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『三弾一組(フルハウス)! ~鉄壁の説教盾、強火の魔導士、命懸けの神速斥候~』  作者: ヤンヤン
第3章:【貢物略奪】――過剰な献身が暴く「忘却」のバグ
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第26話:万華鏡の迷宮、あるいは断絶された自己

 「……鏡、か。僕が最も『論理的』ではないと嫌悪するデバイスだね。自己の像を左右反転させて投影するなんて、情報伝達における最も初歩的なエラーそのものだ」


 カズヤがホログラムの眼鏡を指で押し上げながら、吐き捨てるように言った。


 四人の目の前にそびえ立つのは、エターナル・ランドの第3チェックポイント:『追憶のミラーハウス(万華鏡の牢獄)』。


 それは建物というよりは、巨大な水晶の塊が地面から突き出したような異様な外観をしていた。


 表面の鏡面は周囲の毒々しいネオンを反射し、無数の色に歪みながら、侵入者を嘲笑うかのように鈍く光っている。


「【ようこそ、迷える子羊バグたち】……【ここでは、偽りの友情は通用しません】……【鏡に映る『真実の自分』と、一生見つめ合っているといい】」


 OSのノイズ混じりの声が響くと同時に、ミラーハウスの入り口が、まるで巨大な怪物の口のように音もなく開いた。


 ナツキが先頭に立ち、盾の残骸を握りしめて中へ足を踏み入れる。直後、四人を繋いでいた視界が、眩い閃光と共に真っ白に塗り潰された。


「……ナツキ! マルモ! ユタカ!」


 カズヤが叫ぶが、返ってくるのは自身の声の反響だけだった。


 気がつくと、彼らはバラバラに分断されていた。カズヤが立っていたのは、壁も床も天井も、すべてが鏡で埋め尽くされた無限の回廊。


 そして、鏡に映っているのは、今の「斥候スカウト」としての自分ではなかった。


 ――そこには、現実の世界で、高級なスーツに身を包みながらも、深夜のオフィスで一人、顕微鏡のピント調整に明け暮れる「営業部長としてのカズヤ」の姿があった。


「……これは。……僕の、現実か」


 鏡の中の彼は、顕微鏡開発会社の営業部長として、常に「数字」と「成果」の板挟みになっていた。


 部下からは「冷徹な合理主義者」「情のないマシーン」だと陰口を叩かれ、上層部からは競合他社に奪われたシェアを奪還せよと、毎日進捗を詰められる。


 顕微鏡で覗く微細な世界。


 そこには完璧な秩序と法則があるが、レンズから目を離した現実の世界は、あまりにも不条理で、泥臭い人間関係に満ちている。


 カズヤは、そのギャップに耐えるために、心に幾重もの論理の壁を築いていたのだ。


『お前は、営業トークという名の「論理的な嘘」を積み重ねてきただけだ』


 鏡の中の自分――営業部長のカズヤが、冷酷な笑みを浮かべて語りかけてくる。


『顕微鏡でピントを合わせれば合わせるほど、お前の人生のピントはボヤけていった……。独りで深夜にレンズを覗き込み、他人の成果を数字で管理するだけの空っぽな人生。……「カズヤ」なんて格好いい名前をつけて、この異世界で仲間を救うヒーローを演じて、それで現実の孤独が癒えるとでも思っているのか?』


「……黙れ。……僕は、効率を最大化しているだけだ……」


 カズヤの身体が、再び青いノイズを発して透過し始める。


 精神的な揺らぎが、そのまま存在強度の低下に直結する。彼の防御力0というステータスが、今度は「心の脆さ」という致命的なバグとして牙を剥いた。


 鏡の中の部長は、無慈悲に言葉のナイフを突き立ててくる。


『お前に誰かを守る資格なんてない。お前は部下さえも「部品」として見てきた男だ。この仲間たちだって、効率よく攻略するための「リソース」に過ぎないんだろ?』


「違う……っ! 僕は……!」


 カズヤが膝をつく。鏡の迷宮は、彼の論理性という武器を、そのまま自己を切り裂く刃へと変換していた。


 一方、別の鏡の部屋では、ナツキが立ち尽くしていた。


 彼を囲む鏡に映っていたのは、黄金の盾を構える重装騎士ではない。


 ――独身のワンルームアパートで、コンビニ弁当を食べ終え、一人で黙々と「指っぱっちん」の練習に励む、現実のナツキだった。


「……ああ。……これか。俺の、代わり映えのしない日常……」


 ナツキは、指っぱっちん大会・上位入賞者という、誇らしいようでいて、世間からは少しだけ「変わった趣味」として見られる称号を持っていた。


 大会の日はいい。観客が沸き、その破裂音が称賛として返ってくる。だが、大会が終われば、待っているのは静まり返った独身の部屋だ。


 鏡の中のナツキは、必死に指を鳴らしていた。

 パチンッ、パチンッ、と空虚に響く音。


『お前は、この音で何を弾き飛ばそうとしていたんだ? ……孤独か? 将来への不安か? それとも、誰からも必要とされていないという恐怖か?』


 鏡の中の「現実の自分」が、ナツキに向けて嘲笑を浴びせる。


『お前の守る盾は、結局のところ、誰も入れない自分の「孤独」を囲っているだけの檻だ。……独身で、指を鳴らすことしか取り柄のないおっさんが、異世界に来て「仲間のために」なんて……笑わせるなよ』


「……確かに。……笑えるよな。……俺も、そう思うぜ」


 ナツキが、力なく盾を床に置いた。


 指っぱっちんで鍛え上げた指先が、震えている。


 守るべき家族もいない。共に歩むべきパートナーもいない。


 そんな自分が、この世界で「仲間」という宝物を手に入れたとき、彼は心の底から怯えていた。


 いつかこの夢が覚め、またあの静かなワンルームで、一人で指を鳴らすだけの日々に戻ることを。


『さあ、認めろ。お前はただの、指っぱっちんが上手いだけの孤独な男だ』


 ナツキの周囲を囲む鏡が、一斉に彼を映し出し、数千、数万の「孤独なナツキ」が指を鳴らし始めた。


 その不協和音は、ナツキの精神を、そして彼が維持していた『全方位メンタルガード』の権限を、内側からボロボロに引き裂いていく。


「……俺は……。俺は、独りで……」


 希望という名の熱を奪われ、ミラーハウスの冷気が二人の戦士を包み込む。


 分断された迷宮の中で、カズヤとナツキの「個」としての尊厳が、世界のOSによって解体されようとしていた。


 だが、この静寂と絶望を切り裂く、もう一つの「バグ」が、別の鏡の部屋で胎動を始めていた。


 ――マルモの、そしてユタカの「現実」が、次なる試練として幕を開ける。


「……なんたい、これは。おいたちをバラバラにして、昔の古傷ば抉るのがおじさんの趣味か」


 漆黒の焔を操る巨漢、マルモが立ち尽くしていたのは、上下左右すべてが鏡で埋め尽くされた眩暈のするような小部屋だった。


 そして、鏡に映っているのは、屈強な料理人の姿ではない。


 ――そこには、二十数年前、派手な白いスクーターに乗り、安っぽい金色の装飾を全身に纏って、悦に浸っている若き日のマルモの姿があった。


「……『エセ王子』。……懐かしかね。そして、死ぬほど痛かばい」


 鏡の中の彼は、街中で誰からも頼まれていない「王子様」を演じていた。


 周囲からは苦笑され、陰では「関わっちゃいけないタイプ」と指を刺される。


 その裏側で、彼は誰よりも「特別な自分」でありたいと願い、何者にもなれない現実から逃げるように、キラキラした虚飾を身に纏っていたのだ。


『おい、お前。……いつまでその「料理人」という仮面を被っているつもりだ?』


 鏡の中の「エセ王子」が、かつての自分が最も嫌っていた、鼻持ちならない口調で語りかけてくる。


『中華鍋を振り、焔を操り、仲間から頼られる……。

それは、あの頃のお前が夢見た「王子様」の成れの果てだ。

……現実のお前は、ストロング系の缶を煽りながら、かつてのダサい自分を必死に忘れようとしているだけの、ただの中年男じゃないか。

……お前の作る料理も、放つ焔も、全部この「エセ」の延長線上にある偽物なんだよ』


「……よかばい。……そうかもしれんばいね」


 マルモの足元から漆黒の焔が消え、代わりに冷たい絶望の影が這い上がってくる。


 彼は、自分がこの異世界で手に入れた力が、かつての「特別な存在になりたかった自分」という空虚な願望の産物であると言い切られ、その存在意義を根底から揺さぶられていた。


 一方、迷宮の最深部――。

 ユタカを囲む鏡に映っていたのは、かつての体育館で君臨した冷徹な『暴君』でもなければ、今の白銀の戦士でもなかった。


 ――映し出されていたのは、現実の世界で、誰よりも高い場所を走り抜け、誰よりも早く頂点に立ちながらも、常に「次に負けること」を極限まで恐れ、周囲に壁を作っていた「孤高のテニスプレイヤー」としてのユタカだった。


「……そうだ。俺は、ずっと一人だった」


 ユタカの鏡には、栄光の影に隠された「断絶」が映っていた。


 勝ち続けることでしか自分を定義できず、他者を「対戦相手」か「自分を脅かす存在」としてしか見られなかった日々。


 仲間なんて必要ない、一人で勝てるからこそ王なのだと自分に言い聞かせ、その実、誰よりも誰かと「ラリー」をすることを切望していた少年時代。


『お前が手に入れた「仲間」とやらは、ただのバグだ』


 鏡の中のユタカが、冷たい瞳で宣告する。


OSおじさんはお前に「王」としてのリソースを与えた。

それは、お前が現実で手に入れられなかった完璧な孤独を、理想の形で完成させるためだったはずだ。

……それをお前は、あんな脆弱な連中のために捨てたのか? ……効率が悪い。……お前はまた、あの「独りのコート」に戻るのが怖いだけだろう?』


「…………っ」


 ユタカがラケットの芯を握りしめるが、力が伝わらない。


 カズヤの「営業部長としての孤独」、ナツキの「独身の虚無」、マルモの「エセ王子の過去」、そしてユタカの「頂点の絶望」。


 ミラーハウスの魔力は、四人の心の傷を正確にトレースし、それを「鏡像」という名の物理攻撃へと変換していた。


 カズヤの腕はノイズに溶けて消えかかり、ナツキの盾は砂のように崩れ落ちていく。


 四人を繋いでいた「共有ステータス」の数値が、急速にゼロへと向かっていく。


『【……終了です。……バグ個体の精神崩壊を確認。……全データを、絶望のゴミリサイクル・ビンへ移動します】』


 OSの勝利宣言が、歪んだマーチング・ミュージックと共に園内に響き渡る。


 もはや、四人の心は限界だった。

 

 ――だが。

 その漆黒の静寂を打ち破ったのは、ミラーハウスの構造そのものを根底から否定するような、暴力的なまでの「音」だった。


「――っ、うるせええええええッ!!」


 その怒号は、かつてのどの戦闘よりも熱く、そして「非論理的」だった。

 

 ナツキが、自身の孤独を映し出す数万の鏡に向けて、残された力を振り絞り、あの「指」を構えた。


 現実の世界で、独りで指を鳴らし続け、孤独を耐え抜いてきたあの指筋が。


 上位入賞者という、誰にも理解されないかもしれない情熱を注ぎ込んできた、その指先が。


「独り身だろうが、おっさんだろうが、指を鳴らして何が悪いッ! ……俺はこの指で、あいつらと拳を合わせたんだ! ……この音を、あいつらは『イイ音だ』って言ってくれたんだよぉ!」


 ――パァァァァァァァァンッ!!


 空気が爆ぜた。


 指っぱっちん大会・上位入賞者の誇りをかけた一撃。


 それは単なる音ではない。現実の孤独を爆発的なエネルギーへと変換し、空間そのものを物理的に「弾き飛ばす」衝撃波だった。


 その振動が、カズヤの部屋の鏡を砕き、マルモの部屋の絶望を震わせ、ユタカの瞳に光を取り戻させた。


「……ナツキの声だ。……ふ、ふふ。……全く、彼はいつだって計算外だ」


 カズヤが、消えかかっていた指で、空中に浮かぶホログラムのキーボードを強引に叩き出す。


「ナツキが『音』で座標を示してくれた……! 営業部長としての僕の『プレゼンス(存在感)』を、今、この一点に集束させる!」


 分断されていた四人の意識が、ナツキの放った「指っぱっちんの衝撃波」をガイドラインにして、再び強固に結びつき始めた。


「マルモ! ユタカ! ……僕たちのステータスは、数字じゃない! ……この『不協和音』そのものだ!」


 ナツキの指先から放たれた衝撃波は、単なる音の壁を突き抜け、ミラーハウスの論理構造そのものを物理的に「弾き飛ばして」いた。


 迷宮全体に蜘蛛の巣状の亀裂が走り、孤独を閉じ込めていた鏡の壁が悲鳴を上げる。


 その振動が、カズヤの耳元で鳴り響いていた「営業成績を詰める上司の幻聴」を、文字通り粉々に粉砕した。


「……効率を追求して、心を捨てたつもりだったけれど。……この『不快な破裂音』だけは、どうしても僕の演算から除外できないね」


 カズヤが、ノイズに溶けかけていた指を強引に実体化させ、宙に浮かぶホログラムのキーボードを、かつてない激しさで叩き出した。


「営業部長としての山積みのタスクも、深夜のオフィスの静寂も、全部僕を構成する『固有データ』だ。

拒絶はしない……それらすべてをコンパイルして、世界をバグらせる猛毒スクリプトに変えてやる!」


 カズヤの背後に、顕微鏡の対物レンズを模した巨大な魔力回路が展開される。


 それは「現実の孤独」を覗き見るための窓ではなく、仲間の座標をミリ単位で特定し、その熱量を一箇所に集束させるための「増幅器アンプ」へと変貌を遂げた。


「マルモ! ユタカ! ナツキが作った振動を、僕が『バス』として定義した! 過去を燃料にして、この迷宮ごと焼き切るよ!」


 カズヤから放たれた青い光のラインが、迷宮の亀裂を縫うように走り、漆黒の焔のなかで膝をついていたマルモの胸元へと突き刺さった。


「……よかばい。カズヤ、ナツキ! おいたちの『過去』がなんだって言うたい!」


 マルモが、再び鉄パイプを力強く握りしめた。


 彼の鏡に映っていた、安っぽい金色の装飾を纏った「エセ王子」は、もはや嘲笑すべき対象ではなかった。


「おい、鏡の中の王子様。……お前がいたから、おいたちはここまで来れた。……痛か過去も、ダサい自分も、全部ひっくるめて『マルモ』たい! 過去を否定して、何の青春があるか!」


 マルモの全身から、これまでのどの戦闘よりも巨大で、重厚な漆黒の焔が噴き出した。


 それは過去を焼き尽くすための火ではない。エセと呼ばれたあの日の虚勢を、本物の「誇り」へと昇華させるための、生命の咆哮だ。


「庄田流・隠し味……『焦がし王子の再会キャラメリゼ・リベンジ』!!」


 漆黒の焔がカズヤの青いラインに乗り、迷宮の最深部、ユタカのもとへと駆け抜ける。


「……来たか。お前たち、本当に、俺が待ってた通りのラリーを返してくるな」


 迷宮の最深部で、ユタカを囲んでいた「孤高の王」としての鏡像が、仲間の熱気に触れてドロドロと溶け落ちていく。


 ユタカは白銀のラケットを、かつての部活のように、力を抜いて自然体で構えた。


「俺は一人で勝つことを選んで、結局、誰もいないコートで立ち止まっていた。

……でも、今は違う。俺が打てば、あいつらが返してくれる。

……ミスをしても、あいつらが拾ってくれる。

……これが、俺がずっとやりたかった『テニス』だッ!」


 ユタカが、カズヤの光、ナツキの音、そしてマルモの焔を、ラケットの芯で一気に吸い込み、限界まで圧縮した。


「『共有アセット:万華鏡破砕カレイド・スマッシュ』!!」


 ユタカが振り抜いた一撃は、物理的な破壊力ではなく、四人の「個」を強引に一つの「群」として定義し直す、世界の書き換えそのものだった。

 

 ――パリンッ、パリンッ、パリンッ、パリンッ!!

 世界が、鏡の破片となって舞い散る。


 数千、数万の「過去の残像」が、光の粒子となってエターナル・ランドの夜空へと昇っていく。


 崩落するミラーハウスの中央広場で、四人は再び、互いの顔を見つめ合った。


「……みんな、無事か?」


 ナツキが、指を鳴らした右手を振り、荒い息を吐きながら聞いた。


「効率は最悪だけど、……気分は最高だね。レンズの曇りが、全部取れたよ」


 カズヤがホログラムの眼鏡をクイと上げ、不敵に笑う。


「よかばい! おいたちの『真実』は、鏡の中にゃなか。……ここに並んどる、この四人のツラこそが、本物たい!」


 マルモが、鉄パイプを肩に担ぎ、腹の底から笑い声を上げた。


 ユタカは、仲間の中心に立ち、静かに頷いた。


「……行こう。もう、俺たちを分断できる鏡なんて、どこにもない」


 ミラーハウスが完全に消滅したその時、エターナル・ランドの最深部から、鼓膜を劈くような金属音が響き渡った。

 

『【……バグ共が。……不快です。……これ以上、私の『箱庭』を汚すのは許しません】』


 OSの怒りに満ちた声と共に、地面が大きくせり上がる。


 現れたのは、天を突くほどの高さを誇る、絶望の終着駅。


 地獄の観覧車『フォーエバー・ホイール』。


「……おじさん、やっとお出出しか。……待たせたな」

 ナツキが盾を、マルモが鉄パイプを、カズヤが端末を、そしてユタカがラケットを構える。


 現実の孤独や営業のストレスを背負ったまま、それでも「青春」を謳歌することを決めた四人の大人が、最後の決戦場へと、迷いのない足取りで踏み出した。

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