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”いつか”をずっと抱えてたあたしへ


 ――――それから。


紹介状を書いてもらった病院には、一度も行っていません。


というのも、なぜかその辺で寝落ちする回数が減りつつあったから。


それと、予兆のようなものを察することが出来るようになったのも大きいです。


 それまでよりはいくらか眠れたなと思う日でも、急に眠気が襲ってくることがある。


眠れた方なのにと思っていても、体はまだ眠れと言ってるんだと思うようにして、眠れない自分を責めないように努めていました。


 だから、出かけようとするタイミングで眠気が来ても、仕方がないなと諦めて寝る準備をしました。


寝ずにすむはずがないのも理解していたので、その辺で寝るくらいならちゃんとした場所で横になろうと。


おかしなタイミングで寝そうな時は、家族が家にいればあらかじめ声をかけるようにもしました。


 その状態の時には、薬を使っていた時同様で、入眠時はかなり深く眠るので。


本当に眠りに引き込まれると表現した方がいいような眠たさ。


抗うことを許してもらえないそれとの付き合い方を、自分なりに模索。


ある意味、トライアンドエラーという言葉が合っていると感じました。


 すぐに検査に行かないのであれば、現状で出来ることは何かを考えていくだけだと、相も変わらずで前向きに検討するあたし。


 検査に行かない理由の一つに、まだすこし心身が不安定な三女の存在があります。


一晩かけての検査になると聞かされていることもあり、たった一晩とはいえ二人の姉に妹を頼むよと言えませんでした。


姉妹の関係が悪いわけじゃないけれど、親としての寄り添い方を姉妹が出来るかといえば、それは難しいと思ってます。


 話せば理解もし、きっと普通に見送ってくれるかもしれないと思いながらも、どこか自分に似たものを感じてしまう三女を置いていくのが不安でした。


 三女よりもきっと、あたしの方が不安を抱えている気がします。


 自分が抱えている睡眠障害をどうにかしようと本気で思うのならば、家族への理解を求めて、協力を願うのは当然の権利のはずだとわかってはいますが。


本当の意味で自分だけを優先するのは、あたしにはまだすこし難しいです。


 彼に対して出来なかった、甘えたり頼るという行為。


なんてことないそれを行動に移すのは、すこし怖くもあります。


三人の娘たちに思いきって話せばいいものを、いまだに相談すら出来ずにいます。


 今の生活でいいだなんて思ってもいない。


普通に眠りたい。


他の人たちと同じく、また仕事に就きたい。


そう思う自分がいるのに、次の一歩が踏み出せずに立ち止まっている自分もいるのです。


 矛盾だらけの自分を認めるところから始めて、三女の様子を見つつ、それぞれが抱えている悩みなどが落ち着いていそうな頃合いにでも、ちょっといいかな? と話を振ってみようと思います。


 眠れない日々が増えていく中、疲弊していくだけ自分のそばに柵のような存在の彼。


家のことについて一緒に悩むわけでもなく、家計も教育もなにもかもを嫁に任せっぱなしで、くっつきたい気分の時だけ嫁にくっついて。


自分にも甘えていいよとか頼ってよという割には、自分の方ばかりがそれを嫁に求め。


それを求めた負担の一部が、子どもたちにもまわりまわって重くのしかかっていたことにすら気づくこともなく。


 仕事先では視野が広いとか言われていたらしいけれど、家の中では指一本か二本分の幅しかないんじゃないのと思えそうな視野のなさ。


嫁の体調悪化の原因が自分だと思いもせず、ただただ甘える場所がある自分に酔っていた男。


 眠れそうな時に寝たいと告げた時、勝手に触れるだけだからと言いながらも、反応がないと反応があるまで刺激し続ける矛盾を与えてきた人。


自分の欲を吐き出しさえすれば、彼は心地よく眠れ。あたしはその横で乱された服を直しながら、口を開けて眠る彼を見下ろし思った。


(いつか。……そのうち、きっと。この人に殺されてしまう。眠る時間も削り、自分でやれるだろうこともこちらへ回してきて、負担を与え。心を殺さなければいけない状態の時に出会ったはずなのに、どうしてまた同じ状態にさせられかかってるの? その状態から救ってくれたはずの人の手で、殺されそうになってるの? あたしは)


って。


 幸せそうに口を開けて、へらりと笑い、悩みがなさそうに眠る彼。


仕事のことやお金のこと、本当はこんなことがしたい、こんなものが欲しいとか、彼は彼なりに悩みがあるのかもしれなくても。


それでも彼は今後も決してあたしの悩みに寄り添うつもりはないのだろう、きっと。


 打ち明ける勇気をなかなか持てずに諦めてばかりだったあたし。ツラいとふと漏らす目の前の嫁の言葉よりも、自分が今どうしたいかを伝えることばかり頭にある人とは会話にならない。


 日本語じゃなくても、彼にはどんな言葉も通じないんだろう。


 側にいた時にきちんと言えたらよかった。


「あなたに、いつか殺されると思ってた。その日がいつかと思うたびに、怖くて仕方がなかった」


と。


 それを伝える機会はかなり後に訪れることになるのだが、キッカケは彼が障害者になったこと。


 義父が難病にかかって、要介護になった姿を知り。愛情がどれだけあろうとも、介護をすること、相手に寄り添うことは大変という二文字じゃ表現できないことなんだと痛感した。


 愛情を抱けない相手=彼を支える未来を想像しただけで、身震いした。その未来が叶ったらと思うと、怖くて。


自由も何もかもを彼に捧げることなど出来ない。そう決断出来たキッカケだ。


 睡眠障害に陥る人の、その原因もそれぞれで違うはず。


自分と相性がいい医療機関を見つけるのが、まず大変で。


その前の段階で、自分がその状態なんだと認めることが難しく。そこから一歩踏み出して、第三者に助けを求めてみようと進み始めるのが次に難しく。


そこでの治療内容がわからなければ聞けばよくても、聞くことも難しかったり。


担当医がどこまで話を聞いてくれるのか、言葉を返してくれるのかも不安だし。


途中に書いたように、担当医の方でその話は治療には不要だと思えば、切られることもある。そこでどう動けるか、考えられるかが難しい。


いろんなことを難しいとだけ捉えるばかりじゃなく、医者任せにしすぎず当事者の自分が一番向き合わなきゃいけないことを自覚できないと厳しくて。


 そこにたどり着くまでの時間の長さを、先が見えないと諦めるのは簡単で。


けれど、先が見えなくても進めば見逃していた枝道に入れるかもしれない。


どこにどんな治療の可能性が待っているか、まったく見えない。


 数値化されないのが、心で。


それを見ようとしなきゃいけなくて。見えたものに向き合う勇気と、途中で挫けない持続力のようなものも必要で。


 うちはたまたま暴力性のモラハラとかじゃなかったけれど、それでもそれまでの自分が浸っていた環境をリセットするのは勇気がいる。


 自分がいた場所が普通じゃなかったんだよと気づくのは、自力じゃ難しかった。その渦中にいれば、まわりからの声は聞こえにくくて。


 けれど、ふとした瞬間。何かに呼ばれたように、それまで耳に入りすらしなかった声が鮮明に聞こえだす。


不思議な感覚だった。


 ネッ友が彼をいくら悪く言おうとも擁護し続けていたはずなのに、立ち止まれた時にその言葉を読み返すと彼女たちの想いが胸にストンと落ちてきた。いたって普通に。


 その言葉や想いたちを受け入れながら、自分は生きたいんだなと気づけた。


 彼によって、たかが睡眠というどんな人間でも持ちうる欲を満たすことを拒まれ。


それを満たせないばかりに自分を保てず、フラフラと揺れる体を引きずってでも何故か何でもないよと笑っていたあたし。


 その異常さに一番そばにいたはずの彼が、不思議なほどに気づいてくれなかった。


それがきっと一番寂しくて、一番哀しかったんだと思う。今思えば。


 壊れていた自分を掬い上げてくれたと思っていたから、何かを期待しすぎていたんだろう。


ことごとく期待を悪い意味で裏切ることだけが得意な人だと知ってたはずなのに。


 だから、彼を拒んだ。一緒には歩けないと。


彼がきっと、家族に手を差し出してほしいと信じていたはずのタイミングで。どれだけ自分が彼に信頼されてきたかを知っていて。


一番、残酷なタイミングで。


 もしもの話。


どうせ死ぬなら、不眠じゃなく他の方法がいい。


自死は、論外。


車や電車に轢かれて死ぬのも、嫌。


 一番嫌なのは、あの男によって直接的でも間接的でも死ぬハメになること。


どうせ死ぬなら、好きなアニメやマンガで笑い死にがいいや。それか、寝る前に読んだり見たままで、満たされた状態で老衰。


あ。


それ、いいかも。


彼にも、そして自分にも殺されず。


元々のんきな性格だったあたしだもの。


のんきで平和な死に様。


そんな風に召されたあたしを見て、子どもたちがこう言ってくれたらいいな。


「ママらしいね」


とかなんとか。


 今は、隣に彼がいない生活に慣れることを目指している。


どうしても消えない幻視・幻覚・幻聴を意識しないようにしていても、まだどこか暮らしの中に彼が在るから。


 それを無意識でどうにかしようとしていたのか、彼がいなくなって以降でするようになったことがある。


彼がいた時に自由に買えなかった、好きなマンガや小説。それを買って、寝る前に読んで。


担当医に言われたことを守っている意味合いもあるけれど、その本の増え方がおかしい。そして、本を置いている場所もだ。


 自分が眠る寝室は、床に布団を直に敷いているもの。


その寝室の、あたしが眠っている布団の半分には、本が所狭しと積まれている。


何の気になしに在庫のダブりなどが嫌だからと、アプリで本の管理をし始めてみた。


そうして彼と離れて以降に積むようになった本の冊数、二千冊以上。


それはまるで、そこに彼が入る隙をなくしてもいるようだなと気づいたのは先日。


こういう行動も、恐怖症や強迫性障害の可能性もアリと書かれていたのを見つけました。


 ふと寝室へ目を向ければ、必死にその場所を埋めている自分の姿がそこに。


 心は、一度傷つくとなかなか癒えなくて。


癒えたと思っても、忘れられたと思っても、何がキッカケで過去に引き戻されるかわからない。


彼と一緒にいた時間以上に、その存在を消すまで時間がかかるんだろうと思いました。


 彼が普段の生活の中であたしに与えてきたいろんな傷は数多く、“こうじゃなきゃいけない”という意識がまだたくさん残っています。


 その影響か、彼がいなくなってから食事を作るのが面倒になってしまいました。


時々子どもたちに甘えます。


「今日は出前でもいい?」


「今日はお弁当買ってきてもいい?」


 燃え尽き症候群にも近いよねと言われたことがあります。


それだけの緊張感を持った生活を、長いことし続けてきた反動なのだろうと受け入れることにしました。


その事実を子どもたちにも伝え、どんな形にしろ食事が出来るようにはするから、どうか許してほしいと。


 彼がいた時に、どんな体調でも食事だけは気を抜かずに作り続けていたあたし。


子どもたちの中では、ちゃんとご飯を作ってくれる母親だったはず。


子どもたちそれぞれで、あたしが作る好きな料理もあります。


ママが作るコレが食べたいとか言われても、今はそれすら難しいことが少なくなくて。


自分の弱さが招いたことで、結果的に子どもたちを巻きこんで。


罪悪感ばかりが自分を責め立てる中、子どもたちは言いました。


「普通に笑って、そこで一緒に生きてたらいいじゃん。うちが何かよそんちとは違うんだろうなと感じてはいたけど、口出しも出来なきゃ、なにも助けられない。所詮、コドモだからね。でもさ、こうして一緒に過ごせるってだけでもいいやって思うんだから、それでいいじゃん。とりあえず、ご飯食べようよ」


 その日もお弁当を買ってきたあたしに、テレビを見ながら雑談するかのように返してきたのが、明るい口調のその言葉でした。


とりあえず、生きて、ご飯が食べられていればそれで十分じゃん。か。


「お味噌汁だけは作ったからさ、食べる人いたらよそうけど」


と呟いたあたしに、お弁当をつまみながら小さく手をあげた子どもたち。


ホッとしながら、味噌汁をよそいます。


味噌汁も、子どもたちが好きだと言ってくれる料理の一つです。


 こんな風にひとつずつ自分を許したり、時には子どもたちを甘やかし、その逆もしたりしつつ過ごすのが目標です。


 ここまでで、治療にもなる書き出しはおしまい。


明日はもっと笑えますように。


もっと、自分らしくいられますように。


もっと、子どもたちと楽しく話せますように。


もっと、自分と向き合えますように。


 そしていつか、普通に眠れますように。



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