依頼3-4
間山泉の唐突な告白に、イスから腰が浮きそうになった。オレの決まり文句を覚えていないのか……。
「ごめんなさい。アナタに迷惑をかけるつもりはないの……」
彼女はハンカチで目頭を押さえた。
箸を持ったまま、重苦しい雰囲気がしばらく続いた。もちろん食欲などとうに失せている。
「何も聞かないのね」
彼女が沈黙を破った。沈黙は時に沈黙を破るきっかけになる。
「食事をしにきただけですから……」
オレは里芋を口に放り込んだ。なかなか咽喉を通らない。
彼女は無理しないで、とオレにお茶を注いだ。
彼女がなにを期待しているのか知らないが、オレは彼女の問題に立ち入る気はなかった。目の前の料理を片づけることだけに専念しようと考えた。
彼女はオレが食べ終えるのを黙って見ていた。
「ごちそうさま」
オレは静かに箸を置いて、手を合わせた。
「ありがとうございます」
彼女は消え入りそうな声で言った。
席を立つには絶好のタイミングだったが、彼女がそうはさせてくれなかった。
「青波さんと時間を過ごしたら、警察に出頭するつもりでした」
オレは是非そうしてください、と毅然と言って、席を立つ。
そのオレの袖を彼女は掴んだ。
「夫に女としてのプライドをズタズタにされたまま出頭することはできませんでした」
彼女の目から再び涙が零れた。知りたくもなかったが、夫殺害の動機の一端が見えた。
「荒みきった心のままではなく、女として……女として警察に向かいたかったンです。青波さんを食事に招いたのはそのためです。罪を償うにしてもなにかひとつ心の拠り所が欲しかったンです。もう一度女として生きていくために……」
間山泉はそう言うと、膝から崩れ落ちた。
彼女にかける言葉がみつからなかった。
なにより彼女の告白にオレは恐怖を覚えた。
オレは彼女に帰ります、とだけ告げて、逃げるようにマンションを去った。
翌日、新聞で彼女の記事をみつけた。彼女が望むべきものを手にしたかどうかは藪の中だ。