魔神? まさか…
長机の上の灯りが、ゆらりと揺れた。
ザルクス=ガイアは、相変わらず軽い顔で串を回している。
なのに、口から出てくる言葉だけが、ひとつひとつ常識を踏み抜いていく。
「まあ、他にも色々やったぞ」
その一言で、また場の空気がぴたりと静まった。
ヴァルが笑う。
「ほう」
「まだあるのか」
「あるある」
ザルクスは気楽に頷く。
「俺が戻ってきたことも、SSSギルドがまた盛り上がることも、だいたい知ってたしな」
「成埜の地の開拓は、ここからさらに急速に進むぞ」
リオが眉をひそめる。
「なんで言い切れるの?」
ザルクスは、そこでにやっと笑った。
「なんてったって――」
「魔神も、ドラゴンも、使えるからな」
沈黙。
一拍。
二拍。
レインが先に固まる。
「……は?」
グレイランの若い連中は、もう反応が追いついていない。
セルディアの一団など、さっきからずっと「何を言ってるんだこいつ」という顔のまま硬直している。
絶騎士団は逆に言葉を失い、
ヴェルド・クレストの面々も、ここでさすがに空気が変わった。
そして。
リオが、ゆっくり顔を上げた。
「……魔神?」
その声は小さかった。
だが、次の言葉ははっきりしていた。
「まさか」
ザルクスは、その反応を待っていたみたいに笑う。
「お、繋がったか?」
リオの中で、また断片が動いていた。
成埜の地。
あの時の魔人。
途中で現れた“まだ早い”と告げた存在。
妙に知性が高く、妙に会話が成立し、妙に統率されていた異物。
「……あの時の」
リオが言う。
「成埜の地の、魔人と……あの魔神」
「そう」
ザルクスは軽く指を鳴らした。
「だいたい俺発だ」
「だいたい、で済ませるな」
と、リュメリアが冷たく言う。
ザルクスは肩をすくめる。
「いや、正確にはちょっと違う」
「俺の初期スキルの異能だ」
その一言で、ラルラゴの目がわずかに細くなる。
ザルクスは、串を置いて続けた。
「魔神は、俺がただ命令して操るだけの駒じゃない」
「知能の低い連中なら、そりゃ押さえ込める」
「でも知能の高いやつらは違う」
少しだけ、口元に笑みが乗る。
「従うっていうより、協力、だな」
「慕って、ついてくる」
「大抵は“ザルクス様”って呼ぶぞ」
グレイランの若い連中が「様!?」と一斉に反応し、ヴァルが吹き出した。
「似合わんなあ」
「うるせえよ」
と、ザルクスは笑う。
ノアの光が、ぴくりと震えた。
ラルラゴが低く言う。
「魔神召か」
その言葉に、ザルクスが笑った。
「そうそう」
「やっぱお前、話が早くて助かるわ」
グレイランの若い連中が「ましんしょう?」と顔を見合わせる。
セルディアの一団は完全に絶句していた。
絶騎士団の一人など、今にも頭を抱えそうな顔をしている。
ザルクスは、まるで酒のつまみの話でもするみたいに続けた。
「すでに存在してる、昔からいる魔神を呼び出すこともできる」
「逆に、新しく生み出すこともできる」
「地の深いところの魔気と結んで、理由を与えて、形を持たせる」
「そういう感じだな」
「最悪の言い方ね」
リュメリアが吐き捨てる。
「褒め言葉として」
「違うわ」
ヴァルが横で楽しそうに笑っている。
「ははっ」
「なるほどな」
「だからあの魔人、妙に“自分の役割”を分かってたのか」
「そういうこと」
ザルクスは頷く。
「今の成埜の地は、普通の土地じゃない」
「だから、普通の魔獣や魔人の湧き方なんかしない」
「俺が地の深いとこに手を入れてからは、なおさらな」
リオはまだ、じっとザルクスを見ていた。
「……使えるって、何」
「そのまんまだよ」
ザルクスはあっさり言う。
「街道作るにも、防壁の基礎固めるにも、土運ぶにも、地を掘るにも、あいつらは便利だ」
「特に地に関わるやつはな」
「便利って言うな」
と、レインが本気で引いた顔をする。
ザルクスはまったく悪びれない。
「いや便利だろ」
「地中移動するやつとか、岩盤砕くやつとか、地脈いじるやつとか」
「お前ら人間が十年かけることを、数日でやる」
絶騎士団の一人が、顔を引きつらせた。
「……それを」
「開拓に使っているのか」
「使ってる」
ザルクスが答える。
「もう一部はな」
今度こそ広間がざわついた。
「は!?」
「もう!?」
「どこで!?」
ザルクスは指先で外を示した。
「街道の下の土台」
「防壁の基礎の一部」
「あと、崩れやすい斜面の固定」
「お前ら気づいてなかったのか?」
レドアが、少し離れた場所でぼそっと言う。
「……あー」
「やっぱりあれか」
リオが振り向く。
「レドア、知ってたの?」
「知ってたっていうか」
レドアは頭をかいた。
「たまに夜明け前に現場見ると、前日までなかったはずの仕事が終わってるんですよ」
「しかも妙に精度がいい」
「ザル兄の仕業かなとは思ってた」
「思ってたで済ませるな」
と、レインが突っ込む。
グレイランの若い連中は、逆に目を輝かせていた。
「えっ、じゃああの巨大な石の移動も!?」
「たぶんそう」
「すげえ……」
セルディアのグラディスが、ついに堪えきれずに口を開く。
「待て」
「それでは成埜の地は……」
「人の開拓地ではなく、もはや魔と神の工房ではないか」
「わりと近い」
と、ザルクス。
「わりと近いで片づけるな!」
と、ガルスが珍しく声を荒げた。
ヴァルは机に肘をついて笑っている。
「いいなあ」
「だんだん世界の反応が追いつかなくなってきた」
「あなたはずっと楽しそうね」
リュメリアが冷たく言う。
「実際面白いだろう?」
「最悪にね」
ラルラゴが、そこで短く問うた。
「ドラゴンは」
場がまた静まる。
ザルクスは、今度は少し真顔になる。
「魔神とは少し違う」
「ドラゴンは、強者だと認めた相手にしか本気で従わない」
「しかも知能が高いやつに限る」
ノアの光が、静かに揺れた。
ザルクスは続ける。
「で、俺が扱えるのは基本“地”に関わる連中だ」
「土、岩、地脈、地中移動、そういう系統のドラゴン」
「空はノアに任せた方が早いし、綺麗だろ」
「綺麗、で括るな」
と、ノアがやわらかく返す。
「事実だろ」
「事実ではございますが」
そのやりとりに、小さな笑いが起きる。
ザルクスは肩をすくめた。
「だからクラスト・ドラゴンも、俺が送った」
「ただ、あいつらは魔神みたいに“はいはいザルクス様”って感じじゃない」
「強いと認めるから、使わせてやる、くらいの距離感だ」
「それで“送った”になるのね」
リュメリアが言う。
「なるだろ」
「ならないわ」
リオはまだ黙ったままだった。
頭の中で、また何かが繋がる。
あの時の魔人。
あの時の魔神。
襲ってこない魔獣。
職人だけを拒む土地。
突然整っている工事現場。
街道と防壁の進みの速さ。
そして、土と岩をまるで意思のある手みたいに扱う、この土地の変化。
全部、一本になっていく。
「……だからか」
と、リオが小さく言う。
ザルクスがそちらを見る。
「何が?」
「成埜の地が、最初から“待ってた”感じだった理由」
「俺たちを拒むんじゃなくて、選んでたみたいだった理由」
「全部……」
リオはゆっくり息を吐く。
「お前が、盤面そのものを整えてたんだ」
ザルクスは、にっと笑った。
「正解」
その一言で、広間の空気がまた変わった。
もう誰も、ザルクスをただの“変な兄ちゃん”としては見られない。
いや、変な兄ちゃんではある。
だがその実態は、国と土地と魔神を盤上の駒に変える怪物だ。
「……ザル兄、こわ」
と、グレイランの少年が素直に言う。
「ひどいな」
ザルクスは笑った。
「ちゃんと優しいだろ、俺」
「優しいやつは、遊びでドラゴン送らねえんだよ」
と、レイン。
その返しに、また笑いが起きる。
だがその笑いの奥で、リオだけは少し静かだった。
魔神。
その言葉が、まだ胸のどこかに引っかかっている。
あの時の、あれ。
途中で現れた“まだ早い”という声。
あの圧倒的な異質さ。
もし本当に、あれすらザルクスの盤面の一部だったのなら。
「……まさか」
リオがもう一度、今度は自分に言うみたいに呟いた。
ザルクスは、その顔を見て楽しそうに目を細めた。
「いいぞ」
「もっと繋げろ、リオ」
ノアの光が静かに揺れる。
ラルラゴは何も言わない。
だが、その沈黙は続きを急かしていた。
今夜の夜会は、またひとつ、世界の裏側をめくった。
そして成埜の地は、いよいよ
人の土地でも、
魔の土地でもなく、
オルビス・ノヴァとザルクスが再設計した新しい領域として、その輪郭をはっきり見せ始めていた。




