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睡眠以外にも満たすべきもの


「対症療法っていうものなのかと予想を立てていたんですけど」


 なんて、医者からしたら一番嫌だろう素人考えを馬鹿正直に伝えた。


ブログにも自分が冷静になるためにもと、その時の話を書いたことも報告。


「先生が意図していただろうことは、本人にしかわからないし、正解は先生の中にだけあると思ってもいたので、予想の範囲内で書きました」


とも話してから、可能なら種明かしというかネタバレしてもらえたらとお願いをしてみた。


 担当医からすれば、前回の話が出るかもしれないなとは思っていたものの、そこまでの内容で話を振ってくると思ってもいなかったよう。


 なぜか、ふふ…っと笑われた。


でも決してバカにしたような笑みじゃなく、しょうがないなあって感じに見えた。


 以下は、担当医からのネタバレです。


あたしのような患者というか、先生のところを訪れる患者さんに関しての場合。


三回目のカウンセリング時に、分岐点になるだろうことを見定めたり、あえて荒らすような出来事を起こすんだとか。


ポイントは、()()()。ココがかなり重要らしい。


 実際に臨床試験みたいなもので、三回目の時にそういう刺激にあたる部分が必要だと出たんだとか。

一体どんな検査をしたんだろう。


それぞれの患者に対してする揺さぶりは全く違うものだろうけど、それでもなかなか大変なことじゃないんだろうか。治験にあたった患者さんを他人事と思えず、心配になってしまった。


 あたしの場合は彼が絡んだ幻覚・幻視・幻聴という症状になって、これまで彼と過ごした日々が自分を蝕んでは眠れなくなってしまっていた。


眠っている時だけの話ではなく、普通に起きて出かけている時ですら呼ばれた気がして返事をしてしまうことがある。


または、見られている気がして振り返る。


出先で肩に誰かが触れたわけじゃないのに、錯覚をして体を強張らせることも。


 眠っている時だけの話じゃないので、眠っている時には余計に神経質になってしまっているのかもしれない。


 眠れないというのは、体だけじゃなく心がもたなくなる。


睡眠障害になってみて、身をもって知った。


 そんなことを考えてもどうしようもないのに、“寝なきゃ”という言葉が脳内でエンドリピして、尚更眠れなくなった。


その言葉を思い浮かべるのは悪手だと気づくまで、かなり長いことその呪いの言葉を呟いていた。


 彼がまだ隣にいた時から治療を開始した、睡眠障害。彼によって度々邪魔されてきた、眠たい時に寝るというなんてことない行動。


それが積み重なっていけば、ここんとこで耳にするようになった“睡眠負債”とかいうものがたんまりと溜まっていった。


 金は彼によって消費していくのに、別の負債は彼によって増やされていく。


その逆だったら、生活への不安も負担もかなり減ったんだろうにな。


 彼が地方に行くようになってから、すぐに眠れるようになると期待していたのに現実にならず。


変わらずに、眠れぬ日々を過ごすだけになった。


 変わらずというよりも、じんわりと滲んでいくように悪化していったといった方が合っているのかもしれない。


月に一回会っただけで、かんたんに生活がリセットされて、心もまた彼の都合がいいようにとリセットされてばかりだった。


 良いとも嫌とも返せないあたしに、自分の都合がいいように解釈をして触れてきた彼。その存在自体が、まさしく遅効性の毒みたいだなとか思える人だ。


 子どものように無邪気だとか思えるのは、彼への愛情でもあればそう見えたんだろう。けど、自分勝手な大人をそうみられるような状況じゃなくなってから、やっと現実を見ることが出来たあたし。


そこへとたどり着くまでも、これまた時間がかなりかかった。


 自分をどうにかしたい。ツラい。眠りたい。生きたい。


そういう気持ちを抱きつつ担当医のところまでたどり着き。けれど彼によってすぐさま心がリセットされてしまう自分を隠すことが出来ず。


 その矛盾さを両手に抱えて通院していたのを、担当医はたった数回のカウンセリングで様子見をし、この患者さんは治せる範囲内の人なのかどうかを見極めていたようだった。


 担当医曰く、治せる余地のある患者とそうじゃない患者は行動が分かれるという。


治せない患者は、だらだらと自分の話ばかりをする人と、ネットで仕入れた情報を持ち出して分析してきては意見をうかがう人。


 前者に関しては、三回目までのあたしがそんな感じだったので、耳が痛かった。あたしにとっての彼は、端的にいえば眠れない原因で。


心のどこかでもっと早い段階でその事実に気づけていたかもしれないのに、頑なに認めようとしない自分にも気づいていたので、キッカケがほしくて第三者の手を求めたのかもと思う。


自分だけじゃ、一歩を踏み出せないと。


 誰かに助けを乞うことを出来ずにいた、それまでの自分。そんな自分が素直になると、あんな風にいろいろ一気にあふれ出してしまうんだなと気づかされてしまった。


 いつからかはわからないけれど、感情が膨れ上がり、どのタイミングで破裂してもおかしくないぼどに。


 普段出さない感情を表に出してしまうと、歯止めが利かなくなるよう。


いつまでも聞いてほしがるのか、延々と語りだすという感じになっていたんだ。多分ね。


それを吐露することによって、それまでの自分だけで踏み出せなかった方への踏み出し方や、どこか不安な背を押してもらえるんじゃないかと期待していた部分も否めない。


 治せる余地のある人については、感情をあふれさせることがまだ可能な人なら、いけると判断されるらしい。


 三回目の号泣事件のそれが、担当医がいうところのいけると思えた判断材料になったとか。


“まだ大丈夫”だと、そう思える状態にあるんだと。


 その状態になっていなければ、次回のカウンセリングの予約はなかったかもしれなかったんだよねという話を聞き、内心ゾッとした。


手遅れだと判断されたら、その状態のままで放置された? と想像してしまった瞬間、背中に冷たいものが走った。


 前回、久々に人前で号泣し、外を歩きながらグスグス泣いて歩いて駅まで向かったりもし。それがなければ、どうして担当医がそれをしたのかも知る機会は訪れなかった。下手すりゃ永遠に。


 最終的に投薬なしで、生活改善だけを継続して様子見をとなった理由。


 通院のことも書いているけれど、元々彼への愚痴を吐き出していたブログだったり。それ以外に久々で小説を本格的に書くのを再開したりもしたのが、前回のカウンセリング以降のあたしの過ごし方で。


治療の一つにもなっている、アウトプットすることで自分の状態を冷静に観察したり、小説を書くなどで好きに時間を使うことがいい効果になっていた。そういう行動に出た時に限って、若干とはいえ眠れていた日があった。


何をすれば、眠れるか。質のいい睡眠は、どういう状況の時か。それを探るべく、担当医は話を聞き続けてくれたのだから。


 無駄話になりそうな話の中から取捨選択をして、有効と無効に選り分け。


患者別でそれぞれに最適解が何になるかを、一緒に考えてくれる。


 あたしの場合は、とにかく書くことというか吐き出すこと。


それがたとえ、医者の立場からしてもキツい治療だと思えても、あたしに関しては別物だったみたいだ。


 心の中を軽くしたり、自分が書いたものを誰かに認めてもらいたいと一歩踏み出す行動を自発的に出来たのなら、すこしずつでも睡眠の質を上げられるかもしれないという話になった。


 あたしは微笑んで、「いい報告が出来るようにがんばります」と返した。


 実際、公募に出してみて、よくあるお誘い文句なのだろうけど、自費出版のお誘いをいただいたりもした。


と同時に、担当編集さんがついてくれ、何かしら書いたものを送ると添削や感想をもらえる環境になってもいた。


 書いたものすべてが最初から認められるはずもない。だから、入賞していないのだから。そこはそれで、事実というか現実として認めよう。


それがその時点での、自分の実力。


認めた後が大事なんだと思えた。


 編集さんからは、悪いとことだけじゃなくいいところも探して、ちゃんと言葉で伝えてもらえる。大変ありがたい。褒め言葉ばかりの方が、逆に不安になるから尚のこと。


 直せる箇所があるということは、いいものに出来る余地があるということ。


 余地という言葉で、自分の状態について探っていた担当医を思い出す。


 睡眠障害も治せられれば、小説やいろんな文章だってまだいいものが書ける可能性を秘めているということ。


どちらも“ダメ”とは言われていない。


満点をもらえていないとしても、“これからがある”と認めてもらえたとして、自分を褒めてあげようと思った。


 ようするに、承認欲求を満たすこと。


今日はこんな風に出来たから、こんな睡眠が得られた。がんばった、自分。


今日はこんな風に小説が書けた。書いていて楽しかった。もしかしたら、誰かを楽しませることが出来たかもしれない。がんばったじゃん、自分。


なんて感じで、最後には自分を自分が一番褒めて認めなきゃなと。


 書くことを義務化するとプレッシャーになりがちだけど、治療の一環と思って少し気楽に構えるようにした。


誰かに読んでもらってこそ小説だと思っていても、エッセイだろうが小説だろうが、その内容には自分の一部が散りばめられるわけで。


その自分を知らねば、薄っぺらい体験談でしかない気がした。だからこそ、向き合うことに意味があるんだとも思えた。


 それも治療につながることは先のカウンセリングで聞いてもいたので、改めて話をして、今後も継続していこうということに。


 そして、長いことおかしかった右脚について。この心療内科で初めて病名がつく。


解離性運動障害。ようするに、ストレスで、自分が思うように脚を動かすことが出来なくなったと。


つまりは、彼から与えられた負荷でそうなった可能性が高いという話になった。


あんなにいろんな検査をいろんな科で受けたのに、最終的にストレスが原因。


ストレスに弱い自分にショックを受け、と同時に彼と付き合っていいことなかったなとため息が出た。



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