マットでPPな彼女 side MAKOTO
地味な男の子とキラキラした女の子。
普段の生活からテリトリーの異なる二人が、気がつけばお互い気になるように。
※ 保険の為R15設定にしてあります。
あらやだ、いい匂い。
じゃない。
ぼくは今、生まれてはじめて母以外の女性に抱きつかれている。
ぎゅってされるのって……程よく圧迫される感じが気持ちいいんだなぁ。
じゃない。
月曜日の放課後。
いつもなら週の始まりで、一番学校がめんどくさい曜日。
しかも担任からちょっとした仕事まで頼まれて、人によっては明日休むことは確定だろう。
ぼくも、今最も異性として心を惹かれている九重さんが一緒じゃなければ、担任の頼みなどあっさり断り、今頃は自宅で読みかけの本の続きを楽しんでいたはずだ。
それがどうしてこうなった。
今日はじめて会った御厨さん。
その御厨さんが、ぼくの胸に顔を埋めているのだ。
行き場のないぼくの両手は、はじめてダンスを習っている子供のように宙を舞……いやそれ以上に怪しく宙を蠢き、しかもこの理解不能な状況を、最も見られたくない九重さんに見られている。
白い目で。
「どうした! 何があった!?」
さっきのぼくと東雲さんが驚いた時の声が聞こえたのだろう。
職員室に繋がる扉が勢いよく開かれ、担任が入ってきた。
「あーーーーーえーーー……うん」
「んーー?」
担任も目の前で繰り広げられている状況が理解できず、様々な音色で唸っている。
わかります。
ぼくもわからない。
「……まぁあれだ。そういうのは作業を済ませて帰ってからにしろ。校内では程々にな」
理解していないくせに理解のある言葉を残して、そっと扉は閉じられた。
え? どういう結論!?
ていうか、寛容が過ぎてない!?
とにかく、これ以上は九重さんの白い目に耐えられない。
ぼくはできるだけ角が立たないよう細心の注意を払いつつ、御厨さんを引き剥がす事に成功した。
「東雲くんのえっち」
と思ったら失敗だった。
肩を掴んだ程度でうまく引き剥がせたと思ったのだが、九重さんからダメ出しされたら全く意味は無い。
「え!? どこも変なところは触ってないと思うけど…」
「東雲くんにならどこを触られても気にしないよ?」
「だから、触ってないでしょ……!!」
御厨さんが変な冗談を言ってきたせいで、九重さんからの圧が増した……気がする。
「ふーん? どこを触ったの東雲くん?」
「肩を少し触っただけだって……九重さんも見てたでしょ!?」
「うれしそうに、随分顔が緩んで見えたけど?」
「初めて会った相手にそんな事あるわけ……!」
「初めてじゃなかったらうれしいんだ?」
「そういうことを言ってるわけじゃ……」
御厨さんから逃げられたのに、今度は九重さんから厳しく追及される羽目に。
普段優しい九重さんも、こんなに怒ることがあるんだ。
でもなんで怒ってるの?
「ふふ」
そんなぼくたちを見て、御厨さんがいたずらっぽく笑う。
「いきなりごめんね、東雲くん。ちょっと気持ちが昂っちゃって……びっくりしたよね」
御厨さんの言葉を聞いて、一旦九重さんの追及も止まった。
「でもはじめましてだなんて……ぼくのことすっかり忘れてるんだもん。ひどいよ」
「いや……そのメガネ。入学式の」
「思い出してくれたんだ。うれしい!」
そう。
ちょうど今朝、九重さんとの出会いを思い出していた時、どうしても思い出せなかった部分。
不良っぽい奴に絡まれた理由。
それが彼女だった。
あの時、その不良っぽい奴……長いから不良と呼ぼう。
が、御厨さんとぶつかり、彼女はメガネを落としてしまう。
その落とした先が悪かった。
メガネは不良の足元に転がり、そのまま踏まれ、レンズが割れてしまったのだ。
わざとではなかったにしても、その不良は謝ることもせず、そのまま立ち去ろうとしたことがぼくは許せなかった。
子供っぽい正義感だったのかもしれない。
結局丸く収めてくれたのは九重さんだった。
御厨さんからは何度もお礼を言われたけど、その時ぼくの頭の中は、九重さんのことでいっぱいになってたんだ。
それ以降、御厨さんとは一度も顔を合わすことはなかったから、すっかり忘れていた。
「あれからずっと、東雲くんのことが気になってたんだけど、クラスも別だし全然話をする機会もなくて……突然今日会えたと思ったら『はじめまして』とか言うんだもん!」
「ご、ごめん……。でもさすがに変わり過ぎだよ」
「ふふ。『地味』じゃなくなった?」
ちょっと意地悪そうな笑みを浮かべながらそう言うと、割れたメガネとヘアゴムをはずす。
やっぱり可愛い。
女の子ってちょっとしたことですごく印象が変わるんだな。
誰なのかわかったのはいいけど、九重さんのこちらを見る表情が、まだ剣呑な空気を纏っている気がする。
「九重さんも、あの時は本当にありがとう。九重さんはすぐに思い出してくれたみたいね」
御厨さんは、九重さんにも深々と頭を下げ、お礼を言う。
あの時ちゃんと助けてくれたのは、九重さんだもんね。
「あ、いえ……はい」
急に話をふられてびっくりしたのか、反応がちょっとどぎまぎした感じだ。
どぎまぎした九重さんも可愛いなぁ。
「わたしも割れたメガネと三つ編みを見るまでは、気がつかなかったわ」
でもやっぱり先に気がついてたんだ、さすが九重さん。
「ところで……九重さんと東雲くんは、付き合ってるの?」
「「ほぇっ!?」」
突然の質問に、ぼくと九重さんは同時に変な声が出た。
シンクロしたみたいでうれしい。
いや喜んでいる場合ではない。
「ななな……なんでそんな事聞くの!?」
九重さんが珍しくすごく動揺している。
この間からちょっと普段と違う九重さんの姿を垣間見ている気がする。
いつもテキパキと手際よく、なんでもこなしている九重さん。
もしかして、こっちが素の九重さんなのかな?
「だって、ぼくが東雲くんに抱きついたら大きな声を出してたし」
「そ、そうだった?」
「東雲くんがぼくの肩を掴んで引き離した時、彼に詰め寄ってたし」
「そんな詰め寄るってほどではなかったんじゃないかしら……」
「東雲くんも九重さんの視線を気にしてたような……」
「へぇ!? いやいや、女の子にいきなり抱きつかれてどうしていいかわからなくてね↑」
急にまたこっちに話を振られたため、動揺して語尾が変に上がってしまった。
というかこの流れはまずい。
このままではぼくの気持ちが九重さんにバレてしまう!
思いを伝えるにしてもこんな形ではなく、ちゃんと良き時良き場所で、自分の意思で、本人に伝えたい。
しかし、息を吐く間もなく御厨さんは畳み掛けてきた。
「じゃあ、ぼくのことはどう思う?」
ぎゃーーーーーーーーす!
なんでそんな話になるの!?
思い出したとはいえ、今日初めて会ったと思っていた子をどう思うも何も……。
九重さんの方に目を向けると、なぜか彼女も興味津々のご様子。
これなんて答えるのが正解?
素直になんとも思ってないって答えたらだめなの?
神よ教えたもう!
ぼく無宗教だけど!!
「えっと……客観的に見て可愛い……と、思うけど?」
途端に御厨さんの表情が輝きを増し、九重さんの表情が闇に沈む。
これ間違えたやつーーーーーーーー!?
「ほんと!?」
「え……うん、客観的に見て!……ね」
その時下校時刻のチャイムが鳴った。
それを聞いた御厨さんが、慌てて荷物をカバンに詰めはじめる。
「ごめん! ぼく今日保育園に弟を迎えに行かなきゃいけなかったんだ! 先に帰るね!」
そう言い残すと、彼女は教務室の扉を開けて出て行った。
担任に先に帰ることを報告しに行ったんだろう。
と思ったら、すぐにまた扉が開き、御厨さんの顔が覗く。
「東雲くん、またね」
そして再び扉は閉じる。
嵐が去り、九重さんと2人きりになった。
おかしい。
本来とてもうれしい状況のはずだ。
そもそもこうなることを期待して、今日も学校の仕事を手伝っていた。
なのに今、この場の空気は明らかに通常よりも強く、重力の影響を受けている。
つまり空気が重い。
その力の発生源はわかっている。
九重さんだ。
原因もわかっている。
ぼくだ。
でも理由がわからない。
「東雲くん……?」
「は、はい!?」
普段は鈴の音のように澄んで美しく響く九重さんの声音が、今は除夜の鐘のように重く低くぼくのお腹に響いてくる。
「御厨さんとずいぶん仲が良いのね……?」
「そんな事ないよ!? だってさっきまで誰かもわからなかったんだよ!?」
「本当かしら……いきなり抱き合ってたし」
「一方的にしがみつかれただけです! ぼくの手はこう……宙を!!」
「可愛いって……」
「客観的に! です!!」
「だってぼくが好きなのは……」
そこまで言いかけたところで、またまた扉が開く。
「おう。九重、東雲。遅くまですまんな。残りは先生たちでやるから、お前らももう帰っていいぞ」
そう言いながら担任が入ってきた。
うん。
毎回チャンスを作ってくれるのは担任だけど、肝心なところで邪魔に入るのも担任なんだよね。
「ほら、約束のお菓子だ。ちゃんと賞味期限内だから安心しろ」
「あ、ありがとうございます」
「うー……ありがとうございます」
きれいに小分けしてリボンもついた形で、今日の報酬であるお菓子を手渡された。
可愛い。
これ……担任がラッピングしたんだろうか?
髭面のおっさんがフリルの包みにピンクのリボンでラッピングする姿を想像してみる。
これまた可愛い。
ギャップ萌えというやつだ。
ありがたく受験勉強のお供にいただく事にしよう。
「この時間はもう正門は閉まってるから、横の通用門を使うように。日が短くなってだいぶ暗くなってきているから、寄り道はしないようにな」
「はい」
「わかりました」
なんだかんだ、生徒思いなんだよね。
あと少しタイミングが良ければなぁ……。
校舎を出ると、すでに夕闇が迫っていた。
日が暮れると途端に肌寒くなる。
遠くに少し雲が見え、雨の降りそうな匂いがしていた。
通用門をくぐるまで、九重さんは一言も話さなかった。
さっきの件だよね、やっぱり。
でも本当に何も無いんだよなぁ。
それに……。
なぜかずっと制服の裾を掴まれている!!
これは一体!
こういう時ってどうすればいいの!?
落ち着け落ち着け……ぼくの恋愛モノラノベ研究によれば、これは『好意的なアクション』……のはず!
でも『男性が勘違いしやすい行為』という説もあった!
どっち!?
世の中の恋愛している人たちは常にこんな事考えてるの?
究極の選択が多すぎる……もう駅に着いちゃうよ。
……結局何も話せないまま駅に着いてしまった。
前回と同じ轍を踏んでいる。
せっかくまた一緒に帰れたのに全く経験を生かせていない。
「じゃあ、また明日……」
「……」
なんとか声を発して言う内容も前回と変わらない。
前回と違うのは九重さんが無言のままってこと。
もっと本の中の人たちみたいに、スマートにエスコートできるようになりたい!
あの人たち何であんなにかっこいいの!!
フィクションなのはわかってますが!!
そんな風に脳内で悶えていたら、何かが胸に飛び込んできた。
ぎゅうっとしがみついている。
九重さんだ。
「えぇぇっ……!? 九重さん??」
「……これでおあいこなんだから」
九重さんがぼくの胸に顔を押し付けたまま、何かをつぶやいたみたいだけど、自分の鼓動音がうるさくて、ぼくにはよく聞こえなかった。
聞き直そうとすると、彼女はぴょこんと跳ねるように体を離し、はにかむような笑顔を浮かべ。
「東雲くん、またね」
そう言うと返事を待たずに、改札に向かって駆けていく。
ぼくはその姿を見送り、胸の高鳴りが収まるまでその場に立ち尽くしていた。




