依頼3-1
樋田親子の記事が新聞に載って間もなく、一人の女性がオレを訪ねてきた。
駄菓子屋の二階の八畳間。
午前九時――。
「朝早くからすみません」
女性は正座して丁寧に頭を下げた。
ボヴスタイルに切りそろえた毛先がはらりと落ちる。
歳はオレより少し上だろうか? 化粧ッ気のないその顔にはどことなく暗い影が差していた。
「ご用件は?」
オレはレターケースから依頼書を取り出し、万能座卓に置いた。
「意外とお若かったンですね……」
予想だにしなかった言葉に、オレは返答に困った。
女性は変なこと言ってすみません、と依頼書に名前を書き込んだ。
オレは『間山泉』という達筆な文字を目で追った。
「お願いしたいのは今夜なンですけど大丈夫でしょうか?」
なんとも急な話だ、と思っているオレを、彼女は横目で見た。
その目はなんとも寂しそうだった。今にも涙が零れ落ちそうなくらい潤んでいた。
オレはその目から視線をそらせないまま、法に抵触しない範囲での依頼なら大丈夫です、と決まり文句を混ぜて答えた。
彼女は小さくよかった、と呟いてすッと目を伏せた。
「それで……今夜どこでなにをすれば?」
「お食事に招待したいンです」
「はあ……」
突拍子もない依頼に、オレは言葉を失った。
「腕に自信はありませんが、私の部屋で私の手料理をアナタに食べてもらいたいンです」
「手料理を……。それだけでいいンですか?」
「はい。それだけで結構です」
「そうですか……」
「ダメでしょうか?」
彼女はオレの顔を覗き込む。
「いえ、お引き受けします。ちょっと驚いたただけで……」
彼女は安堵の表情を浮かべた。
オレは彼女から住所と訪問する時刻を聞いて書き留める。
オレが書き終えると、彼女は準備がありますから、と言って立ち上がった。
「それでは今夜お待ちしてます」
そう言って去ってゆく彼女の後ろ姿を、オレはただただ呆然と眺めた。




