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外れスキルの【停止時能力向上】実は世界最強でした〜夢記録に刻まれた800年の真実〜  作者: 滝本りお


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次代の音

夜明け前の空は、まだ深い藍を残していた。


第一区の外れにある訓練場には、誰もいない。

石畳は夜露を薄くまとい、遠くでは見張り台の灯りが、ひとつ、またひとつと朝に溶けかけている。


その静けさの中で、剣の音だけが響いていた。


レインだった。


正眼。

踏み込み。

切り上げ。

引いて、受けて、もう一度踏み込む。


動きはもう、昔の我流の荒さだけではない。

雑だった癖はだいぶ削がれ、重心の置き方も、息の継ぎ方も、半年や一年では済まない密度を帯びている。


それでも、レインは止まらない。


「……違う」


小さく呟いて、もう一度振る。


「そこじゃない」


汗が頬を伝う。

息は乱れていない。

けれど、納得もしていない。


リオに教わってから、剣は確かに馴染み始めた。

前より見える。

前より届く。

前より、戦える。


それでもまだ足りない。


リオの背は、遠い。

ラルラゴは論外。

ヴァルも、リュメリアも、ノアも、ザルクスでさえ――見れば見るほど、自分とは違う場所に立っていると分かる。


「……くそ」


レインが低く息を吐いた、その時だった。


「レイン」


後ろから声がした。


振り向くと、ミアが立っていた。


朝の薄明かりの中で、彼女の輪郭は静かだった。

前よりずっと自然にここへ来るようになったが、やはり足音は小さい。

世界に遠慮していた頃の名残か、それとも聴きすぎるがゆえの習慣か。


レインは剣を下ろす。


「どうした」

「起きてたのか」


「うん」

ミアは小さく頷く。

「起きちゃった」


それだけ言って、すぐには続けなかった。


レインは、そこで気づく。


ミアの顔が少し固い。


怯えているわけではない。

泣きそうでもない。

けれど、何かをじっと聴いている時の顔だ。


「……何かあった?」


ミアは、訓練場の向こう――成埜の地の奥へ続く方角を見た。


「今日」

「少し変」


レインの表情が変わる。


ミアがそう言う時、だいたい何かある。

しかも彼女自身がうまく言葉にできていない時ほど、質が悪い。


「どんなふうに?」


ミアは眉を寄せる。


「音が……重い」

「でも、怖いっていうより」

「何かが、目を覚ましかけてるみたいな」


レインは黙る。


夜明け前の成埜の地は、昼と違う顔を見せる。

街道も、防壁も、整備された区画もある。

だが、少し外れれば、まだ人の手が届ききっていない“古い土地”の気配が残っている。


「リオに言う?」

と、レイン。


ミアは少し考えた。


「……その前に」

「ちょっとだけ、見たい」


「ちょっとだけ、な」

レインはすぐ釘を刺す。


ミアは少しだけ口元を緩めた。


「うん」

「ちょっとだけ」



二人が向かったのは、第二区のさらに外れだった。


まだ完全に人の往来が定着したわけではない、整備途中の細道。

街灯の魔術光は一定間隔で灯っているが、その先は徐々に自然の闇に溶けていく。


遠くには、防壁の上を巡回する光が見えた。

ノアの多重結界は、夜明け前になると、薄い膜みたいに輪郭を見せることがある。


美しい。

だが、その美しさは“近づくな”という意思にも似ていた。


ミアは歩きながら、何度か立ち止まった。


「……こっちじゃない」

「じゃああっちか」

「うん」

「いや、もう少し右」


レインは何も言わずついていく。


こういう時、ミアの“なんとなく”はだいたい当たる。

自分の剣の勘より、よほど信用できることもある。なんだそれは。腹立たしいが事実だ。


やがて二人は、小さな崖のような段差の前で止まった。


ここはまだ本格的に整備されていない。

資材が一時的に積まれ、斜面の強度を測るための印だけが残っている場所だった。


ミアがそっと目を閉じる。


朝の風が吹く。

草が揺れる。

どこか遠くで、小型の魔獣が木の実をかじる音がする。


その全部の下に、もうひとつ音があった。


「……いた」


レインが周囲を見る。


「何が?」


ミアは目を開けない。


「音」

「ずっと下の方」

「でも、下っていうだけじゃなくて」

「……絡まってる」


レインには分からない。


だが次の瞬間。


足元の石が、かすかに震えた。


びくり、とミアが目を開く。


レインは反射的に前へ出て、彼女を半歩かばう。


「来るのか?」


「違う」

ミアは首を振る。

「来るんじゃなくて……」

「“触ってる”」


「は?」


その時だった。


レインの中で、妙な感覚が走った。


足元の震えとは違う。

耳で聞くものでもない。

でも確かに、何かが“繋がりかけた”感覚。


一瞬だけ、見えた。


地の下に流れる何か。

魔気の筋。

石の中を通っている圧。

それと、自分の身体のどこかが、ほんの一瞬だけ噛み合った。


「……っ!」


レインが片膝をつく。


ミアが息を呑む。


「レイン!」


「大丈夫……」

レインは言いながらも、額を押さえた。

「いや、大丈夫じゃないかも……」


視界の端がざらつく。


でも痛みだけじゃなかった。

ほんの一瞬、分かったのだ。


この土地の下には、ただ土と岩があるだけじゃない。

もっと大きい“流れ”がある。

そして自分の中の何かは、それに触れかけた。


「今の……何」

ミアが小さく聞く。


レインは、呼吸を整えながら顔を上げた。


「俺にも分かんねえ」

「でも……」

「ちょっとだけ、見えた気がする」


「何が?」


レインは足元を見る。


「繋がり」


その言葉を口にした瞬間、自分で少しだけ鳥肌が立った。


ミアが黙る。


それから、そっと言った。


「やっぱり」

「やっぱり、レインの“接続”って」

「そういう……」


だが、その先を言い切る前に、別の声が降ってきた。


「もう二人で動いてたんだね」


レインとミアが同時に振り向く。


少し高い段差の上に、リオが立っていた。


朝の光を背に受けて、笑っている。


「リオ!?」

「いつからいたの?」

と、レイン。


「途中から」

リオは降りてきながら答える。

「ミアが変な顔して歩いてたから、何となく」


「変な顔って何だよ」

と、レインが言い返し、

「私は顔してない」とミアが小さく抗議する。


リオは二人の前まで来ると、足元の斜面を見た。

それから、レインの顔を見て、ミアの目元を見て、だいたいを察したらしい顔をする。


「何かあった?」


ミアが先に話し出した。


「下の方で、何かが目を覚ましかけてる音がして」

「それを追ってきたら」

「レインが、少しだけ……」


「繋がった」

レインが自分で続ける。

「ほんの一瞬だけだけど」

「土地の下の流れみたいなもんに、触れた感じがした」


リオの目が少しだけ細くなる。


「……そっか」


驚きすぎない。

否定もしない。

その反応が、逆に二人を落ち着かせた。


「悪くないね」

リオが言う。


「悪くない、で済ますのかよ」

と、レイン。


「済ますよ」

リオは笑った。

「だって、前は何も分からなかったんでしょ?」

「今は、一瞬でも触れた」

「それってちゃんと進んでるってことじゃない」


レインは何か言い返そうとして、やめた。


ミアが静かに聞く。


「怒らないの?」


「何で?」

「勝手に来たから……」


リオは少し考えてから答えた。


「心配はする」

「でも、怒るより先に」

「もう二人で動くようになったんだなって思った」


朝の風が吹く。


ミアの髪が揺れる。

レインは少しだけ目を伏せる。


怒られると思っていたわけではない。

でも、こういう言い方をされると妙に胸にくる。


リオは段差の向こう、まだ朝の薄闇を残している成埜の地を見た。


「たぶん、これから先」

「こういうの増えるよ」


「こういうの?」

と、ミア。


「うん」

「君たちにしか先に気づけないこと」

「君たちだから先に触れるもの」


その言葉に、レインは少しだけ息を止めた。


ミアは、朝の静かな空気の中で、ほんの少しだけ笑った。


「……じゃあ」

「次はちゃんと、先に言う」


「それがいい」

リオも笑う。


三人で並んで立つと、成埜の地の朝は、少しだけ違って見えた。


まだ名のない国。

まだ完全には明かされていない土地。

まだ育ちきっていない力。


でも、そのどれもが前より確かに近い。


夜が明ける。


防壁の向こうから、今日も新しい一日が始まる音がしていた。

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