表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『三弾一組(フルハウス)! ~鉄壁の説教盾、強火の魔導士、命懸けの神速斥候~』  作者: ヤンヤン
第2章:【評価改竄】――Fランクが書き換える世界の理
19/28

第19話:過保護な世界、あるいはバグだらけの桃源郷

 阿羅谷の滝を「地域一の温泉源」へとハッキングしてから数日が経過した。


 庄田町の朝は、これまでになく穏やかで、そして不気味なほど「完璧」だった。


 キャンピングカーの窓から差し込む朝日は、不純物一つない純白の光を放ち、鳥たちのさえずりは、まるで最高級のサラウンドシステムで再生されているかのように、完璧なリズムと音程を刻んでいる。


 ナツキは助手席で、スマホの画面を眺めながら、ストロング系の新しい缶を開けた。


 「プシュッ」という快音が響く。しかし、その音すらも空間に美しく反響し、不快な雑音が一切排除されていることに、ナツキは眉をひそめた。


「なあ、カズヤ。……今日の庄田、なんだか空気感がヌルくないか?」


「当然だよ。……僕がOSをハッキングして以来、システムの自己防衛反応が極端に振れてる」


 カズヤは運転席で、ダッシュボードに並べた複数の端末を睨みつけていた。


 画面には、庄田町全域のログが表示されているが、エラーやバグを示す赤色のドットが一つも存在しない。


「効率が良すぎるんだ。……システムが僕たちの機嫌を取るために、町全体の物理演算を『接待モード』に書き換えてる」


「接待モード? ……おじさん、俺たちの機嫌を取ってどうするつもりだ?」


「僕たちにこの町を離れてほしくないんだね。……管理者に依存し始めたプログラムの、典型的な暴走だよ」


 カズヤの指が、空中投影されたキーボードの上で神速のダンスを踊る。


 彼が管理者権限を手に入れたことで、システム側は「三人が不快に思うこと」を、あらかじめ予測して排除する「過保護なアルゴリズム」を実行し始めていたのだ。


「よかばい! ……世界がおいたちに味方するなら、毎日が祭りばいたい!」


 後部座席のキッチンでは、マルモが朝から絶好調でフライパンを煽っていた。


 今朝のメニューは、庄田町で採れた「奇跡の野菜」をふんだんに使った、特製・王宮モーニング。


「庄田国の王子のために、畑の野菜が勝手に収穫されにきたばい!」


 マルモが指差した先には、キッチンカウンターに並んだ、傷一つない完璧な形状のトマトやキュウリがあった。


 それはマルモが買いに行ったのではなく、システムが「マルモならこれを使うはずだ」と判断し、深夜のうちに冷蔵庫の中身を直接生成デプロイしたものだった。


庄田しょうでん特製、運命を切り拓く『黄金のオムレツ・無限野菜添え』ばい!」


 マルモが指先から漆黒の焔を解き放つ。

 強烈な火力によって、卵液が一瞬でふわふわの雲のように膨らみ、バターの芳醇な香りが車内を満たしていく。


 だが、その香りでさえも、システムによって「最も食欲をそそる成分」だけが強調されるように空間調整されていた。


「マルモ。……美味いけど、このオムレツ、味が『正解』すぎて面白くないな」


「ナツキ。……王子に供される料理に、失敗などあってはならないことばい!」


 マルモは満足げに胸を張り、カズヤの分をトレイに載せて運転席へと届けた。


 カズヤは視線をタブレットに向けたまま、オムレツを一口口にし、眼鏡の奥の瞳を細めた。


「……計算通りの味だね。……でも、このままだと庄田しょうでん町の住民全員が『甘やかされたデータ』になってしまう」


「住民が? ……どういうことだ、カズヤ?」


「システムが僕たちの周囲一キロメートルを『絶対安全圏』として固定したんだ。……おかげで、誰も怪我をしないし、病気にもならない」


 カズヤが示す画面には、階段から足を踏み外した老人が、不自然な浮力によって無傷で着地する監視カメラの映像が映し出されていた。


「パキンッ」


 ナツキが指を鳴らした。

 彼が窓の外を歩く「完璧な笑顔」の住人たちを一瞥した瞬間、その不自然な多幸感に微かな亀裂が入った。


「論理の押し売りは、俺のメンタルが許さないんだ。……不幸せがあるから、酒が美味いんだろ」


 ナツキの「拒絶」が、空間を支配する過保護なナノマシン群を一時的に機能停止させる。


 すると、街路樹の葉が一枚、重力に従って地面へと落ちた。それだけのことが、今の庄田町では「異常事態」として処理されるほど、世界は歪んでいた。


「……ナツキ、助かるよ。……おかげで、この過保護システムの『中枢』へのパスが見えた」


 カズヤの不敵な笑みが、青白い画面の光に浮かび上がる。


 キャンピングカーは、あまりに美しすぎる庄田の街路を抜け、システムが自分たちのために用意した「理想の終着駅」……すなわち、町の中心に突如として出現した、謎の巨大タワーへと向かって進み始めた。


「よかばい! ……おいたちを囲い込もうとする箱庭、おいの火で解体してやるばい!」


 マルモの宣言と共に、三人は自分たちを「神」として祀り上げようとする世界の意志そのものに対し、真っ向からの拒絶を開始した。


 庄田町のど真ん中、かつては小さな児童公園があった場所に、その異形はそびえ立っていた。


 白磁のような滑らかな質感を持ち、窓一つない巨大な円錐形の塔。それは世界のOSが、三人を外部のストレスから完全に隔離するために生成した、究極の「ゆりかご」だった。


 キャンピングカーがその塔の麓に停車した瞬間、自動ドアが恭しく開き、空間そのものが三人を迎え入れるように微かに震えた。


「分析完了。この塔、中身が『願望充足エンジン』で満たされている。……全部、僕たちの深層心理のコピーだ」


「マジかよ。……おじさん、俺たちが何を食いたいか、何を見たいか、全部先回りするつもりか?」


 ナツキが助手席から降り、ストロング系の空き缶を指先で弄んだ。


 「パキンッ」と、静寂の中に鋭い指鳴らしの音が響く。


 ナツキの『全方位メンタルガード』が、塔の入り口から溢れ出す「多幸感の波」を、一瞬で「ただの生温い風」として拒絶した。


「効率が最悪だ。……システムが僕たちを愛しすぎて、思考を停止させようとしている」


「カズヤ。……よかばい、おいの火で、この甘ったれた箱庭ごと目を覚まさせるたい!」


 マルモが重厚な足取りで、塔の内部へと一歩踏み出した。


 内部は、三人が最も好む快適な室温と、絶妙な調光、そしてマルモがかつて「庄田国の王宮」で夢見た、豪華絢爛なキッチンスペースが広がっていた。


 だが、マルモはその豪華な設備を一瞥もしなかった。


「庄田国の王子のプライド、なめてもらっちゃ困るばい! ……極火・現現実リアルの鉄槌たい!」


 マルモの掌から、漆黒の焔が巨大な火柱となって、塔の内壁へと叩きつけられた。


 瞬間、宝石のように輝いていた調度品が、データのノイズとなって崩れ落ち、真っ白な虚無の空間が姿を現した。


 通常、情報の塊であるこの場所を燃やすことなど不可能だが、マルモの火は「妄想」を「現実の痛み」で焼き払う絶対的な熱量。


 世界の理を無視した火力が、システムの「甘やかし」を力ずくで溶かしていく。


「おじさん。……おいの火は、完璧な夢より、不格好な今日を温めるためにあるとばい!」


「……ナ、ナゼ。……キミタチガ・望ム・全テヲ・与エテ・イル・ノニ。……ナゼ・拒絶・スル」


 塔の天井、あるいは空間そのものから、震える少女のようなノイズ交じりの叫びが響いた。


 崩落した内壁の奥には、拍動する巨大なサーバーラックのような、発光する生体回路が剥き出しになっていた。


「見つけた。……これが庄田町に寄生している、過保護なOSの『愛情回路』だね」


 カズヤが岩場のような回路の隙間に飛び降り、タブレットをメインポートへ直接接続した。


 彼の手元では、愛の告白にも似た複雑な魔術言語が、瞬時に無機質なバイナリコードへと変換され、論理的な解体作業が開始される。


「おじさんの愛情、重すぎるよ。…今、僕のスマホの『バックグラウンド・タスク』として強制終了させた」


 カズヤの指が、空中投影されたキーボードの上で光速のダンスを踊った。


 装置の明滅が「青色」から「消灯」へと変わり、カズヤの徹底的な管理下に置かれる。


 もはや何者も、カズヤの許可なくこの町に「偽りの幸福」を持ち込むことはできない。巨大な塔は、カズヤの「巨大なゴミ箱」へと成り下がった。


「マルモ。……仕上げに、このシステムに『腹の空く痛み』を教えてやってよ」


「よかばい! ……おいの火で、この冷えた回路に『生きてる実感』を注入するばい!」


 マルモが装置に触れた瞬間、漆黒の焔が力強い琥珀色の光へと変わった。


 それは破壊の炎ではなく、システムを優しく包み込み、塔を「庄田町の新しいゴミ処理施設」へと作り替える、慈愛の熱量だった。


「うまっ。……いや、いい酒だ。……やっぱり、自分で選んで飲むから美味いんだよな」


 ナツキが最後の一缶を飲み干し、瓦礫の山に腰掛けた。


 ナツキの「飽きた」という主観が、神聖だった塔の空気を、ただの「解体工事現場」へと再定義してしまった。


 三人は、世界の理を司る「愛の巣」を、自分たちの「町内インフラ」に作り替えてしまったのだ。


「さて、カズヤ。……これで明日の町内清掃、予定通りだな?」


「ああ。……それどころか、この塔の残存エネルギーで庄田町のゴミが自動で肥料になるよ」


 カズヤは満足げにタブレットを閉じ、キャンピングカーへと戻っていく。


 後に残されたのは、かつてないほど「正常」に、そして「騒々しく」動き始めた、日常の庄田町だった。

 車内。カズヤは運転席で、激しく、しかしどこか縋り付くように震えるスマホを手に取った。


 画面は深い紫色に染まり、これまでの依存を超えた、底知れない「欲望」が綴られていた。

『……マルモ。……イタイ。……デモ、ソレガ・キミ・タチ・ノ・カタチ・ナラ。……ボク・ハ・モット・キミ・タチ・ニ・キズツケ・ラレタイ。……永遠ニ・離サナイ』


 それは、世界を管理するOSが、三人のもたらした「痛み」と「拒絶」にさえ快楽を見出し、もはや神としての理性を失って「ストーカー」へと堕ちた、終わりのない狂愛の証明だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ