第2杯 国に奉仕せよ!
「いらっしゃいませー…え?…」
来店者はいつものようなお客さんではありません。階級章、軍帽、腰に備えるリボルバー。そう。軍の将校でした。部下を連れやってきたのです。
「い、いらっしゃいませ!何か…ご用件が…?」
「店長はいらっしゃるかな?」
店奥から店長が姿を現すと、敬礼をし挨拶を交わします。
「実は今日はかなり大事なお話があってこちらに伺った。表で話せる内容ではないのだが、どうか聞いてはくれないだろうか?」
「もちろんですとも。さぁこちらへ」
階段で2階へ上がり店長の部屋に入っていきます。そこにエマはコーヒーを差し出すのです。
「店長殿、煙草は吸うかい?」
「ええ。ベビースモーカーではありませんが」
将校は葉巻ケースを開け1本取り出そうとしますが、そこで店長が止めに入りました。
「エマ。あれを」
「はい」
エマが出したのは葉巻です。ラベルには非常に有名なブランド名が書かれています。
「…キュバ産のプレミアムブランド…」
「最高級の葉巻です。今はなかなか手に入らない貴重な品物です。ぜひともお楽しみください」
ライターで葉巻の先端に火をつけます。白い煙がふわふわと立ち上り、そして葉巻の深い味いを嗜んでいるのです。
「ふぅ…流石だな」
「キュバ産は違いますよ」
「流石、隠れた名店と言われる店だ。ありがとう。さて、店長殿。本題に入ろう。実は我々フランスも臨戦態勢に差し掛かっていてな、まだ問題が何個かあるのだが、そのうちの1つが食糧なのだ」
「軍事レーションがあるのでは?ワインも有り余ってるはずです」
余談ですが、第1次世界大戦中、フランス軍は兵士1人につき最大7.5リットルものワインを支給していました。これは士気向上を目的に行われていましたが、戦争初期に支給されたワインは低品質なもので、低品質ワイン(ピエール)と呼ばれていたのです。しかし、こんなに配ってしまっていては待ち受けているものはただ1つ。アルコール中毒です。第1次世界大戦中、ピエールは戦闘前、配給のみに支給しアルコール中毒を防ごうとしていました。ですが、軍の目を掻い潜ってワインを大量摂取する兵士が増加。結果、アルコール中毒者が何人も現れる奇妙な状態だったのでした。
「いくらワインやパテ、ビスケットがあっても人は飽きるものだ。つまり、新しいレーションに入れるデザートを作っていただきたい。長期間の保存はもちろん、美味で軽量かつコンパクト。無理難題なものかもしれぬが、どうか作っていただきたい」
「…見返りは?」
「経費、土地代、ローン等々の金銭関係のものは全て我々軍が補償する。車も用意しよう。必要な素材があれば手を貸す。この店のリフォームはできないかもしれないが、どうだろうか?」
店長にとって、これは一種の賭けでした。
戦争に勝てばレ・キャフェイ・カデはさらなる発展を遂げ裕福に暮らせる。負ければ今より酷くなりドイツの支配下にもなる。食材も手に入るかわからない。ましてや食の伝統文化も消されてしまうのではないか?と。
究極の2択でした。
「…それらを含め1つ条件を追加していただきたい」
「ほう。どのようなものだ?」
「このレ・キャフェイ・カデにはもう1人の看板娘が居たのですが、1ヶ月ほど前に行方不明になりまして、あのヒトラーの思想に陥り、仲間共とここを去ったのです」
ドン!っと、『我が闘争』を机に叩き出します。
「そこで、警察への早急な捜索願いと国境線警備態勢の強化をお願いしたいのです。彼女を、あんな危ない場所には堕としたくはないのです」
「分かった。手配しよう」
「ありがとうございます。交渉は成立です」
「よろしく頼む」
今日からお店は一時的に休店。ジャンヌ、エマ、料理人の3人がレーションの新たなデザート作りを始めました。店長はイリスを見つけるため、1日中フランス国内を調べています。
「よし。じゃあ見せ合おっか」
3人がクローシュを取り完成した試作のデザートを見せます。
「えーっと…料理人さんのは…?」
「タルトタタンですよ」
タルトタタン。それはフランスの中でも有名かつ伝統的なデザート。フランス全土で食べられるこのデザートは、炒めたリンゴをタルト生地の上に乗せたパイのような食べ物です。当時ではまだ最新の食べ物と言えます。タルトタタンの発祥は19世紀なのだそうです。
「タルトタタンって2日ぐらいしか保たないじゃない…輸送中にダメになるわよ」
「…確かにそうですね」
「ジャンヌは?」
「クッキーの中にレーズンを混ぜてみたんだけど…」
「発想はいいわね。でも、今のレーションにもクッキーは入ってるみたいだし、士気向上になるかなぁ…」
「エマは何作ったの?」
「私?私はココナッツミルクを固形化したデザートを作ったわ」
長方形の白いブロック。見た目は質素で微妙ですが、甘い香りと綺麗な白色が興味を際立たせていました。
「食べてみてもいい?」
「いいわよ」
ジャンヌが三等分に割り一口食べてみます。
「……美味しい…!どうやって作ったの!?」
「真空蒸発を使ったわ。軍も使ってる技術だし、ちょうどいいかなって」
「ボンヌ・イデですね。私も味見いいですか?」
「いいわよ。私も食べてみようかな」
その2人も顔を合わせ美味しいと感じたのです。しかし、1つ疑念が生まれます。
料理人が言い放ちました。
「もし第1次大戦みたいに長期戦になったとすると、また飽きたって言われちゃいますかね…?」
「確かに、ココナッツだけだとまた飽きが繰り返す気がする…」
考え込む3人の中、エマがピンときます。
「ジャンヌのレーズン使えない?多分同じ温度でレーズンを作れるから、ブドウを細かく切ってココナッツミルクの中に入れて固形化させれば…」
「できるかもしれませんね!やってみましょうか!」
こうして彼女たちはデザート作りをさらに励むことになります。国のために、お店のために、イリスのために。




