表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
外れスキルの【停止時能力向上】実は世界最強でした〜夢記録に刻まれた800年の真実〜  作者: 滝本りお


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

123/267

国境を越える波紋

波は、静かに広がるものだと思っていた。


だが、オルビス・ノヴァの名が公に打ち鳴らされた後に起きたそれは、静かではなかった。


速かった。

鋭かった。

そして、国境を越えるたびに、少しずつ形を変えていった。



最初に動いたのは、人だった。


商人たちが走る。

荷馬車が増える。

宿場に噂が積もる。

街道沿いの酒場では、昨夜聞いた話が今朝には二つに増え、夕方には五つに膨らんでいた。


「王が従うって言ったらしいぞ」

「いや、必要ならだ」

「どっちでも変わらねえよ」

「魔人が壁作ってるってのは本当か?」

「本当どころか、ドラゴンまで働いてるらしい」

「嘘つけ」

「見たやつが言ってた」

「見たやつは今どこだ」

「もう一回見に行った」


笑い話にしようとして、途中で笑えなくなる。

そんな話ばかりだった。


成埜の地へ向かう街道は、今や物資だけの流れではない。

噂そのものが運ばれ、国境を越え、別の言葉に翻訳され、それでもなお熱を失わなかった。



ヴァルディシア王国では、二度目の会議がすでに開かれていた。


玉座の間ではなく、もっと閉じた部屋。

王と、ゼルク、サイラス、数名の重臣だけがいる。


机の上には、報告書が積まれていた。


成埜の地の防壁。

第一区、第二区の形成。

グレイランからの労働人口移動。

ドラゴンの労役。

魔人との共同作業。

夜会の外延化。

商会とギルドの往来増加。


そして、そのすべての中心にいる――オルビス・ノヴァ。


ヴァルディシア王は、しばらく無言で報告書を見ていたが、やがて低く言った。


「……もう、ひとつの国ではないか」


誰もすぐには答えない。


それが軽々しく肯定してよい言葉ではないからだ。


だが、沈黙は否定でもなかった。


サイラスが静かに言う。


「少なくとも、“王国直属ギルド”という言葉では収まりきらなくなっております」


ゼルクも続けた。


「名をまだ持たぬだけです」


王は目を閉じた。


「ならば、こちらがやるべきは二つだ」


目を開く。


「関係を絶対に切らぬこと」

「そして、軽んじぬことだ」


重臣の一人が問う。


「軍を出す準備は」


王は首を振る。


「愚問だ」

「兵を向ける発想が、まだ古い」


その声は乾いていた。


「今あそこへ向けるべきは、軍ではない」

「礼、物資、知、そして誠意だ」


ゼルクは、その言葉にわずかに目を細めた。


王もまた、もう理解している。

オルビス・ノヴァは、戦って抑える相手ではない。

正しく結び、正しく距離を取り、正しく学ぶ相手だ。


「我らも動く」

王は言う。

「他国が“利用先”として見る前に、“共に在る先”として結ぶ」


その決断が、またひとつの波を生んだ。



セルディアでは、空気が少し違った。


彼らは恐れてはいたが、それ以上に焦っていた。


先に行ったグラディスたちが帰国し、以前と明らかに態度を変えていたからだ。


「自称SSS」などと軽く言えなくなった。

それだけで、国内の空気はざわついた。


王城の一室で、セルディアの王はグラディスを睨んだ。


「で、どうだった」


グラディスは、数秒黙ったあと、正直に言った。


「……違いました」


「何がだ」


「我らの認識が、です」

「我が国で認められた、という言葉を持って行った時点で、半分負けていました」


王の眉が寄る。


グラディスは続ける。


「彼らは肩書の上にいない」

「もっと別のところで場を支配している」

「力だけではなく、土地も、人も、流れも、です」


報告の途中から、王は何度か言葉を失った。


特に、魔人とドラゴンの労役、王が必要とあらば従うと宣言した件、そしてザルクス=ガイアに関する記述では、沈黙が長かった。


最後に王が発したのは、怒声ではなかった。


「……誤るな」

「二度と、あれを同列のギルドとして扱うな」


セルディアは、その日から言葉を改めた。


“上位ギルド”ではなく、

“王国外の特殊勢力”。

“協力候補”であり、同時に“刺激不可対象”。


名称が変わる時、世界はもう半分動いている。



さらに遠い北方では、商会の方が先に動いた。


彼らは王よりも早い。

利益の匂いに対してだけは、いつだって嗅覚が良い。どうしようもない生き物だ。


北方交易圏の長老たちは、火急の会合を開いた。


「南方に新しい中継国ができる」

「いや、まだ名がない」

「名は後からつく」

「問題は、物流の中心になるかどうかだ」

「なる」

「なぜ言い切れる」

「防壁、街道、水路、夜間照明、労働速度」

「全部が“止まらない構造”になっている」

「止まらぬ場所は、物流を呼ぶ」


結論は早かった。


関係を結べ。

遅れるな。

だが、相手を値踏みするな。

値踏みしていい規模ではない。


商人たちが本気でそんな顔になるのは珍しい。

そして珍しいことほど、世界はよく動く。



だが、寄ってくる者ばかりではない。


当然、恐れる者もいた。


国境近くの小国では、逆に門を閉じる動きが出た。

「得体の知れぬ勢力が拡大している」と判断したのだ。


ある辺境伯は、密かに兵を増やした。

別の貴族は、情報屋を送り込んだ。

さらに一部の上位ギルドは、露骨に不快感を見せた。


「王直属だと?」

「たかがギルドが」

「魔人と馴れ合う連中に未来があるか」

「そのうち破綻する」


そう言う者ほど、自分では見に行かない。


見れば、自分の言葉が揺らぐからだ。

人は、自分の狭い正しさを守るためなら、現実を見ない努力もする。ほんとうに器用で困る。


だが、見に行った者の中には、別の反応を見せる者もいた。


「潰すべきだ」

「今のうちに」


その言葉はまだ小さい。

けれど、小さい火ほど風がついた時に面倒だ。


波紋は、歓迎だけでは終わらない。

それもまた、国境を越える時に必ず混じる。



そして、その“少し嫌な波”を最初に拾ったのは、ミアだった。


夜。

第一区の外れ。

高い壁の上を、ノアの結界光が淡く流れている。


ミアは、ひとりで欄干に寄りかかり、遠くを見ていた。


「眠れないの?」


後ろからの声に振り返ると、リオがいた。


ミアは少しだけ笑う。


「少しだけ」

「音が多くて」


リオは隣に立った。


しばらく二人で夜を見下ろす。


遠くの街道には、まだ遅い荷車の灯りが動いている。

第二区からは、夜番の掛け声が小さく届く。

噴水の向こうでは、誰かがまだ宴の続きをしていた。


「悪い音?」

リオが聞く。


ミアは少し考えてから、頷いた。


「悪い、だけじゃない」

「でも」

「……尖った音が増えてきた」


「尖った?」


「うん」

「怖い音」

「妬む音」

「試したい音」

「壊したい音も、少し」


リオは黙る。


ミアは続けた。


「でも、それだけじゃない」

「憧れてる音もある」

「学びたい音も」

「守りたいって思ってる音も、ちゃんとある」


夜風が吹いた。


「だから」

ミアは小さく息を吸う。

「外の世界が、本当に動き始めたんだと思う」


リオは、しばらく何も言わなかった。


それから、夜の向こうを見たまま言う。


「そっか」


短い返事だった。

でも、軽くはなかった。


「じゃあ」

リオは続ける。

「こっちも、ちゃんと立たないとね」


ミアが、少しだけ目を丸くする。


「立つ?」


「うん」

「寄ってくる波が増えるなら」

「受けるだけじゃなくて、立つ場所をこっちで決めないと」


その言い方は、少しだけ王に似ていた。

でも、王よりずっと柔らかい。


ミアは、そんなことを思いながら、小さく頷いた。


「……うん」


夜の上を、結界光が走る。


成埜の地はもう、ただの秘密の場所ではいられない。

オルビス・ノヴァもまた、身内だけの力では終われない。


国境を越える波紋は、今や誰にも止められなかった。


だからこそ、次に必要なのは――

迎える覚悟と、選ぶ意志だ。


そのことを、夜の静けさの中で、二人ともなんとなく分かっていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ