悪女と再会
「んふふー。」
楓は嬉しそうにベットに寝転がり足をパタパタさせた。
「どうしたの、楓。」
結衣子は自分の荷物を整理していた手を止め楓を振り返った。
「嬉しいなー、と思って。結衣子ちゃんが同室生で。」
あの後寮に向かい管理人に部屋を聞くと、楓と結衣子が同室であることがわかったのだ。そのためこうして結衣子は届いた自分の荷物をてきぱきと部屋にしまっていた。
「私も嬉しいわ。」
「でも、まさか本当に同じ部屋になるなんてね。そうなったらいいなー、とは思ってたけど。」
ごろん、と楓は寝返りをうった。
「そうね。楓。制服で寝転がるとしわになるわよ。」
「はーい。・・・あ、そろそろ食堂行こっか。晩御飯、晩御飯ー♪」
楓は、ベッドから起き上がるとそう言った。
「あー!結衣子ちゃん発見ー!」
食堂につくと上から小野寺の声がしたので結衣子はその声の方向へと顔を向けた。
寮は男女で別れているが、建物自体は同じため食堂は男女兼用だ。
小野寺がいる場所は食堂の二階。階段の上から声をかけたらしい。
「小野寺さん。」
「名前でいいよ。慎之介って呼んでー。」
小野寺は笑顔で言った。
「わかりましたわ、慎之介さん。」
結衣子が素直に名前で呼ぶと満足そうに笑った。
「結衣子!?お前留学に行ってたんじゃ・・・。」
結衣子の名前を聞き、黒髪でがたいの良い目生徒が慌てたように二階から身を乗り出した。
「ゆーいーこーちゃーーーん!!」
すると、今度は金髪の少年のような可愛い生徒が階段を駆け下り勢いよく結衣子に抱き着いた。
「凛ったら・・・、ふふ。久しぶりね。」
抱き着いてきた少年の頭をなでながら結衣子は嬉しそうに笑った。
隣にいる楓は驚いて目を丸くしている。
「ちょっとー、凛!俺が結衣子ちゃんと先に話してたのにー。てゆーか、ずるいっ!結衣子ちゃーん、俺も抱きしめ・・・」
小野寺が不満そうに凛という少年に文句を言った。そして自分もとばかりに手を広げ結衣子に抱き着こうとしたが、さきほどの黒髪の生徒に足を引っかけられ転んでしまった。
「おい、結衣子。帰ってきたなら連絡くらいしろよ。」
黒髪の生徒は小野寺を気にもせず結衣子に声をかけた。
「ごめんなさい、和泉。驚かせようと思って。」
結衣子は笑いながらそう言った。
「和泉ひどいー・・・。」
転ばされた小野寺は起き上がりながら和泉に文句を言うものの無視をされいじけていた。
「ねぇねぇ、結衣子は今から食べるの?」
凛は結衣子に抱き着いたままそう聞いた。
「ええ。」
「じゃあ、早く上おいでよ。僕らもちょうど今食べ始めたところだったんだ。」
頷いた結衣子の手を取って凛は二階に上がろうとしたが、結衣子は動かない。
「悪いけど、それは遠慮させてもらうわ。」
申し訳なさそうに凛に言った。
「ええ!?どうして!」
「私たちはここで食べるわ。」
結衣子は階段の横にあるテーブルを指した。
「え・・・ここって下でってこと?」
凛は驚いてテーブルと結衣子を交互に見た。
「留学行く前は上で一緒に食べてただろ?」
和泉も少し驚きつつ結衣子に言った。
「・・・私たちって、結衣子ちゃんとそこのおチビちゃん?」
小野寺は二人に続きそう言った。
「え?だれ?」
小野寺の言葉に凛はやっと結衣子の隣にいる楓の存在に気付いた。
「私の友人よ。」
結衣子は楓をみんなに紹介するように一歩前に出させた。
「あ、えっと戸田楓です。」
緊張しながらも、楓は自分の名前を言った。
「結衣子ちゃんの友達か!僕は結城凛。よろしくね!」
凛は笑顔で楓へと手を差し出した。楓はその手をおずおずと手をその取り握り返した。
「橘和泉だ。」
がたいも良く少し目つきが悪いため、楓は少し萎縮してしまっているが、きちんとお辞儀を返していた。
「俺は小野寺慎之介ー、よろしくねー。」
小野寺は背の低い楓の顔を覗き込むように腰を曲げてへらーっとあいさつをした。顔の距離が近いため、楓の頬は少し赤くなっている。
「ていうか、本当に二人ともここで食べるの?」
凛が結衣子に向き直りそう言った。
「ゆ、結衣子ちゃん。結衣子ちゃんは上で食べてきなよ。」
楓は慌てて結衣子にそう言った。
「え?二人とも、上で食べればいいじゃん。」
凛は不思議そうな顔をした。
「いや、戸田・・・だっけ?こいつは上で食べれないだろ。」
「そうそう、学園の休憩室と同じで上で食べれるのは俺達だけー・・・っていう決まりなんだよねー。まあ、俺はそういうのどうでもいいけど、やっかみ受けるのは楓ちゃんだしねー。」
小野寺は楓の頭をぽんぽんたたきながらそう言った。
「でも、結衣子が下で食べるってのも問題ありそうだよねー。」
うーん、と凛が腕を組んだ。
「峰家だしなー。」
そう、峰家のような名のある家柄の生徒が下で他の生徒と食事するというのは結構問題なことなのだ。
「あの、本当に結衣子ちゃんは上で食べてきて。私はここで食べるよ。」
気を遣い楓が結衣子にそう申し出た。
「・・・なぜ友人と同じ場所で食事してはいけないのかしら。」
結衣子はわかってはいるが納得がいかず、眉をひそめそう言った。
「結衣子ちゃん・・・。」
「そうは言っても周りは納得しないでしょ。さっきも言ったけどやっかみを受けて傷つくのは楓ちゃんだよ。」
小野寺が周りを見渡しそう言った。確かに周りの生徒は楓を厳しい目で見ていた。特別扱いが気に入らないのだろう。
「楓は私の友人です。つまり楓は私の大切な人。私の大切な人を傷つけたら・・・誰であろうとなにがあろうと許しません。」
楓に向けられる厳しい視線を察し、結衣子は周りの生徒に聞こえるよう大きな声で言った。結衣子の言葉に不満そうだった生徒たちはびくっと肩をゆらした。
「ひゅー、結衣子かっこいいー!」
凛は楽しそうに拍手をした。
「それじゃあ、戸田に手を出したら峰家を敵に回すことになるわけだな。」
和泉も結衣子にならい周りの生徒に聞こえるよう大きな声で脅すように言った。
「えー、そんなおおごとなわけー?」
小野寺はそんなおおげさな、と笑いながら言った。
「当たり前です。そうでもしなければ、楓に手を出す愚か者がいるかもしれませんからね。」
結衣子が冷たい目で周りの生徒を見まわしながらそう言うと、生徒たちはいっせいに顔を青ざめさせた。
「・・・よしっ!これで二人とも上で食べれるよね。さ、行こ!」
そんな生徒たちの様子にもう大丈夫だろう、と思い凛はそう提案した。
「ええ。楓、行きましょう。」
結衣子はさきほどとは打って変わり優しげに微笑み楓にそう言った。
「ゆ、結衣子ちゃん。あの・・・ありがとう。」
そんな結衣子に楓は安心したようにお礼を言った。ずっと不安だったんだろう。
「お礼を言う必要はないわ。さあ、もうお腹がすいてしょうがないわ。」
「うん!」
「あれ?洸も香菜ちゃんも戻っちゃうの?」
階段を上り二階に上がるとテーブルで食事していた一条と香菜が立ち上がったため凛がそう言った。
「ああ、もう食べ終わったから。それに香菜は少し体調が悪い。早めに部屋で休ませた方がいいからな。」
洸は淡々と言った。
「大丈夫?香菜ちゃん。そういえばあんまり顔色がよくないね。」
凛は香菜を心配そうに言った。
「う、うん。」
香菜はうつむいたまま、小さく返した。
「・・・。」
一条は結衣子に何か言いたそうに睨んでいたが、結局何も言わず香菜を連れ結衣子達の横を通り過ぎ階段を下りて行った。
「・・・。」
結衣子も何も言わず少し微笑み浮かべたまま一条と香菜を見送った。
「・・・さ!とりあえず食べよっか!」
なんとも言えない気まずい空気がただよっていたが、凛が手をたたきそう言ったため空気は明るいものへと変わっていった。