012 足りた筋力、足りないお金
【前回までのあらすじ!】
死んでしまった主人公は物は試しと幽霊のままVRゲームにログイン。
そこで前作から引き継がれたペットのクルーアやゲーム内で知り合った†ブレイバー†、メシマジーナの二人と冒険者ギルドのチュートリアルを終了さる。そして武器を買いに来たものの必要筋力が足りない。そうだ、筋トレしよう!←いまここ!
【大事なお知らせ】
技能の表記がわかりにくい、それだと完全スキル制ではないのでは? といった感想をいただき、しばらく考えた結果、変更したほうが分かりやすいと判断しましたので勝手ながら一部表記を変更することにしました。
技能→パッシブスキル
スキル→アクティブスキル
技能レベル、スキルレベル→スキルレベルに統合
名称を差し替えただけで効果や話の展開などはまったく変わっていませんのでご安心ください。
さらに1時間が経過し、ゲーム内の日が暮れ始めたころ、わたしの筋力はついに満月輪の必要筋力に到達した。
「よっし! 装備できた!」
「お、おめでとうピエロさん」
「おめでとー!」
「おめでとう!!」
「や、どうもどうも」
長いこと筋トレしていたせいでわたしの周りにはたくさんのプレイヤーが集まっていた。
その大半が一緒に筋トレをしていたので、謎の一体感に包まれている。わたしに限らず、目的の筋力に達したプレイヤーがねぎらいの言葉をかけられ、武器を装備して嬉しそうにしている。
「君もPEVRで夢の筋肉を身につけよう」
「そんなゲームじゃありません、ありませんからね」
何故かジト目のクルーアは軽くスルーし、さっそくあと二つ満月輪を購入する。
大きなチャクラムを、それも複数を豪快に振り回すのは、とても派手で楽しいに違いない。
「あ」
「どうされました?」
「お金が足りない」
考えてみたらわたしは大して依頼も受けていないしドロップアイテムを売ったりもしていない。
MMORPGというのは同じ事を繰り返してお金を貯めるゲームだ。
クエストの達成しかり、エネミーを倒して得るドロップアイテムの売却しかり。
スキルを育てるだけならそのスキルを繰り返し使うだけでいいけれど、それではお金が貯まらない。
戦闘し、ドロップアイテムを売却する以外のお金を得る手段といえば、戦闘のないクエストを受けるか、アイテムを収拾したり、作ったりして売るか。
前作では作成したアイテムを露天において、学校へ行ってる間は放置してその間に売れた分を収入にしていたけど、VRゲームは放置して出かけることが出来ない。露天機能がないとは思えないけど、残念ながらわたしはそういうスキルはまだ持っていない。
「仕方ない、ドロップ狙いでエネミーでも狩ろうか」
「あの、マスター」
「うん? どしたのクルーア」
「えと、言いにくいのですが、わたしの装備はないんでしょうか?」
あ、ああ、そうか、忘れてた。
いや、忘れてたというか、あんまり考えてなかった。
戦闘ガチ勢なら自分に合わせてホムンクルスの装備を整えるんだろうけど、わたしはエンジョイ勢だ。面白そうなスキルを覚えてみたり、面白いエネミーをテイムしてみたり、身内でお馬鹿な企画を立てて遊んでみたり、そういうのが大好きなタイプのゲーマーだ。
だから極論、クルーアは初期装備のまま横に居て話し相手になってくれるだけでも十分だったりする。
「何か装備したいものとかある?」
「いえ、特には」
「いやいや、なにかしらあるでしょう?」
「お忘れかもしれませんが、わたしはNPCで、AIです。それがこの装備じゃなきゃやだやだーとか言い出したら、困るのはプレイヤーの皆さんでは?」
「今のやだやだー可愛かったからもう1回やって!」
「嫌です」
「本当だ、すごい困るね」
今の可愛かったのにもうやってくれないのか、残念。
真面目に考えるなら私は戦闘系スキルを伸ばす予定がないので、クルーアには護衛として近接装備をしてもらうのがいいかな。剣とか、槍とか。敵に近づかれる前に倒すってことで遠距離もありだろう。わたしの投擲とあわせて一方的に攻撃する。
防具は前者なら重い鉄製の鎧、後者なら機動力を重視した軽い皮製の鎧なんかがいいと思う。
ただ、わたしはこのままなら移動力、というか機動力が高くなると思う。これはゲーム的な数値じゃなくて、スキルの組み合わせ的に。そうなると強い敵からは逃げるというのも手だ。その場合クルーアの足が遅いと置いてけぼりになってしまう。
近接攻撃が出来て、防御ができて、逃げることもできる装備。
「いっそ戦闘を無視して可愛い系で固めるのもありだよね」
「わたしはそれでも構いませんけど、他のみんなをテイムしに行くのが大変になりますよ?」
「……そうだね」
「もしかして、忘れてましたか?」
「忘れてないよ、嫌だなぁ」
忘れてたよ。ごめんね彦左衛門、ごめんねグリ吉。
でもあの二人が居てくれたら近接戦闘はお任せしてしまえるし、うーん。
「やっぱりクルーアの方向性は後回しでいい?」
「わかりました」
若干不満そうな気がするけど、とりあえずはわかってくれたらしい。
ひとまず森にでもいってお金稼ぎといこう。
深い森の中をクルーアと二人で歩く。
ろくに舗装されていない獣道をざっくざっく、草を踏み倒しもっさもっさ。
改めてすごい技術だな、とか、ゲームで使っていいレベルなのかこれ、とか思うものの、こういう技術っていうのは得てして軍事か娯楽が先行するものだ。あとえっちな分野。人間の欲望は崇高な目的よりも優先される。無論偏見の塊であることは否定しない。
けれどわたしがこうしてここにいる事が、その証明の一つになると思う。
だってわたしは死んでいるのだ。死んでいるのに、ゲームがしたいという、ゲームをしない人からしたらくだらない理由で死という絶対普遍の真理を捻じ曲げてここにいるのだ。人の娯楽にかける情熱を、執念を舐めてはいけない。
話を戻そう。
わたしが森にある道ではなく、こんな獣道を歩いているのには理由がある。
道は人が舗装していて、エネミーが出ないよう整備されている。だから森の奥まで進むならまだしも、町に近い場所なら道からそれたほうがエネミーと出会いやすい。
という設定らしい。
ゲーム的に言ってしまうなら、整備され、街に近い道はエンカウント率が低下し、町から離れるほど上昇する。そして整備されていない場所は整備された場所よりもエンカウント率が高い。草も生えまくっている。
あ、草むらから野生のエネミーが飛び出してきた! とか、そんな感じになる。
「お、いた。ってなにあれ。前作にあんなのいたっけ?」
「今作からの新エネミーです。詳しくは語れないので図書館へいくか、ギルドで聞くか、鑑定スキルを取得してください」
ほー。なるほど。鑑定、鑑定ねぇ。一時期からラノベで流行りだしたお約束スキルだけど、前作にはなかったはず。
ここの運営のことだから、流行りにのって実装したのかな。前作でもエターナルフォースブリザードを取得できるスキルスクロールとかあったし。取得率0%とかいうネタアイテムだったけど。
さて、わたしたちの前に現れた新エネミーだけど、見た目は真っ白な球体に、丸い四つ足をくっつけた感じ。
触れてみないと本当のところはわからないけど、見た感じではかなりやわらかそうだ。
そして一番大きい、体兼頭だと思われる場所には、大きくショボーンの顔文字がひとつ。
あ、顔文字じゃないんだあれ。口の部分が開いて、周囲の草をもしゃもしゃと食べている。
「名称はマシュマロゴレムか。強さは弱い、と。自然の生き物には見えないけど、魔物? それかスライムやブロブみたいな魔法生物かな」
「残念ならお答えできません」
「ま、そうだよね。とりあえずNPC,というか住民ではなさそうだし、倒そうか」
アクティブエネミーでもなければ、そんな凶暴そうにも見えないけれど、これはゲームだ。大人しいエネミーなら、文字通り大人しく狩られてもらおう。
わたしは右手に持った満月輪の中に手を入れて、くるくると、ぐるんぐるんと回し始める。
今のところ回すのは上手くいっているけど、ここから投げるのが上手くいくかどうか。
当然リアルでこんな武器を使ったことなんてない。だからほとんど適当にそれをマシュマロゴレム目掛けて投げつけた。
ぶおんっ、と風を切る音がして、刃を備えた巨大な輪っかが投擲される。
わたしからマシュマロゴレムへ向けて弧を描くようにして迫った満月輪は、そのままマシュマロゴレムを横一線に両断。勢いを止めない満月輪はそのままわたしの元へと戻ってくる。
「よっと。うわぁ、綺麗に切れたね。物理防御が低いエネミーだったのかな」
満月輪は必要筋力がそこそこあったとはいえ、投擲武器だ。その威力は直接切りつける近接武器には及ばない。
それなのに一撃で倒せてしまったのは、このマシュマロゴレムがそれだけ脆かったからだ。
エネミーの中には物理に強いが魔法に弱いとか、魔法に強いが物理に弱いといった、極端な調整がされたものがいる。このマシュマロゴレムもたぶん、そういう種類だったんだろう。
ただひたすらに弱いだけ、という可能性もあるけれど。
マシュマロゴレムの死体に近づき、ドロップアイテムのウィンドウを表示する。
・マシュマロの欠片×2
「本当にマシュマロなんだ……」
たしかに白いし、脆いし、名前にもそう書いてあるけど、本当にマシュマロだったのかこのエネミー。
ということは魔物じゃなくて魔法生物、名前の通りゴーレムだろうか。
「いや、PEVRでは食べ物が普通に歩き回っているという可能性も」
「ありませんからね!?」
情報を出せないと言っていたクルーアからツッコミが入る。
さすがに世界観をぶち壊す誤解は止めるべきだと判断したらしい。
面白いと思うんだけどなぁ、おはぎとか、ショートケーキが歩き回るゲーム。
倒すたびにチャット欄へ※戦闘終了後スタッフがおいしく戴きましたって表示されるの。
「これ、いくらで売れるかわかる?」
「鑑定スキルがあればわかります」
はい、すみません。
ためしにマシュマロの欠片を一つ取り出してみる。
形状はまんまマシュマロだ。たださっきのエネミーのように丸型ではなく、短い円柱型。お試しとばかり口に含んでみる。
「あ、甘い。特にバフもデバフもなしか」
毒の可能性も考えたけど、特に効果はないらしい。甘いだけ。
「あ、クルーアも食べる?」
「いただきます」
うーん、価格確認のために一々NPCのお店に売りにいくのも面倒だし、今日は色々なエネミーを倒して、どのドロップが一番高いか確認しようか。売値さえ分かればこれからはそのエネミーを中心に狩ればいい。
さらに少し歩くと、今度はさっきのマシュマロゴレムが2体いた。
……訂正、片方は丸まったウサギだ。小さな角が生えている。
遠めだとどっちも白い丸だからややこしい。
マシュマロのドロップは既に確認したから、最初の目標はウサギにしよう。
満月輪をさっきと同じように構えて、回しながら投擲。
実際の使い方とかよく知らないけど、回しながらの方が強そうだし、かっこいいし、ゲーム的にはそれで問題なさそうなので回す。
満月輪はウサギに直撃したものの、倒しきることはなく手元へ戻ってくる。
さすがにマシュマロのように一撃で倒すのは無理だった。
そりゃマシュマロとウサギが同じ防御力とかありえないよね。
こちらに気がついたウサギの赤い目が光を放つ。そしてわたしへ向かってまっすぐに駆けて来る。
咄嗟に満月輪を投げつけたけど、ウサギは左右にステップし、上手にそれをかわしてしまった。やっぱり不意打ちだと命中に補正がついていたらしい。この場合は回避がマイナス補正されていたと見るべきか。
けれど避けた直後は一瞬無防備になるもの。わたしは満月輪が戻ってくるよりも早く小石を投擲。ヒット! わたしから1mという至近距離へ迫っていたウサギは今度こそ避けきれず、小石は顔面に直撃した。もちろん威力はほとんどない。それでもクリティカルすれば動きが止まるのはおサルさんとの戦いで確認済みだ。
戻ってきた満月輪をキャッチすると、今度は投げることなくそのままウサギへと接近して振り下ろす。
肉を切り裂く、恐らく現実に比べたらかなりデフォルメされた手応えを感じる。
動かなくなったウサギのドロップを確認したいところだけど、まだマシュマロが残っている。いくら一撃で倒せたマシュマロとはいえ、他のエネミーを放置してドロップを漁るほど馬鹿じゃない。
みればマシュマロはぷるぷると震えながらこちらを見ている。
その表情はショボーンの顔文字そのままで、怖がっているようには見えないけれど、きっと怖がっているんだろう。
ちょっと罪悪感があるものの、わたしは満月輪を振り上げて。
「シニタクナイ、シニタクナイ」
「喋った!?」
「話す、というか泣き声みたいですね」
シニタクナイが泣き声とか、性質が悪いというかなんというか。悪趣味だぞ、運営!
しかし残念ながらわたしはその程度で攻撃をやめたりはしない。さっさとトドメを刺してドロップを戴こう。
その時、わたしはチャット欄のあるタブが点滅していることに気がついた。
新しいスキルを手に入れるか、スキルレベルが10レベル以上あがるかしないと通知しないようにしていたはずだけど、なんだろうと目を向ける。
《マシュマロゴレムは仲間を呼んだ》
《原初の竜が現れた》
「え?」
「はい?」
マシュマロゴレムの頭上、その空間がぐにゃりと歪む。それは歪みは渦になり、どんどんと大きくなる。
まず現れたのは角のようなもの。それがどんどんとこちらへ突き出され、角ではなく鼻先だと分かる。
次いで頭、長い首、4本指の両手に、がっしりした体、雄雄しい2対の翼、頑強な足、太く、長く、勇ましい尻尾が現れる。
前作における最終ボス。
わたしが何度も、何度も挑んでは、回線問題というゲーム外の要素で倒すのを断念した存在。
「グルウゥゥオオオォォォンッ!!!」
「ちょ、なんでこんな序盤で!?」
「わ、わたしも知りません!」
前作最終レイドボス、原初の竜がPOPした。
前書きにも書きましたが、技能という表現をなくしパッシブスキル、アクティブスキルに統一しました。
混乱させてしまうかもと思ったのですが、ご理解いただければと思います。
なお今回作者の他作品に登場している名前が出てきますが、ゲームが実は異世界だった、とかそういう展開はありません。ご安心ください。




