ちぐはぐこくはく side MAKOTO
中学3年生の、地味な男の子とキラキラした女の子。
普段の生活からテリトリーの異なる二人が、気がつけばお互い気になるように……。
※ 保険の為R15設定にしてあります。
学校から帰宅し、晩ごはんとお風呂を済ませる。
今は自室で、1日をリラックスして終えるためのまったりタイムだ。
窓の外では軽く雨が降り始め、お風呂で温まった体から熱を奪おうとしていた。
いつもならこの時間は、好きな飲み物を楽しみながら、好きな本をのんびりと読む、ぼくにとって至福の時である。
しかし今日は、学校で想定外の突発イベントが発生したので、やや頭の中が混乱していた。
こんな時は気を落ち着けて、しっかりと現状の整理をしよう。
今日は大きな出来事がふたつあった。
ひとつ、初対面の女の子に抱きつかれた。
ふたつ、九重さんにも抱きつかれた。
……うん、わからん。
どっちもさっぱりわからん。
待て待てもう少しちゃんと振り返ろう。
まず今日は……朝から九重さんとお話ができて、とても良い日だった!
はずだ!
問題は放課後だ。
担任から頼まれた仕事で、九重さんとまたゆっくり話す時間ができるかと思ったら、先に1人の女子生徒が作業を進めていた。
九重さんとは異なるベクトルで、とても可愛い女の子。
スクールカーストで明らかに上位に位置し、ぼくみたいなおたくで根暗なスクールカースト底辺の人間とは、本来人生のレールが一切交わることがないであろうレベルの美少女だ。
と言っても、ぼくにとっては九重さんとの時間を邪魔した、お邪魔虫でしかないわけだが。
初対面だと思っていたその美少女、御厨さんとは、ぼくも九重さんも一度会っていたことが判明する。
九重さんと初めて出会った入学式の日。
その出会いのきっかけとなった人物だったのだ。
するとなぜか突然、御厨さんはぼくにベアハッグをしてきた。
……正直それ以外の細かいことはよく覚えていない。
ベアハッグ以降のぼくは、ただただ九重さんの白い目に耐えることで精一杯だった。
あの目が今後も続くようなことになったら、ぼくのはんぺんメンタルはでろでろに崩壊してしまう。
そして最後に。
今度は九重さんが抱きついてきた。
駅の改札に着いたところで……あ、もしかして気分が悪かっただけかな?
帰り道黙っていたのも、怒っていたんじゃなくて、気分が悪かったからかも!?
やだ、ぼく自意識過剰だった!?
うーん、だめだ。
思い出してみてもなぜそうなったのか、まったくなにもわからない。
ちょっと怖いけど、明日直接聞いてみるしかない。
でもなんて聞けばいいんだろう?
とにかく明日はなるべく早く、九重さんと2人で話をする機会を作ろう。
作れるかな。
……作らねば。
翌日。
昨夜降り出した雨はきれいに上がって、今日も良い天気だ。
登校してから何度も九重さんに声をかけようとしたが、彼女の周りにはいつも誰かがいて、なかなか声をかけることができずにいた。
人気者の彼女が1人になることは、某有名モンスターコレクションゲームで、レアモンスターをゲットするより低確率だ。
昼休み、やっと彼女が1人になって教室を出て行ったので、今度こそはと後を追う。
「九重さ……」
しかし、声をかけようとしたところタッチの差で、彼女に声をかけた男子生徒がいた。
「九重さん。ちょっと時間いいかな?」
「あ、えっと……佐伯くん。少しなら大丈夫よ。」
「ちょっとここでは話しずらいので、この先の渡し廊下のところで」
「クラス委員の仕事じゃないの?」
「今日はその、ちょっと違う話なんです」
2人は話しながら、この時間は人通りの少ない、校舎と屋外プールをつなぐ渡し廊下の方に向かって歩いていく。
クラス委員とか聞こえたし、仕事かな。
だとすると昼休み中に話をするのは無理かもしれない。
仕方ない……また放課後に声をかけるか。
と、思ったはずなのに。
ぼくの足は教室には戻らず、九重さんと男子生徒の後をつけていた。
渡し廊下に出るドアに隠れて、外にいる2人の会話に聞き耳を立てている。
いやこれ絶対ダメなやつ。
完全にストーカーじゃん!
なんで後なんてつけてきちゃったんだ!?
「こっち側は風が強くて寒いねー。中じゃだめなの?」
「すみません。誰にも聞かれたくなかったので……」
「そっか。じゃあぱぱっと済ませちゃお。何の話?」
ドア越しなのと隙間風の音でちょっと聞こえにくいけど、九重さんたちの会話はなんとか聞き取れる。
「なんというか今更なんですが……改めて、入学式の時は注意してくれてありがとうございました」
「えー。そんなの気にしないでいいのに」
「ちょうど昨日ね。とあることがきっかけで、あの時のことを思い出したの。あの時の佐伯くん、不良のテンプレみたいな格好してたよね。懐かしいなー」
「お、お恥ずかしい……」
あ。あの男子生徒、入学式の時の不良かー。
って生徒会長になってたんかい。
生徒会長って、確かテストでは毎回、九重さんと学年トップを競ってた気がするな。
髪型も服装も生徒手帳に載ってる見本みたいになっていて、まったく気が付かんかったわ。
どおりであの後、一度もあの不良を見なかったはずだ。
しばらくの間、また見つかって絡まれないかとびくびく過ごしていたのに、損した気分。
「本当に感謝してます。小学生の頃から先生も親も誰も俺を見てくれない、何も言ってくれないって……勝手に拗ねてグレてて」
「あの時九重さんに注意してもらったことで、自分自身を見直すことができました」
あの時のお礼?
確かに今更感はあるけど、なんだ、律儀ないい奴だったんだな。
「生徒会長になることができたのも、そのおかげです」
「生徒会長になれたのは、佐伯くん本人ががんばったからだよ。それに……」
やっぱり後をつけたりして悪いことしちゃったな……。
気づかれない内に教室に戻るか。
「いえ、それだけじゃないんです!」
「その時から俺……」
かっこぉぉぉぉぉん……!
これ以上話を盗み聞きするのはよくないと教室に戻ろうとした時、足を滑らせて壁に立てかけてあったモップを倒してしまった。
なんたるドジっ子!
「え…え?」
「誰かいるのか!?」
モップを倒した音で2人に気づかれてしまった。
慌ててその場からダッシュで逃げ出す。
後ろでドアが開く音が聞こえた。
九重さんに姿を見られてませんように……!
この時のダッシュをタイム測定していたら、人生最速タイムを記録したと思う。
はひーーーー……。
なんとか教室に逃げ戻ると、後をつけて盗み聞きをした罪悪感で心がいっぱいになってきた。
そんな気持ちを切り替えるために恋のバイブルを開いてはみたものの、全然集中することができない。
うん。後で昨日の話をする時に、今のことも謝ろう。
そう決めて九重さんが戻ってくるのを待っていたが、戻ってきたのは昼休みが終わるチャイムが鳴った時だった。
今日『は』全然タイミングが合わない。
いや、今日『も』か……。
放課後。
朝から声をかけようとがんばっていたのに、結局放課後まできてしまった。
昼休みに昼食を食べる時間が無かった九重さんは、今1人でお弁当を食べている。
あの後から、どことなく元気が無いように見える……気がする。
昼休み、何かあったのかな。
こっそり最後まで聞いてた方が良かったかしら。
いやそれは別問題だ。
ダメに決まってる。
幸い他のクラスメートたちはみんな帰ったようだし、食べ終わるまでトキメキの羅針盤を読みながら待つことにしよう。
しかし今日のぼく……とことんストーカーっぽいな。
本に意識を集中しようとしたその時、目の前にお弁当が置かれる。
「ん?」
お弁当から前の座席へと視線を上げると、九重さんが座っていた。
そのままお弁当の続きを食べ始める。
「九重さん?」
なんでこっちに来たんだろうか。
思わず名前だけ呼んでしまったが、彼女は黙々とお弁当を食べている。
箸の使い方もきれいで素敵だ。
「東雲くん、今日ずっとわたしの方見てたでしょ?」
どうすればいいか考えていると、お弁当を食べ終わったところで彼女から話しかけてきた。
「う……はい」
迫力のようなものを感じて、ただ素直に返事をしてしまう。
今も見てました。
「お昼休みの時も生徒会長との話、聞いてたよね?」
ばれてーら!
やっぱり悪いことはするものではない。
「ご、ごめん。九重さんがお弁当を食べ終わったら、話しかけて謝ろうと思ってたんだ」
「昼休みも話しかけようとしたら、先に生徒会長さんが九重さんに声を……それでつい」
「本当にごめん」
ぼくが謝っている途中、ちょっとだけ、九重さんの体がぴくっと反応した気がした。
「ぜ、全部……聞いてた……の?」
ほんの少し俯いて、躊躇いがちに聞いてくる彼女。
「ち、違うよ! 生徒会長が入学式の時の不良って、その、入学式の時のお礼?、みたいなところだけ……やっぱり盗み聞きは良くないって、慌てて教室に戻ったんだ」
「その時廊下の水に足を取られて、モップを倒しちゃって……」
とにかく正直に答えようとしただけなのに、自分でも驚くほど早口になった。
「ほんと? ほんとにそこだけ?」
「ほんとだよ」
「……良かった」
よっぽど聞かれたくないことがあったのかな。
ぼくの返事を聞いて、彼女の肩から力が抜けたのがわかった。
「……良かった、のかな」
少し間を置いてから、もう一度つぶやく彼女。
……のかな?
こういう時は話してくれるのを待ち続けた方がいいの?
それともこちらから先を促した方がいいの?
うぁーーーーーーーー……!
バイブルも羅針盤も役に立たねーーーーーーっ!
ぼくがもにゃもにゃと悩んでいる間に、答えはあっさり提示された。
九重さんの口から衝撃的な言葉が紡がれる。
「わたしね ━━━ 告白されちゃった」




