおかげじゃなくて機械の国で手に入れたこの首飾りのおかげじゃないか。蛇神様は僕達から大切な家族を奪うだけで誰も守ってくれないじゃないか!」


ガミーラさんとセインが言い争いをしていた。

2人の後ろにはそれぞれの支持者が立っているようだが、大人の男性はガミーラさん、女性と子供はセイン側に多くいる。


「なんということじゃ、私の孫が蛇神様の悪口を言うなど…ああ」

「婆様。しっかりしてください。セイン様。例えセイン様でも我らの神を冒涜するようなご発言は許されることではございません」


よろめいたガミーラさんを後ろに控えていた男性が支えて、セインを責めるように見つめる。

まずい。セインが言い争いに負ければ男達がこちらに攻撃をしてくる。

今眠っている2人の服装は軽装備に着替えてましになったが、寝起きのコンディションを考えると先ほどよりも状況は悪い。


(なにか、セインの援護になることは…あれだ!)


俺はセインの後ろに立っている女性が抱える赤子に向けて歩き出した。

ガミーラさんの後ろにいる男達から色々な罵声を浴びながら、女性の傍まで行って中級ポーションを差し出した。

赤子の顔色は青白く、ぐったりしている。


「これは薬です。よかったら赤子に飲ませてあげてください」

「薬…」


母親はポーションを受け取ると恐る恐る赤子に飲ませた。

すると赤子の顔に赤みが戻り、元気よく泣き始めた。


「ありがとうございます。ありがとうございます」

「お子さんが無事に回復してよかった」


赤子を強く抱きしめて何度も頭を下げる女性。

女性のお礼を受け取ってから別の女性が抱く赤子に向う。

見た目の状況に合わせてポーションを変えながら治療しているとそれを見たセインがガミーラさんの方へ向いて話し始める。


「もうやめましょう。彼らは食べ物だけではなく。貴重な薬も提供してくれました。そんな彼らを襲うことは恥ずべき行為とは思いませんか」

「騙されてはならん。これはそやつらの策略じゃ。騙されてはならんぞ!」


セインの言葉に心動かされる者達が多数いることにガミーラさんが気付き声を荒げる。

だが、子供が元気になる姿を見た者達が徐々にセイン側へ移り始めた。

信仰によって、お腹が膨れるわけでも、病が治るわけではない。

彼らにとってお腹が膨れて、子供が元気になる姿を見ると自分達から奪うだけの神、それもいなくなってしまった神に対して信仰を続ける者達はいなかった。


「ばあちゃん。これが村の総意だ」


セインの後ろにガミーラさん以外の村人が移った。


「なんということじゃ。なんと…うぐっ」


ガミーラさんが突然胸を押さえて倒れた。


「ばあちゃん!」


セインが慌てて駆け寄る。村人も「婆様!」「しっかりしてください!」と寄り添う。


「セインよ。これが神のお怒りじゃ。お前たちの罪は全て私が背負って逝く。じゃが、神の怒りはそれをなした者を殺さねばら」


ガミーラさんの言葉はそこで途切れた。というのも口を封じるために、ポーションを口に突っ込んだ。現在喉を鳴らして飲んでいる。

あのまま話されては折角使用したポーションや薬が無駄になる。


「し、信さん。何をされているのですか!?」

「薬を飲ませただけだ。見ろ」


慌てて止めようとするセインに何をしたか説明してガミーラさんの方を見るように伝える。

薬を飲み終えて苦しんでいたガミーラさんは安らかな顔をして眠っているのを見て、セインはほっと息をついた。


「よかった。信さんにはなんとお礼を言ったらよいか」

「気にするな。だが、この人が目覚めた時にまた喚くだろうから俺達は早々にここを出て行った方がよさそうだ」

「すみません」


申し訳なさそうに顔を俯かせるセインの肩に手を置いて「気にするな」と声を掛けてから薫と咲良が眠っている場所へ戻った。



「よかったらこれを受け取ってください」


セインがセーフティーエリアを出ようとする俺達に大きめの袋を差し出した。

薫と咲良が目覚めてから、2人が眠っていた間に起こった事を説明し、ガミーラさんが目覚める前にここを出ることを決めた。

その際に出ようとする俺達をセインが「ちょっともって下さい」と声を掛けてきた。


「これは…」


袋を受け取り、なかを確認すると3人分の手袋と長靴、3枚のカードが入っていた。


「25階層は下水道と機械の国の2つに分かれています。どちらへ行っても26階層へ行けます。下水道へ行かれるなら絶縁ゴム製の手袋と長靴、機械の国へ行かれるなら認識証をご利用ください。祖母がご迷惑をおかけして申し訳ありません。皆さんが無事に進まれることを祈っています」

「ありがとう。これはありがたく使わせてもらうよ」


セインがくれたアイテムは25階層を進む上では非常に助かる。

お礼を言ってから、セインの見送りを受けて俺達はセーフティーエリアを後にした。


「どちらへ進むの?私としては機械の国から26階層へ行きたいわ」

「機械の国へは行くが、階層主は下水道側にいるから下水道へ行く。その後に機械の国から26階層へ降りよう」

「下水道から26階層へ行けるのに機械の国へ行く必要があるのか?」

「下水道で手に入るアイテムは戦闘では使い道がないが機械の国で買い取ってもらえば、その代金で役に立ちそうなものを買える。それに折角だから機械の国というのを見てみたいだろ?」

「それが本命か…はぁ」


石造りの通路を歩きながらこれからの事について俺の考えを伝えると薫がため息をついた。

機械の国と聞いて気にならないのか?羊皮紙に書いてある通りだと空飛ぶ車も走っているらしいので、是非とも乗ってみたい。機械の国では認識証を携帯している者には歩いていても攻撃されることはないらしいので少し観光するのもいいだろう。


「薫、そんな事よりも、下水道に行くのよ。服が1着はダメになると考えるべきだわ」

「大丈夫だ。運の良いことに手袋と長靴を手に入れた。臭いはガスマスクでどうにかなるから服がダメになることはない」

「はぁ、わかってないわね。下水道を通れば服に臭いがつくし、下水道で汚れた服だと思うと使う気が失せるの。わかった!」

「ああ、すまない。軽率だった」

「わかればよろしい。薫はどの服にするの?」


咲良が薫と相談し始めたので、内心ため息をつきながら視線を前に向ける。

服は洗えば汚れは落ちるし、臭いも無くす方法はいくらでもあるが気持ちがどうこうと言われるとどうしようもない。

通路を進んでいると分かれ道が見えてきた。

分かれ道には立札が設置されている。

『←下水道 機械の国→』

立札に書かれている通り左に足を向けると石の通路が途切れて、道が汚水に変わっている。

2人はアイテムポーチから服を取り出して着替えている間に俺も絶縁ゴム製の手袋と長靴を履いてからガスマスクを装着し、その上に懐中電灯を被る。そして最後に普通の槍を取り出した。普通の槍にしたのは下水道の魔物を倒すのに最適な武器である事と使い捨てる事を前提としているためだ。

下水道の魔物は巨大化した電気ウナギ・電気ナマズ・シビレエイの3種類。全ての魔物が電気を発電するため何もしていないと汚水に足を浸けていると感電する。

そのため、セインから貰った絶縁ゴム製の手袋と長靴が役に立つ。

これで感電する心配はほとんどしなくてよくなった。

仮に絶縁ゴム製の手袋と長靴がない場合は下水道の天井と壁に取り付けられている持ち手を使いながら移動するしかなかった。

ちなみに手に入るアイテムは電気ウナギ=ヘリウム。電気ナマズ=トリチウム。シビレエイ=デューテリウム。正直戦闘では使い道がない。

しかし、機械の国ではこれらはエネルギーとして利用するため高値で買い取ってもらえる。


「準備できたわよ」


着替えが終わったようなので振り返ると唖然とした。

長袖長ズボンの白の競泳水着を着た咲良と黒の競泳水着を着た薫。

水着が身体に張り付いているため2人のスタイルの良さが良くわかる。

濡れることを考えれば最善の選択のようにも思えるがこれは目の毒だ。

絶縁ゴム製の手袋と長靴をつけて、頭にはヘルメットとその上に懐中電灯をつけているため、違和感を覚える。


「どうかしら?」

「信、可笑しくないか?」


咲良は見せつけるように堂々と、薫は顔を赤くして恥じらいながら感想を聞かれた信は無言でアイテムボックスから水色のパーカーと白のパーカーを取り出して、水色のパーカーを咲良、白のパーカーを薫の肩に掛けるように着せてから背を向けて「似合っている」とガスマスクの中で顔を赤くしながら「準備が出来たなら行くぞ」と下水道の中へ入っていった。

そんな信の背中を見ながらクスッと笑った2人はどんどん先を行く信を追いかけるために下水道の中に足を踏み入れた。


「2人とも認識証を着けろ」


魔物を倒しながら下水道を進んでいた信が急に立ち止まり、認識証を着けるように後ろを歩く薫と咲良に指示を出す。2人は何も聞かずに認識証を右手首に装着した。

信も2人に指示を出してから認識証を右手首に装着する。


「信、どうしたの?」

「静かにすぐにわかる」


少しの間立ち止まっていると。

前方から水をかき分けて誰かが近づいてくる音が聞こえてきたことで薫と咲良も信が立ち止まった理由が分かった。

下水道にいる魔物は汚水の中を泳いでいるため水をかき分ける様な音は基本的に音を立てない。

では、水をかき分けて近づいてくる者は誰か。

それは2つしか考えられない。

1つは信達と同じ立場の者。もう一つは…


「あなた方も調達屋ですか?初めまして、僕は近藤聡と言います」


懐中電灯の光で照らされた先にいたのは見た目同い年位の少年。

しかし、彼は人ではないことはすぐに分かった。

彼はガスマスクをつけていない。

信達がガスマスクをつけているのは臭いだけが理由ではない。下水道には有毒なガスが充満している。そのため、こうして平然とした顔で下水道にいるだけで人ではないことが分かる。

つまり、彼はロボット。信が認識証を着けるように指示した理由はここにある。

認識証を着けている者をロボットは仲間だと誤認する。

仮に認識証を着けないで近づいた場合は攻撃を受けて戦闘になる。


「そうです。信と言います」

「そうですよね。好き好んでここに来る人なんていませんよね。臭いし、錆びるし、痛い。いつまで続くのか…」


ため息をつく聡も元は俺達と同じ者だった。

12階層以降に死んだ者は25階層の機械の国で生き返る。そして、一定数人数が集まったら試合をさせて優勝者は人間として25階層からやり直すことが出来る。それ以外の参加者はロボットか巨人となる。


「死にたいか?」

「…そうですね。この身体になって100年。こんな奴隷のような生活をするくらいなら誰かに壊されたい。しかし、あなたもご存知でしょう?ロボットは自分で自分を殺せない。ロボット同士で殺し合うことはできない。大会優勝者も翌日には機械の国を出て行かなくてはならない。国王決定戦にも私のような3等市民では出場できない。どうやって死ぬことが出来るのですか」

「俺が殺せるといったらどうする?」

「ご冗談を。しかし、もし本当に出来るというのでしたらお願いします」


聡は驚いた表情をしてから、今度は寂しそうに、そして諦めたような表情を見せながら頼んだ。


「わかった」


信はリボルバーを取り出して、聡の額に照準を合わせた。


「もし、私が死んだらこれは差し上げます」


聡は自身が背負っていた鞄を差し出した。

受け取ると中には下水道の魔物が残すアイテムが入っている。


「頂いておく」


視線を鞄から彼の顔に戻し、リボルバーの引き金を引く。

聡は目を閉じて頭を撃ち抜かれた瞬間「ありがとう」と解放される喜びからなのか笑顔を浮かべながら倒れた。


「信、大丈夫か?」


聡が消えた後も信は聡が消えた場所を見つめていた。

薫に声を掛けられて、顔をあげた信は明るい声で「ああ、心配いらない。先へ進もう」と歩き出した。だが、すぐに前方を薫と咲良に塞がれた。


「2人ともどうした」


突然信の前を塞いだ薫と咲良。まっすぐ、見つめるその瞳は心の中を見透かされているように信は感じた。


「信は人を殺してない」

「そうよ。信は魔物になって苦しんでいた彼らを解放してあげたの」


薫と咲良が言った言葉は信が思い悩んでいることに対しての答えだった。

信はこれまで元人間のスライムやゾンビ、巨人を多数殺した。

しかし、それらの魔物は言葉を話さなかった。

だから特に元人間を殺しているという感覚はないまま殺していた

そして、今回初めて元人間の魔物と話し、そして殺した。

見た目は人と変わらない元人間のロボットを殺した時、まるで本物の人間を殺したように思えたのだ。その瞬間、これまで多くの元人間を殺していたのだと思うようになって、心の整理がうまくつけられなかった。


「わかっている。俺が殺さなかったら彼はずっとここで生き続けないといけなかった。これで彼はこのダンジョンから解放されて、別の人生を歩むことが出来る。わかってはいる。この階層には解放されずにいる人間がたくさんいる。今はなして彼らの気持ちを知った。出来るだけのことはしてやりたいと思っている」

「そうだな。彼は100年と言っていた。100年もこの下水道で働かされていたのだとしたら辛かっただろうな。彼が特別ではないとしたら他にもこの下水道には彼と同じような人間がいるはずだ」

「出来るだけ、ここから解放してあげましょう」


それから俺達は下水道を進みながら聡と同じ境遇のロボットと多数出会った。

彼らは使う言葉に多少のニュアンスの違いはあるが「殺してくれ」「解放されたい」、「奴隷のような生活はもう嫌だ」とあきらめた顔で語る。

そんな彼らに俺は最初と同じ質問を投げかける「死にたいか?」と。

彼らは皆同じ答えを返した。俺は引き金を引いた。薫と咲良が代わりにすると言い出したが断った。俺と同じ思いを2人にしてほしくない。

死んでいく彼らの表情は皆一様に安堵の笑顔を向けてくれることだけが救いだった。

一通り下水道を回ってから階層主の部屋の前に辿り着いた。

下水道から上がった俺達は厳かな扉の前にある石の床で戦う前の準備を整える。

下水道と石の床の間には有毒ガスを遮る何かがあるようで、ガスマスクをとっても身体に害はないようだ。

薫と咲良が競泳水着から動きやすい服の上から胸当てなど重要箇所を守る装備をつけて、薫は時空刀、咲良は水土の薙刀を持ったことを確認し、俺は常闇戦斧を持って扉を開いた。


「よく来たな。我が名は雷帝ライボルト。この階層の階層主だ。お主達の中で最も強いものが戦うならばその者が死ぬまで他の者に手を出さぬ。他の者は階段を降りるなり逃げるなり好きにするがよい」


石造り部屋の奥に階層主が待ち構えていた。

25階層の階層主は雷を操る狼と書いてあったが実際に会ってみると…


「か、かわいい」

「これは倒さず、生け捕りにしましょう」


薫と咲良の視線を捕らえて離さない階層主。

白い照明に反射して白銀に輝く毛。愛くるしい瞳。抱きかかえることが出来る大きさ。

巨大な狼かと思っていた俺達の前に現れたのは子狼だった。


「なんだ。僕の醸し出す強者の風格に飲まれてしまったのか?だがそれも仕方のないことだ。僕は雷帝ライボルトだからな!」


子供が精一杯自分を大きく見せようとしている。そんな健気な印象を抱かせるライボルトの姿が薫と咲良の心を掴んだ。


「ダメだな」

「もう我慢できないわ」

「な、何をする貴様らまだ戦いは始めていな…やめろおおおお!あれ?効いてない?僕の雷撃を受けて効いてないの?やめて、止めてください。そこは弱いんです!?」


哀れだ。薫と咲良に捕まったライボルトは雷撃をして抵抗を見せたが薫は自分の身体に雷を纏い、咲良は全身を真水の膜で覆うことで防がれて色々なところを撫でられたり、揉まれたりして次第に抵抗が弱まった。

情報では雷帝ライボルトは全身に雷を纏い、視認が困難な速度で肉体の動き、一瞬の内にかみ殺すとあったが、目の前に光景は子犬…ではなかった子狼が2人の少女に可愛がられているようにしか見えない。


30分後。


「もう十分満足しただろう。休ませてやれ」


お腹を見せながら痙攣している子狼。

さすがに可哀そうに思えて薫と咲良に声を掛けた。


「信がそういうなら仕方ない」

「そうね。名残惜しいけど」


少し寂しそうにしながら2人は子狼を解放した。

俺はぐったりしているライボルトを見下ろしながら「大丈夫か」と聞くとライボルトは震えながら立ち上がり、俺の足元に移動すると身体を擦りつけてきた。

そして、つぶらな瞳を潤ませながら顔をあげるライボルト。


(そんな目で見るなよ)


倒さないとアイテムは手に入らない。

足元にいるのが魔物であることはわかっている。

だが、先ほどのライボルトを解放した時に2人の寂しそうな表情と潤んだつぶらな瞳を向ける子狼を見ていると…



「ライはやっぱり可愛いわ」

「咲良、機械の国へ着いたら私が抱くからな」


現在俺達は分かれ道まで戻り、機械の国へ向けて歩いていた。

結局俺はライボルトを殺すことはできず、支配することを選択した。

支配する際特に抵抗は見せず、額の毛が黒い菱形に染まった。

支配してからライボルトという名前は「名前が可愛くない」という咲良の発言によってライに改名させた。

そのライは現在咲良の腕の中に収まっている。

ライが嫌がるほど撫でたりすることはしないように言ってあるため、いまはライが眠れるぐらいに落ち着いているがこれからどうなるのか心配でならない。


「ああ、そうだ。忘れるところだった。咲良、これをライの首にかけてやってくれ」


空港によくやる金属探知の門が見えてきたので立ち止まって、俺がガチャで手に入れていた認識証を咲良に差し出す。

機械の国の門はロボット以外が認識証を着けずにくぐると至る所からレーザー光線が飛んできて細切れにされてしまう。それはロボットではない階層主のライも例外ではないはずだ。

無事門をくぐってしばらく歩いていると石造りの道が途切れて、代わりにアスファルトの道が続いている。さらに進むとトンネルのような道が無くなって、空が見えた。


「これが機械の国か」


トンネルを抜けたらそこは別世界のようだった。

綺麗で整った街並み、街には見た目は人間と変わらないロボットや誰が見てもロボットだとわかる掃除ロボット等がいて、頭上には空飛ぶ車が行き交う。


「ありがとうございました!」


トンネルを抜けて最初に見かけたアイテムの買い取り専門店に入ってから下水道で手に入れたアイテムの一部を売って認識証にお金をチャージしてから店を出た。

交換レートはヘリウム=1000万ベルト、トリチウム=500万ベルト、デューテリウム=100万ベルト。店で並んでいた物の物価を見る限り、1ベルト=1円の価値がようだ。

シビレエイ1匹100万が手に入るのは美味しいと思ったが、先ほどの店の店長が言うには一度下水道に入って1日以内に戻らないと全身が錆びて機能障害を起こす可能性が高いため、行かなければいけないロボット以外のほとんどのロボットは下水道にはいかない。

錆びると言ってもロボットの重要な部分は錆びないそうだ。

また錆びて身動きが取れずにエネルギー切れを起こしてもロボットは死ぬことが出来ない。

そのため、機能障害を起こした場合は一生下水道の中で過ごすか誰かに連れ出してもらう必要がある。

1回当たりの平均修繕費用は1億ベルト。毎回メンテナンスと部品の交換をする必要があるため、下水道に入ったロボットの収支はブラスマイナスゼロ。殆ど手元に残らないし、悪い時は借金をしなければならない。

そのため、好んで入るロボットはいない。しかし、下水道のアイテムがなければ国を維持するエネルギーを確保できない理由から新しくロボットになった者や奴隷となった者に調達屋として強制労働をさせている。

都市を維持するためのエネルギーは下水道であった彼らによって支えられていたわけだ。

最も過酷な仕事をさせられている者が最も報われない国。

その話を聞いてから見る綺麗で整った街並みは綺麗だと心から思えなくなった。

トンネルを出た場所は機械の国では南に位置する。

機械の国は中央に城、北に核融合炉、東に闘技場、西に工場地帯、南に商業区と分けられている。26階層への階段は城の中にある。入城には特に制限をされていないので誰でも入ることが出来るらしいので、買い物が済んで少し観光してから降りればいい。


「クーン」


商業区を歩いていると薫の腕の中にいるライが鼻を抑えながら鳴いた


「主、この街臭いです」


機械の国を歩いていると機械油の臭いがする。人である俺達でも相当臭うので鼻の良いライにとっては耐え難いのだろう。

だが、犬用のマスクは持っていないため、「これで我慢しろ」と綿を丸めた物で鼻を塞ぐしかない。

まあ、鼻を抑える可愛い仕草が原因で薫と咲良から可愛がられてぐったりしているので臭いに悩んでいる余裕はないようだ。


「いらっしゃいませ」


通りにある一番大きな武器店の入り口にある専用のパネルに認識証を当て“ピッ”と音がすると来店を知らせる音声の後に透明な扉が開いた。これで商品を持って店を出ると自動的に決済を済ませてくれる。

手に持てない物は専用のカウンターに行って決済しなければならないがそれでもとても便利な決済システムだ。

店内のショーケースの中には剣や槍等の古典的な武器から拳銃やロケットランチャー等の持ち運べる現代武器が並べられている。

店の奥には戦車や戦闘機等の見たことのある乗り物から、ダンジョンで使うのかと思える宇宙戦艦が記載されたカタログやダンジョンで使った時点で自分も死ぬ可能性がある核兵器のカタログまで様々なカタログが並べられていた。

機械の国では武器は驚く程安い。剣や槍などの古典的な武器は1~10ベルト未満、拳銃が10ベルト、50発入った箱は50ベルトの値札が付いていた。


「どうしてこんなに安いのか教えてくれ」


近くにいた店員と思われるロボットに訊ねる。


「はい、この国では無限に鉱石がとれます。しかし、800年前から消費する人口が激減し、工場の生産量を落とす指示もないため過剰生産によって在庫が増え、値崩れを起こしております。最近、100人規模の死人が闘技場で戦うことになったので少しは捌けると思いますがそれも現在の在庫量に比べれば雀の涙程度です」

「闘技場で人間が戦うのか?」

「ご存じありませんでしたか?ここへ来た死人が既定の人数に達しましたので優勝者を人間として復活させる復活大会が行われます。また、ちょうどこの時期に行われる国王決定戦も併せて行うことになり、今日から12日間闘技場で戦いが行われます。もしお暇でしたら行ってみるといいですよ」


店員がいった100人規模の死人というのは望月少年達の事だろうか?

死んだ彼らの中で1人は生き返ることが出来るか。

かつての仲間と殺し合う戦い。辛いだろうな。

だからと言って俺達に何かできるわけではない。ここで彼らの事を考えるよりも自分たちが生き残るために今は最善を尽くそう。


「すまないがこの店の商品を全て買いたい」

「す、全てですか!?しょ、少々お待ちください。店長を呼んできます」


店員が店の奥に慌てて駆けていくのを見送るとすぐに40代前半の男性ロボットを連れて戻ってきた。


「これはお客様ようこそお越しくださいました。それで、お客様は本当に全て購入されるのですか?」

「そのつもりだ。その代りと言っては何だが直売所の購入許可証を購入したいと思っている推薦状を書いてもらえないか」


直売所とは工場地帯にある店の事で商業区では売られていない物や商業区の店より高性能な物品が格安で売られている。しかし、商業区の店か店の推薦によって購入許可証を持った者しか買うことが出来ない仕組みになっているため直接行っても門前払いされてしまう。

推薦状はよほど店から信用がないと書いてもらえないが、俺達にそんな時間はないため金で買うことにした。


「購入許可証を購入するための推薦状ですか?わかりました。お書きしましょう」

「店長よろしいのですか?」

「こんなチャンスはもう二度とないかもしれない。これを逃す奴は商売人ではない。お客様の気持ちが変わる前にさっさと準備をしろ」

「わかりました」


店長が推薦状を書くことについて了承してから店員と2,3小声で話をすると店員が奥へと急いでかけていった。忙しい店員だ。


「少々お待ちください。すぐに推薦状をご準備いたします。それまでどうぞごゆっくり店内でおくつろぎください」


店長も奥へ消えてからしばらくして契約書と推薦状を携えた店長が戻ってきた。


「ではこちらにサインをお願いします」


契約書にサインをしてから差し出された小型のパネルに認識証をかざすと“ピッ”と音がなって残額が表示された。あれだけ買ったのにまだ半分くらい残高が残っている。


「お買い上げありがとうございます。こちらが推薦状です。どの直売所で見せても購入許可証を購入できます。最後に店内の商品と店の倉庫に保管している商品はどこにお運びいたしましょうか?」

「いや、運ばなくていい。見せてくれたらこちらで入れていくから案内してくれ」

「はあ?わかりました。どうぞこちらへ」


店長に案内されて店の全商品をアイテムボックスへ入れ終わると空飛ぶタクシーを呼んでもらった。


「どちらまで行かれますか」

「闘技場まで」


タクシーには運転手は乗っていなかった。認識証を運転席に設置されたパネルにかざすと“ピッ”と音がなって目的地を聞かれたので、行き先を闘技場と伝えた。

一度復活大会を見ておきたいと思ったのだ。

闘技場に到着すると闘技場の外に設置された大型ディスプレイで戦闘を観戦する多くのロボット達でにぎわっていた。


「すまないが、復活大会と国王決定戦について聞きたい」

「はい、それでしたらこちらのパンフレットをご覧ください」


俺達は闘技場に入ってすぐの場所にあるチケット販売所で説明を聞こうとしたら窓口に座っている女性ロボットにパンフレットを手渡されたので、近くのベンチに座って読むことにした。

要点をまとめると

復活大会は今日から4日間行われチーム戦とチーム戦優勝チームの生き残りで行われるトーナメント戦3日間の構成だ。

復活大会の開催条件は死んでここへ来た人数が400人を超えること。

専用の能力測定器を使い、同等の力を持つチームを8つ作り戦わせる。

今回の参加者は424名。1チーム53名に分けられている。

2日間午前と午後の計4試合が行われて勝ち残った4チームで3日目に2試合。4日目にチーム戦優勝チームを決める。5日目から優勝チームのメンバーが3日間。トーナメント形式で優勝者を決めるのが復活大会。

チーム戦は各チームには最初100Pが与えられる。ポイントで武器や防具等に交換して戦い勝敗を決める。勝利条件はチームリーダーが戦闘不能になった場合又は拠点の設置する1辺2mの正方形の水晶を破壊すること。

1試合の制限時間は3時間。それを過ぎても決着がつかない場合は対人殺戮ロボットが各チームに1体貸与される。投入地点は各チームリーダーに支給される地図により決めることが出来るがこれまで対人殺戮ロボットが貸与された後に勝利したチームが次の試合に勝ったことはない。

勝利したチームは次の試合100Pに加えて勝利時に戦闘可能であった自チームの人数分だけ1Pが加算。つまり犠牲が少ない程次の戦いの時に装備が充実し、有利になる。しかし、人を補充したいと思う場合は負けた側で戦闘可能な人を加えることが出来るが1人5Pの減算。使わなかったPも勝利すれば繰り越すことが出来るが、負ければ消滅してしまうので勝利する可能性を高めるためにも使い切ることが推奨されている。

例えば当初53人で試合をして勝利したときに勝利した側が33人戦闘可能な場合。

次の試合時に与えられるポイントは100P+33P=133P

仮に最初の人数まで人員を補充すると133P-100P=33P

33Pが次の試合時に武器や防具等の交換に使用できる。勝利時に持っている物はそのまま次の試合でも使うことが可能だ。装備の充実と人員の確保。どちらを優先するかがその後の試合展開に大きな影響を及ぼす。

“バンッ”チケット販売所の窓口の上に設置された大型ディスプレイから大きな音が聞こえたので顔をあげると映っていたのは状況から見て地雷を踏んで足がふきとばされた少年。周囲は歓声と怒号、足を吹き飛ばされ泣き叫ぶ少年を見て指しながら笑っているロボット等。賭博もされているため、この試合はロボット達にとっては娯楽なのだろう。

戦闘後に怪我をしていても止血だけでそれ以上の治療はされない。例えば試合中に片足を吹き飛ばされても次の試合は片足が無い状態での参戦となる。チーム戦ではチームの勝利とトーナメントを見据えて怪我なく勝利する個人的な勝利の両方が必要となる。


“ドーン”と2度銅鑼が鳴らされた試合終了のようだ。

東西に分かれて行われていたチーム戦は東軍の勝利に終わったが辛勝といえる。どちらも半数以上が戦闘不能。戦闘可能とされた者の中には腕や足を失った者もいる。

戦闘不能になった者と負けたチームに所属していた者で勝ったチームが人員補充に選ばれなかった者はロボットにされる。

ロボットにするには脳が残っていればよいため参加者には頑丈なヘルメットが支給されている。逆に言うと頭以外はどうなってもいいと考えられているということだ。

勝利したチームに選ばれず、ロボットに引きずっていかれる者達はいくら泣き叫んでも命乞いをしても無慈悲にロボット生産工場へ運ばれてロボットにされる。

下水道で殺したロボット達の事を思い出した。


(ここで彼らを数人殺したところで何も変わらない)


この国のシステムを変えなければ唯の自己満足に終わってしまう。

今日の戦いは先ほどの戦いが最後だったようなので、俺達はチケット販売所の隣にある受付で全員分(ライを除く)の国王決定戦の参加申込みをすることにした。


「国王決定戦予選免除で3人分頼む」

「それでは、合計3300万ベルトになります」


支払を済ませると受付票を受け取った。その後簡単な国王決定戦の内容について説明を受ける。

国王決定戦は毎年1回行われる。

試合形式は予選がバトルロワイヤル形式。本選がトーナメント形式となっている。これまでの優勝者はサーロフ国王唯一人。この国が誕生してから一度も変わっていない不敗の国王らしい。


「優勝は難しいかもしれませんが3位以内に入れば賞金と副賞がありますので頑張ってください」


受付の女性ロボットから声援を受けて、俺達は闘技場を後にした。



「いらっしゃいませ。当ホテルのご利用は初めてですか?」


闘技場から出た時には暗くなり始めていたので、ホテルを探した結果機械の国で1等市民用の高級ホテルに宿泊することに決めた。

1等市民とは機械の国の貴族階級ロボットを意味する。

分かり易く例えるなら1等=貴族、2等=一般、3等=貧民・奴隷となる。

3等市民の代表的な仕事が調達屋。1等市民は機械の国でも5%程しかいない。


「はい、3人と1匹が泊れる部屋で、14泊したいのですが部屋の空きはありますか?」


14泊の理由は国王決定戦決勝を終えて、その後の事も考えて全員で決めた滞在日数。


「ございますよ。一番良い部屋をお取り致しますね」

「いえ、先ほど言った人数が泊れる一番安い部屋でお願いします」


ホテルの受付をしている女性従業員ロボットがさらりと一番高い部屋を取ろうとしたので待ったをかけた。ただでさえ高いのに一番高い部屋にするつもりはなかった。

このホテルを選んだのは食べ物や飲み物等が2等や3等市民用のホテルでは耐えられない物だったからだ。

3等市民用の宿は治安が悪く、盗難などが頻発していて防犯に不安。

2等市民用の宿は治安も防犯も及第点だが、食事の全てにガソリンを使用しているため食事と臭いで却下された。蛇口を捻ったらガソリンは勘弁してほしい。

機械の国ではガソリンは無料なのに飲料水はコップ1杯1000ベルトもする。

ロボットはハイブリット型のためガソリンと電気で動いている。そのため高級レストランでは水の代わりにハイオクが出てくる。ちなみに一般のレストランはレギュラー、大衆食堂は軽油だ。料理も人間が食べられる水を使った料理を出すのは高級ホテルやレストランだけ、それも非常に高い。1000円位のランチメニューが10万ベルトもするのだからとてもではないがレストランは利用できなかった。

生きるためにガソリンと電気があれば良いロボットにとって人間が食べられる料理は味覚を楽しませる嗜好品扱いで、3等市民用の宿や大衆食堂では水の代わりに軽油を使って料理作っている。2等市民用の宿や一般のレストランでは軽油がレギュラーかハイオクになるだけで大差はない。

そんな理由から1等市民用の高級ホテルに宿泊することに決めたのだが…


「大丈夫ですよ。現在お客様が1人もおられませんので、一番いい部屋も一番安い部屋と同額でご提供しています。子犬には料金がかかりませんので、3名様14泊15日朝夕食事付きで2100万ベルトになります」


2100万ベルト。やはりそれだけするか。

パネルに認識証を当てて料金を支払い、鍵を受け取った。


「あの者、僕を子犬と言いました!この誇り高き狼。雷帝ライに対してなんて失礼な者でしょうか」


ライが子犬と言われて怒っている。それよりも確かライボルトではなかったか?自分からライと言っているぞ。

本人は気づいているのかわからないが、本人が気にしていないのならいいのだろう。

ホテルのエレベーターに乗って最上階の20階まで昇る。

エレベーターが“チンッ”と最上階に到着したことを知らせるベルの音がなり、扉が開いた。


「すごい。本当にフロア全部が部屋なのね」

「こんな部屋に泊まれる日が来るとは思わなかった」


扉が開くと機械の国の夜景が一望できるフロア全体が部屋になった最上階スイートルームが姿を現した。

咲良と薫、咲良に抱えられたライがエレベーターを降りて部屋の中を見て回る中、信はまっすぐガラス張りの壁に向い、そこから見える機械の国の端、灯りがほとんどない3等市民が住むエリアを見つめた。


(死んで、ここで殺し合いをさせられた後は、差別によって苦しめられる。もう一度人生をやり直せるチャンスを得るためにはあまりにも代償が大きい)


このダンジョンに挑まないという選択肢は与えられず、だからこそ懸命にダンジョンクリアに挑んだ者達。

その中でもより深い階層に到達した者達の行きついた果てが機械の国と呼ばれる死ぬことが許されない牢獄。

少し視線をずらせば煌びやかな街並み。

機械の国の光の闇が信の視界にははっきりと見ることが出来た。


「少し、出てくる」


信は視線を部屋の中に戻す。そして、エレベーターの方へ足を向けた。


「信、行くなら私も行くぞ」

「私も行くわ」

「主、僕も行きます」


部屋の中を見て回っていた薫、咲良、ライの2人と1匹がついて来ようと駆け寄ってきたが、「今日は一人で行く。その方が動きやすい」と断った。


「大丈夫、無事に戻ってくるから心配するな」


全員の頭を撫でてから常闇戦斧を持ってエレベーターを降りた。



「なに!下水道に行ったら奴らがまだ返ってこねえだと」


南東にある3等市民エリアの一角にある部屋の中で見た目10歳前後の少女が立ち上がりながら片膝を突いている見た目20歳手前の少年に訊ねた。


「はい、下水道に入る手前まで行きましたが、いつまでたっても誰も姿を見せません」

「おい、探しに行くぞ!」


少女が急いで周りにいるどう見ても年上の者達に声を掛ける。


「竜崎の姉さん。いまからだと装備も人手も足りません。明日まで待ってください」

「くそっ!明日の朝探しに行く。他の連中にも声をかけろ。南東エリアの仲間を見捨てることは絶対にしない」

「「「「はい!」」」」


少女の周りにいた者達が一斉に動き出す。少女は彼らを見送ってから椅子に腰かけ、背もたれに身体を預けながら一息ついた。


「ふぅ、一体どういうことだ?帰ってきていない調達屋の中には100年近くしている奴もいた。それがどうして戻ってこねえ」


どれだけ考えても不思議なことだ。下水道の中は迷路のようになっているため慣れていない者にとっては迷って出てこられないことも考えられるが、ある程度経験を積んだ者も戻らないのはおかしい。それも1人や2人なら魔物を旨く仕留められずに負傷して動けないことも考えられるが、全員となると何らかの想像もつかないトラブルに巻き込まれたか。

あるいはロボットを殺せる存在。ダンジョンに挑む者が現れたのか。


「まさかダンジョンに挑む者が来たのか?ふ、まさかな。何百年も現れたことがなかったのに今更来るわけがない」

「来ていたらどうする」

「誰だ!」


少女は椅子から飛び跳ねるように立ち上がりながら腰の拳銃を抜いて声のした方へ向けた。

銃口が向く先には扉がある。扉の先は外。すでに日が暮れてだいぶ経つ。こんな時間に出歩くロボットは仕事をしている者か。それとも何らかの理由がある者しか考えられない。

扉の外から反応はない。ゆっくりと近づいた少女は扉の前に着くと勢いよく扉を開いて扉の先にいる存在に銃口を向けた。


「こんばんは」


銃口の先には白銀の全身甲冑を着た男がいた。


「誰だ」

「俺は信。君に少し話がある。なかに入れてもらえないか」


信と名乗った男が何者かはわからないが敵意や殺気は感じないため、少女は銃口を向けたまま後ろへ下がった。

それを中に入ってよいと受け取った信は部屋の中へ入り、扉を閉めた。


「さて、立ち話もなんだから座って話さないか」


信はテーブルを指さして少女に座って話そうと提案する。

少女はしばし、その提案について考えた後に銃口を下げて椅子に座った。

信が座ったことを確認した少女は先ほどの質問の続きをした。


「それでお前さんは一体誰だい」

「さっきも言ったが信だ。それよりこちらは名乗った。今度は君が名乗るべきではないか?」

「…竜崎舞だ。こちらも名乗ったぞ。それでお前は一体…」

「舞ちゃん「舞だ」…舞の誰という質問だが、俺が入る前に自分で言っていただろう」

「私が言っていた?…まさかお前は挑む者だというのか!?」


舞は驚きに目を見開いた。

800年。

舞がこのダンジョンから解放してくれる存在を待ち続けた時間。

長い、長い時を過ごしながら何度も諦めた存在が今目の前にいる。

今の心境をどうやって表せばいいのか舞にはわからなかった。


「おい、急に泣く奴があるか」


信は白いハンカチを取り出して、舞の目から流れる物を拭う。


「本当に信は人なのか?」

「信じられないか?触ってみろ」


信はハンカチをしまうと右手の籠手を外して舞の前に突き出した。

舞はその手に触れて、ロボットの冷たさではなく、人の温かさを感じた。

800年前に感じた人の温かさ。忘れていた物をいま思い出した


「本当に信は人なのだな」


舞はそう呟いてから何度も何度も確かめるように触る。

そんな舞を信は気が済むまで何も言わずに待った。

しばらくして舞は信の手を触るのをやめて、姿勢を正して信と向き合った。


「先ほど話があると言っておったな。聞こう」


真摯な瞳を向ける舞に信も姿勢を正してから口を開いた。


「話というのはこの国にいるロボットを全員殺してこのダンジョンから解放するため、舞に協力してほしい」

「ロボットを殺す?信には出来るかもしれんが、私には同じロボットを殺すことはできないよ。それにどうして私なんだい。」


舞は信がロボットはロボットを殺せないことを知らないのかと思ったが、舞が「ロボットを殺せない」と言った時、驚かなかった。恐らく信はロボットがロボットを殺せないことを知っている。それならなぜ私に協力して欲しいと言ったのか舞は気になった。


「ロボットがロボットを殺せないことについては俺が何とかする。それと、どうして舞を選んだのかについてだが、舞は下水道にいた人を見捨てようとしなかっただろう?だから、君を選んだ。これからすることには人を大切にしてまとめられる者が必要だ」

「私でないといけないのか?」

「俺は君に頼んでいる」


舞の胸に熱い何かが込み上げてきた。

長い間経験することのなかった人に自分が求められる喜び。

この人のためならなんだって出来る。そんな気持ちを舞は抱いた。

舞にとってその気持ちは810年生きた中で初めての恋だったのかもしれない。

それは同時に叶わない恋であることも理解した舞は一度目を閉じて心の中に芽生えた想いを大事にしまい。目を開けた。


「わかったよ。私に出来ることならなんだって言っておくれ」


舞の言葉を聞いて「ありがとう」と感謝の言葉を口にした信はその後、これからしようと考えている計画を舞に説明した。説明後、舞は改めて協力することを伝えて、常闇戦斧の支配を受け入れた。



昨夜4か所にある3等市民が暮らすエリアを回り、各エリアに1人協力者を見つけた。

後は彼らが仲間を増やしてくれるだろう。いまから準備すれば十分間に合うはずだ。

今日は朝から工場地帯にある直売所へ向かっていた。


「いらっしゃいませ」


直売所も昨日の店と同じようにパネルに認識証を当てて中へ入る。

直売所には昨日の店には置いていなかったロボットの部品なども並んでいた。

腕一本500万ベルト、肺2500万ベルト等ロボット関連の部品は武器に比べると非常に高い。店員に話を聞くとロボット関連の部品は需要が高いため商業区のロボット関連の部品を扱う専門店と比較しても半額でしか売らないらしい。

対して、武器や兵器は在庫が多いため昨日買った店の値段よりもさらに100分の1の価格で売られていた。


「ありがとうございました!」


最初に訪れた直売所では購入許可証を購入してから昨日の店には置いていなかった武器兵器と空飛ぶ車を込々200万ベルトで購入した。

無免許だが、警察も法律もないので今買った車に乗って工場地帯にある直売所を順番に周りながら買い物をしているとようやく最後の直売所へたどり着いた。


「本当にここは直売所なのか?」

「地図にはそう書いているわよ」

「とりあえずは入ってみればわかる」


最初の直売所で購入した工業地帯の地図には確かに直売所と書いてある。

だが、たどり着いた場所には小さな民家が建っていた。

城から最も離れた工場地帯の端にある直売所。

地図に記載されている場所に間違いない。

看板もないので不安ではあった。他の直売所にはあった認識証を当てるパネルもない。

俺が勢いよく“ガラガラガラ”と木製の扉を開けると店内は雑貨屋のように色々な種類の商品が並んでいた。

店の照明は天井にぶら下がる白熱電球が1つ。

全体的に薄暗い店内に入ると箱型ロボットが近づいてきた。


「いらっしゃいませ。こちらのパネルに認識証をタッチしてください」


箱型ロボットに取り付けてあるパネルに認識証をかざすと「認識しました。どうぞお買い物をお楽しみください」といって奥に行ってしまった。


「これまでの直売所は殺傷能力が高い武器が多かったけどここはそういった武器はないわね」

「人を殺すのではなく。魔物に効果がありそうなアイテムが多いな」


咲良と薫が店内に並ぶ商品を見ながらこれまでの直売所と比較している。

2人の言う通り、これまでの直売所にはなかった商品が多数並んでいた。

鳥もちを塗った盾やバレーボール位の鳥もち弾と専用の肩ベルト付きの発射装置。消火器。呼吸器内蔵型特殊耐熱服。歩兵用暗視装置等。これまで見てきた剣や拳銃等の明らかな武器ではない装備が並んでいる。これらの装備は人を誰かを殺すための物ではない。

ダンジョンの魔物を倒すために有効な装備だ。

もし今後の階層の事を知らなければ見向きもしない物だが知っている者からしたらここにある装備は宝の山だ。


「この店に客が来るなんて珍しいな。うん?お前さんたち人間か?」


次々購入を決めていると店の奥から褐色肌をした初老の男性が現れた。

身体は140㎝程しかないが筋肉によって丸太のように全身が太い。

綺麗に剃られた頭は白熱電球の光りを反射している。


「そう警戒しなさんな。人間だからと攻撃することはないから安心してくれ」


こちらが人間と気づかれて武器を構えたのを見て、初老の男性は慌てた様子で戦う気はないと両手を前に突き出したので、少し警戒を緩めて様子を見る。


「俺はガンツ―ル。ガンツと呼んでくれ」


少し煤の付いたツナギを着たガンツさんは名前を名乗りながら右手を差し出して握手を求めてきたので、こちらも武器を構えるのを止めて自己紹介をしてから握手に応じた。


「人間と会うのは久しぶりだ。時間はあるか?よかったら奥で話でもしよう」


ガンツさんの誘いに頷き、店の奥へと案内された。

店の奥は鉄板が壁に張られたシェルターのような部屋だった。


「驚いたか?この部屋は扉を閉めれば外に声や音が聞こえない防音設計になっている。だから他人に聞かれたくない話をするときには最適だ」


部屋の真ん中に置かれた円卓に腰かけると箱型のロボットが人数分のお茶の入った湯呑を円卓に置き、ライ用のミルクが入った平皿を床において退室した。


「まずは、ここまでよう生きて辿り着いた。よかったらここに来るまでの話を聞かせてくれないか」


お茶を1口飲んでからガンツさんがこれまでの事を聞かれた。

別に隠すようなことでもないので時折薫と咲良に補足してもらいながら話した。


「そうか。大変だったな。話してくれてありがとうな」


話し終えると真摯に聞いていたガンツさんは目頭を押さえた。

目の端には涙が浮かんでいる。


「このダンジョンも変わってしまった。君たちは信じられないかもしれないが約千百年前までこのダンジョンで人が死ぬことはなかった」


目頭から手を放したガンツさんは俺達1人1人の顔を見ながらぽつりぽつりと昔の事を話し始めた。


「試練のダンジョンは元々若くして死んでしまった者達の中で、もう一度人生をやり直したいと願う善良な心を持つ者の決意や性格を知るために慈愛神様が作られたダンジョンだ。だから、なぜ人生をやり直したいと思うのかを問うものや人を思いやる優しさがあるか等を調べることはあっても殺し合いをさせる様な内容ではなかった。そして、決意や性格に問題ないと判断した者を慈愛神様が管理されている世界に転生させるように出来ていた」


ガンツさんはここで一度話を区切り、「ここまではいいか?」と俺達が話について来ているか確認した。


「いまの試練のダンジョンとだいぶ違うな」


今のガンツさんの話を聞いて最初に思い浮かんだ感想を口にした。


「そう思うのは当然だ。変わったのは千年前。賭博神が慈愛神様から卑怯な手段を使って試練のダンジョンの管理権を奪い取った。そして、若くして死んでしまった者達全員と犯罪者等をダンジョンに強引に連れてきた。さらに階層を増やし、危険な魔物を生み出して、殺傷性の高い武器をダンジョンに来た者と魔物双方へ与えた!」


話の後半から少しずつ怒りがわいてきたのか“ドンッ”と円卓に拳を振り下ろした。

その音にはっとしたガンツさんは「すまん」と謝ってから話を続けた。


「その頃になってようやく賭博神の目的が見えてきた。賭博神の目的は賭博場を作ること。多くの神々を客として呼びよせ。ダンジョンに連れてきた者達と魔物を殺し合わせた。俺を含めて試練のダンジョンが作られた当初に慈愛神様が生み出した5体のサポート用ロボットはそれを止める力も権限もない。ダンジョン最初のセーフティーエリアに配備されていた俺達は出来るだけ死なないように訓練をさせて充実した装備やいざという時の知識を与えることしか出来なかった」


ガンツさんは俯きまるで懺悔をするように涙を流しながら話す。


「しかし、それすらも賭博神は気に入らなかった。八百年前。俺達5体のサポート用ロボットは25階層に増設されたここへ移動させられた。そして、ダンジョンで死んだ者達を再度戦わせるための闘技場を作り、俺達に管理を命じた。さすがに耐えられなかった俺達の内真先に戦いを挑んだ3人は神に負けて賭博神によって考え方を捻じ曲げられて今ではこの機械の国で賭博神のために働いておる。戦闘向きではなかった俺と核融合炉にいるもう1人だけが賭博神と戦わなかったから今もこうしていられるが果たしてそれはよかったのか悪かったのか今ではよくわからん」


そこで話は終わりなのか。ガンツさんはお茶をすすってため息をついた。


「すまん。長話に突き合わせてしまったな。お詫びと言っては何だが店の商品で欲しいものがあれば持っていくと良い。お代は要らない」

「いいのか?」


余りにも気前の良い話なのでつい聞いてしまった。

するとガンツさんが「ああ、そうだ。あれもやろう」と店のさらに奥、作業場から人が入るぐらいの大きな木箱が2つと抱えられる程度の木箱を1つ持って戻ってきた。


「その子狼。雷帝ライボルトだろう。最初見たときは驚いたが大分懐いているようだ。別れるのはつらかろう。これは従魔の首飾りと言って、これを着ければ従魔との会話や他の階層に連れて行くことが出来る。それに、普段は主人の影に入り、身体を回復させることもできるから戦闘で怪我をしても安心だ」


抱えられる程度の木箱から茶色い革で出来た首輪を渡される。大きいかと思ったがライの首に巻くとサイズ調整が自動で行われた

2人はこれで別れなくていいと大喜びしている。

俺も折角懐いているので別れる必要が無くなり素直に喜んだ。


「そんなに喜んでもらえるは作った者としては嬉しい限りだ。良かったら全部持っていきな」


ガンツさんから他の色違いの首輪が入っている箱ごと手渡された。

木箱を受け取るとさらにガンツさんは大きな2つの木箱の蓋を開けた。


「そしてこれが俺の作ったオートマタの中でも最高傑作。ロボットを作るようになってから必要とされなくなったオートマタ達だ。俺の作ったオートマタの中でも最高傑作だと自負している。戦闘や家事。教えれば何でもできる。是非貰ってくれ!」


木箱の中には本物の人と見間違うほど精巧にできた金髪と黒髪のオートマタが入っていた。


「「「…………」」」

「どうかしたのか?」


両隣から向けられる鋭い視線にさすがにこれは断るべきだと直感した。


「ガンツさん。すみま「なに、これの良さがわからないのか!?」…いや、そういうわけではなく」


途中でガンツさんが断られると思ったのか驚きの表情をした。


「お前さんはこれがどれだけ素晴らしい物であるかわからないのか?仕方がない、お前さんでもわかるように分かり易く1~10まで説明してやろう」


それから約1時間。ガンツさんが作り上げた最高傑作のオートマタについて熱い説明を聞いたころ合いで俺は断ることを諦めた。


「つまり、これは転生してからも「ガンツさん」…どうした。まだ説明は半分も終わっておらんぞ」

「ガンツさん。そのオートマタはありがたく頂きます」

「「信!?」」

「おお、そういってくれると思っていた。こいつらもこのままでは可哀そうだ。是非使ってくれ」

「ありがとうございます」


2体のオートマタをアイテムボックスに入れてから、非難する目を向ける薫と咲良から逃げるように店の商品を見に行った。


「時間があれば核融合炉の歴史資料館にいるサーガに会ってやってくれ。そいつも賭博神と戦わなかったからいまも考え方を捻じ曲げられていない。人間に会えればあいつも喜ぶだろう」

「わかりました。明日にでも行ってみます」

「おう、元気でな。それとこれはそこで鼻に栓をしているライボルトに使ってくれ」


ガンツさんの店から商品をもらって車に乗った際にガンツさんから平べったい缶を受け取った。缶には『油の臭いがダメな人用』と書かれている。


「それを鼻に塗ると機械油等の臭いが気にならなくなる。ここだとライボルトにとっては地獄だろうからな」


缶の蓋を開けてライの鼻に塗ってから鼻に入れていた綿を取ってもライは臭いということは無くなったことで、嬉しそうに尻尾を振っている。

それを見て、未だにオートマタを受け取ったことについて非難する目を向けていた薫と咲良の意識がライに向いた。

ガンツさんにお礼を言ってから車を動かした。



機械の国に来て3日目。

今日は核融合炉に来ていた。と言っても核融合炉の施設内に入れるわけではない。

この国のほぼ全てのエネルギーを作っているだけあって武装した警備員が厳重な警戒を行っている。


「ここだな」


俺達の目的地は核融合炉の隣にある歴史資料館。

白い壁をした2階建ての洋館だ。

歴史資料館は誰でも見られるようになっているため、玄関は解放されていた。

なかに入ると様々な写真や資料が展示されている。ガンツさんのところでも見た箱型ロボットが館内を掃除している以外に人型のロボットはいない。

不在かと思ったが折角来たので展示されている資料を眺めていると


「あの、もしやあなた方は人間ですか?」


後ろから声を掛けられた。

振り向くと身長180㎝の信よりも頭一つ高い見た目18歳前後の青年ロボットがこちらを見ていた。灰色のローブを着た痩身のロボット。


「あなたがヌークレルス・サーガさんですか?ガンツ―ルさんからあなたの事を聞いてきました」

「ガンツが…そうですか。私の事はサーガとお呼びください。良かったら私の部屋に行きませんか。そこでお話しましょう」


ガンツさんと同じく誘われて、歴史資料館の2階にある館長室と書かれた部屋へ案内された。


「どうぞお座りください」


サーガさんから長机を挟んで反対側にある3人掛けのソファーの1つを勧められたので座ると箱型ロボットが入室して、お茶の入った湯呑を4つ机に置き、ライ用のミルクが入った平皿を床において退室した。


「ここは防音がしっかりされていますから何を話しても聞かれる心配はありません」


サーガさんが湯呑のお茶を飲んでからこの部屋が防音であることを教えてくれた。

だが、ガンツさんもそうだったがなぜ防音部屋を作っているのか気になった。


「ガツンさんのところもそうでしたが、何を警戒されているのですか?」


そう誰かに聞かれるのを恐れているそんな雰囲気をガンツさんとサーガさんから感じた。


「やはりわかりますか。ガンツから聞いたかもしれませんが、私とガンツはこのダンジョンでも数少ない賭博神が管理者になる前慈愛神様に作られ、今でもその考えを持っている存在です。そのため賭博神は私達が自分を害することをするのではと監視しています」

「俺達が来ても良かったのですか?」

「心配ありません。この階層では私とガンツだけが対象になっています。私達と関わった者を監視対象に新たに加えられることはないようですので、安心してください。それで、出来ればあなた方がここまで来る間に経験されたことを聞かせて頂けませんか」


よかった。ガンツさんとサーガさんに会ったことで神にと呼ばれる存在に邪魔をされたらどうなることかと心配だったが、その心配はしなくてよいと言われて安心した。

サーガさんは昨日のガンツさんと同じことを聞きたいというので話す。


「そうでしたか。申し訳ない」

「なぜ、あなたが謝るのですか?」


話を聞き終えたサーガさんが頭を下げて俺達に謝った。

しかし、昨日のガンツさんの説明ではサーガさんの所為ではない。


「私とガンツはこうなることをわかっていながら何もできなかった。他の3名は戦ったのに私達は…」

「昨日あなたとガンツさん以外の3名は賭博神に戦いを挑んで考え方を捻じ曲げられたと聞きましたがその3名とは一体誰で、今何をしているのですか?」

「ガンツから聞いていないのですか?3名は賭博神の命令によって現在機械の国ではサーロフ国王・バートレ支配人・ハンドレ商業区会長と呼ばれて国の運営に携わっています。サーロフは戦闘能力に優れていましたが統治能力と指揮能力の方が優れていたので国王。バートレは全ての武器を使いこなし、最強の戦闘能力を持っていましたので国の裏方として闘技場を運営。ハンドレは卓越した計算能力を持っていましたので商業区の店と国民の管理をしています」


なるほど。つまりこの国の運営のほとんどをこの3人が握っているということか。

この3人が賭博神の手先として動いていると考えた方が良い。

国王は国王決定戦で倒せるとして後の2人をどうやって倒すかだな。


「元々3人は私とガンツと同じサポート用ロボットでした。サーロフは集団での生活や戦いを教えて、バートレは個人の戦闘訓練の相手と指導。ハンドレは転生後の生活するうえで知っておいた方が良いことを教える役割を与えられていましたが、今ではサポートする相手を苦しめる存在になってしまった」


サーガさんは頭を抱えながらかつての仲間の現状を嘆きだした。

3人は生み出された当初とは全く異なる目的で動いている。

それを知りながら何もできない自分自身が悔しいのかもしれない。

その後サーガさんは当時自分が出来ることを考え、現状を変えようと行動したことを話した。そして、賭博神に利用されて失敗したことも。


「私の役割は教養と知識を教える事でした。核融合炉を作ったのは私です。あなた方のような存在が無理やり闘技場で戦わされてロボットになるだけでなく、ガソリンが足りないために死ぬこともできずに道端に倒れることが我慢できずに作りました」


闘技場が作られた当時。ロボットのために石油がとれる場所を賭博神は作った。

しかし、賭博神が思い付きで決めた量では日ごと増えるロボット全員を賄うには足りなかった。今後の事を考えると少ない量で大量のエネルギーを得られる方法を賭博神は求めた。

そんな時にサーガさんが考えた核融合炉に目をつけた賭博神は核融合炉の稼働に必要な燃料となる物質が手に入るように元々あった25階層の仕様を変更した。

サーガさんは最初喜んだ。道端に倒れるロボットがいなくなったから。

だが、それは等級制度が作られるきっかけを生み、燃料確保のためより多くのロボットが下水道という過酷な環境へ行かされる状況を生み出してしまった。


「私はあの時ほど知識を持っていたことを呪ったことはありません。私の知識は人を助けるために慈愛神様から与えられた物。決して苦しめるためではないのですから」


話を終えたサーガさんは湯呑のお茶を一気に飲み干した。


「愚痴のような長話に付き合って頂きありがとうございました。少しここでお待ちください。お渡ししたいものがあります」


サーガさんは一度頭を下げてから、執務机へ向かい引き出しからタブレット端末を取り出して、戻ってきた


「これを差し上げます」


差し出されたのは黒の10型タブレット端末。

受け取ってから電源を入れると多数の書籍が置かれた棚が表示された。


「そこに私が与えられた全ての情報が入っています。あなた方にとって未知の知識も多いでしょう。よかったら暇なときにお読みください。それと電源の心配はありません。100年は使える電池と転生先にある魔力を吸収しますので、転生後も使用できるはずです」

「魔力ですか?」

「はい、今はわかりませんが慈愛神様が管理されていた世界には魔力があります。いまはないと思いますが、転生時にダンジョンで魔物を倒して得た経験値と持っているアイテムにより転生初期に使える魔力量が決まります。ですから、あなた方も魔力を持った状態で転生できますよ」


サーガさんの説明でようやく、魔力がないと使えないアイテムがあることの理由が分かった。


(魔力がないと使えないアイテムも転生後なら使えるのか)


役に立たないと思っていたアイテムが転生後には役に立つアイテムになることを知ることが出来ただけでもここへ来た意味があった。

だが、一番は見たことがない本が大量に手に入ったことだろう。

早速ホテルに戻ったら見てみよう。


「お世話になりました。色々な話が聞けて良かったです」

「こちらこそ、久しぶりに人と話すことが出来たよかった。ああ、そうだ。もしも、必要になったら使ってください」


タブレット端末を受け取ってからしばらく話をして部屋を出ようとした際にサーガさんから1枚のカードを渡された。


「これは?」

「核融合炉をコントロールするためのマスターカードです」


手渡された物を聞いて俺は目を見張った。なぜ、こんなものを渡してきたのか。

サーガさんは俺達がしようとしていることを知っているのか?


「それほど警戒しないでください。私はあなた方がしようとしていることを知っているわけではありません。ですが…なぜか、あなた方にこれを渡すべきだと思ったのです。必要なければ処分して頂いて構いません。私が持っていたところで何か出来るわけでもありませんから」


サーガさんはどこか哀愁を帯びた表情を浮かべた。

俺達はそんなサーガさんになんと声を掛けてよいかわからず、カードを受け取り、玄関まで見送りに出てくれたサーガさんと別れて、ホテルへ戻った。

ホテルに戻ってもらったタブレット端末を起動し、蔵書されている本のタイトルを見ていると右端に『核融合炉設計図』と書かれた本があった。

この本のタイトルを見た瞬間。サーガさんは俺達が来る前から準備をしていたようなそんな気がした。



機械の国4日目の朝。

俺達は闘技場に来ていた。本命は午後から行われる国王決定戦予選を観戦することだが、午前中に復活大会チーム戦決勝が行われるため、そちらも観戦することにした。

闘技場受付で入場券を購入してから受付隣のチケット販売所の窓口に向かった。


「いらっしゃいませ」

「決勝で戦うチームについての情報を教えて欲しい」

「かしこまりました。2チームですと2万ベルト頂くことになりますがよろしいですか?」

「お願いします」


窓口で料金を支払い対戦チームの戦歴や決勝での人員数、使用できるポイント等の情報を購入した。そして、東チームに賭けることにした。認識証をかざして代金を支払い。

観客席へ向かった。


「どうして東チームを選んだのか教えてくれないか?」


チーム戦決勝ということもあって多数のロボットがひしめく中、ようやく空いている席に腰かけ一息ついたところで薫はチケット販売所の時から気になっていたことを聞いてきた。


「気になるか?」

「当たり前だ。東チームの人数は西の3分の1しかいない。確かにオッズが1000倍という状況であれば賭けてみたいと思うかもしれない。しかし、1億ベルトも賭けるからには勝つと思っているのだろう?理由を聞かせて欲しい」

「薫は22階層で金剛の足で自爆した少年を覚えているか?」

「ああ、覚えている。仲間のために自らの命を犠牲にした少年の事だろう」

「なるほどね。それならこの決勝少しは楽しめそうだわ」


咲良は気が付いたようだ。東チームのチームリーダーは望月健志。

試合内容は西チーム72名VS東チーム24名と圧倒的に東チームが不利だが、場所は障害物の無い平原(場所は国王が箱の中からボールをとって決めている)。これまでの戦歴を見て彼は決勝に勝つために周到に準備していたことが分かったので俺は東チームに賭けた。

薫が未だに気づかないので説明しようと思ったら“ドーン”と銅鑼が1回ならされて両チームが平原に入場した。


「おい、あんなの使うなんて聞いてねえぞ!」

「くそオオオ、こんな手で来るとは思わなかった」

「まだだ、まだ可能性はゼロじゃない」


東チームの最後尾が現れた時、観客からどよめきが起こる。


「信はあれが出てくることを予想していたのか?」

「いや、何が出るかわからなかった。だが、こうなる可能性は予想していた」


薫の質問に俺は首を振った。

巨大な円形闘技場ではフィールドの東西に両チームが拠点の設置とチームの配置を行い始めた。

西チームは60人が両チームの境界線である中央付近で突撃の準備を行っている。残りは後方で水晶の護衛だ。

東チームは全員拠点の防御を固めるために動いている。そして拠点の傍には多連装ロケット砲(12連装)が搭載されたトラックと拠点正面を守るように置かれた第三世代戦車1両。

俺が東チームの勝利を予想したのは22階層で金剛2体と互角の戦いをしたチームをまとめた望月少年がチームリーダーをしていた事。そして、彼のチームはこれまで必要最低限の人員補充しか行わずにPをため続けていた事。最後に決勝で使えるPとPで購入できる武器兵器を知り、西チームよりも圧倒的な火力が用意できる事が分かったからだ。

望月少年はこの決勝に勝利することを初戦の時から考えていたのだろう。

“ドーン”と2度銅鑼が鳴らされた。

試合開始だ。中央付近にいた西チーム60人が東チームの拠点に向けて突撃をするが同時に東チームの戦車からの砲撃が始まった。

“ドンッ”と砲弾は発射されるごとに突撃する人間が数人吹き飛ばされる。

自動装填ではないので砲撃にある程度間隔があるようだが、ある程度接近した敵には榴散弾が撃たれて、それでも生き残っている者達には戦車に据え付けられている12.7㎜重機関銃が火を噴いた。また戦車を護衛する東チームも持っているアサルトライフルを斉射する。

身を守る物が全くない平原で、突撃をした60人が全滅するまでさほど時間はかからなかった。


「なんというか…哀れだな」


ほとんど何もできずに全滅した西チームの突撃部隊を見つめながら薫がつぶやいた。

戦車に生身で戦いを挑むのは軍人でも恐ろしいのにそれを少年少女が行わなければならないのだから勝敗は最初から決していた。

西チームで残っているのは後水晶の護衛に残った12名。

彼らは無残に殺された仲間を見て動けないでいる。

そんな彼らに向けて今度は多連装ロケット砲からのロケット弾が全弾打ち込まれた。

“ドーン”と2度銅鑼が鳴らされる。

試合終了だ。

西チームの拠点には死体すら残っていない。

完全に肉体が無くなった者はロボットにはならない。

彼らは3階層のスライムとして魔物になる。

3階層であれば塩袋を持っている者がいれば倒してもらえるだろう。

非難の声や怒号でする際観客席とは対照的に東チームは無言で退場した。

俺達もチケット販売所へ寄って分配金を認識証に入れてから工業地帯の直売所により買い物をしてから。昼食は自前で持っている幕ノ内弁当を食べて、闘技場に戻った。


「予選の出場リストですね。こちらになります。あと、国王決定戦予選では会場各種に設置したカメラ及び選手が着けるカメラ視点から戦いを楽しむためタブレットを1台100万ベルトで販売しておりますがご購入されますか」

「3台ください」


受付で予選の出場者リストとタブレットを3台購入してから観客席へ向かった。

観客席に座ってから2人にタブレットをそれぞれ1台配ると2人はタブレットを起動して映像を変えながら感想を言っている。


「これが1台100万のタブレット端末なのね。しかも予選でしか使えない」

「しかし、予選のフィールドが市街地だとしたらこれがないと戦闘している所がほとんど見えない」


今回予選免除されているのに観戦に来たのはロボットの戦いを知るためだ。

人であれば見れば大体の武装や攻撃方法は推測できる。

だが、ロボットは身体の至る所に武器を仕込むことが出来るためどんな戦いをするのか想像が出来ない。

予選の出場者のほとんどは2等市民だ。金がある1等市民は予選免除を選択し、3等市民は参加するための100万ベルトが払えないため予選に出場すること自体が難しい。

こんな所でも所得格差が表れている。


「予選出場者は103人か」


予選で勝ち上がれる上限は4体。フィールドは廃墟となった市街地の端に固まらないように配置された出場者。

顔と全身の写真が乗った出場者リストをめくっていると見た目からして強そうなガトリング砲を装備している身長2m以上の全身にボディーアーマーを着たロボットがいたので『ガトロボ』と名付けて、彼を主に観戦しよう。タブレットを起動して『ガトロボ』に取り付けられているカメラを呼び出したところで試合開始の銅鑼の音が聞こえてきた。



「死ねえええ」


ガトロボが歩いていると正面から男性ロボットが現れて持っていたアサルトライフルを斉射した。男に合わせるようにガトロボの周囲に多数のロボットが現れてガトロボに銃弾を撃ち込んだ。

全身に銃弾を浴びるガトロボ。

しかし、彼は落ち着いていた。マガジンが無くなった都度交換がされて絶えることのない銃弾の嵐をものともせずに正面に立ち塞がる男性ロボットにガトリング砲を向けた。

回転する砲身。撃ちだされる弾丸。数秒後にはハチの巣になった男性ロボットがその場に倒れた。ガトロボはそのままガトリングをずらしながら周囲にいる敵を全滅させた。

無数のロボットがガトロボの周囲で戦闘不能に陥っている。

敵がいなくなったことを確認したガトロボは再び歩き出した。


「咲良、そのロボットは侍か?」


ガトロボの戦闘が一段落したので、隣に座る咲良のタブレットを覗くと紋付袴姿で腰に刀を差した侍が銃を持っているロボットを両断していた。


「そうよ。ムサシという名前で、刀1本で銃に立ち向かうの。なかなか見応えがあるわ」


先ほどの重装備だった『ガトロボ』と異なり、咲良が見ているロボットは侍だった。

武装は刀1本。しかし、刀を振る速度や移動速度が異常に速い。刀も若干振動して、敵を溶けかけのバターのように斬っている。胴を横一文字に両断したムサシは刀を鞘に納めて再び歩き出したので、今度は反対側に座る薫のタブレットを覗くと映像が逆さまだった。


「薫、そのロボットは天井に張り付いているのか?」

「そうだ。ゴエモンはこうして部屋の天井に張り付いて部屋の入ってきた敵を倒している」


薫が見ているロボットは忍者だった。

周囲の環境に扮する忍者装束と身体のあちこちに各種センサーを着けている。

周囲に溶け込み死角から奇襲することでどんな相手も倒す忍者と言ったところか。

武器は腰に差した短刀と身体の各所に忍ばせた手裏剣と鋼線を使う。

特に意思を持ったように動く鋼線を使った戦いが見どころだとリストの紹介欄に記載されている。

ゴエモンの視線の先。扉から1体のロボットが警戒しているのか慎重に入ってきた。

周囲を警戒して入ってきた男性ロボットが、ゴエモンの真下に倒れている囮ロボットを発見する。入り口付近で数発撃ちこみ様子を見てからゆっくり近づき、囮ロボットに足を掛けて引っ繰り返した瞬間。

ゴエモンは手首から鋼線を飛ばす。鋼線は獲物の体中に巻き付き芋虫にした。

音を立てずに着地したゴエモンは身動きができなくなった男の首を若干振動している短刀で切断。男性ロボットを部屋の隅に移動させて、パーツだけで組み立てた囮ロボットを元の状態に戻してゴエモンは再び天井に張り付いた。

3時間ほどで4人の予選通過者が決まった。4人の中には俺達が見ていた3人の他に爆弾を多用し、時にはビルごと爆破して相手を倒すボムという名前のロボットが予選を通過した。

明日からは復活大会のトーナメントが行われる予定だ。しかし、決勝以外は興味がない。決勝までは各自自由行動をすることにして、俺はその間にスラム街にいる傘下の者達に武器を手渡し、ホテルにいる者を支配してホテルの要塞化のための準備にあてた。


機械の国7日目復活大会決勝。

この戦いで人間として蘇ることが出来る者が決まる。

決勝戦は望月少年VS16歳前後の少女。

望月少年の装備はショットガン(装弾数4発)と散弾8発。リボルバー(装弾数6発)1丁とマグナム弾6発。スタングレネード1本、軍用ナイフ1本。防弾チョッキ1着、防弾盾1つ。

少女はアサルトライフル(装弾数30発)とマガジン2つ。自動式拳銃(17発)1丁とマガジン1つ。手榴弾2個、スタングレネード1本。防弾チョッキ1着。

トーナメント戦は一試合毎に10ポイントが与えられ、前の試合の装備を持ち込むことはできない。

試合が開始直前にならないと相手の装備や試合会場の内容がわからない仕様になっている為、試合会場と装備の相性が試合結果に直接反映される。読みと運が勝敗を左右する。

フィールドは市街戦。

観客は各所に設置されたカメラを通して大型スクリーンにより試合の状況を観戦する。

対戦者のヘルメットに取り付けているカメラからタブレット端末を使って見ることも出来る。しかし、こちらは国王決定戦予選と同じく1台100万ベルトで購入しなければならない。今回は2台購入して両方の視点から見ることが出来るようにした。

“ドーン”と銅鑼の音が2度なった。



(これに勝てば僕はまたダンジョンに挑むことが出来る)


望月健志は右手にショットガン、左手に防弾盾を持った状態で決勝の市街地フィールドの東側に立ちながら後1回勝てば蘇ることが出来ると心を落ち着かせるために深呼吸をする。

これまで多くの死線を越えてきた仲間を自らの手で殺してきた。それが今日やっと終わる。

銅鑼の音が2度聞こえた。試合開始の合図だ。


「行こう」


最後に戦う相手は健志にとって特別な存在だった。

「明日香、ダンジョンクリア出来たら結婚しよう」

7階層で奴隷のような立場になってから一緒に耐えて、武田金剛を殺して10階層を突破してから付き合い始めて、20階層に辿り着いた時、将来を約束した女性。

22階層で死んだ時、明日香にはもう会えないと思っていた。

しかし、明日香と再び出会った。明日香の顔を見た時はうれしい気持ちと明日香も死んでしまった事に対する悲しみでうまく言葉に出来なかった。

そして、一緒のチームになって、勝ったのにどうして最後は明日香と殺し合いをしないといけないんだ。


(神様。どうしてこんな仕打ちをするのですか)


昨夜。明日香と最後の話をした。


「僕が死ぬから君は生きろ」


僕が何の抵抗もせずに死ねば明日香は無傷で生き返ることが出来る。

蘇った時の状態は蘇るときの身体の状態をそのまま引き継ぐことになるらしい。

だから、僕は開始早々に死ぬことを選ぼうとした。


「ダメよ。バートレ支配人が本気で戦わなければ蘇ることはできないって言っていたわ」

「!それじゃあ君は」

「それ以上は言わないで、明日私は全力で戦う。だから、あなたも全力で戦ってちょうだい。そうしないとどちらが勝っても蘇れなくなる。ふふ、あなたは本気でやれば私に勝てると思っているかもしれないけど、私も強いのよ」


明日香は最後に笑顔を浮かべて軽い口づけをしてから部屋に帰っていった。

僕は明日香の背中になんて言葉をかければいいかわからず、明日香が部屋の中に消えるまで見ていることしか出来なかった。

“ピーピーピー”

ヘルメットに取り付けられているセンサーが対戦相手の接近を知らせるアラームを鳴らしたことで思考が現実に戻る。

センサーは正面100mまでの範囲に対戦相手が入ったら鳴る仕組みになっている。

隠れているビルの影から市街地の中央を走る広い道に顔を出すと銃弾が飛んできたので慌てて顔を隠す。

発砲音は3発。チラッと見えた姿からアサルトライフルによるものだ。

身体が安定する立ち膝の姿勢で撃っていた。


(明日香は本気だ)


健志にはあの一瞬で明日香が健志を殺すつもりかどうかわかった。


(僕も覚悟を決めないといけない)


深呼吸をしてから健志は防弾盾で身体を守りながら、ビルの影から身体を出した。

再び銃声が市街地に響く。しかし、防弾盾に阻まれ、健志の身体に直撃はしない。

防弾盾で守りながら少しずつ接近する。明日香は僕が防弾盾とショットガンを持っていること知って不利と判断したのか逃げた。

僕は明日香が逃げるのを追いかけたが乱立するビルをジグザグに走られて途中から明日香を見失った。


「一体どこに…」


周囲を警戒しながら明日香が進んでいた方向に進むと噴水のある広場に出た。


「ここは危険だな」


広場を囲むようにビルが並んでいる。広場に出て行けば狙い撃ちにされる。


(彼女はどこにいる。彼女ならどこを選ぶだろう)


健志は周辺の建物を見回してセンサーに反応がないことを確認してからビルの影に隠れて、噴水を挟んで反対側にある建物1つ1つに視線を向ける。


(あそこか)


ちょうど噴水を挟んで反対側にあるビルの3階で何かが動いたように見えた。


(明日香がまた顔を出すまでにどれだけ近づけるかが勝負だ)


再び深呼吸をして心を落ち着かせる。


「よし!」


再び顔を出して動きがないことを確認すると健志は一気に駆けだした。

そして、ある程度近づいた時に何かが動いたように見えたビルの3階に向ってスタングレネードを投げ入れて、そのままビル内に突入した。

階段を駆けあがると3階に登りきる直前にバリケードが設置されていた。

これでこの階にいるのは間違いない。

素早くバリケードを越えるために健志は防弾盾を手放した。


(ここか)


バリケードを越えて最初の部屋。扉を蹴っても鍵がかかっているためか開かないのでショットガンでドアノブを吹き飛ばして再び扉を蹴り開いた。

その瞬間。嫌な予感がした健志は近くにあった机の下に潜り込んだ。

数十発の銃声が聞こえた。


(弾切れか)


銃声が鳴りやんだことで発砲音の数から弾切れと判断した健志は机から立ち上がり、銃声が聞こえた場所に突撃しようとした時だった。


(嘘だろ!?)


こちらに飛んでくる手榴弾を見た瞬間。健志は入り口に向って走った。

入り口を出てすぐに横へ飛んだ直後に爆発音。


「ここは一旦引いて防弾盾を取ってこよう」


すでにマガジンの取り換えを済ませているだろう。

そこへショットガンだけで飛び込むのは不利。

健志はバリケードの破壊と防弾盾を取りに階段まで後退した


「これで大丈夫だ」


バリケードの破壊と防弾盾を拾ってきた健志は明日香があとどんな武器を持っているかわからないため、自分の武器が最も生かせる近距離戦になるように部屋の唯一の出入り口で待ち伏せをしていた。

“シュウウウウ”待ち伏せを始めてからほどなくして突然入り口から白い煙が現れた。

入り口周辺が白く染まる。

健志は明日香が出てくると思いショットガンを持つ手に力が入る。


(どういうことだ?)


煙が消えても出てこなかった。


「…行くしかないか」


どういう意図で先ほどの煙を出したかわからないが、このままジッとしていても何もわからないので、防弾盾で身を守りながら部屋に突入した。


「いない?」


入り口近くに車輪がついた大型の消火器が転がっているだけで、部屋に入るが人の気配はない。


「そういうことか」


部屋を探していると机の脚に括りつけられている縄が窓の外へ伸びていた。

縄を使って下へ降りたのだろう。

身体を壁で隠しながら窓から外を見るが姿はない。

すでに別の場所に移動した可能性が高い。

建物から出るため階段を駆け降りる。


「くっ」


階段を降りきった直後。嫌な予感がしたので横へ飛ぶと発砲音が1階フロアに響いた。


(待ち伏せされていたのか)


転がりながら柱の陰に隠れて視線を下げると左の脹脛が撃ち抜かれていた。

ズボンが赤く染みが徐々に拡がっている。


(このままだと失血で倒れるな)


血を抑える必要を感じて患部を縛る布を得るため服の左袖を噛みちぎろうとしたとき“カランッ”と視界に手榴弾が飛び込んできた。


「なっ」


手榴弾を見た瞬間。すぐに立ち上がり、隣の柱に逃げ込む。

その際に発砲音が聞こえたが運よく被弾せずに柱を背に隠れた直後爆発音が聞こえた。


「はぁ、はぁ、はぁ」


呼吸するのが苦しい。柱に背中を預けて、座り込む。


「本気…なんだな」


左足に力が入らない。すでにズボンの左足部分は血で染まってしまっている。

明日香が僕を本気で殺そうとしている事が身に染みて分かった。

“カランッ”左の視界の端に再び何かが投げ込まれた。


(今度はスタングレネードか。逃げる時間は…)


自分の状況を考えて今から逃げても間に合わないと判断した健志は防弾盾に身を隠した。爆音と閃光が襲い掛かってくる。


(耳はだめだ。聞こえない。防弾盾のおかげで目は何とか見えるな)


光が収まったので目を開いた。

目が見えることに安堵した健志は視界の右端に明日香が見えた。

アサルトライフルがこちらを狙っている。

健志はこの時、時間がひどくゆっくり動いているように感じた。

明日香が引き金を引くため指に力を入れていく状況をはっきりと捉えながら防弾盾を向ける。

30発の銃弾が防弾盾に弾かれる音の数を健志は正確に聞き取ることが出来た。

銃声が途絶えて、マガジンが外れる音が聞こえる。

防弾盾を投げ捨てた。そして、右手に持っていたショットガンをマガジンの交換しようとしている明日香に向けて引き金を引く。

“バンッ”ハンドグリップを往復させる“バンッ”、もう一度往復させて“バンッ”と計3発撃ちこむ。

明日香はヘルメットと防弾チョッキで守られていた頭と胴体以外無事なところは1つもなかった。“ドサッ”崩れ落ちる明日香を見て、今自分が何をしたのかに気が付いた。


「そ…んな」


健志はショットガンを左手に持ち、杖代わりにして無事な右足で姿勢をとりながら立ち上がった。

死んだように動かない明日香の傍に左足を引きずりながら近づく。

そして、崩れるようにその場に腰を下ろした。


「死ぬな。死なないでくれ」

「大丈夫。私は死なない。ロボットになるだけ。どうして泣いているの?あなたは勝ったのよ。おめでとう、これであなたは蘇ることが出来る」


涙を流しながら話しかける健志。

そんな健志に明日香は「おめでとう」とヘルメットの内側で笑顔を浮かべた。


「どうして僕なんだ!君が生き返るべきだったのに」


身体を震わせて、拳をコンクリートで出来た床に振り下ろす健志を見つめていた明日香は首を振る。


「私はあなたに生きて欲しかった。あなたは死にそうになったら考えるよりも先に身体がうごくでしょう?だがら、私は本気で戦ったの。そしてあなたも本気で戦ってくれるように嘘をついた」


この時、昨夜の事を思い出した。

「本気で戦わなければ蘇ることはできない」

あれは嘘だったのか。

語り掛けるように話す明日香に健志は何も言えなかった。

明日香の愛が、深い愛が伝わり、気持ちを言葉に表すことが出来ず、胸の痛みを感じながら顔を俯かせる。


「健志。さようなら、あなたは生きて、そして無事に転生してね」


回収ロボットが明日香の両脇に腕を差し込み、引きずっていく。

離れていく明日香は健志に最後まで涙を流しながら笑顔を向け、努めて明るく別れを言った。


「待ってくれ!」


健志は手を伸ばす。明日香が連れて行かれる先はロボット工場。

脳を取り出し、ロボットを作る工場へ連れて行かれる。

健志の手は届かない。動かない左足の所為で身体を引きずりながら進むことしか出来ない健志には追いつくことが出来ない。

そして、左足の傷口からの出血によって意識が朦朧となって床に身体を沈めた。



“ドーン”と2度ならされた銅鑼。

試合が終わり闘技場は大歓声に包まれる。

急いで医務室へと運ばれていく望月少年とロボット工場へと運ばれていく少女。

望月少年は明日足を負傷した状態で26階層へと向かわなくてはならない。

ロボットにはならなかったが30階層まで突破するのは絶望的な状況だ。

そんな運命が待ち受ける望月少年を見送った。

彼らは何か話していたようだが、カメラは映像だけで何を話していたかはヘルメットで口が隠れていたのでわからないが、動きから彼らが唯の知り合いや仲間という感じには思えなかった。


(やめよう。考えたところで今は何もできない)


気持ちを切り替えて、明日から行われる国王決定戦のトーナメント表を受付で受け取ってからホテルへと戻った。


ホテルに戻りながらトーナメント表を確認した。

出場者は国王を含めて24名。

出場者の枠に?が1つあるのが気にはなるが、今は考えていても仕方がない。

A~Dまでの4ブロックに分かれて1日1ブロック試合が行われる。

5日目に各ブロックの優勝者が準決勝。

6日目に3位決定戦と決勝が行われ、優勝者が国王となる。

俺達は綺麗にB~Dブロックに分かれた。

Aには?と予選突破者全員、国王が入っている。

俺達は俺=B、薫=C、咲良=Dに分かれて戦う。

仮にブロック優勝しても準決勝はAとB、CとDが戦うため、俺が国王を壊せば2人と国王が戦うことはない。

機械の国では国王決定戦本選のみ相手を殺すことが許されている。

そのため、復活大会や予選とは異なりヘルメットを被らない。

2人の安全確保には万全を期すが、万が一のことも考えておこう。


「主、ここで寝てもいいですか?」

「どうしたんだ」


トーナメント表をしまったタイミングで俺のベッドにライがやってきた。


「薫様と咲良様は僕を抱き枕のように眠るので、死にそうになります。ですから主と寝させてください」

「…そうか。好きにしろ」

「ありがとうございます!」


この日を境にライが薫・咲良と一緒に寝ることがなくなった。

というより、毎回逃げてくるようになった。


お読みいただきありがとうございました。

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