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外れスキルの【停止時能力向上】実は世界最強でした〜夢記録に刻まれた800年の真実〜  作者: 滝本りお


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空と戦う前に、リオの魔術”異能”とは

第三区を抜ける風は、思ったより冷たかった。


大聖堂を出たあと、リオとザルクスはそのまま高台の方へ歩いていた。

空野郎どもの領域へ向かうための道は、まだ正式な街道にもなっていない。

石の多い坂道と、ところどころ削られた崖の縁を繋いだような、仮の通り道だ。


夕方と夜の境目みたいな時間だった。

空はまだ明るいのに、風だけが先に夜を連れてきている。


リオはしばらく黙って歩いていた。


ザルクスも、珍しくそれを急かさない。

横であくびをしたり、石を蹴ったりはしているが、変に茶化しはしなかった。


やがて、リオがぽつりと言う。


「……頭が追いつかない」


「だろうな」

と、ザルクス。


「いや、もっと“そんなわけないだろ”って思うと思ってたんだよ」

「親父が古魔種で」

「母さんが化け物聖人族で」

「ノアが母さんのとこにいた穣天使で」

「俺がその息子で」


一度、息を吐く。


「でも、不思議と全部嘘には聞こえない」


ザルクスが横目で見る。


「いい傾向だな」


「よくないだろ」

リオは苦笑する。

「普通、もっと混乱するもんじゃないの?」


「してるだろ」

「してるけどさ」

「それでも、どこかで“ああ、だからか”って思ってる」


風が、二人の間を抜ける。


リオは、自分の右手を見た。


さっき大聖堂でグロウ=ザルハドに使った力。

ダンジョンで魔虫や魔獣へ向けて使った、剣じゃない戦い方。

あれは明らかに、自分の中にもともとあるものだった。


「……あれも、そうなのか?」

と、リオ。


「ん?」

「さっき使ったやつ」

「グロウ相手にやった、あれ」

「空間が沈んだり、圧が落ちたりしたやつ」


ザルクスは、少しだけ笑った。


「やっとそこ聞くか」


「ずっと気になってたよ」

「でも、お前が情報爆撃するから順番おかしくなったんだろ」


「悪い悪い」

「全然悪いと思ってないだろ」


「思ってない」


即答だった。


リオは呆れたように息を吐いたが、今はその軽さに少し救われてもいた。


ザルクスは、前を向いたまま言う。


「お前のあれは、ある種の魔術だ」


リオの目が少し細くなる。


「魔術……」


「異能と言ってもいい」

「でも、もっと正確に言うなら」

「お前の親父側――古魔種が扱う系統に近い」


リオは立ち止まりかけて、また歩き出す。


「父ちゃんの、か」


「そうだ」

ザルクスは頷く。

「つまり、圧と空気を扱う魔術だ」


「圧と空気……」


「説明むずいんだよな、これ」

ザルクスは頭をかいた。

「火とか水みたいに見た目で分かりやすくねえし」

「雷みたいに派手でもない」

「でも、実際にはめちゃくちゃ危ない」


リオは、自分の指を軽く開いたり閉じたりする。


圧。

空気。

見えないもの。

でも確かに、さっき触った感覚はあった。


「どう危ないの」


「簡単に言えば」

ザルクスは肩をすくめる。

「剣を使わなくても、剣以上の切れ味が出る」


リオが顔を上げる。


「……は?」


「だから」

ザルクスは、そこで人差し指を一本立てた。

「指一本で、だいたいの物質は切れる」


「いや待て」

「それは待て」


リオが即座に止める。


「危なすぎるだろ」

「だから危ないって言ってんだよ」

ザルクスは笑う。

「剣士の真似事してた頃のお前ですら、その片鱗を無意識に混ぜてた」

「斬撃の伸び方が普通じゃなかったろ」

「……あ」


その瞬間、リオの中で何かが繋がる。


たしかに、昔からそうだった気がする。

この世界でも、現実世界でも。

剣が好きだった。

でも好きなだけじゃなくて、刃を振るたびに“届き方”がおかしかった。


「じゃあ」

リオはゆっくり言う。

「俺、ずっとそれを混ぜてたのか」


「うん」

「しかもだいぶ雑にな」

「雑だったのかよ」


「雑だ」

ザルクスは断言する。

「でも雑なのに強かった」

「そこが腹立つ」


リオは少し笑う。


ザルクスはそのまま続けた。


「お前の親父側は、圧をただ押しつけるんじゃない」

「空気の層を切る」

「圧を流す」

「重さの在り方をずらす」

「その結果、目に見えない刃にもなるし、壁にもなるし、重圧にもなる」


「……万能すぎない?」


「万能じゃない」

ザルクスは首を振る。

「使う側の感覚が終わってるだけだ」

「下手なやつが使うと、ただの重い風で終わる」

「上手いやつが使うと、山が裂ける」


「山が裂けるのはもう魔術っていうか災害なんだよ」


「古魔種なんてそんなもんだろ」


その言い方に、リオはもう反論しきれなかった。


少し黙ったあと、また訊く。


「母さん側は?」


ザルクスの目が少しだけ細くなる。


「そっちはな」

「今のお前には、まだ出方が薄い」


「薄い?」


「うん」

「でも、確実にある」

「さっきヴァイスを外へ引っ張り出した時みたいな、“存在を繋ぎ止める側”の力」

「あと、夢記録に関わるものもそっちの匂いが強い」


リオは、そこで足を止めた。


道の先、切り立った崖の向こうに、夜へ沈み始めた空が広がっている。


「……父さんが古魔種」

「母さんが聖人族」

「その二つを、俺は中途半端に持ってる?」


「中途半端ではないな」

と、ザルクス。


「じゃあ何だよ」


「混ざってる」

「しかも、普通の混ざり方じゃない」


リオが黙る。


ザルクスは、そこで少しだけ声を落とした。


「お前は、両方の“尖ったところ”を持ちやすい」

「だから不安定だ」

「でも、噛み合った時は、片方だけのやつじゃ届かない場所まで行く」


その言葉は、やけに真っすぐだった。


リオは空を見る。


夜へ移る直前の空は、ひどく高い。

これから喧嘩を売りに行く“空野郎ども”の領域も、この先にあるのだろう。


「……さっき」

と、リオが小さく言う。


「ん?」


「ザルクスより、ヴァルより、リュメリアより、ノアより、ラルラゴより強くなりたいって思った」


ザルクスは笑わなかった。


「うん」


「リーダーだから、とか」

「守りたいから、とか」

「もちろんそれもある」

「でもそれだけじゃなくて」

「なんか……」

「胸を張りたいんだよな」


ザルクスは、そこでようやく少し笑った。


「いいねえ」


「何が」


「それだよ」

「前のリオも、結局そこに戻ってた」


「だからその“前のリオ”を知ってる感じで話すなって」


「知ってるから話してんだよ」


リオは困ったように眉を寄せたが、もう完全には否定しなかった。


ザルクスは、崖の先を見ながら言う。


「空野郎どもはな、土野郎よりめんどいぞ」

「速いし、視界を弄るし、高いところから人を見下ろすクセがある」

「しかも性格が悪い」


「最後はお前もだろ」


「俺は愛嬌あるから別」


「ないよ」


ザルクスが笑う。


「でもまあ、ちょうどいい」

「今のお前には、空の方が合う」

「見えないものを切る練習にはな」


その言葉に、リオの中でまた少しだけ熱が灯る。


圧と空気。

剣を使わずに剣以上の切れ味。

指一本で切れる。

そんな馬鹿みたいな話が、自分の中ではもう“馬鹿みたいな話”として聞こえなくなっていた。


「……やるか」


「おう」

ザルクスは立ち止まり、崖の先へ顎をしゃくった。

「そろそろだ」


リオも視線を上げる。


夜空の一角。

雲の流れが、一箇所だけおかしい。


風の向きも違う。

空そのものに、見えない層が何枚も重なっているような歪みがある。


そこに、何かいる。


いや、何かがこちらを見ている。


ザルクスが、口元を歪めた。


「喧嘩売りに行くか」

「空の野郎どもに」


リオは、今度は迷わず頷いた。


胸の奥には、まだ整理しきれないものが山ほどある。

父と母のこと。

ノアのこと。

自分の血のこと。

戻ってきていない記憶のこと。


でも、だからこそ進むしかない。


止まって整理するんじゃなくて、

進みながら取り戻す。

そういう人生なのだと、もう身体の方が知っている。


「行こう」

と、リオは言った。


風が、二人の間を抜ける。


その風は、地の匂いより少し高く、少し鋭かった。

次の敵は空にいる。


そしてリオは、ようやく自分の中の“空を切る力”に手をかけ始めていた。

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