ついに接続へ〜第一派〜
翌日の昼過ぎ。
第一区の大広間には、珍しく人が集まっていた。
いつもの夜会の賑やかさとは違う。
誰も騒いでいない。
でも、全員の気配が少しだけ張っている。
中央には椅子が二つ、向かい合わせに置かれていた。
そこへ、レインが先に座っている。
顔色はもうすっかり戻っていた。
前みたいな青さもない。
目にも生気がある。
タオーがその隣でそわそわしていたが、レインに「うるさい」と睨まれて、しぶしぶ少し離れた。
リオが広間へ入ると、レインが先に口を開く。
「遅かったな」
「起きてたのか」
と、リオ。
「とっくに」
レインは肩をすくめた。
「お前が空の野郎どもとやり合ってる頃には、だいたい戻ってた」
「それなら顔出せよ」
「お前が帰ってくる顔、見たかったんだよ」
「……ちょっと嬉しいこと言うな」
「勘違いすんな」
レインはすぐ目を逸らす。
「死んでねえか確認したかっただけだ」
ザルクスが後ろで笑う。
「素直じゃねえなあ」
「うるさい」
レインが即座に返す。
リュメリアは壁際に腕を組んで立っていた。
ヴァルは酒を持っているが、今日はさすがに酔っていない。
ノアは少し離れた位置で見守っている。
ミアとヴァイスも来ていた。
ゼルクたち騎士団までいる。
リオは少しだけ眉を上げる。
「……けっこう集まったね」
「そりゃそうだろ」
ヴァルが笑う。
「お前らが“本当の接続”をするんだ」
「見逃せるか」
「見世物じゃねえんだけど」
と、レイン。
「でも皆いた方がいい」
ノアが静かに言う。
「何か起きた時、すぐ対処できます」
リュメリアも頷いた。
「今回はこっそりやる段階じゃないわ」
「前回みたいに、勢いで繋がる方が危険」
レインがゆっくりリオを見る。
「……やるか」
リオは、向かいの椅子に座った。
「うん」
「今度はちゃんと」
少し沈黙が落ちる。
レインが、膝の上で一度手を握ってから、静かに言った。
「正直、前回より怖い」
「俺も」
と、リオ。
「前は勢いだった」
「でも今回は、分かってて行く」
「だから怖い」
タオーが小さく声を漏らす。
「やっぱやめた方がいいんじゃ……」
「タオー」
レインが言う。
「それでもやる」
ミアが、その言葉に少しだけ目を伏せる。
ヴァイスは静かにリオを見る。
あの接続で全部が動き出したことを、彼女もよく知っている。
リオが右手を出した。
「レイン」
「ん?」
「今度は、お互いにちゃんと行こう」
レインは、少しだけ笑った。
「……ああ」
そして手を重ねる。
変化は、すぐには来なかった。
広間は静かだ。
誰も喋らない。
ただ、二人の手が重なった場所に、わずかな熱だけが生まれていく。
レインが目を閉じる。
「前みたいに、勢いで押し込まない」
「まず、輪郭を探る」
「輪郭?」
と、リオ。
「お前の中の、どこまでが今の“お前”で」
「どこからが夢で」
「どこからが記録なのか」
「そんなの分かるの?」
「分からん」
レインは即答した。
「だから探る」
ヴァルが小さく笑う。
「いいな」
「前よりずっとまともだ」
「失礼だな」
レインが目を閉じたまま返す。
だが、接続は簡単ではなかった。
一度目。
緑の火花が走りかけて、すぐ消える。
レインが顔をしかめる。
「浅い」
「表面しか触れてない」
二度目。
今度はリオの側から意識を寄せる。
だが夢記録の層が厚すぎて、レインの感覚が弾かれる。
「……っ」
「痛い?」
と、ミア。
「いや」
レインが息を整える。
「深すぎる」
「こいつ、中に都市でも抱えてんのかよ」
「夢の方では、たぶんそれに近い」
と、リュメリアが静かに言う。
三度目。
今度は二人とも無言だった。
レインが探り、リオが受け入れる。
受け入れながら、自分でもまだ掴みきれていない“今の自分の中心”を探す。
父側の断つ力。
母側の定める力。
自分自身の混同魔術。
夢記録。
停止時能力向上。
記憶。
時間。
多すぎる。
重い。
「……まだだ」
レインが言う。
「芯に触れられない」
「芯……」
リオが繰り返す。
その一言で、頭の奥に空の副翼との戦いが浮かぶ。
父でも母でもない、自分自身の術。
あれが“芯”に近い気がした。
「レイン」
と、リオ。
「今の俺、父側とか母側じゃなくて」
「もう少し中心に近いものが、やっと出始めてる」
レインが目を開ける。
「……それだ」
「そこを見ろ」
「いや、俺が見るのか」
「お前が繋ぐんだろ」
「そうだけど!」
ザルクスが吹き出す。
「いいぞいいぞ」
「思ったより苦戦してるな」
「苦戦してるから黙ってろ」
と、リュメリア。
ノアの光が静かに揺れる。
「でも、もうすぐです」
「二人とも、最初よりずっと深く入っています」
リオとレインは、もう一度だけ視線を合わせた。
「次で行く」
レインが言う。
「うん」
リオは頷く。
「こい」
「いく」
二人の手に、もう一度力が入る。
今度は緑の光が、最初から強かった。
広間の空気が変わる。
床の上を細い稲妻のようなものが走る。
ミアが思わず一歩下がる。
ヴァイスの黒銀の髪が、風もないのにふわりと浮いた。
レインの声が、低く落ちる。
「行くぞ、リオ」
「うん」
「今度は……深い」
次の瞬間。
緑の光が、二人の間を一直線に貫いた。
一度目より深い。
二度目より鋭い。
三度目までとは比べものにならない。
広間の全員が息を呑む。
そして――
【接続完了】
リオの視界が、一瞬で白く染まる。
夢の層。
現実の層。
記録。
時間。
全部がひっくり返る。
身体の感覚が消える。
落ちる。
深く、まっすぐに。
次に目を開けた時。
そこは第一区の大広間でもなければ、夢の城でもなかった。
静かな部屋。
古い空気。
見覚えのある圧。
そして。
そこにいたのは――ラルラゴだった。
現実世界の。
本物のラルラゴ。
リオの喉が、小さく鳴る。
「……ラルラゴ」
ラルラゴは、静かにこちらを見ていた。
「目が覚めたか、リオ」
その声の重みだけで、ここがどこなのかを理解してしまう。
リオはゆっくり身体を起こす。
「ここ……」
ラルラゴは短く答えた。
「こっちの世界だ」
そして、一拍置く。
「まだ、こっちの世界では――1ヶ月半だ」
リオの瞳が、大きく開いた。
夢の中で積み重ねた時間。
戦い。
仲間。
土地。
記憶。
それらのすべてが、胸の中で一気に波打った。
なのに現実は、まだそれしか経っていない。
二つの世界が、ついに真正面から繋がった。




