15:打開策
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視界に黒い瓦屋根の細長い平屋の建物が増えた。
本の一族居住区。まばらに道行く人々が、走るシオンに何事かと振り返る。
その一人を捕まえ、矢次にシオンはつげた。
「この雪で避難勧告が出ました! 雪の重さで、住居の倒壊が相次いでおりまして、ひとまず貴重品だけを持って、早急に管理局ホールに避難してください」
「なんてこと……」
「大変じゃない」
話を聞きつけ、ほうぼうから集まってきた人々が青い顔でざわついた。管理局の制服を着た男の言葉を、信じない道理はない。
「あ! お待ちください! 」
慌てて駆け去ろうとした主婦を、シオンは引き止めた。
「皆様、現在、局員も長期任務で出払っておりまして……現場は拮抗しておりますので、このことをご近所にお知らせしていただけると助かるのですが……」
実に申しなさげに眉を下げた美男に、きゃあと場違いな黄色い声が上がった。
「とりあえず、管理局には自衛してもらうしか……」
時間は無い。もしかしたら、この街のどこかでもう始まっているかもしれないのだ。
居住区の表通りを逸れ、路地裏から裏道に出る。
なるべく大きく、この居住区をシオン自身の脚で囲まなければならない。
シオンは剣士以前に、魔法使いである。初めて落ちたのは魔法使いの国だ。
不本意な旅のさなかに、体質に合わせて強化され、魔法使いの銀の杖は鋼の剣になった。
ほとんどシオンだけのオリジナルになってしまったが、それでも彼はこれを魔法と呼ぶ。彼の触れた『不思議な力』は、すべからく魔法だ。
異世界人たる彼の固有の能力は、『空間把握』。
結界―――――自分が最も活動できる空間を、場に創りあげる能力である。結界内なら、五感はどこでも届くようになる。
(これで避難からこぼれた人は助ける―――――)
居住区の周囲は約15㎞。シオンの脚なら、十分で囲むことが出来る。
「……大丈夫。なんとかなる」
戦いは実際は地味だ。まったく格好いいことなんてない。
雪が降ったのは運が良かった。街は異常気象と、雪の持つジンクスに揺れている。避難勧告の情報は、すみやかに広がっていくだろう。
パニック状態の住民らのアフターケアは、管理局に丸投げだ。
シオンは出来るだけ早くに、戦いを終わらせなければならない。もっというなら、管理局自体に、目をつけられる前に終わらせなければならないのだ。
この悪趣味なゲームを終わらせる権利があるのは、シオンと根積。根積らの足止めはシオン一人で、そう、あちらには実動員のアン・エイビーに、下手をしたら管理局第二部隊長トム・ライアンとその部下たちが――――――
「――――あっ! 」
シオンは踏み出したまま足を止めた。
「そうだった! 忘れてた! 」
管理局には当然、第二部隊長のトムがいるのである。しかし今更、対策を立てる時間は無い。
何より、シオン自身の頭が、あっという天才的な打開策を打ち出せるようには出来ていなかった。頭の隅で、「貴方も壁のシミでも見ていれば、理知的に見えなくもないのですけれど」なんて溜息を吐く、情報屋の顔が浮かぶ。
「俺の馬鹿! 」
シオンは足に力を込めて走り出した。
シオンの頭で出てくる打開策はただ一つ。
(―――――速攻で終わらせる! )
「そんなマンガのような策でうまくいくと本気でお思いで? 」情報屋が鼻で笑っていた。